紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
昨日言ってた第六幕です。面白いかどうかといわれれば、あんまり面白くないかも。自信ない。
でもやっとここまで書き直せたし、これから先の展開はだいぶ決まってるからさくさくいけるような気がする……。 授業始まる前に、次の七幕くらいはupしたいな……。
でもやっとここまで書き直せたし、これから先の展開はだいぶ決まってるからさくさくいけるような気がする……。 授業始まる前に、次の七幕くらいはupしたいな……。
PR
第六幕 喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない
彼らが去った後、ディアン達は呆然の突っ立っていた。と言うのも、最後にピードが角を曲がり、姿を消した途端、彼らの前の景色がたちまち変わったからである。気がつけば目の前にあったはずの道は壁に塞がれていて、後ろに伸びていた道は、T字路に変化していた。
そして、それとともに、彼らの脳裏にはピードの最後の言葉が回っていた。鸚鵡に……、何か得体の知れない力があるって?
「つついいたり、ひっかいたりするだけだったのに?」
ディアンがそうつぶやくと、ザラもうーんと首を捻った。それが得体の知れない力だというのは、微妙に違う気もする。では一体、ピード達は何を見たのだろうか……。
「やっぱり、鸚鵡に何かあるのかもしれねぇな。となると、鸚鵡を探して調べたほうが良さそうだ」
ザラの言葉にデビも、そう言えばと首を傾げた。
「どうして群れてるのが鸚鵡だけなのかな? いやまぁ、現段階での話になるけど群れる、集団でいるなら闘鶏……というか、鶏の方があり得るんじゃないかと思うんだ」
「……もしかしたら、見張りの役目は鸚鵡なのかもしれねぇな」
「見張りってなんだよ?」
「空中から生徒を監視する。その役目。つまりは、ここでの状況を超音に伝える役割だ」
それならば、何匹もいた方が効率がよく、且つ広いエリアを見て回る必要がある……。そのためには、長時間飛べない闘鶏よりも、鸚鵡の方がいいだろうし、数は増やせばいい。ザラはそこで時計台へと顔を向けると、一度チッと舌打ちした。
「もう十一時か……。時間はねぇが、鸚鵡が何かしらヒントを持っている確立は高い。急いで南のエリアに行くぞ!」
「さっきの白デカ鳥は?」
「放っとけ今は! デビ、地図だ」
「うん!」
広辞苑に挟んでいた地図を広げ、デビはまず地図がきちんと書き換えられていることに驚いた。そして、目で現在地から南へ抜ける道を探す。彼の目がいくつものルートを追っていき、行き止まりに当たってはすぐ違うルートを導きだす。やがて、南に抜けるルートを見つけたのか、デビは声を上げた。
「ここから一度広場に出た方が近いかも」
「広場?」
「うん。時計台のちょうど真下になるんだけど、大きく開けた場所があるんだ。そこから、南に下るのが一番早いルートかな」
まず左に行って……と説明し始めたデビに従い、三人は広場へ向かって走り出した。あまりに急いでいたので、後ろから誰かがそれを追っていることにはまったく気づいていなかった。
少し時間、戻って十時半頃……。
「さぁ、これで合格よ!」
そう言ってレイは嬉しそうに後ろの二人を振り返った。チーム一〇の、レイと同じメンバーの二人はそれぞれに良かったと胸を撫で下ろしている。
「いろいろあって大変だったけど、合格できて何よりだっぺな!」
「本当に……、本当に良かった……」
帽子を目深にかぶった背の低い少年の隣で、大粒の涙を流しながら金髪の少女が言う。放っておくと、そのままその場に座り込んで泣き続けそうなその泣き顔に、レイは慌てたように彼女の服の袖を引っ張った。
「ほら、リコ姉。早く行かないと、出口閉じちゃうかも! 急ぎましょう! 泣くのは後!」
「うん、うん。そうね」
手を引かれて歩きながら、尚もそう言って泣き続けるリコ姉と呼ばれた少女の後ろに、帽子を目深にかぶった少年が続く。通路の先に現れた、大きな門を目指して走りながら、レイは「ディアンは合格できたのかしら」と思っていた。自分よりも意気込んでいたディアンが、今どこでどうしているかは分からないが、「とにかく頑張りなさいよ」と彼女は心の中からそうエールを送って、門をくぐり現実世界へと帰っていった。
そしてそのディアン……。現在時間は十一時半。レイ達の班が合格してから一時間後、彼らは中央の広場にいた。三人は中央の時計台の下で一度地図を広げ、ここから南の出口への通路を確認している途中だった。
「じゃぁ、ここからは……」
「まっすぐ行って、右に曲がってそこから右、左、左、右に行ってまたまっすぐで、それから」
鉛筆でこれから行くルートをなぞりながら唱えるデビを見ながらディアンも復唱するが、すぐに右と左がこんがらがって難しい顔をする羽目になった。また見直して同じはめに陥るを繰り返しているディアンを見て、ほかの二人は呆れた様にため息をついた。
「どうせ覚えるのは無理だ。確認できたんだし、急ぐぞ。あと三十分しかない」
ザラの言葉に急いで二人は立ち上がると、南へと繋がる通路へと走って向かう。最後に地図を持ったデビが通路に入りかけた時、ひょいと誰かの足が通路に飛び出してデビの足を引っ掛けた。
「! うわっ!」
前方に大きくこけたデビは、とれてしまったメガネをかけ直してから自分の手に地図がないことに気づいた。「大丈夫か?」と声を上げながら、ディアンが走って戻ってくる。
「大丈夫か、デビ?」
「うん。けど、地図が……」
「おい、何やってんだ!」
先に進んでいたザラがそう怒声を上げる。だが、二人はどうしようという顔をしたまま、一向にこちらに走ってこないのだ。仕方がないので、ザラは渋々二人の下へと向かう。
「なんだってんだよ?」
「地図がねぇんだ……」
「はぁ?」
「ごめん。 僕がこけた時に、うっかり落としちゃったみたいで」
申し訳なさそうな顔をしてザラに謝った後、「急いで探すから」と言ってデビは再び地図を探すために中腰になる。それを見たディアンも、一緒になって探すが、地図はどこにも見当たらない。
「……いい加減にしろよ」
低い声が背後から聞こえたので、二人は後ろを振り向いてみる。ザラが顔を怒りに歪ませて、デビを睨み付けていた。それをみて、デビが一歩後ずさる。ザラは益々顔を歪ませた。
「鳥に銜えられるわ、地図は落とすわ……、てめぇのせいでどれだけタイムロスしてっと思ってんだ! 足ひっぱりやがって!」
「この役立たず!」とデビに向けてザラが言い放つ。時間がないという焦燥感と、頂点に達してしまった不満とが彼にそう言わせているのだ。
強く握られた拳を見て、デビは泣いてしまいそうになるのを隠すため、下を向く。謝っても、償えないと言うことは分かっている。自分の失敗のせいで、自分はともかくディアンやザラの夢は潰れてしまうのだ。ザラが怒って自分を殴っても、それは当然のことなのだ。しかし、それを自分が一番恐れていることも事実……。
「役立たずはねぇだろ、ザラ! デビは頑張ってんだろ!」
「……ディアン?」
「頑張ってたらいいってもんじゃないだろうがよ!」
殴られることを覚悟していたデビと怒り心頭のザラの間に、ディアンが割ってはいる。てっきりディアンにも責められると思っていたデビは驚くしかなかった。
「地図のルートで一番時間がかかんないルートを見つけたのはデビだ。デビが役に立ってないって言うのは間違ってる!」
「そのことを考慮しても、足ひっぱてる方が断然多いっつってんだ! そいつが足ひっぱるせいで、俺も、お前も合格できないかもしれねぇってことがわかんねぇのか?!」
「『かもしれねぇ』だろ! ならまだ決まったわけじゃない!」
二人がそれぞれを睨み合って口を閉じる。これはいつもと同じただの口喧嘩ではない。それどころか危機だ。チームが崩壊する、その寸前……。
ディアンにも、それは分かっていた。自分が口を挟めば余計にことが深刻化することも。けれど体が勝手に動いていた。生まれた時から一緒と言っても過言ではない相方を、ディアンは見殺しにすることができなかったのだ。だからと言って、この状況は非常に良くない……。ディアンは、ザラを睨み付けたままどうしようかと考え始めた。このままじゃ、本当に……合格できなくなるかもしれない……。そんな気がした。
「おやおや、仲間割れかい?」
聞いたことのない声が、後方から聞こえ三人はそちらに目を向ける。見たことのない三人組が嫌味を含んだ笑顔をこちらに向けている。その手にある地図からして、自分たちと同じように南に向かうチームであることが予想できた。
「時間も少ないのに、いいのかなぁ? 足手まとい君がいると大変だね~」
「まぁ、俺たちには関係ないけどな!」
ヒヒヒヒヒと笑いながら、その三人はディアン達の隣を走り抜けると「お先~」と手を振りながら行ってしまった。その背中を、ザラは恨めしそうに睨み付ける。
「……本当にごめん……。僕……、足手まといにしかならなくて……」
今から迷ってたりしたら、間に合わないのに……。
肩を落として泣き始めたデビに、ディアンは「大丈夫だって! デビ、記憶力いいんだから、思い出したら大丈夫だって!」と慰めている。ザラは背を向けて、やはり三人が行った方を睨み付けていた。
「……ザラ、もういいだろ! デビは悪気があってやったわけじゃねぇんだ! まだ間に合うかも知れねぇ! 進もうぜ! ザラ?」
ディアンがそう言うとザラが、顔に手を持って行き、まるで流れた涙を拭うようなしぐさを見せた。まさか、ザラが……泣いているのか?
「……、なんだよぉ、ザラまで泣くなよな! 俺まで泣きそうになるじゃんか」
「誰が泣くか! ちげぇよ!」
再び怒りに顔を歪ませてザラがディアンを振り返る。その顔には泣いた後などない。代わりに盛大に歯軋りをするザラに、ディアンは訳が分からず立ちすくむ。泣いているデビの腕をザラが引っ張るのを見て、ディアンは急いで止めるために大声を上げた。
「な、暴力するな! デビは暴力振るわれるのが嫌いなんだ!」
「ちげぇよ! さっきのやつ等追いかけんだ!」
ディアンは再び訳が分からなくなって立ち尽くし、デビは下に向けていた顔をザラに向けた。「急げ!」と、ザラがそんな二人を急き立てる。
「ちょ、ちょっと待てよ、ザラ! どういうことなのか、説明しろよ!」
「さっきのやつ等、地図を二つもってやがったんだ! 最初、見間違いかとも思ったが違う! 奴ら、もう一つ地図を隠し持ってやがった!」
「え? もしかして……」
「あぁ。あいつらのと、お前が鉛筆でルートなぞった俺らの地図だよ! あいつ等人の地図盗みやがったんだ!」
走るぞ! と号令をかけてザラが先頭に立ち、走り出す。ディアンとデビは急いでその後を追った。一つ目の角に出たところで三人は止まって、先ほどの三人の姿を探すが、やはりその姿はなかった。これでは追いかけることもできない。
「チッ」
「ザラ、もしかしてあいつ等……」
「あぁ。俺達の後つけて、俺等がゴールしそうになったら妨害するか、一緒に入り込むかする気だったんだろうな。 畜生!」
後をつけられてたなんて気づかなかった。とザラは呟くと、デビを見る。今度は遅れることなくついてきていた彼を見て、ザラは頭を下げると「すまん」と謝罪した。
「……、そ、そんなザラいいよ。地図を取られたのは僕のせいなんだから!」
「取られたのと、失くしたのじゃ違うだろ? もしかしたら、お前がこけたのもあいつらのせいだったのかも知れないんだぜ? だとしたら、それはお前の責任じゃなく、やつ等が責任をとるべきだ」
役立たず呼ばわりしてすまなかったとザラが再度謝罪すると、少しの間黙ったデビだったがややあって、僕こそごめんねと言って笑顔をザラに見せた。
「よっしゃー! あいつ等追っかけるぞ!」
仲直りした二人を見て、ディアンが思い切り叫ぶ。チーム崩壊の危機が去って、無償に叫びたくなったのだ。先ほど思った、「合格できないかも」と言う考えが嘘のように消えて、今は「絶対に合格できる、いや、する!」という思いに変わっていた。
「それができないから、こうして止まってんだろ、マヌケ」
その思いを折るようにザラがズビシッと言い放ち、出鼻を挫かれたディアンは、その場に反動で倒れこむ。……やっぱり、ザラのことは好きになれそうにない……。
「最初に曲がる方向は……、右だったか?」
「違うぞ、ザラ。左だ!」
「右だろ?」
「左!」
案の定、口喧嘩になってしまった。
その様子にデビは口元を綻ばせる。元に戻ったのだ……。なんだか、それが無償に嬉しかった。……今はまだ、自分が戦士になりたいかどうかは決められない。けど、僕は――。
「待って、二人とも。僕に……、任せてくれない?」
喧嘩の最中だった二人がデビを見る。分かったと、二人は承諾するとデビが目を閉じて、懸命に思い出そうとする様子を見守っていた。少しでも合っているルートを思い出してもらうために、私語はせず、静かにデビが目を開けるのを待っていた。 そして……
「……たぶんだけど、最初は右だよ」
「その先も思い出せたか?」
「うん。とりあえず……」
とりあえずでもなんでも上出来だとザラは言うと、デビの指示通り右に曲がって歩き出す。「やったな、デビ!」とデビの肩をバンバン叩きながら、ディアンが続く。ニコニコとした笑顔でそう言ってきたディアンに、デビが「ありがとう」と返すと、ディアンはなんで? と言うように首を傾げたのだった。
その後、三人はデビが出す指示通りに角を曲がり、ちゃくちゃくと歩を進めていた。と、不意にゴーン、ゴーンと言う鐘の音が鳴り、三人が何事かと時計台に目をやると、長い針が九を指していた。
「試験終了十五分前を告げる合図ってことか。 本格的にいそがねぇとな」
「デビ、あといくつ角曲がるんだ?」
「あと、三つくらいかな。合ってれば……」
よっしゃー!とその言葉に励まされたのか、ディアンが奇声を上げて走り出す。角に到着すると、「どっち?」とデビを振り返るその様子に、「本当の役立たずはあいつだったな」とザラは呆れたように呟いた。
「ん?」
デビに言われたとおり、左に曲がったディアンは向こうから何かが走ってくるのを見て立ち止まった。あれは……。
「さっきのやつ等だ!」
その声に後から曲がってきた二人も反応する。確かに前方から先ほどの嫌味な三人がすごい勢いで走ってきていた。しかし、その後ろには赤い大きなものが見えた。何かに、追われているようだ。まだ小さいが、何か音も聞こえる。あれは……
「鸚鵡だ!」
ザラが叫ぶと、なんの音か分からなかった音がやっとディアンの耳に鳥の羽音として聞こえてきた。たくさんの赤に囲まれたあの時を思い出す。赤と嘴と、爪しか見えなかった世界……。このままここにいたら、確実にまたあの赤に囲まれてしまう。
「どうしよう、ザラ? 引き返す?」
「いや、あいつ等が同じ方向に来たら同じだ」
「じゃぁ、どうすんだよ! 俺、もう嫌だぜ! 囲まれるの!」
あれはお前が勝手に突っ込んだんだろ! とザラが叫び返すのさえ聞き取りづらくなるほど羽音が近づいてきた。本当に、これはピンチだ。諦めて引き返すか……。その時、ディアンはある物の存在に気がついた。右側の壁に、大きな穴が開いていたのだ。これってもしかして……。
「どうしよう! やっぱ引き返すしか……」
デビが泣き声にも似た声を上げたとき、その服の裾をディアンはひっぱると「こっちだ!」と穴を指差した。ピンと来たのか、ザラもパニックに落ちかけているデビを穴の奥に押し込んだ。羽音が大きくなってきた。その中に、人間の叫び声らしいものも微かに聞こえる。穴を潜り抜けた三人は、穴の両脇から通路の様子を見ていた。だんだんと、近づいてくるのが音の大きさで分かる。そして、ギャーという叫び声が一瞬だけ聞こえた後、バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサババサババサバササッ!!!
鼓膜を破らんばかりの、大きな音だった。バサバサなんて聞こえるのは最初だけ。後は、その音がたくさんかぶって文字じゃ表しきれないような音になっていた。目の前は一瞬にして赤一色となり、また一瞬にしてレンガの赤茶と、土の茶色、そして空の黒色とに戻った。自分たちを追ってきたときの数とは、桁外れに多い鸚鵡が、あの三人を追いかけていたのだ。はっきりと見てはいなくても、音と視界だけでそれが十分に判った。巻き込まれていたら、ただでは済まなかっただろう。
「……助かった……」
「こいつは……、鷲の奴が開けた穴か……」
放心状態になって呟くデビを尻目に、ザラが穴の表面を見てそう呟く。それは北エリアで見た、鷲が開けた穴とよく似ていた。
「もしかして……、鳥が一匹ずつ一つのエリアを守るとか、別に決まってたわけじゃないってのか……」
「ま、とりあえず助かった!」
「ディアン、よくこの穴見つけたね……」
「ま、まぁな! 俺だって、やる時はやるんだぜ!」
誉められて顔を赤くしたディアンは、それよりも早く行こう! と二人を引っ張り、ゴールを目指して歩き始めた。
次に出た角を左へ。そして、その次の角を右へ。曲がりきった三人の眼前には、あの四体の像と行き止まり。ここは迷路が形を変える前と変わっていない。どうにかタイムオーバーする前に、ここまでたどり着けた。問題は、ここからである。鸚鵡を調べるのは先ほどの集団行動を見て不可能に近いと分かった今は、像を調べて答えを見つけ出さなければ合格できない。いや、それ以前に読みが外れていれば不合格だろう。だが今は、これにかけるしかなかった。
三人はゆっくりと像へ歩み寄ると、鸚鵡の像を調べ始めた。ついでに他の鳥の像も調べたが、大きさが違う以外は特に変わった所は見られない。
「ザラー、何も見つからないぞ?」
「……外れだったか……」
「そうだとしたらもう、時間は……」
もっとタイルの方とかもよく見てみるんだとザラが二人に告げ、三人は再び像を調べ始める。ディアンはタイルをじっと見た。黒、青、赤、白をしたタイルは土をかぶったのか、所々茶色い砂で汚れている。黒は特に目立っていないが、白は特に顕著だ。 ……ん? ディアンは白のタイルと赤のタイルをそれぞれ見比べ始めた。何かが違った。汚れ方が……。白のタイルは像の輪郭に沿って、土の線がついている。赤は、その線が微妙に……ずれてるような……。
「ザラ! これ、見てくれよ」
「どうした?」
「これ、土の跡二重になってねぇか?」
「?」
ディアンに言われた箇所を見るため、ザラが座り込む。そして、うーんと唸るとその体を起こした。その様子にデビが「どうしたの?」と尋ねると、ザラはもしかしてと鸚鵡の像を見上げた。
「……動かせんのか、これ……」
「えっ?」
そう呟いたザラにディアンとデビは同時に驚きの声を上げる。試しに、他の像もちょっと見てみるか……と、ザラは隣にあった孔雀の像を押してみた。すると、スッ。ほんの少しだが、像が動いた。
「お、動くんだ。……でも、俺が最初持ち上げようとした時はうんともすんとも」
「それは持ち上げようとしたから余計だったんだろ。いくつかのタイルの淵には、土が少しだが盛り上がってるところがあるし、この中の像のどれかをタイルの上から動かせば、もしかしたら合格できるのかも知れねぇ」
ポンポンと鸚鵡の像をザラが手で軽く叩きながらそう言う。じゃぁ後は、どの像かってことだねとデビが言った。
「もうここまできたら鸚鵡なんじゃない? 像もこれだけ大きいし」
「……俺もそう思いたいが、根拠がねぇだろ?」
「根拠なんか気にせず、やっちまおうぜ。 もう時間ねぇし」
そうディアンは言うと、時計台へと目を向ける。試験終了まであと十分を切っていた。不服そうな顔をザラは一瞬にすると、しゃーないかとばかりため息をついて像に手をかけた。その時だ。バサバサッ。何かが三人の頭上で羽ばたく音が聞こえた。あまり聞きたくはない音だ。バサバサッ。そっと顔を上げた三人は、そこに赤い鸚鵡が一羽いるのを見た。最初に見た、あの一回り小さい鸚鵡である。三人と目があった鸚鵡は、一度空中で一回転すると三人に向かって急降下してきた。鋭くとがった嘴の先を、三人に向け勢いをつけて文字通り飛び掛ってくる鸚鵡を避けるため、三人は像から一度離れる。鸚鵡は避けられたと知るや、また一回転して地面に着地した。
「てめぇ、あの時はよくもやってくれたな! チビオウム!」
ディアンが大声でそう叫ぶと、それに返すように鸚鵡は「アアァ」と声を上げた。それから笑うように「ケケケケケケ」と鳴き声を上げる。バカにしやがってと意気込むディアンの前で、鸚鵡はまた一回転した。そして、またもすごい勢いで三人に向かって飛び掛ってきた。狙いは、真ん中に立っているザラだ。分かっているのにわざわざ当たってやる必要はないとばかり、ザラは横に避けようとパッと移動する。すると、また鸚鵡が空中で一回転したかと思うと、今度は足を突き出して蹴りかかってきたのだ。
突然の方向転換に、ザラは足元をすべらせて仰向けに転倒する。が、そのおかげで鸚鵡の蹴りを回避することができ、鸚鵡はそのまま壁へと突っ込んでいく。
「ラッキー! そのまま壁に激突しやがれ、チビオウム!」
ディアンがそう叫ぶと、一瞬鸚鵡がニヤリと笑ったように見えた。壁がいよいよ迫ってくると、鸚鵡はまたも空中で一回転した。すると、うまい具合に壁に足が着き、そこから足で壁を蹴って飛び上がると、まるで三人をあざ笑うかのように空中に静止した。
「あー! あの野郎、鳥のくせに!」
「むしろ、鳥だからだと思うけどね、身軽なのは……」
「……」
起き上がったザラは鸚鵡を睨み付ける。その様子を見て、ディアンも先ほど思ったことを思い出したのか、鸚鵡を睨み付けて尋ねた。
「おい、さっきの蹴り……」
ディアンがザラを見る。ザラはコクリと頷いた。鳥が蹴りなど入れてくるはずがない。できるはずもないのだ。人間と同じフォーム、ザラと全く同じフォームでとび蹴りしてくるなどありえない。しかし、二人が見た鸚鵡の蹴りは、翼を手に見立てれば、そっくりそのままザラと同じ方だったのだ。デビはザラのとび蹴りを見てはいなかったが、明らかに鳥の動きではないことに気がついたらしい。三人は目を丸くして鸚鵡を見る。鸚鵡は次の攻撃態勢に入っていた。
「アアァー!」
そう鳴いて鸚鵡は、今度は足に引っ掛けていた何かを三人に向かって投げつけてきた。きれいな回転のついた、その何かは鸚鵡が投げたとは思えないスピードでディアンに迫ると、ディアンの腹部に命中した。うわっと声を上げてディアンは後ろにしりもちをつく。その手に握られていたのは、ディアンの履いているものと全く同じ靴の片割れ。しかし、ディアンは靴を両方、きちんと履いているのだ。なぜこんなものが……。
「あっ」
何かを思い出したようにディアンが声を上げる。闘鶏に、そういえば靴を自分が蹴りつけたような……。まさかまさか……。
「アアァー!」
鸚鵡がもう一度泣き声を上げ、像の方へと移動する。そして翼を広げると、そこには何本もの医療器具・メスがギラリと光って並んでいた。どこからあんなものが……。
「やっぱり! あいつ、俺らがやったのと同じことしてくるんだ!」
「道理で道具やフォームまで同じなわけだ!」
「もしかして、鸚鵡返しにって意味で?……」
鸚鵡が翼を一度羽ばたかせる。すると、空中に並んでいたメスは、ちょうど岩山サクラが投げたそれと同じように、ギラリと光りながら三人に一直線に向かってきた。
「曲がり角に逃げろ!」
三人は急いで後戻りすると、迷路の曲がり角に逃げ込んだ。壁にメスが突き刺さる。一本が、ディアンが逃げ込んだちょうどその後に、地面に突き刺さった。
「あぶねぇ!」
「……くそ、最初の時にただ群れになって追っかけてくるだけだったのは、まだ何も俺らがやったこと見てなかったからか!」
「もう爪や嘴だけで十分凶器だと思うんだけどな……。広辞苑、ズタズタにされたし……」
デビが嘆く傍ら、ザラは状況を整理しようと角から鸚鵡の様子を伺った。鸚鵡は鸚鵡の像の上に止まって、あちらもこちらをじっと見つめている。
ザラはその鸚鵡が止まっている鸚鵡の像を睨み付ける。あの像を動かせば、もしかしたらゴールに着けるかもしれない。しかし、なぜなのか、根拠が分からない。
「デビ、鸚鵡返しって怖ぇな!」
「普通は言葉だけだってば……。あんなもの返してこないよ」
「あー、もう! 時間がないって言うのに! どこが出口なのか、いい加減教えやがれ、この真っ赤鳥!」
「まんまだね」
大声でディアンがそう叫んだ時、ザラの頭にあることが浮かんだ。まさか、そんな簡単な……?
「鸚鵡返し……。まんまってことか……」
「? どうした、ザラ? 何か分かったのか?」
「……そうか!」
ザラの唖然とした表情に、デビも何かを感じたのかポンと手を打った。
「鸚鵡返し。『返し』の字を変換すれば、『帰し』になる……」
ザラがそう言うと、ディアンもなーるほどとポンと手を打った。なーんだ、そんな単純なことかとディアンが笑い始めると、それにつられてか他の二人も笑い声を上げる。が、その笑い声が止むと三人はハァと疲れたようなため息をついた。
「……今の今まで迷路を走り回ったのは一体なんだったんだろうな?」
「思い出さすな、タンポポ。 ……とりあえず、この問題作った奴は許さねぇ。ぶん殴りたい……」
「ふ、二人共……、そこまでがっかりしなくても……」
三人が肩を落とす中、ゴーンゴーンと再び鐘が鳴った。見れば、時計台の時計は十二時の五分前を指していた。
鸚鵡は三人が逃げ込んだ角をジッと睨み付けていた。ここを守るのが、彼の仕事である。守ると言っても、ただ生徒を脅かせばいいだけだが、答えを知った生徒の邪魔をすることも仕事の一つである。そうやってじっと角を見つめている鸚鵡に向かって、何かが投げ込まれてきた。鸚鵡が反応して飛び上がる。飛んできたそれを威嚇し、鸚鵡は襲い掛かると地面にたたきつけた。さらにその上に、鋭い爪を食い込ませて押さえ込む。それは息をしていなかった。
「今だ! 走れ!」
三人は脱兎のごとく、角から走り出すと鸚鵡の像に手をつけて力いっぱい押し始めた。思っていたよりもズシリとくる。三人で押しても、なかなか動く気配の見えない像を、三人は力いっぱい押した。そばで先ほどの鸚鵡が、広辞苑を離して騒ぎ始める。とたんに、三人の周りをたくさんの赤が覆い尽くした。
「おい、一匹だけじゃなかったのかよ?」
「あの三人を追っかけてた奴らが帰ってきたんだろ。気にすんな! 押せ!」
「う、わ……」
あまりの赤さに像を押す力が弱まる。最初に出会ったときとは比べ物にならない数の鸚鵡が、三人を取り囲んでいた。それが一斉に鳴き声を上げ、三人に向かって突っ込んできたのだ。凄まじい攻撃に、三人は一度像から手を離して追い払おうと、腕を振り回す。しかし、それは逆効果で鸚鵡達を怒らせるだけだった。
仕方なく、三人は像を押すことに集中することにする。しかし、像を押す手を鸚鵡達が集中的に狙ってくるので、なかなか力が入らない。
「とりあえず押せ! これが鍵なんだ!」
「でも重すぎだろ、これ!」
「タイルの上からずらすんだ! 少しでもずれれば問題ない! はずだ!」
「あと2分切ったよ!」
三人はつつかれて血が出始めた手にグッと力を入れた。鸚鵡達は攻撃を止めない。きっとあちらも躍起になっているのだろう。どうにかしてここを守ることが、彼らの仕事なのだから。
血がさらに激しく出始めたのを見て、デビが一瞬力を緩める。像がタイルの上からやっと半分ずれた時だった。
「……」
「おい、何やってんだよ!?」
「……デビ?」
押し黙ったデビに、ザラが怒号を上げる。ディアンはそれを少しの間見た後、あと少しだぞと呟いた。
「もうちょっとだからさ、一緒に頑張ろうぜ、デビ!!」
「……うん!」
三人そろって、グッと像を押す。像の土台が少しずつ浮かび始めたので、さらに力を込める。
「あと1分!」
「「押せ―!!!」」
グググ……、だんだんとバランスを崩した像がタイルの上を離れ、ガコンと音を立てて倒れた。と同時に、ボコンとタイルが持ち上がる。三人が何だという顔をする中、向こうで行き止まりだったはずの壁が二つに割れるのが見えた。そして……、光が差し込む門がその奥から現れたのだ。
「あ、開いた?」
「急げ!」
三人は急いで走り出す。あと三十秒……。
鸚鵡達が攻撃して来なくなった道を、一目散に駆ける三人。目の前に大きく口を開けた門に向かい、三人は勢い良く飛び込んだ。
ガヤガヤと周りが騒がしいことに気づいて、閉じていた目を開いてみる。前の席にいた女子とたまたま目があって、慌てて反らした。
ディアンは辺りを見回した。試験を開始した時と同じ、教壇の上にはマサ先生が仁王立ちしていて、傍らにユウイ先生がいるのが見えた。兄ちゃんがホッとしたような顔をしているのが見えて、自分もホッとする。
「か、帰ってきたぁ~!! やった~!」
「試験しゅ~りょ~!!」
思わず声を上げたその時、それよりも大きなユウイの声が部屋中に響きわたった。
謎が少し簡単すぎるだろ(汗 と思ったら、作者がバカなんだと思ってください。バカでアホです。下らないことしか考え付きません。辻褄があってないだろ(汗 と思ったら、今回だけは見逃して下さい。とりあえず先進めないと、この話、一生終わらない気がするので。でも、こうした方がいいんじゃないとかあれば教えてね。参考にします。
はい、先日やっやこしい編集した紫陽花です。すいませんでした。今回は、第五幕です。前半少し修正したのと、後半少しプラスしました。 そして、次の第六幕でやっと試験が終わります。スローペースですいません。はい、連日謝ってばかりです。第六幕は明日あたり、ここにupする気です。では、長いですが、第五幕どうぞ。
第五幕 鳥は外見で決めつけてはいけない
真っ白な中に浮かぶ大きな黒い目。時折消えてはまた現れるを繰り返しているその目が、凶暴な猛禽類のもので、それが目の前まで迫ってきていたら、一体どんな反応をするだろう。
「ギャー?! 食べられるっ!!」
「デビ! 急いで下がれ!」
慌てて後ずさりするデビ。ザラとディアンはサッと身構えた。鳥の黒い目が動いているデビを追いかけて、キョロキョロと動いている。どうやら、ちょこまか動くデビを、餌か何かと勘違いしているらしいが、デビがそれを知るはずもない。鳥(鶏冠のようなものがあるところからして、おそらくは闘鶏なのだろう)は、首を伸ばすように体を前のめりにしてデビに迫った。
「ギャー! なんで僕なの!?」
「これが闘鶏か? それっぽく見えないけど」
「全部真っ白だからな。この際、そんなことに構ってられるか」
逃げるデビ。それを追う胸元がとてつもなくふわふわと、そして大きくふくらんだ鳥。ディアンとザラは体当たりを仕掛けるため、鳥に向かって猛然とダッシュしていった。二人そろって、鳥が前へ一歩踏み出した所へ体ごと突っ込んでみる。だが、ふわふわとした体毛のせいか、鳥はあまりダメージを受けなかったようだ。また一歩、踏み出した鳥によって思い切り弾き飛ばされた二人は、白い地面の上にたたき付けられてうめき声を上げた。
「ちっ。失敗か」
「ちっきしょう! なんであいつ、あんなふわふわなんだよ! 触ったら気持ちいいのに、なんかムカつく!」
叫ぶなってんだよ、とザラに突っ込まれたあとディアンは追いかけられて逃げ惑うデビを助けるため、猛然と駆け出す。鳥の足の下を潜り抜け、デビに追いついたディアンは、デビを先に行かせると、片方の靴の踵を踏んだ。
「見てろよ~。体が駄目なら、目だ! 七年間サッカーばっかりやってた俺の強力なシュートを見せてやる!」
そう意気込むと、頭を下げてきた鳥の目めがけ、ディアンは脱いだ靴を蹴り飛ばした。スピンをつけて、靴は見事にまっすぐ飛んでいくと、鳥の目玉にクリーンヒットする。うめき声をあげた鳥は、頭を上げて大きく翼をはためかせた。
「へっへ~ん、どんなもんだい! 驚いたか!」
ハハハハハと高笑いを上げるディアンは、次の瞬間、丸かった鳥の目がギラリと光って鋭くなったのを見た。そして、先ほどとは見違えるほどのスピードで、ディアンに向かって突進してきたのだ。
「ギャー!」
「あの馬鹿、怒らせてどうすんだ」
後ろからそれを追っていたザラは、急にスピードを上げた鳥をみてそう言う。だが、もう遅い。鳥は地響きを上げながら、ディアンに迫っていた。そして……。
「うわーぁ!」
「デビ!」
鶏はディアンをまたいで大きく前進すると、その前を走っていたデビを銜え上げた。どうやら随分とデビがお気に入りらしく、ディアンのことは最初から眼中になかった様子だ。上機嫌な鶏に対し、銜え上げられたデビは顔を青くして「食べないで! 食べないで! 僕なんかおいしくないよ!」と叫び声をあげた。
「鶏って肉食べるの?」
「食べないだろ?」
「悠長にそんなこと議論してないで助けてよ!」
追いついてきたザラとディアンの会話を遮り、デビは大声で助けを求める。体のすべてが真っ白で、最早どこからが頭でどこからが胸でということが全く分からない鳥を見上げ、ザラは「とりあえず、前言撤回だ」と言って構えた。
「これだけこっちに何かしら仕掛けてくるんだ。こいつは何かのヒントを持ってる!」
「っぽいなぁ~。 その前にさ、こいつのことから揚げにしたらどれぐらいの量になるかな?」
「知るか!」という言葉とともに、ザラは鶏に向かってザッと駆け出していくと、ふわふわとした毛に覆われていない、足に向かって思い切りとび蹴りを食らわせた。とび蹴りっ?と目を丸くするディアンだが、ザラはあまり手ごたえがなかったのか険しい表情で鶏を見上げている。案の定、鶏は何事もなかったかのように清ましている。
なら反対側に……とザラが攻撃対象を逆の足に向けようとしたとき、その足に思い切りディアンが突っ込んでくるとガン!としたたかに顔面を打ちつけた。
「お前何やってんだよ?」
「痛てー。失敗した……。 何ってとび蹴りやろうとしたんだよ! 失敗したけどな! お前、そんなのどこで習った?!」
「習ったっていうか、兄貴が……」
「いいな~、いいな~! 俺の兄ちゃんなんかサッカーしか教えてくれたことねぇぞ!」
そんなことやってる場合じゃないだろ? と顔をしかめたザラは、次の瞬間、体が浮く感覚を覚えて思わず鶏の足にしがみついた。どうしたんだ?という顔をしたディアンも思わず足にしがみつく。鶏が一歩前に進むたび、それが繰り返されるので、二人はほぼ同時に鶏が動き出したことと、その足の上に自分たちが乗っていることに気づいた。上がったり下がったりを繰り返しながら、二人はどうしようと顔を見合わせた。
一方、鶏に銜えられてしまったデビは、どうしようと顔を青くしたまま、下の様子を伺っていた。しかし、下の二人の姿は見えない。まさか自分ひとり置いていかれてしまったのだろうか?
「そ、そんなことないよね? だって三人そろってなきゃ意味ないはずだし……」
デビはそう呟いてみるが、言ってから校長のマサがそんなことを言っていたような気がしないことに気がついて、涙目になる。本当に置いていかれたなんてことになったらどうしよう……。兄に合わせる顔がない……。
デビは腕に抱えたままの広辞苑をさらに強く抱え込んだ。ん~と悩む兄の姿が思い浮かぶ。自分を見下ろして、「どうにかならないかな」と考え込むその様子が。しかし、受かったところで自分に戦士になるだけの力がないことは、誰から見ても明らかな気がした。
もしかしたら、今受からないほうがいいのかもしれない……。受かりたくない……。
そう思う自分がいた。
足に死ぬ気でしがみついていた二人は、どうすることもできず足にしがみついたまま鶏が歩くままに、迷路の中を進んでいくさまをみていた。自分達が歩いていた道は、西の方面の本当に始め、中央に近い部分だったのに、だんだんと奥に向かっている。地図がなくても、二人にはなんとなくそれが分かった。
「この鶏どこまで行くんだろうな」
左足と一緒に上がりながらディアンが言う。
「さぁな。でも行くとしたら一番奥だろう」
代わるようにして右足と共に上がりながらザラが言う。
「奥って……。 時間大丈夫なのか?」
再び上がりながらディアン。
「大丈夫じゃないだろうな。だいぶタイムロスだ」
代わるようにしてザラ。
「駄目じゃん!」
「言ったってどうもできねぇだろ?」
もう数十回、同じように会話していた二人は、また互いにため息をついた。別に、この速さじゃ降りられないというわけではないのだ。鶏は比較的ゆっくりと歩いている。だがら、降りようと思えばいつだって飛び降りられたのだ。だが、それではデビがどこにいくか分からない。鶏に銜えられたままの彼が、これからどうなるかも分からない。それではダメだとディアンが主張したのだ。別にザラ本人はそれよりも試験に合格することの方が大事だと思ったのだが、チームを組ませたことからして、チームメンバーそろってゴールするのが試験のルールだと気づいたので反論せず今に至る。降りて鶏の後を歩いてつけていっても良かったが、それよりも乗っている方が楽だった。
「この鶏を止める方法さえ分かればなぁ! そしたらデビのことも助けられるのに!」
「そんなに大事な奴なのか?」
「当たり前だ! 友達だぞ!」
「……。にしても、あいつ本当に戦士になる気あんのか?」
「? なんで?」
「なんでって、あんな運動神経ないのに、これから先どうすんだよ?」
一番必要なことだろとザラはディアンに問いかけると、「俺にはあいつになる気があるようには見えねぇ」と続けた。
「無理にお前についてきてるってわけじゃねぇだろうけど、あるのは知識だけって感じだし、どうも否定的な意見が多い気もするが?」
「それはデビが決めることだろ? 別に俺らがどうこう言ったところでかわんねぇって」
「まぁ、そうだが」
「あいつが決めることなんだから、あいつがここにいる間はなるってことでいいんだよ」
「……」
ザラはどうにも腑に落ちないらしく、顔をしかめるがディアンは気にしてない様子で鶏を止める手がないか、懸命に上を見上げてぶつぶつ言っていた。やがて、何かを思いついたらしく、鶏のふわふわとした羽毛に手を伸ばした。
「おい! 何する気だ?」
「上に行く」
「?」
「上にのって、とりあえずデビを先に助ける」
「はぁ? まさか、上って頭のことじゃ……」
「行くぞ~!」
ザラの静止も気かず、ディアンは鶏の羽毛をグッとつかんだ。そしてそこに力を入れて、自分の体を持ち上げると上に上り始めた。
「たく。おい、待てよ」
追うようにザラも羽毛をつかんで上り始めると、あっという間にディアンに追いついて横に並んだ。
「!」
それに気づいたディアンは負けるかと言わんばかりに上るスピードを速めた。ザラもそれに気づいて速める。二人はほぼ同時に、鶏の背中に手を伸ばすと、ほぼ同時にその背に立った。そして睨み合う。負けたくないという小さな対抗心が、二人の中で大きく燃え上がっていたのだ。
「……」
「……。 !」
睨み合っていた二人は、急に揺れが止まったので同時にガクリとその場に膝をついた。顔を上げると、デビが何やってるの?という呆れた顔をして鶏の嘴からぶら下がっていた。その奥には、真っ白な中に浮かぶ真っ黒な目玉……。
「げっ! 見つかった!」
ギョロンという擬音が似合うだろう、鶏の目が動いてディアンとザラを交互に見る。上から見下ろされているので、そこで何してると言われたような感覚が、二人を襲っていた。と、ゲシッと言う音と共に、ザラが鶏の背を蹴りつけ始めた。「何やってんだよ!」とディアンが小声で声をかけるが、ザラは意に介さない。無心に鶏の背を蹴り続けるのである。
少しの間、何をしているのか分からずボケッと立ち尽くしていたディアンだったが、やがて合点がいったらしく、自身は鶏の羽毛を力いっぱい引っ張り始めた。
「ちょ、ちょっと二人とも何やってるのさ?」
銜えられたままその様子を上から見ていたデビは、その後ろで鶏の目玉が丸くなるのを見ることができなかった。ましてや次の瞬間、大きな叫び声を上げて鶏が暴れ始めるなど、彼には想像もつかなかったことだろう。
ザラの蹴りがわき腹へ決まり、ディアンが一本の羽毛を思い切り引き抜いた時、鶏はやっと体全体に痛みが走ったことに気がついた。そして大きな奇声と共にデビを離すと、痛みから逃れようと思い切り暴れ始めたのである。予想以上の暴れっぷりに、鶏の背で、デビの落下を助けた直後の三人は、床の上へ振り落とされる有様だった。
「痛てぇ」
「うーん……、! でも助かった! うわー、二人共ありがとう!」
「当たり前だろ、デビ! 困った時はお互い様だぜ!」
元気よく親指を立てたディアンに、デビも同じように返す。これが二人の間ではお決まりなのだ。今も、ほんの目の前で巨鳥が一匹暴れていなければ、微笑ましい場面であるはずだったのだが、生憎、その暴れている巨鳥の足が、三人の頭上へと迫っていた。それにいち早くザラが気づくが、もう遅い。三人が逃げる前に、大きな足が下りてきた。
「じっけ~ん!」
高らかな笑い声とともに、無数のメスがどこからともなく飛んでくると、鶏の体に深く突き刺さったのはその時だった。鶏がさらに悲鳴を上げて三人がいる場所とは違う場所に足をつくと、運よく助かった三人は何が起こったのか分からず、目を丸くしていた。
「キャハハ~。また鳥さん、みっけ。今度はすごく大きいね」
誰かが今鶏が歩いてきた方向から顔を出す。
「この声は……。岩山じゃねぇか?」
「あ、そう言われて見れば……」
「岩山?」
ディアンの言葉にデビがそうかも……という顔をし、ザラが誰だそれ?と眉をひそめた時、再度向こうから現れた人物が声を上げた。
「キャハハハ! 実験させて~! 大きな鳥さ~ん! あなたの中はどうなってるの~?」
そこには科学者が羽織る白衣を着、両手にメスを持ったピンク髪の少女・岩山サクラが立っていた。試験開始前の大人しい感じとは打って変わり、その目は目の前の獲物をしっかり捉えていた。にっこりと天使のように微笑む。鶏はそこから何かを感じたのか、一歩後ずさった。
「やっぱり、サクラちゃんだ」
「あいつ、動物見ると性格変わるからな」
「……なんか似たような奴が俺のクラスにもいた気がする」
鶏が恐れをなして、すっかり大人しくなったので三人は立ち上がると、巻き込まれるのはごめんだとばかりに壁側による。ザラには少々よく分からなかったが、彼女がメスを抜いた時には、極力近づかないほうがいいと、他の二人が言うのである。
一歩も動かず、睨み合うサクラと鶏。先に動いたのは鶏の方だった。クルリと後ろを向くと、一目散に逃げ出したのだ。
「あぁ。待ってぇ、鶏さん! あたしのお父さんの実験材料になってよぉ~!」
「おおよそ、十二歳の少女が吐くせりふじゃないな……」
ザラが困ったようにそう言うと、だろ?と言う顔でディアンがその肩に手を置いた。
「ところでサクラちゃん、一人?」
「……鳥さん……」
「サァークーラァー!」
「サクラちゃ~ん!」
鶏に逃げられてがっかりしているのか、デビの質問に応じようとしないサクラに、デビがどうすればいいか迷っていると、彼女が現れた方向から、二人の人影が走ってきた。声からして、一人は男、もう一人は女であるようだ。
「もう、サクラ! あんまり早く走っていかないでくれよ」
「そうよ、サクラちゃん。どれだけ探したことか……って、キャーvv ザラ様vv」
走ってきた黒髪おかっぱの少年と、金髪の少女は二人して息を荒くし、座り込んでいるサクラにそう言う。どうやら、サクラだけがあの鶏の気配をかぎつけて、先走っていたらしい。黒髪おかっぱの少年は、とりあえず誰かと一緒で良かったとため息じみた息を吐き出して安心したようだったが、金髪の少女を見たザラの表情は苦々しい……。
「お前ら誰だ?」
「む? 何よ、あんた? もしかしてザラ様のチームメイト?」
「ザラ様って……。こっちが聞いてんだよ!」
「まぁ、失礼。でもいいわ、教えてあげる。私は火鼠あやめ。 ザラ様の未来の花嫁よ!」
そう言って胸をはる、金髪の少女、火鼠あやめの横でザラがさらに苦々しい顔をする。顔には思いっきり「お断りだ」と出ていた。
「……どうでもいいが、まさかお前等も同じ迷路にいたとはな」
「そうだね。僕もてっきり皆別々なのかと思ってたんだけど……」
「アハハハハ……。会う確立の方が少ないんじゃないかなぁ。これだけ広い迷路だし」
後ろ頭を掻きながら困ったように黒髪のおかっぱ少年は言うと、「あっ、僕は種川ピード。よろしく」と、キョトンとした顔をしているディアンに言った。
「僕は砂地デビ。 よろしくね」
「俺は守元ディアン! にしてもお前、高いなぁ」
「え? 何が?」
「身長だよ。 いいなぁ、俺にくれよ」
「し、身長はあげられないよ、さすがに」
困った顔をしてそう答えるピードをディアンは見上げる。その背には二十センチ近い差があるようで、ディアンの頭は彼のちょうど胸あたりである。
種川ピードは身長は高いが、決して体つきが大きいということはなく、どちらかというとひょろ長いという言葉がぴったりな少年だった。綺麗に切り揃えられた黒髪と、きっちりした服装をしているが本人はいたっておっとりした性格であるらしい。さらに言うと、身長くれ!と叫ぶディアンを見て後ずさりしているところから、喧嘩っぱやい性格でもなさそうだ。そのことを読み取り、「仲良くなれそうだな」と、一人心の中でデビは思っていた。
「サクラちゃん、ほら立って。次行かないと、時間ないでしょ?」
「……鳥さん……」
「鳥なんか放っといていいの! ここから出るのが先!」
座り込んでいたサクラを一喝し、立ち上がらせるとあやめははぁあ、やだやだというように首を振った。ポニーテールにされた長い髪がそれに呼応して大きく揺れている。大きな青い瞳をしたその顔は、とてもとは言わないまでもかわいらしい。典型的なTシャツに七部丈ズボンという格好で、比較的大人しい(動物が絡まなければ)サクラに比べ、フリルのついたチュニックに丈の短い半ズボンに色柄タイツと、あやめは実に女の子らしい服装をしている。だが、性格は気の強い方らしく、やっとディアンから開放されたピードの方を、大きな目を吊り上げて睨み付けると、文句を言い始めた。
「筆記試験だって言うから昨日は頑張って徹夜したのに、お姉ちゃんの予想はいっつも外れるんだから。大体、鳥使う試験ってほんとにありえない! そんなのがあるのは、ヒヨコの性別識別職くらいだと思ってたのに!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、あやめ。 鳥って言っても、殆ど襲ってこないし(サクラのおかげで)」
「だって、あんたも見たでしょ? 真っ赤な鳥の群れ! あんなの寄ってこられたら、私気絶しちゃうわよ!」
「ちっさくてかわいかったじゃないか(サクラのせいで逃げたけど)」
「もう、ほんとありえない!」
うじうじと文句を言うあやめを、ピードが宥めたり反論したりする横で、つまらなさそうにあくびをするサクラ。どうやら、この班はディアン達三人以上にチームワークがなさそうである。それにプラスして、どうやらまだ試験合格への手がかりも何もつかめていなさそうにも見えるし、正直付き合っていると面倒なことになりそうだ。
「……こいつらに付き合ってる暇はないな……」
ザラがぼそりと呟いたのを聞きつけて、珍しくディアンもコクンと頷いた。
「さっきの鳥がヒントをもってたかもしれないんだし、さっさと追っかけようぜ。時間がもったいない」
「えぇー! ザラ様、もう行っちゃうんですか!」
「……」
「ここで会えたのも何かの縁だしぃ、一緒に行きませんかぁ?」
「……断る」
「あぁ、なんて冷たい……! でも、そんな所がす・て・きv」
ディアン達が立ち去ろうと相談を始めた時、どうやらそれに気付いたらしく、ピードと口論をしていたあやめがパッとザラの前に躍り出ると、目をウルウルさせながらザラを見る。明らかにぶりっ子になったあやめに、周りから、そして彼女が見ている当人からも冷たい視線が送られるが、彼女はそんなことを気にせず、一人でキャーと黄色い声を上げていた。
「お前、頭大丈夫か?」
それを見ていたディアンから、厳しい一言が放たれるが、それは「あんたに言われたくないわよ、タンポポ頭!」と言うあやめの一言で見事に打ち返された。
「誰が、タンポポ頭だ! 俺の頭のどこがタンポポなんだよ!」
「タンポポみたいに大きな花の咲いた頭をしてるのねって言いたいのよ!」
「何をぉ! それってどういう意味だ!」
「おバカさんって意味よ! お・ば・か・さ・ん!」
また喧嘩してる……と、デビが心の中で呆れる中、ザラはそんな二人を無視して「俺達はこっちに行く」と地図を手にピードと話していた。
「班同士、会っちゃいけねぇというルールはないはずだから、これぐらいの接触なら大丈夫なはずだ。互いに精々、次は会わないよう祈ろうじゃねぇか」
「そうだね。それで反則だったら、僕達二班とも不合格だしね」
苦笑いしてピードはそう言うと、デビの仲介でどうにか収まり始めていた喧嘩の片方を呼び寄せた。
「ほら、あやめ。そろそろ行かなきゃ、ほんとに時間がないよ」
「分かったわよぉ! ザラ様! 私、必ず試験に合格して、そのタンポポ頭の代わりに、ザラ様の班員になりますから!」
「タンポポ言うんじゃねぇ!」
大声を上げるディアンを、あやめは鼻で笑うと、行きましょとサクラの手をひいて歩き出した。サクラは今の今までボーとしていたらしく、あやめに手をとられた時、一度ビクリと肩を震わせた。
「じゃぁ、そっちも気をつけてね。 特に鸚鵡に」
「お前も、あんな口うるさい女に負けんなよな! 鸚鵡みたいにうるさい女にな!」
それはお前だろ、というザラの突っ込みが入り、またもやディアンの頭に血が昇るが、それは次のピードの言葉で一瞬にして引っ込む。
「うるさいのもそうだけど……。彼ら、得体の知れない力があるみたいだからさ」
「「「?」」」
キョトンとした顔の三人を残して、ピードは「おーい! 待ってよー! あやめー! さくらー!」と声を上げながら、女子二人が歩いていった方向へと姿を消した。
懸念していた編集作業が無事終わり、製本もあっさり終わってほっと一息。
出来上がった部誌を見ていたら……。
致命的な誤字を発見。
………。
くやしかったので、誤字訂正版を置きに来ました。
とても短いです。続きに置くまでもないので、以下に。
夜の売り子
夜の売り子は少女で、少女は柳で編んだ大きなかごをぶら下げて、夜の町を歩く。
「夜を売ります。
夜を売ります。
お代はあなたの昼で結構。
眠れぬ夜は二昼で。
一人の夜は三昼で。
凍える夜は四昼で。
嘆きの夜は六昼で。
柔らかな夜は八昼で。
夜を売ります。お売りします」
歌うように声を響かせ、少女は毎日夜の町へとやってくる。
夜を買いたいという人は、たまさかやってくるのだが、彼らもまた、少女の求める昼を持ってはいないので、結局少女の夜は売れない。
夜の売り子は、昼が欲しい。
少女は昼が欲しくてたまらない。
「夜を売ります。お売りします」
そうしてある日、一人の男が、夜の売り子の前に立つ。くたびれた姿のその男は、両手いっぱいの昼を差し出した。そして一番優しく、一番暗い夜を求めた。 少女は大喜びで、夜を渡して、昼を受け取った。
男の手の中で、少女の夜は消えた。
少女の手の中で、男の昼は消えた。
二人は互いの運命から、逃れられなかった。
出来上がった部誌を見ていたら……。
致命的な誤字を発見。
………。
くやしかったので、誤字訂正版を置きに来ました。
とても短いです。続きに置くまでもないので、以下に。
夜の売り子
夜の売り子は少女で、少女は柳で編んだ大きなかごをぶら下げて、夜の町を歩く。
「夜を売ります。
夜を売ります。
お代はあなたの昼で結構。
眠れぬ夜は二昼で。
一人の夜は三昼で。
凍える夜は四昼で。
嘆きの夜は六昼で。
柔らかな夜は八昼で。
夜を売ります。お売りします」
歌うように声を響かせ、少女は毎日夜の町へとやってくる。
夜を買いたいという人は、たまさかやってくるのだが、彼らもまた、少女の求める昼を持ってはいないので、結局少女の夜は売れない。
夜の売り子は、昼が欲しい。
少女は昼が欲しくてたまらない。
「夜を売ります。お売りします」
そうしてある日、一人の男が、夜の売り子の前に立つ。くたびれた姿のその男は、両手いっぱいの昼を差し出した。そして一番優しく、一番暗い夜を求めた。 少女は大喜びで、夜を渡して、昼を受け取った。
男の手の中で、少女の夜は消えた。
少女の手の中で、男の昼は消えた。
二人は互いの運命から、逃れられなかった。
了
春休みですが、なかなか出すものがなくて、というか書いてなくて、久しぶりになってしまいました。
ちょっと近況。
休み中ではありますが、部活の方で少々動いていまして、現在も編集作業中、より正確には編集作業滞り中、です。部長の原稿が出来ないと、ここから先には進めないのです。で、部長に進捗状況を尋ねるメールを送ったところ、
「ごめん、今旅行中」
………おい。
果たして製本日までに間に合うのでしょうか。そして私は製本日に無事でいられるのでしょうか。…くたばってないだろうな。
そして個人的な調べ物をしていたのですが、今は一時中断。ちょっと行き詰まってしまいまして。
なんかばーっと話書きたいなあ、と思っていたのですが、長編に手を着ける余力がなく、ちょっとした小話を置いておきます。
ちょっと近況。
休み中ではありますが、部活の方で少々動いていまして、現在も編集作業中、より正確には編集作業滞り中、です。部長の原稿が出来ないと、ここから先には進めないのです。で、部長に進捗状況を尋ねるメールを送ったところ、
「ごめん、今旅行中」
………おい。
果たして製本日までに間に合うのでしょうか。そして私は製本日に無事でいられるのでしょうか。…くたばってないだろうな。
そして個人的な調べ物をしていたのですが、今は一時中断。ちょっと行き詰まってしまいまして。
なんかばーっと話書きたいなあ、と思っていたのですが、長編に手を着ける余力がなく、ちょっとした小話を置いておきます。
「わあ…」
坂を上った先に広がっていた光景に、架楠と彪は思わず歓声を上げた。
その名前を挙げれば誰でもすぐに思い浮かべることの出来る淡い薄紅色が、枝を占領しきって溢れんばかりに開く、巨大な古木が、堂々と立っていたのだ。
「青蓮さん。すごいね」
「きれいだな」
二人は振り返って、千早姿の巫女に同意を求めた。
青連は、塗笠をちょいと持ち上げ、目を細めてその古木を眺めた。
「ああ。そうだね。春がここまで来ているんだねぇ」
そして、その答えに満足して、立ち止まったまま見事な満開の花を見上げる子供らの姿に、微笑んだ。
その視線が、ふとその木のある一点で止まる。そして、深く被った頭巾の下に、小さな角を隠し持つ彪も、自分の右目が捉えたのと同じ所を見つめていることに気づいた。
満開の枝に腰掛け、幹に腕を回すようにしている、長い髪の美しい女性。真っ白な着物を纏い、憂いを湛えた目で、山の向こうを見つめている。
顔全体をすっぽりと頭巾で覆う架楠には、その姿は見えていない。その姿を異形と呼び恐れる者達がなんと言おうと、架楠はただの子供なのだから。
「きれいだね」
呟かれた架楠の言葉に、二人は頷くだけだ。見えぬ者にあえて教えることでもない。きれいだと言えるのなら、それで十分ではないか。
「二人とも、どうかしたの」
けれど沈黙する二人のいったい何に気づいたのか、架楠はきょとりとした顔で尋ねた。
「何でもないさ」
「ほんと、きれいだよな」
彪も青連も、嬉しそうに笑ってそう答えた。
「さあ、そろそろ行くよ」
春めかしいものを、ということで。タイトルとは関係なかった。
一応彼らの基本。
彪は鬼なので、当然不思議なものが見えます。青蓮さんも、右目で見ることが出来ますし、巫女としての力があるので、ある程度対処することもできます。架楠だけが普通の人間、ということ。
坂を上った先に広がっていた光景に、架楠と彪は思わず歓声を上げた。
その名前を挙げれば誰でもすぐに思い浮かべることの出来る淡い薄紅色が、枝を占領しきって溢れんばかりに開く、巨大な古木が、堂々と立っていたのだ。
「青蓮さん。すごいね」
「きれいだな」
二人は振り返って、千早姿の巫女に同意を求めた。
青連は、塗笠をちょいと持ち上げ、目を細めてその古木を眺めた。
「ああ。そうだね。春がここまで来ているんだねぇ」
そして、その答えに満足して、立ち止まったまま見事な満開の花を見上げる子供らの姿に、微笑んだ。
その視線が、ふとその木のある一点で止まる。そして、深く被った頭巾の下に、小さな角を隠し持つ彪も、自分の右目が捉えたのと同じ所を見つめていることに気づいた。
満開の枝に腰掛け、幹に腕を回すようにしている、長い髪の美しい女性。真っ白な着物を纏い、憂いを湛えた目で、山の向こうを見つめている。
顔全体をすっぽりと頭巾で覆う架楠には、その姿は見えていない。その姿を異形と呼び恐れる者達がなんと言おうと、架楠はただの子供なのだから。
「きれいだね」
呟かれた架楠の言葉に、二人は頷くだけだ。見えぬ者にあえて教えることでもない。きれいだと言えるのなら、それで十分ではないか。
「二人とも、どうかしたの」
けれど沈黙する二人のいったい何に気づいたのか、架楠はきょとりとした顔で尋ねた。
「何でもないさ」
「ほんと、きれいだよな」
彪も青連も、嬉しそうに笑ってそう答えた。
「さあ、そろそろ行くよ」
春めかしいものを、ということで。タイトルとは関係なかった。
一応彼らの基本。
彪は鬼なので、当然不思議なものが見えます。青蓮さんも、右目で見ることが出来ますし、巫女としての力があるので、ある程度対処することもできます。架楠だけが普通の人間、ということ。
新たな更新ではなくて、前に言ってた第四幕の修正をしたよっておしらせです。でも修正を大幅にしすぎたのか、続きに書ける分量を大幅にオーバーしてしまい、二つに分けざるを得ない状況に……。で、それと同時に第五幕にも多少の変更が必要になったのでこの一つ前に更新していた分、確か題名は「Walia(6)」だったやつは消去しました。で、ここの続きで第四幕の続きを載せてます。 これの前半は、「Walia(5)」ってやつの続きを見れば見れます。こっちの続き読む前にそちらを優先して読むよう……。 そして、来週には第五幕の修正版を載せるという……。うわー、ややこしいことしてすいません! ごめんなさい! 大体、私が書いた文は多くて読み難いんだよな! すまん! もっとこれからはコンパクトにできるよう、精進します!
ほんと、ややこしいことしてすいませんでした。
ほんと、ややこしいことしてすいませんでした。
北側の出口があると思われる場所に着いたのは、その三十分後である。この角を曲がれば出口だと、三人は意気揚々と最後の角を曲がったのだが、目の前は再び行き止まりで、南の時と同様、四体の像がその前に並んでいるのみだった。がっくりときたディアンは、地べたに座り込むと「もうなんなんだよ!」と大声を上げた。
「出口はここなんだろ?! なのになんで行き止まりなんだよ? これじゃぁ進めないじゃん!」
「確かに妙だな……。出口は行き止まりで、またこの像が置いてあるだけ。もしかしたら、この迷路内で何かしないと開かない仕組みなのかもな」
「そうなのかもしれないね。でも、まだ僕たちがここに来てから鳥には一羽も遭遇してないから、そのせいかも知れない」
「出口はどこだー!!」
躍起になったのか、ディアンがそう叫ぶ。だが、それで出口があくはずもなく、ディアンはがっくりと肩を落とすと、しぶしぶ立ち上がった。デビがあることに気づいたのは、その直後である。彼は置かれた四体の像をじっと見ていたが、南の時と同様鸚鵡の像だけがほかの三体の像と比べて大きいことに気がついた。
「(……北と南で特に違いが見られないのはいいとして、なんで鸚鵡だけあんなに大きいんだろう……)」
実際のサイズから言えば、鷲が一番大きいんじゃないだろうか、と思案を続けていたデビだが、「デビ、早く来いよー!」と言う声に、彼が振り向くとすでにザラとディアンが来た道を戻ろうとしているところだった。
「何やってんだよ~。早く行かないと時間なくなっちゃうだろ?」
「東を諦めるにしても、時間がねぇんだぞ」
「うん。ごめん、何だがあの像が不思議だなぁと思って」
地図を広げて先頭を歩き始めたザラの後に続き、三人はとりあえず来た道を逆戻りし始めた。地図とにらみ合いを始めたザラに代わり、ディアンが「何が不思議なんだよ?」とデビに尋ねた。
「別に南の奴と変わんなかったじゃん?」
「うん、そうなんだけど。だから不思議だなって。ほら、鸚鵡の像だけなぜか大きいでしょ? あれ、なんでなんだろうと思ってさ。だって普通、大きさからいえば鷲が一番大きくなるんじゃない?」
すると話を半分聞いていたらしいザラが地図から目を離して「確かに妙だな」と呟いた。
「実際にいた鸚鵡は、あの像よりかなり小さかった。ならなんで大きくなんか……」
「もしかしてあの像に何か秘密があったり……」
「そうは言っても、鸚鵡に何かあるっていう確証がないんじゃ、調べたって時間のロスだ。今はとりあえず西に向かってみよう。鷲の奴も出てきてないから、鷲と闘鶏、両方いっぺんに出てきてくれれば楽なんだが……」
「それなんか面白そうだな。挟み撃ち! みたいによ」
「止めようよ、そんな想像!」
雑談をしながら三人は迷路を進んでいく。ここからだと時計台が左側に見える位置だ。時計の下には「S」の代わりに「N」の文字が彫ってあるのが見えた。
「(南がサウスで「S」だったから、北がノウスで「N」なわけか。なるほどなぁ)」
グリグリグリ……
のんびりとじゃぁ、東と西は何になるんだっけと一人で考え始めたディアンの耳に、聞きなれない音が聞こえてきた。
グリグリグリグリグリグリ……、ガラガラガラ……。
何かが岩を擦るような、嫌な音が聞こえてくるのに混じって、瓦礫が落ちるようなそんな音も聞こえてくる。ディアンはそんな気がした。まだ距離が遠いのか、はっきりとはしていないが、明らかにこの迷路を形作っている壁を擦る音だ。いや、むしろ削ってる……?
「何の音かな?」
デビもその音に気づいたらしい。あたりをキョロキョロと見ていることからもそれが分かる。三人はふと足を止めて、辺りを見回してみた。相変わらず黒い息がつまるような壁が両サイドにあるだけで、ほかには何も見えない。しかし、確実に壁を削る音だけは、こちらに近づいてきている。
「……。こっちの方じゃねぇか?」
ザラが三人の左側を指して言った。三人が何だろうと、思案を巡らせながら壁を見つめていると、壁がペキッを小さな音を立てた。続いてペキペキと、ひびが走っていく。
「危ない!!」
ベキベキと壁が鳴り出した時、ディアンはそう思いっきり叫んだ。
次の瞬間、ひびが走っていた壁に大きな音をたてて、何かが突き刺さってきた。黄色い、やけに太いドリルのような奴だ。それがちょうどデビとディアンのいたあたりにまで突き出てきたので、慌てて二人は脇に避けた。一体こいつはなんなんだ!? 二人はそれぞれドリルを避けた先でそう思った。
「なんだこりゃ……」
飛んできた瓦礫をヒョイと避けて、ザラは土煙をあげている壁の方をみる。土煙が収まっていく中、黄色いドリル(?)はピクリと動いた。
「動いた……。ってえ? 開くの!?」
クパァとまるで鳥の嘴のようにドリルが二つに割れて、開き始める。所々に突起が突き出たドリルは、徐々に開いていき……と、途中で動きを止めた。
キギャー!
きちんとした音に直すとこんな音だろうか。甲高い声が、次の瞬間辺り一面に響いた。まるで叫び声のような、鳥の鳴き声のような、耳をつんざく音が、開いたドリルから発せられたのである。思わず耳をふさぐ三人の前で、ドリルがゆっくりと持ち上げられて、持ち主が姿を表した。
バサバサッ。
羽音とともに現れたのは巨大な嘴を持った鳥……。耳をふさいでいた手を離し、代わりに三人はあんぐりと口を開けた。そうあのドリルは、その鳥の嘴だったのだ。
「な、なんだよこいつ!? 気色悪ッ!!」
「鷲……なのかな?」
「それ以前にこいつは鳥なのか?」
三人はそれぞれそう述べると、広げた翼をしまう鷲(?)を凝視した。その体は確かに鷲だった。翼や足など、よく図鑑に出ている鳥と大差ない。問題は……嘴だった。そいつはなんと顔の大部分が嘴ではないかと思われるほどの嘴をしていたのである。しかもドリルのように突起や、溝が入っているし、やけに太いのだ。
「……マサ先生が言ってた、変わった姿ってこのことなのかな?」
「……確かに気に入るかどうかは、別だな……」
デビとザラは呆れたようにそう言い、ディアンは一人黙って鷲を見続けていた。最初は気色悪いと思ったのだが、こうしてみるとなかなかかっこいいのである。ディアンはヒョイと、鷲の後ろ側を見てみた。壁に開いた大きな穴の先には、同じようにして掘られたのだと見られる穴が、延々と続いていた。
「こいつすっげ―! 今度こそ、こいつ連れてこう! 壁に穴開けて楽々進めるぜ!」
大声を上げて喜ぶディアンを無視し、立ち上がったザラはなんにしろ、攻撃してみるかと呟いて構えた。
「ちょっ、なんでだよ! こいつ、おもしろいから連れてこーぜ? なぁ、デビ?」
「えぇ!?」
「馬鹿か。鳥共と戦ってみなきゃ、出口がわかんねぇってさっきも言ったろ? 能無しか、お前は」
「出口に案内してくれるかも……」
「それもねぇってさっき言ったろうが。たく、なんも頭に入ってねぇんだな、このタンポポ頭!」
「誰がタンポポだ! バカ蜥蜴!」
「蜥蜴じゃねぇ! 「と」にアクセントつけろっつってんだろ!」
「分かりません―! 俺バカだから―」
その時、言い合いをする二人の声も、それを止めようとするデビの声さえかき消す高い声が、再び辺りに響きわたる。鷲が今一度あの太い嘴を開いて鳴いたのだ。翼をはためかせ、鷲は嘴を閉じると壁に押し当てた。とたんに嘴がドリルのように回転を始め、グリグリペキペキと音を立てて、鷲は来た方向とは逆の壁の中へと消えていってしまった。
「あの像の大きさとは逆サイズで出てくるってことだな」
「? どういうことだよ、ザラ」
「鳥の大きさだよ」
鷲が行ってしまった方向に開いた大きな穴を見つめ、ザラがそうディアンに返すと、デビもそれに加わる。
「確かにそう考えることもできるけど、断定するのは早いんじゃないかな?」
「確かに断定はできねぇが、後の「闘鶏」も、「孔雀」も、大きい可能性は十分に高い」
だとすればと、ザラは立ち上がると壁を指差した。
「壁をよじ登って、そこから鳥共を捜した方が早いんじゃないか?」
でかい奴らなら、簡単に見つかるはずだと、ザラが指差した方にある黒い壁を、しばしの間ディアンは見つめる。確かに、それができればどこに鳥がいるのかが分かってもっと楽に進めるかも知れない。しかし、壁の高さは最初の頃と同じ、三人が肩車しても届くか届かないかくらいの高さである。
「どうやってだよ? 俺達三人で、肩車してもこの高さじゃ届きそうもねぇし」
「それに、もし反則だったらどうするの?」
「……。じゃぁ、歩くか? またこの何の変哲もない迷路を? そんなもん、なんの面白みもねぇ。それに、反則があるんなら、始まる前にそう言うだろ?」
始まってから反則だのなんだの言うなら、逆に先に言わなかったことを責めてやればいい。と、ザラは得意げに言うと、後はどうやって上るかだなと腕を組んだ。
「確かに、こりゃ三人で肩車しても届かないかもな」
「だろ? 他に上れそうなとこなんてねぇしよ」
「……、全員上れなくていいんだ。一人上れりゃそれで……。 !」
ふとデビの方を見たザラは、その手の中の広辞苑を見て前の時と同じようにニヤリとした。
デビは一つため息をついた。今日は本当に……、本当に広辞苑を持ってこなければ良かったと後悔していた。いつも、大事なら学校には持っていかない方がいいなんじゃない?と兄に言われ続けてきたことが、今になって当たったらしい。当の広辞苑は、今ザラの手の中にあった。
「心配するな。今回は、ボロボロにしたりしねぇから」
「当たり前だよぉ。それ以上ボロボロになったりしたら壊れちゃうよぉ!」
泣き声交じりに声を上げるデビだが、ザラはそれを無視して準備を続行する。先ほど使った紐を取り出すと、それをまた硬く広辞苑に結びつける。
「そういや、なんでお前そんな紐持ってるんだ?」
「なんだっていいだろうがよ」
「それって、独楽買うとついてくる紐みたいだね? ザラって独楽まわしたりするの?」
「なんだぁ、お前もまだまだ子供だなぁ」
「うるせぇ!」
周りで囃し立てる二人を一喝して、ザラは紐がきつく絞られているかを確認すると、紐を手に立ち上がった。
ザラの考え付いた策は至極簡単である。まず、壁に広辞苑を錘にして紐を投げ、向こう岸に渡す。そして鷲が壁に開けてくれた穴を通って二人が壁の向こう側へ向かう。残った一人が、紐を伝って上り始めたら、向こう側へ回った二人が紐が引っ張られすぎないよう抑えて、上に登らせ、辺りを伺う。
とまぁ、こういう策を思い立って実行に移すことになったわけである。ディアン達が独楽回しに使う紐のようだといった紐は、見た目以上に丈夫で多少なら伸縮するという変わった紐らしくおまけに長い。ザラはそれを二人に説明すると、広辞苑を壁の向こうへ投げ込んだ。ドスンと広辞苑が、壁の向こうの道に落ちた音が響く。
「というわけだから、安心して登れ。途中で切れたりはしないはずだから」
「はずだからとか付け足すなよな。 不安になるだろうがよ」
上に登る役になったディアンは、苦々しい顔でザラを見る。この高い壁をよじ登っている途中で紐が切れることなど、考えたくもなかった。
「やっぱり止めるとか言うなよ? お前がやりたいって言ったんだからな」
「分かってるよ! 気に障る言い方すんな!」
「まぁまぁ、ディアン。ほら、僕も向こうで頑張って引っ張るからさ」
ディアンを宥めるようにデビが言う。自分が危険な役目をしなくて済むと分かって少し機嫌がよくなったのだろう。 壁から垂れた紐をザラがディアンに手渡すと、二人は鷲が壁に開けた穴を通って向こう側へ。やがて、準備が整ったらしく、「いいぞー」というザラの声が聞こえてきた。
それに対して、ディアンは「おーう」と返事をして、紐を握りしめた。別に怖いというわけではない。これぐらいの高さの木登りなら、楽々とやってのけるのだ。そう、木登りなら。でも、木登りと垂直の壁は違う。落ちて、大怪我したらどうしよう……。ディアンは、生唾を飲み込むと、紐を握る手に力を込め、そして登り始めた。始めはゆっくりと、やがて早く。
「よい……しょと」
頂上についた頃には、すっかり掌が熱くなっていた。壁で擦った第一関節辺りがヒリヒリするし、腕もジンジン痛む。でも、登りきれた。まずはホッと胸を撫で下ろし、下にいる二人にも登れたと合図を送る。二人も安心したようだった。
「ディアン! そんじゃ、西の方を見てみてくれ! なんか見えねぇか?」
「西だな。 よし!」
そう言ってディアンは壁の上にバランスをとりながら立つと、まずは真正面を見た。えーと、北から引き返してたから、今向いてるのは南……、だよな。じゃぁ、西は……
「こっちだな!」
ディアンは意気揚々と左に顔を向ける。特に何も見えなかった。
「ディアン! それ、東だよ! 逆、逆!」
「え? あぁ、そっか!」
デビの言葉に、ディアンは慌てて逆を見る。しかし、こちらも特に何も見えるものはなかった。途中から黒から白へと、壁の色が変わっているくらいである。……?
「……あれ、なんだ……?」
白い壁の一点に、壁とは違うようなものが見えた。しかし、それも白いため、それが何なのかは分からない。特に移動しているわけでもないようだが……。ほんの少し、他の壁よりは高いようにも見える……。
「どうした? なんかあったのか?!」
下でザラが叫んでいる。これは……伝えるべきだろうか?
「……、なんか変なもんが見える……」
「はぁ?」
「なんなのかはわかんねぇけど、壁っぽくはないものが」
「……それ、どこにあるのか分かる、ディアン?」
「ここから……、えーと大体通路六つ分くらい……」
「六つってどういうことだよ?」
「ちょっと待って、ザラ。ディアンの目から見てる景色と、地図をリンクさせれば……」
デビは筆記用具を取り出すと、紐にくくりつけた。
「ディアン! 紐引っ張って!」
「え? なんで?」
「地図と筆記用具だよ! それで、どこら辺にそれが見えるのか、印できるでしょ?!」
おおそうか、とディアンは納得したらしく、紐を手繰り寄せて筆記用具と地図を広げた。そしてその何か分からない物がある方向だと思われる所にマークを入れる。
「できたぞ! デビ!」
「ちゃんと方向間違えないで書いた?」
「失礼だな! 二回も間違えないよ!」
ディアンはそう怒声を上げると、行くぞと行って筆箱の中に地図を入れ込み、デビに向かってそれを投げた。
「よし、ディアン、降りて来い!」
デビがそれを受け取ったのを確認し、ザラが上にいるディアンにそう言うと、ディアンは「分かったよ」とつまらなさそうな顔を一瞬して、紐を手に取った。
その時だ。何かがディアン目掛けて物凄いスピードで飛んできていた。真っ赤な色をしたそれは、紐を握り降りようとしていたディアンの頭上すれすれを、ピュッと通り過ぎると、手の届かない空中でストップする。
「何だ! 何かが頭の上こすった!」
あまりの速さに何が起こったのかわからず、ディアンがそう叫ぶ。下から様子を見ていた二人にも、何か赤いものが通り過ぎたように見えた以外は何が起きたのかよく分からない。分かっていることは、急いでディアンをおろさなければ危ないということだけだった。
「何でもいい! ディアン、早く降りろ!」
「お、おう」
「見て、ザラ。 あれ、さっきのオウムだよ!」
再び紐を手に取るディアンの遥か上空を指差し、デビがそう言うと、鸚鵡はそれに気付いたのか、止まっていた空中から急降下を仕掛けてきた。
「なんで、鸚鵡がここにいるんだよ!」
慌てた様子でディアンは、壁に向かって四つん這いになってそれを避ける。
急降下していた鸚鵡は、避けられたと知ると、今度は急旋回し、再び遥か上空へと逃れた。
「広辞苑が投げ込まれても安全なとこまで逃げてやがるな、あいつ。ちゃんと学習してやがんだ」
「ディアン、急いで!」
ディアンが先ほど上ったときのように、紐が持っていかれないよう引っ張りながら、デビはそう叫ぶ。鸚鵡は今度は、二人に狙いを定めたらしい。空中から再び急降下する姿勢をとった。
「下りた! 下りたぞ!」
ディアンが叫んだその瞬間、鸚鵡は一気に急降下し、二人に迫った。紐を手放し、二人が素早く地面に伏せると、鸚鵡はそのまま真っ直ぐ飛んで行き、通路の向こうへと消えていった。
南に出るはずの鸚鵡が、どうしてこの北エリアに現れたのか……。最初の見当が外れたのだろうか……。三人にそんな不安が過ぎるが、今は時間がない。とりあえず、何かが見えた西の方へ行き、そこの像で何かを調べることした三人は、ディアンが地図にマークした場所に向かっていた。どうやら、さすがのディアンでも何度も「西」と「東」をとり間違えることはなかったらしく、そのマークの場所へときちんとたどり着くことができた。
そして今、その場所にいるわけだが……。
「なぁなぁ、見ろよこれ。ふわふわだぞ」
「得体の知れないものによく触れるね、ディアン」
「ふわふわ気持ちぃ~」
ふわふわとした、得体の知れない部分を気兼ねもなく触っていたディアンを、ほかの二人は心配半分、呆れ半分に見ていた。好奇心旺盛なことはまぁ、確かに良い事ではあるがもう少し慎重になることも、ディアンには知ってほしいものだと二人が思っていたことはさておき、確かにこれはまた妙なものである。壁の一部のようだが、なぜかふわふわとしていて、しかも妙に盛り上がっている。言うならば、通路の真ん中に小山ができたような状態で、完全な通行止めである。しかし、肝心なことはそこでもない。地図に、こんなものが存在していないことが一番の問題である。地図によれば、この先はT字路になっているはずで、行き止まりではない。とすれば、これはなんなのか……。
「さっぱり分からないね……」
「わからねぇものに一々悩んでも、時間の無駄だ」
「全くだな! 別のルート探すか?」
「悩んでもねぇ奴に言われても説得力に欠けるが、まぁそうなるな」
出口でもないところで立ち止まっていても意味がない。折角の作戦は水の泡になってしまったが、それも仕方ないだろう。三人は、もう一度だけその妙な壁を見上げた後、背を向けて歩き出した。
ズシリ……。
背後で何かが動いたような気配を感じ、デビが振り返ってみる。が、そこには白い壁が見えているだけだ。首を傾げながらも、デビは前を向いて歩き出す。前を歩いている二人に追いつこうと、足を早めた時だった。
ズシ……。
もう一度、サッと振り向いてみる。心なしか、壁がこちらに近づいているような気がした。
「どうした、デビ?」
「な、なんだかあの壁がこっちに近づいてきている気がして……」
気のせいかなと首を傾げたデビは、壁を見上げてみる。見間違いだって~と、ディアンはけだるげに言った。
「もう早く行こうぜ~。時間ないし、早く出たいしさ」
「いや、待てよ。……あんなとこに、模様なんてあったっけか?」
急かすように言ったディアンに、ザラはある一点を指さした。ディアンがそちらに目を向けると、白いだけだったはずの、ちょうど天辺あたりに目玉模様のような、黒い点がみえた。それがこっちを睨んでいるようにも見える。
「……さっきまで真っ白だったよね?」
デビも同じ方を見て、そう思ったらしい。確かに……。あんなところに黒い点などなかったはずだ。しかし、なぜ右側だけに……。そう思っていた矢先、三人の前でもう一つ、黒い点が先ほどのとは反対の、左側に現れたのだ。それはもう、人の目が瞬きをするような、ほんの一瞬にである。
パチリ。
無言で考えていた三人の前で、黒い点は一度消えてまた現れた。
パチリ。パチリ。
「壁に……、目?」
「馬鹿だな、デビ。壁に目なんてあるわけないじゃん」
「そうだけど……」
デビが不満げにディアンに返した時、黒い点が現れた壁の天辺辺りがもこもこと動き……、いや、壁全体が動き出したかと思うと、大きくてたくましくて太い幹のようなものが壁の下から二本、飛び出してきた。続いて、鋭い爪のついた指がしっかりと地面をつかむ。真っ白な壁は今や、壁ではなかった。これは生き物だ。おそらくあの足と思われるものから考えるに、羽毛だろうと思われるふわふわした部分を逆立て、先ほどよりも大きく見えるようになったその生物は、真っ白な中、一際目立つ黒い目で三人を見下ろした。
「壁じゃねぇ……。 こいつは、鳥なんだ!」
ザラが叫ぶと、その鳥はもう一度パチリ、と瞬きした。
これは第四幕の後半です。前半は「Walia(5)」って題名のものを見れば読めます。ややこしいことしてほんとすいませんでした。
これは第四幕の後半です。前半は「Walia(5)」って題名のものを見れば読めます。ややこしいことしてほんとすいませんでした。
カレンダー
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
フリーエリア
最新トラックバック
プロフィール
HN:
紅露 黒巳 紫陽花
性別:
非公開
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]