第三幕 二人の校長
ガラッ。
一際大きな音で開けられたドアに、部屋中にいた生徒達の視線が集まる。そこから入ってきたのは、黒髪に赤いピアスを両耳にした男と、その男よりも頭ひとつ分ほど小さく、茶髪をして真っ青な服を着た女性と思しき人物だった。
二人の人物は静まり返った部屋に足音を響かせ、生徒達の前にあった教壇にあったマイクを手にとった。
「えー、マイクテス。マイクテス。本日は晴天なり。 後ろの人ぉー? 聞こえますか?」
茶髪の人物が大きく手を振り、後ろへと返答を求める。マイクの音はちょうどいい音に設定されていた。
「じゃぁ、これから入学試験を開始するね。 まずは、試験内容を説明するよ。 あっ、言い忘れてたけど、僕は三珠樹の鳥海 ユウイ。 んで、こっちは同じく三珠樹の超音 マサ。僕ら二人が、この戦士教育科では校長だから覚えといてねv」
とたんに教室中から大きな喚声が上がった。もちろん、比較的前の席に座っていたディアンも、聞いた名前に驚きの声を上げた。
「き、聞いたかデビ! 三珠樹だって! ほ、本物の!」
「うん、聞いたけど……」
「当たり前でしょ、三珠樹が本物だなんて。春休みの間に、あんたの頭の中の知恵はたんぽぽの綿毛みたいに飛んで行っちゃったみたいね」
教室中でザワザワとする中、比較的驚かなかった様子のデビとレイは、「なんなんだよ?」と言いたげな顔のディアンに、呆れたようにため息をついた。
「だって三珠樹だぜ?! この国で一番有名な戦士がなんでここに……」
「いい? 戦教はもともと三珠樹が運営してるのよ? そこに本物の三珠樹がくるのは当たり前じゃないっ」
「大体、春休み前に「春休みが終わったら三珠樹に会えるんだ」って、自分で言って喜んでなかったっけ?」
デビの一言に、そのことを思い出したディアンは思わず顔を真っ赤にした。それを見て、デビとレイはクスクスと笑い声を上げる。どうやらその奥でサクラも笑っているようだ。
そう言えばそんなことを言ってた気がする。 自分で言ったこと、しかも憧れのその人達に関することを忘れてたなんて、なんて恥ずかしいんだろう。
尚も笑い続ける三人に、ディアンはとうとう我慢しきれなくなって口を開くのだが、あいにく何も言葉が浮かんでこない。
「たっ、ただ忘れてたんだよっ!」
やっと出てきた言葉だったが、言ったところで目の前でまだ笑う三人には通用しないだろうとディアンには分かっていた。思ったとおり、レイは苦笑いをした顔で「まぁ、いつものことだもんねぇ」と、軽くディアンをあしらう。
「いい加減にその癖、直した方がいいよ、ディアン」
「守元君てば、大ボケだね」
「うるせぇ!」
サクラのディアンへ向けられた言葉の途中で、誰かの大声が部屋中に響き渡った。その声にざわついていた生徒達は一斉に肩を竦めた。あまりの怖さと驚きに言葉途中で遮られたサクラは、肩を竦めるどころか涙を浮かべる。
声の主はすぐに解った。教壇に立った黒髪の三珠樹、超音マサが腕を組んで眉間に皺を寄せ、「ギロリ」と生徒達を睨んでいたからだ。ただでさえ低い声を、大音量にしたマイクを使って叫ぶものだから、生徒達も一斉に肩を竦めたわけである。
「ほんの少しのことで、どれだけべちゃくちゃとしゃべるつもりだ。いい加減に黙れ、馬鹿者共が。貴様らが既に入学した奴らなら、即全員退学にしているところだ。俺の学園に、べちゃくちゃと口うるさい奴はいらん!」
そして再度、つりあがった目が「ギロリ」と生徒達を睨みつける。生徒達はまた一斉に身を竦めた後、その後は誰も一言さえしゃべらなくなった。
「全く、マサってば生徒達にプレッシャーかけ過ぎっ! ちょっと黙らせてくれれば、それで良かったのに……」
「うっさい。さっさと進めろ、ユウイ」
「ほーい」
ずいぶんと不機嫌になってしまった超音マサ、基校長にユウイは一つ返事を返すと、手に持っていた紙を棒読みに読み始めた。
「試験内容は、チームに分かれて迷路内から出口を探すという方式をとる。チームはこちらが用意した紙に書かれた番号で分けられ、一チームを三人とする。正しい出口を発見し、帰還した上位六チームのメンバーを、試験合格者とするものである」
「皆、理解できた? 質問があれば手を挙げて。 は~い!」
自分の質問に自分が手を挙げるユウイ。どうやら彼は、隣でかなり不機嫌な同僚に代わって、この場を明るくしようと努力しているらしい。
他に誰も手を挙げない(おそらくは、先ほどのマサの剣幕がまだ生徒達の耳に残っていたからであろうが)ので、ユウイは自分が代わりに質問をする。
「マサ先生、制限時間は?」
「今から三時間。つまり正午までだ」
「一体どこで試験すんのぉ?」
「……。幻術世界だが……」
「んじゃね、んじゃね。どうやってそこに行くの?」
「そんな聞き方生徒共がするか、このバカ野郎!」
「生徒の個性を考えてるのっ。マサってば、短気すぎるよぉ~。もっと楽しくいこうよっ! 堅苦しいのは嫌いでしょ?」
「貴様に任せた俺がバカだった。話が一向に進まねぇじゃねぇか。もういい、俺がやる」
「バカって言いすぎだよぉ~」と非難の声を上げるユウイから乱暴にマイクを奪い取り、マサは一つ咳払いをしてから指をパチンと鳴らした。すると、教壇の方へ目がいっていた生徒達の手元の机に、小さな風が巻き起こり、驚く生徒達の前に紙が一枚ずつ現れた。小さな名刺ほどの大きさの紙を、生徒達は驚いた顔で凝視し、「全員あるか?」というマサの確認の声に、また教壇へと視線を移した。
「今配ったその紙に書いてある番号が、お前達のチーム番号だ。全部で十まである。紙の交換は一切認めん。今回決められたチームメンバーが、合格した際のメンバーになる確率が高いから、まぁ仲良くするんだな」
「その次」と少しざわついた生徒達をまた「ギロリ」と睨み、マサは続ける。
「担当教師が誰になるかは、合格するまで分からん。合格しても、好みの教師には当たらん確立の方が高いから試験前に重々理解しておくように。これも、通常は担当の変更を行わないものとするから覚悟しておけ」
「それでは各自番号を確認後、番号順に座るように」という指示を出し、一度マサはマイクを置いた。と同時に一斉に紙をめくる音が部屋内に響き渡り、席を立つ音と友人同士で確認しあう声とが入り乱れ始めた。
「俺達も急いで移動しようぜ。マサ先生がまた切れたら、今度こそ爆発しそうだ」
小声でそういうディアンに、レイ、デビ、サクラまでもが頷いて一斉に紙をめくる。出てきた番号は―――。
「俺、九番」
「私は十!」
「わっ。僕も九番だ」
「あたしは二ばん~」
友人同士が同じ班になることはないと覚悟していただけに、たまたま同じ番号を手に入れた二人は顔を見合わせた。ディアンはすぐに嬉しそうに口元を緩めるが、デビは逆に小さくため息をついた。
「な、なんだよ、デビ!」
「いや、またディアンの物忘れに振り回されるのかと思うとつい……」
「偶然ってあるものなのねぇ~」
「デビ君、ファイト!」
驚いたようにレイは呟き、サクラは励ましのつもりか、デビの肩に一度ポンッと手を置くと、そのまま同じ番号のメンバーがいるであろう所へと大急ぎで駆けていった。どうやら、マサの大音量の説教がかなり効いたようで、二度と怒られたくないようだ。
「ひどいぜ、デビ! 俺は素直に喜んでるってのにっ!」
「ごめん、ごめん。もちろん、僕も嬉しいよ」
「私達もさっさと行きましょ。怒鳴られたら大変だし……。 ?」
言い合う二人を宥めながら、十番目の席へとやってきたレイは、そこで立ち止まる。そこにはすでに先客が四名いた。が、端に座る二人はいいとして、レイが凝視していたのは自分が座るはずであろう場所にいた、二人の男女。端の二人が困っている様子からして、この二人が十番ではないことは明らかだった。
「ねぇ、ちょっと悪いんだけどどいてくれる? 私、ここの席だと思うんだけど……」
「? あぁ、失礼。ただ、僕達あんまり離れたくないもんだからさ。ねぇ、ハニー?」
「えぇ、ダーリン」
そう言って周りにハートマークを飛ばしまくる二人は、そのままレイのことを無視して話し込む。どうやら先ほどの間まで、この場所に座っていたらしく、番号が違ってしまって離れたくないとごねているらしい。
「あのねぇ、決まりなんだからしょうがないでしょ? とにかく、そこどいてくれなきゃ私も困るし、皆迷惑するんだからさっさとどいてちょうだい!」
「よく言うわぁ。私達の前に座ったあなたのお友達二人。どうやら同じ班だったみたいだけどぅ?」
「そんなのずるいと僕は思うね。君達はよくて、どうして僕達がだめなんだい?」
いきなり話を振られ、後ろを振り向いたディアンとデビの前で、カップルはまた辺りにハートのマークを飛ばしてじゃれ合う。「なんなんだよ?」と言いたげな顔のディアンに目がいったのか、カップルの男の方がずいと身を乗り出した。
「君達さぁ、僕達二人のために紙を交換してくれないかい?」
「はぁ? なんでだよっ!」
「紙の交換は禁止のはずですよ?」
「今なら周りもまだざわついているし、ばれやしないさ。 さぁ」
「いい加減にしなさい!」
紙を二枚、ディアンの方へ突き出す男の手を「もう黙っていられない」とばかりに、レイははたきつけた。瞬間、カップルは二人揃ってれいを睨みつけるが、生憎、彼女はそれぐらいでは退きはしない。
「人に迷惑かけて、何が楽しいわけ? さっさと移動しなさいよ! じゃなきゃ、今あんたがしようとしたこと、あの人達に言いつけるわよ!」
教壇の方にいるマサとユウイを指差し、レイは声を凄めて言い放った。それに男が小さく舌打ちし、女は「気付かれたわ」と小さく男に呟いて、二人そろってその席を後にした。どうやら最初から、誰かと紙を交換する気だったらしい。
「ばっかみたい。あぁいうのが、この世の中をぐちゃぐちゃにするんだわっ」
退散した後も、いちゃつきながら歩いていくカップルを睨みつけ、レイは不機嫌そうに腰を下ろした。その様子にディアンは少しの間黙っていたが、耐えられなくなったのか言ってはならないことを口にした。
「お前、相変わらず怖ぇなっ」
「何か言ったかしら、ディアン?」
「いえ、すいません」
フンと鼻をならし、レイはディアンから目をそらすと「あっ、そうだぁ」と急に目を輝かせ、またディアンの方を向いた。
「ディアン、さっきのこと覚えといてね」
「なんで?」
「レイちゃん、ディアンに物事を覚えさせるのは無理な気が……」
「大丈夫よ、私が思い出させてあげる」
にっこりとかわいらしい笑顔でレイは言うと、最後に「このお礼は後日きちんと頂に行きます」と言い残して、他のメンバー二人に挨拶するため二人からサッと離れていった。
「あいつ今、最後にとんでもないこと言い放っていったぞ! しかも助けてもらった覚えもねぇのに!」
「……さすがレイちゃんって感じだね……」
あの野郎!と意気込むディアンの横で、デビはそう苦笑した後また小さくため息をついた。
その時、何者かがため息をついたデビの隣へと腰を下ろした。黒い髪は赤茶混じりなのか、光にあたると少し赤く光って見える。その人物は、ため息をつき終え、顔を向けたデビを冷めた目で見返した。
「えっ? ぼ、僕何かした、……かな? あの……もしかして、同じ班の」
「そうじゃなきゃ座らねぇだろ」
「そ、そうですよね。 アハハ」
冷めた口調でそう言われたデビは、ただただ苦笑するしかない。目つきの(どちらかといえば)悪いこの少年が、自分の班だとは……。正直なところ、怖い。
「お、もしかしてお前が俺らと同じ班の奴?」
「そうだ」
「俺、守元 ディアン! 俺の兄ちゃんはあの有名な六人衆の」
「知ってる。 俺の兄貴も、その六人衆だからな」
「え?」
「じゃぁ、もしかして君は」
「あぁ。俺は人影(とかげ) ザラ。狙撃手として名高い、人影レムの弟だ」
人影ザラが腕組みした格好でそういい終えたちょうどその時、会場に再びあの剣幕が響き渡った。
「うるせぇ! 二度も同じこと言わせてんじゃねぇ、糞餓鬼共!」
再び室内のざわめきが一瞬にして収まり、全員が一斉に教壇の方へと視線を送った。やはりというか、そこにはマサがマイクを片手に鬼の形相とも言える顔で仁王立ちしていた。
「まったくというか、なんというか、学習能力のない奴らめ。貴様らの脳は猿以下か! 次同じことを言わせたら全員失格にしてやるから覚悟しろ」
生徒達にそう檄を飛ばすと、マサは「それではこれから試験を開始するが」と、少し穏やかな声で話し始めた。
「まずは試験で使用する蝋燭を、これから貴様らの担任になるかもしれない、教師共に配ってもらうとしよう」
それとともにドアの近くにいたユウイが「じゃ、入って」と言いながらドアを開ける。カツカツと足音を立てながら、ピシっと身なりを整えた男達が室内に入ってきた。
「今回貴様らの担当をするのは、かの有名な六人衆のうち五名プラス特別上戦一人だ」
教壇のすぐ前に立ち並ぶ教師陣。金髪、黒髪、水色髪、茶髪、黒髪と髪の色も様々なうえ背もまちまちな五人。しかし、合計で六人の教師陣のはずが、どう数えても一名足りない。
「……」
生徒も入ってきたばかりの教師陣もそのことに気づいたらしい。マサは眉間に皺をよせて、最後に室内に入ってきた黒髪の男を睨み付けた。
「レム、あいつはどうした?」
「えっ? お、俺が面倒みるんだったんですか?」
「当たり前だ。そう言っておいたろう?」
「えー!? でもさっきまではちゃんといましたよ?」
レムと呼ばれた黒髪の男性は、片方しか開いていない赤い瞳をまん丸にすると、そう弁解した。しかし、そんな弁解ではマサの怒りは収まらない。
「首根っこ引っつかんでおけと言っただろう? この馬鹿者。 あいつが逃げ出したら、見つけるのは骨なんだぞ」
チッと舌打ちをしたマサは、未だドア付近にいたユウイに「探して来い」と命令する。
「えー、やだぁ! 僕ここでどうなるか見てたい!」
「ごちゃごちゃぬかしてないでさっさと行け!」
「ブー。マサの意地わるっ!」
頬を膨らませると、ユウイはドタドタと足音を立てながらドアを開けて出て行った。その様子に、入ってきた教師陣はハァと呆れたようにため息をつき、生徒達は意味もわからぬままあっちを見たり、こっちを見たりしていた。
「ハァ。あとの一人は必ず来る! 心配するな。 おい、貴様らさっさと蝋燭を配らんか!」
ボーっとするなと荒々しくマサが命令すると、教師陣は「はいはい、ただいま」とばかりにパッと散った。室内の隅にあったらしい箱の中から蝋燭を取り出し、それを生徒一人一人に配っていく。
「(なんでさっきの紙みたいに、ポンって出さないのかな?)」
水色の髪をした、異様に背の高い教師から蝋燭を受け取りながら、ディアンはそう思っていた。しかし、そんなことはきっとマサ先生にしか分からないことだろう。それにしても、蝋燭を配っている教師の背の高さは、羨ましいほどに高かった。リーズより、頭一つ分近くは高いだろうか。髪の毛を、頭の中心で天井に向けて立たせてある髪型のせいか、高さが一層目立っている。しかもかなりの筋肉質の体をしていて、着ているシャツがピッチリと引っ付いていた。ディアン達に、にかっとした笑顔を向け、横一列に蝋燭が渡ったかを確認すると、その人物は「じゃぁ、火をつけるぜぃ」と言って、ライターを取り出した。
「蝋燭の火は吹き消しちゃだめだぜぃ? あと、蝋燭立てをしっかりと持っておくこと。それ破ったら、こわ~いマサ先生に叱られちまうからな?」
「こわ~い」のところを少々強調しながら、三人分の蝋燭に火をつけ終わると、その人は後ろの席へと移動した。
「今の先生、ちょっと面白そうな先生だったな」
「そうだね……。ところでディアン、さっき先生達並んでた時、さっきの「りんこえ」先生がいたのに気づいた?」
「えっ? マジで?」
やっぱ気付いてなかったみたいだねとばかり、デビは苦笑するとリーズさんの隣にいたよと付け加えた。
「でも、あとの一人って誰だろうな。なんか雰囲気からすると、そろってる五人は全員六人衆みたいだったけど」
「みたいじゃねぇ。全員そうさ。 ってことは、あとの一人は六人衆じゃない奴ってことになる」
それまで黙っていたザラが、蝋燭立てを片手に会話に割り込んだ。そして、そんなこともしらないのかといわんばかりの口調でこう続けた。
「さっきお前らが話してた「りんこえ」先生だがな、ありゃ「輪超(わちょう)」って読むんだよ。それから、さっき蝋燭配ってたのは、別名「迷惑男」で雑誌に載る「針闘 コル」だ」
まぁ、針闘の方はそうそうフルネームで載らないから知らなくてもしょうがねぇけど、とザラは呆れたように二人を見た。
「六人衆に兄貴がいるってんなら、全員のフルネームくらい言えて当然だろうが」
「うっせぇなぁ。俺は人の名前覚えるのが苦手なんだよ、蜥蜴」
「蜥蜴じゃねぇ。人影だ。 最初の「と」にアクセントつけろ、タンポポ」
「俺だってタンポポじゃねぇ! ディアンだ! てか、なんでタンポポ!?」
「ちょ、ふ、二人とも落ち着いて」
会ってそうそう口げんかを始める二人をデビが落ち着かせようとする。あの剣幕を聞くのはもうこりごりだ。そうこうしている間に、蝋燭を配り終えた教師陣はもとの定位置に戻っていく。きっと今にも、マサ先生が口を開こうと待ち構えているに違いない。やっとのことで喧嘩を仲介し、二人を黙らせることのできたデビは、一人ホッとため息をついた。
ピシッと並び終えた教師陣を見、マサは再びマイクを手に取る。さすがに三回目まで怒る必要はないようだ。生徒達は彼がマイクを手に取ったとたん、ピタリと押し黙る。その光景に満足げな笑みを浮かべ、マサは最後に諸注意だと、生徒達に告げた。
「全員蝋燭は持ったな。渡されるときに注意されたとは思うが、その蝋燭を死んでも離すな。離した奴は失格。そして今一度試験内容を確認するが、試験は迷路からの脱出。出口は四方に四つあるが、そのうち一つだけが、この元の世界とつながっている」
元のというマサの言葉に、部屋中にざわめきが起こる。ディアンとデビも二人して顔を見合わせた。もし間違った出口に入ってしまったらどうなるのだろうか。
「心配しなくても、この俺が管理する異次元世界から出るようなことはない。出口を間違えたらその時点でこの世界に帰してやろう。と同時に失格だがな。そして今一つ重要なのが、その世界には四種類の鳥がいるということだ」
鷲、闘鶏、孔雀、鸚鵡の四種類だとマサは説明を加えた後、「そいつらはお前達に出口を教えるためのいわばヒントだ」と続ける。
「どれも奇抜な格好をしていて面白いぞ。 まぁ、お前達がそう思うかは別だがな。ヒントと言ってもその鳥自体が出口の鍵だとか、鳥がしゃべって教えてくれるなんて楽なものではない。合格できるよう帰ってきたけりゃ、鳥共と一戦交えてみることだな」
ニヤリと笑ったマサは「それでは試験を開始する!」と言って、片手を宙へと振り上げた。
一瞬だった。
気がつくと、ディアンは高い壁が左右に立ち並ぶ中に立っていた。すぐ側では、ザラとデビもそれぞれ唖然とした顔で突っ立っている。先ほどまでいた会議室の白い壁はどこにも見あたらない。褐色をした壁と、黒い……
「空?……」
黒の絵の具で塗りつぶされたように真っ黒な頭上を見上げ、ディアンはそう呟く。そもそも外なのだろうか。もしかしたら、室内かもしれない。そうだとしたら、頭上にあるのは天井のはずだ。わけが分からなくなってきた。ディアンは、ブンブンと頭を振ると、「……どこなんだ、ここ?」と、二人に尋ねた。
「学校の中……なわけないよね?」
「じゃぁ、どこなんだよ、デビ?」
「つまりはここが超音の作り出した異次元世界ってこった」
困ったように首を傾げたデビを後目に、ザラは壁に近づくとコンコンと叩いてみた。高い音も低い音も出ない壁は、どうやら石造りらしい。
三人は足下を確認しながら、そろそろと歩き始める。少し行くと目の前に同じ色をした壁で作られたT字路に突き当たった。三人はその左右をバラバラにのぞき込む。何かがいる気配はないが、どちらもまだ奥に続いているようだ。
「で、どうする?」
ディアンと同じように左右を覗き込んだザラがまずそう言う。なんとも言えず、ただディアンは壁に目を向けた。褐色の壁は以外に高くて、三人が三人で肩車してやっと届くか届かないくらいか……、それぐらいの高さだった。
「あっ、僕の広辞苑!? 手元にない!」
「デビ、ここに落ちてるぞ。こうじあん」
「広辞苑だってば……。 ありがと、ディアン」
床に落ちていた深緑の分厚い本を、デビは大事そうに拾い上げるとパラパラとめくり始めた。ページが欠けていないか、チェックしているようだ。その様子を、そんなに本が大事かと言いたげな顔でザラは見つめていた。ディアンは慣れたことなので、一人あちこちを見回しては、「どこなんだろ」と不安気に呟いていた。
「異次元世界? だっけ? どこ見てもおんなじ壁しかないぜ? なんか不安だ」
「怖いのか?」
「怖いことあるかぁ! 逆にこれだけ何にもなけりゃ、怖いよりもワクワクしてきたって感じだぜ!」
自分で不安だとか抜かしたのはどこのどいつだよとザラは、バカにしたように笑うと、壁の向こうに大きな建物があるのを見つけた。どうやら時計台らしい。上の方に設置された、大きな黄色い文字盤には漢数字が書かれてあり、短い針は「九」、長い針は「十二」を指していた。
「試験を開始した時間と大体同じだな」
チラリと自分の腕時計を見、時間がずれていないかを確認したザラは、再び時計台に目をやり、時計の下に何かが書いてあるのを発見した。
「……」
「なんだ、あれ? 「S」か?」
隣にひょっこり顔を出したディアンは「「S」ってなんのことだ?」と言いたげな顔で、ザラを見る。ザラは、何も答えず、ただ一度ハァと呆れたため息をついた。
「なんだよ? わかんないから聞いたんだろが!」
「お前は常識もないのか? こういう方角がわからねぇ場所で、「S」ってマークがあったら、それは「南」のことなんだよ」
あっ、そうかという顔をしたディアンは、「そ、そんなこと知ってらい!」と見栄を張って言うと、ページ確認も佳境に入ったらしいデビの方へと駆けていった。
ザラはもう一度ため息をつく。こんな奴らが俺の班メンバーだと? 考えたくもない。常識なしのアホと、どう見ても運動音痴そうな貧弱眼鏡。まぁ、眼鏡の方はまだ頭は良さそうだが、もう一人の奴は……。とても自分と同じ、六人衆に兄がいるとは思えない。兄達から何も聞いていないのだろうか。自分のやらなければならないことを思い出し、それとは縁遠い二人を見てザラは歯軋りする。二人が足手まといにならなければいいが……。 試験の心配よりも、ザラはそちらの方が心配だった。
「デビぃ~、終わったか?」
「うん、もうすぐだよ。 どうしたの、不満げな顔して」
「俺、あいつ嫌い」
ザラの方をチラリと見、ディアンがそう言うと、デビはえっと固まった。
「……。そ、そんなはっきりと……言わなくっても。 何があったのさ?」
「だってなんか嫌なんだよ。あの言い方とか、目付きとか。 人を小バカにしたみたいな感じの……その」
「雰囲気?」
「そう」
苦々しい顔をしたデビは、残り数ページの本に目を落とす。この試験にもし合格したら、この班になる確率が高いってマサ先生は言ってたっけ。無理して仲良くなるのは良くないけど、だからといって仲良くならないわけにもいかないし……。
「で、でもディアン? ほら、まだ始まったばっかだし、まだ分かんないよ? ザラ君だって人見知りなのかもしれないしさぁ……」
そうかなぁ……と言いたげなディアンは、一度チラリとザラの方を見る。あちらはこちらをやはり小バカにしたようなあの目で見ていた。
「……絶対俺、あいつとは仲良くなれなさそう……」
「……二人とも自己主張激しそうだもんね……」
口喧嘩をしていた二人を思い出して、デビはボソリと呟いた。本の最後のページを、これで最後だとめくる。そこにはもう一つ、ページが増えていた。いや、正確には一枚の紙が挟まれてあった。
「なんだろ、これ?」
「どうしたんだ、デビ?」
本を閉じ、その紙を取り出したデビは二つ折りにされていたそれを開いてみる。それに気づいたのか、離れていたザラも二人と共にその紙を覗き込んだ。
たくさんの蝋燭の火がちらちらと揺れている。試験会場はその火のせいか、四月の終わりにしては暖かくなってきた。温度調節にうるさいマサに文句を言われまいと、その場にいた教師の何人かが窓を開けに走り、残った教師達は蝋燭から垂れる蝋で生徒達が怪我しないよう、机と机の間を休むことなく歩き回っていた。しかし、そんな教師達が側を慌ただしく通り過ぎても生徒達は身じろぎもせず同じ場所に立っていた。目を閉じて、まるでそこに根でも生えたように立ち尽くす生徒達を、教壇の上から見下ろして、マサは何か、呪文のようなものをぶつぶつとつぶやいていた。
「試験、本格的に開始だね」
いつの間にやら帰ってきたユウイが、そんなマサの隣で笑顔でそう言った。人一人を探してきたにしては、息が上がっていない。ハァと呪文の合間にため息をつき、マサは「見つからなかったのか?」とぶっきらぼうに尋ねた。
「うん。無理」
「ハァ……。屋上とか、花壇とか、人のいない隅っこも探したか?」
探したよぅと、ユウイは笑顔を困ったような表情に変え、なおもぶつぶつと何かを呟き続けるマサの失望したような返事に口を尖らせた。
「ブー。だって、僕にはどこに行きそうなのか、検討もつかないんだもん。もちろん、昼寝していることも考えて木の上とかも探したんだから。鳥達に頼んで、空からも探してもらったんだかんね!」
わかった、わかった。俺が後で探しに行くとまたもぶっきらぼうに言ったっきり、マサは再び呪文を唱えることに集中したようだ。少しの間、頬を膨らませていたユウイは、面白くないマサの側を離れると、窓を開けて戻ってきた教師の一人、リーズに向かって言った。
「リーズ、僕ジュースほしい!」
「んなもん、自分で取りに行ってくださいよ。俺も忙しいんですから!」
「やぁだ! ジュースほしい! 今すぐ! オレンジの、果汁100%のやつ!」
「分かりましたよ! 持ってきますから、騒がないで!」
満面の笑みを浮かべるユウイを背に、慌てて職員室に向かうリーズを尻目にマサはぶつぶつと言うのを止めて最後に指をパチンと鳴らした。
室内には何も変わったところは見られない。ただ、窓から入る風で蝋燭の火が揺れなくなった以外は。それを見て完了だなというようにうなづくと、動き回る教師達に手を上げて何事かを伝えて、マサは一人試験会場を出た。
さて、あのバカを探しにいくとしよう。本来なら監督者がその場を離れるのは禁止されている。だが、俺が試験中に抜ける分、生徒達には「地図」というプレゼント、基最高のヒントをくれてやったんだ。上からも文句を言われることはないだろう。後は、あの中のどの班が生き残るか、それ以前に生き残ることができるのかどうか、高みの見物だ。
マサは早足に、廊下を歩いていく。彼の足は、どこに行くべきかをすでに知っているようだった。
はいはい、長い長い(苦笑 すいませんね、だいぶ溜まってたんだよ。 マサ先生、叫びまくり。書くの楽しかったよ、いろいろと。 長いんで見つけにくいだろうが、また誤字脱字あれば教えてくれ。今回から、次回は何日までにupするかを、ここで予告することにしたよ。そうじゃなきゃ、全部書けなさそうだ、この話……。 できるだけ一週間単位で出そうとは思うんで、次の更新は12月1日(月)に。うまくいけば……、ね。 終