紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
やっぱりどうしても修学旅行って書きそうに(以下略)
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葱「(皆様、こちらです! この奥が辰が池です)」
急な山肌を十分ほど登った所で、葱朗太が林の奥を指差した。レスは後ろにいる先輩達に今聞いたことをそのまま復唱して伝える。着なれていない着物のせいもあってか、三人はかなり後ろの方にいた。
サ「さすがに身軽だね、レスは」
レ「枝から枝に飛んで、ヒョイヒョイだもんなぁ(笑 ほら、プス。もうちょい頑張れー」
プ「ハァ、ハァ。待ってよ~」
一番後ろにいるプスに声かけしながら、二人がレスのいる木の下までくると、そこにレスがヒラリと飛び降りてきた。その目が鋭く、林の奥を睨み付けている。
ス「……何かいますね」
サ「何かって、幽霊だろ? お辰さん、だっけ?」
ス「いえ……、かなり質が悪そうなものです。もう俺の知ってるお辰さんの気配じゃない」
どこに隠し持っていたのか、いつもの短い赤い棍棒を一つ取り出しながら、レスが臨戦態勢に入る。それを見て、レムとサト、そして遅れてきたプスはお互いに顔を見合わせ、頷き合うと林の奥へと一斉に走り出した。
林を抜けた四人の目に、まず飛び込んできたのは黒く濁った水を湛え、水草にほぼ覆われた池だった。そして、その右手の岸では珍妙な何かが連なっているのが見えた。何かがハリトーを池に引きずりこんでいるのは明らかだった。既に半分ほど、池に浸かったハリトーの手がリーズの足を掴み、そのリーズの手がさらにパズの足を掴んで連なっている。最後のパズはと言うと、寸でのところでどうにか傍にあった木の幹を掴んでいる状態だった。
プ「ハリトーっ!」
ハ「プシーっ!! ヘルプミーっ!!!」
レ「パズっ! 待ってろ、今行く!」
パ「頼むっ!! もう……、手が限界だ」
サ「根性見せなよ! じゃないと引きずり込まれるよ!」
リ「お前は俺の名前を呼べよっ!!流れ的にもっ!!!」
パズの手が、木から離れる直前、レムとサトの手がそれを掴んで引く。物凄い力で引っ張られていることに気付き、二人は全力で足をつっぱり、どうにか引き戻そうとするがなかなかうまくいかない。初めから引き込まれていた三人も、それぞれ空いている足や手で地面につっぱるようにしているようだが、全く岸に近づかない。
辰「(また邪魔者……)」
その時、池の真ん中辺りが割れて髪の長い女が顔を出した。非力ゆえ、引くのに参加していなかったプスとレスはその顔を見てあっと声を上げる。顔はお辰、そのものだった。だが、ぐんと乗り出してきたその下半身は蛇のようにうねっており、鱗に覆われ、もはや人間らしい面影はない。
葱「(なんということだっ! お辰ぅーっ!!)」
ス「お辰さんっ! 何もしないって約束だったでしょうっ?!」
辰「(あら? ごきげんよう、れっくん。私は何もしてないわよ? ただ、この池の水草達が私のためにやってくれているだけで)」
リ「よくもいけしゃぁしゃあとっ!! 思いっきり俺たちに危害加えてんだろがっ! 今もさっきもっ!!!」
蛇のように細くなった舌を出してニヤリと笑うお辰に、リーズがそう言い返す。そちらを細い目で一度睨み、お辰はレスに向き直ると再度笑った。
辰「(約束なんて破るためにあるようなものじゃない。大体、安易に幽霊と約束なんかしちゃうあなたがいけないんでしょ? お子様のれっくん(笑)」
馬鹿にしたようにそう言われ、レスは顔を歪めるが言い返せずに押し黙る。
レスを黙らせたお辰はハリトーを引っ張りあげようとしている集団を見下ろした。
辰「(さぁて、そろそろ邪魔な方々には退場して頂きたいですねぇ。このまま邪魔をするなら、一緒に池に沈めるまでですけど)」
パ「こいつなんぞと一緒に沈むなんざ、まっぴらごめんだっ!!!」
リ「そうだっ! そうだっ! 道連れで死ぬなんてまっぴらだぞっ! ハリトー! 俺には俺の帰りを待ってる、愛しいビーズと兄さんとディアンがいるんだ!!だからその手をはなせっ!!」
ハ「見捨てるなんてひどいぜーぃっ!! 俺っち達親友だろぅ~っ!!」
サ「君だけなら、被害は最小限で済むっ!! さぁ!!」
ハ「マジでひどいっ!!!! お前ら後で覚えてろ~っ!!だぜぃっ!!!」
レ「お前ら真面目にやれってのっ!!!」(ふざけてる場合違うっ!!)
辰「(……)」
その様子に呆れたのか、ふざけた掛け合いを聞くのが嫌になったのか、お辰は出てきた時と同じようにスッと水の中へ消えてしまった。途端に引かれる力がさらに増した。グイグイと、先ほどまでとは比べ物にならないほどの力で引きずり込まれていく!
プ「あわわわわっ!! な、なんとかしないとっ!! 」
葱「(プス殿、プス殿っ!! お辰には、拙者が見えておらぬのであろうか?! こちらに一瞥もくれなかったのだが)」
プ「知らないよ~、僕に聞かれたって! レス! レスは何か良い案ないっ?! レス?」
ス「お子様……、お子様とか……、ひどい」(ブツブツ ブツブツ)
プ「今はそのネガティブ封印してっ!!! 頼むからっ!」
ス「うぅ、そうですね。……、とりあえず、池を凍らせれば沈むことはない……と思いますが」
プ「それ別の理由で死ぬから止めてっ!!」(凍死するっ!!)
ス「そうなると、俺にできることなんて……。葱さんは?」
葱「(葱さんっ?! いや、もうこの際名前はなんでも良いです! お辰はもしかしたら、拙者のことが見えなかったのかも知れぬ! 拙者がいると分かればおそらくはっ!)」
プ「なら葱朗太さんが直接会いに行けば」
葱「(それは……できませぬ)」
ス「どうして?」
葱「(拙者……実は泳げないもので)」
プ&ス「「あんた幽霊だろっ!!!!」」
ス「そもそも、泳げないのに何助かっちゃってんだよっ! 一緒に死んどけよっ、そんな設定ならっ!!!」
葱「(その節は申し訳もございませぬ)」
プ「(レスもちょっとおかしくなってきてるなぁ)」
葱「(しかし、理由はそれだけではございませぬ! あの池はもはや、お辰のテリトリーっ!! そこに拙者のような弱小の幽霊が飛び込めば、吸収され、お辰の力が増大するだけなのですっ!! それ故、拙者にはこれ以上お辰に近づくことは)」
プ「そっか。妖魔神霊の世界は弱肉強食。妖魔としてはお辰さんの方が葱朗太さんより上なんだ」
ス「そうなると……、誰かがお辰さんにこれを伝えにいかないと……」
二人は真っ黒な池の水を見つめる。正直、入るのは勇気が要りそうだった。
レ「お前らっ! ちょっとはこっちも手伝ってくれっ!! いないよりマシだっ!!」
サ「ついでになんか案があるなら、こっちにも教えてくれっ!」
もはや、藁にもすがりたい気分だ。ハリトーは既に頭だけが水上に出ている状態で、リーズの足もほぼほぼ池にはまりかけている。池の縁ギリギリで、パズが空いている足をつっぱらせており、状況が切迫しているのは明らかだ。
プ「案ってほどじゃないんだけど」
プスとレスは、それぞれパズの横側に回ってその体を持ち引っ張りながら続けた。
ス「誰かが、あの池に飛び込んで、お辰さんに葱太郎、いえ葱朗太さん本人が見ていると伝えに逝かないといけません」
パ「その漢字を当てはめるなっ! 不穏なっ!!」
パズが叫ぶが、皆全くの同感だった。そして、あの池に飛び込みたくないな、という思いも同じだった。すでにほぼはまっているハリトーを除いてだが。
サ「よしっ! レム、逝ってこい!!」
レ「えぇっ?! なんで俺なんだよっ?! 俺にはお辰さんが見えないし、入ってもどこにいるか分からねぇよっ! 普通に見えるプスかレスに行ってもらった方が」
サ「馬鹿なのかい?! この非力二人に、池に沈んだハリトーを持ち上げられるわけないだろっ!! 常識で考えて、君かリーズしか無理だっ! 今の状況で、動けるのは君だけっ! そうだろっ?!」
レ「いやまぁ、そうだけど」
グイッ!
ハ「おぷっ!」
さらに強い力で引っ張られ、ついにハリトーはあの特徴的な髪の先以外全てが池に沈んだ。ギャーッ!!と一番に近いリーズが叫び声をあげ、プスもそれに倣う。
いよいよもって時間がない!
サ「レムっ!!」
レ「いや、だけど、池に入ったとしてどうやってお辰さんを探せば」
サ「葱太郎は鏡だけじゃなくて、水にも映るんだっ!!
だからたぶん、水の中なら見える!! 最悪、第三の眼……心眼で探せっ!!!」
レ「第三て!! 先生じゃあるまいしっ!! そもそも普通の目も一つしか機能してな」
サ「つべこべ言わずに逝ってこいっ!!! 早く!! 逝かないと」
レ「ぐっ……、くそぅっ!!!」
ギラリと向けられたサトの目に、レムは覚悟を決めると羽織を脱ぎ捨て、池に飛び込んだ。
少しの静寂。ハリトーの力も尽きたのか、足を解放されたリーズは跳び跳ねて池の浅瀬から岸へと上がる。ブクブクと、数回、水中から気泡が立った後、また辺りは静寂に包まれた。何かが水から顔をだす気配はない。
プ「……上がってこない……よ?」
ス「……っ」
サ「…………、さらばレム。ザラとマサ先生には、お前は勇敢なやつだったと伝えておくよ」
リ「あいつら死んだの確定っ?! おいっ、サトっ!!」
パ「貴様! ふざけるのも大概にしろっ!!」
リーズとパズがサトの台詞に非難の声を上げた時、ぐんと水面が盛り上がった。そして顔を出したのは、お辰ではなく、見知った二つの顔。ハリトーとレムは、何故か役割が逆になっていたが、大きく息を吸いながら岸まで泳いでくると、急いで乾いた地面に上がった。げぼげほと、飲み込んでしまったらしい水を吐き出す二人に、他のメンバーは心底、「絶対入りたくない」と思った。
サ「良かった……、僕、自分で行かなくて」
パ「貴様には自己犠牲や思いやりの気持ちはないのか」
一人胸撫で下ろすサトに、パズは冷たく言い放った。
二人の介抱をしながら、五人は池の方を見やる。お辰が後を追ってくる気配はない。池は何事もなかったかのように、静まり返っている。
サ「そこんとこ、どうだい、レス? 葱太郎はなんて」
ス「……大丈夫そうです。今この場に、先ほどの妖魔の反応はありません。葱さんもそう言ってます」
パ「追ってきていないならばまずは良い。早くこの場を離れるぞ。そして安全な所に着いた暁には、しっかり説明してもらうからなっ!」
悪びれた様子のないサトと、シュンと肩を落としているレスを睨み付け、パズが厳しい声でそう言った。
******
急いで山肌を降り、緩やかな坂を下って、参道まで帰って来た一行は、茶屋で一時の暖をとっていた。心配してくれていたらしい主人は、七人の様子をみて被害に遭ったことをすぐに察知し、店を閉めて貸しきりにしてくれた。
ずぶ濡れになった二人は、何枚ものタオルにくるまれ、暖房器具の真ん前に座り、手には主人の作ってくれた温かいコーヒーの入ったマグを持っていた。さすがに日も落ちて、空気が冷えてきたこともあり、全員が軽く鼻をすすっていた。あの風邪を引きそうにないハリトーですらだ。レムに至っては、朝の風邪がぶり返してきたらしい。
サ「栄養剤、あと一つならあるけど、半分に分けてでも飲むかい?」
レ「そうだなぁ。まぁ飲まないよりはマシな気がしてきた」
ハ「俺っちも飲むぜ~ぃ……、さすがにヤバそうだしぃ」
パ「まぁ大体の話の筋は分かった」
暖房器具から少し離れたテーブルでは、パズとリーズがプスから話を聞いているところだった。お辰さんとの今日の一日のことと一緒に、葱朗太本人も実は近くにいることを伝えると、リーズは顔を真っ青にした。
リ「ハリトーそっくりの幽霊とか、マジで嫌だな」
ハ「どーいう意味だぜぃっ!! リーズ」
プ「でも、本当によく似てるんだよ。鏡に映せば分かるけど」
まだ不信そうな顔をする三人は、茶屋の手洗い場にある大きめの鏡を覗きに行く。案の定、「ギャーッ!!」「そっくりすぎだろっ!! なんだこれっ!」という声が聞こえてきた。
プ「これで納得してくれた?」
リ「……納得したくねぇけどな……。見えちゃったもんは仕方ねぇよなぁ……」
ハ「まさかの偶然★ってやつだぜぃっ!! そのお陰で死にかけたけど」(ハッハッハッ)
レ「元気だなぁ~、ハリト~」(そんな元気ねぇよ、俺は)
パ「ただバカなだけだろう」(イライラ)
サ「残念だったねぇ。僕を責める材料がなくて。今回の騒動は、僕の責任じゃないよ。レムを池に飛び込ませた以外はね」
パ「貴様はもう少し謙虚になれんのか」
プ「まぁ、誰かだけを責めるのは違うと思うよ。今回は僕とレムも皆に幽霊がいることは黙ってたし、まさかその幽霊が事件を引き起こしてるなんて、誰も知らなかったんだから。巻き込まれた不運を嘆くしかないね」
パ「……その不運を呼び込んだのも奴だとは思うがな。で? その当事者の姿が見えないようだが?」
リ「? ほんとだっ!! まさかあいつ、逃げたんじゃ」
プ「リーズっ!!! あんまり大きな声でそういうこと言っちゃダメっ!!」
リ「え? あいつ、いるの?」
サ「リーズ、あとパズもさ。窓の外、見てごらん」
サトに促され、二人と、興味をもったハリトーがそれぞれ近くの窓から外を覗いてみる。うっすらと白いものが積もっていた。
リ「ええっっ?!! 何これっ?! 雪、積もってんじゃん!」
ハ「うひょーっ! 一気に冬が来たみたいだぜーぃっ! でもなんで?」
サ「忘れたわけじゃないだろ? レスの能力だよ」
プ「急激に悲しいこととか嫌なことが起こると、火影の能力で周りの空気をかなり冷たくしちゃうんだよね。で、途中降ってきてた小雨が雪に変わっちゃったの」
レ「そんなわけで、レスの奴なら、茶屋の裏手で絶賛自己嫌悪中だ。これ以上責めると、それこそ真冬になるかもなー」
パ「お前は少しくらい責めてやってもいいと思うが」
鼻をかみつつそう言うレムに、パズは苦い顔で不満そうに告げる。レムは肩をすくめてそれに答えた。
レ「すでにここまでの道中、謝罪の嵐だったし。なんだかんだ言って一番被害にあってんのは、お辰さんに振り回されたあいつなんだから。俺はこれ以上、あいつを責める気はないよ」
サ「ヒュー。先輩の鑑だねぇ。その広い心で、僕のことも許してほしいもんだ」
レ「お前には反省の色が見えないからまだ駄目だなぁ(笑」(ハハハ)
リ「それはその通りだな。もっと言ってやれ、レム!」
プ「ハリトーはどうかな? レスのこと、許してくれる?」
ハ「あったりまえだぜーぃ。そもそも、俺っち怒ってないしぃー。レッスーはなーんにも悪いことしてないぜー。たまたま俺っちが、イケメンでお辰に惚れられたってだけだろぅしな!! だぜーぃ」
他「いや、それは違う」(たまたま葱朗太に似てただけ)
全員からの反対にえぇーとハリトーが項垂れる中、パズだけがまだ不服そうに腕を組んでいたが、はぁと彼も一つ溜息をついて納得することにしたらしい。
パ「まぁいい。ともかく、旅館へ帰るぞ。これ以上の面倒事はたくさんだ。荷物をまとめて、この地を離れるとしよう」
そうだなと全員が賛成する。本来なら帰るのは明日の予定だが、今日中にチェックアウトしてしまって、早く帰っても構わないだろう。明後日からすぐ学校が始まることを思えば、一日ゆっくりする時間はあった方が助かる。
プ「ってことだから、レスー、もうでておいでよー」
リ「あいつ裏手にいるんだろ? 俺が呼んできてってうおっ!!」
何故か床に向かって呼び掛けるプスに、リーズは裏手へ回ろうと歩きだすが、突然その足元で扉が開いたので驚いて後退した。床下収納用の小さな扉を開け、顔を半分くらいだけ出したレスは、出てくる気配もなく、少しの間黙っていた。が、「やっぱりごめんなさい、すいません」と言う早口の謝罪と共にもう一度扉を閉めて、床下に潜ろうとした。
他「引っ込むなよっ!!」(出てこい!!!)
内気な子供か、引きこもりのように真っ暗な中へ戻ろうとするレスに全員が突っ込みをいれる。一度閉じた扉がまた少し持ち上がり、不安そうな目でレスは六人を見つめた。
ス「……、聞いても……怒りませんか?」
リ「何を? その内容による」
ス「…………」
当然のようにそう返したリーズに、レスは言おうか言うまいか少し悩んでいるようだった。
ス「……旅館に帰る、という話なんですが……」
小さな声でゆっくりレスは話し始める。六人はなんの話が始まるのかと首をかしげた。
ス「……池からいなくなったお辰さんが……、俺達が泊まっている旅館に今いるみたいなんです」
全員が、その言葉に固まった。
茶屋はシンと静まり返っていた。全員がレスの話した最後の一言を、なかなか飲み込めないでいたのだ。
茶屋はシンと静まり返っていた。全員がレスの話した最後の一言を、なかなか飲み込めないでいたのだ。
旅館にお辰がいる? 待ち構えているということなのか。
サ「どういうことなのか、もっとちゃんと説明してほしいな。レス?」
空気に耐えきれず、床下に帰ってしまったレスに向かいサトが尋ねるが、答えは返ってこない。どうやら、なんと説明すべきか迷っているらしい。が、案外すぐ扉は開いた。
ス「……葱さんがそう教えてくれて……。俺も、信じたくないんですが……」
徐々に声を小さくしながら言うレスは、同時に床下へと徐々に戻っていく。
リ「なんでもいいけど、お前はいい加減そこから出ろよ」
ス「……遠慮……したいです」
ハ「レッスー、もう誰も怒ってないぜーぃ! 安心して出てくるんだぜぃ!」
ス「……いえ。それは関係なく」
レスが断るのも無視し、力自慢二人が近づいてヒョイヒョイと簡単に扉を開けレスの着物を掴んで持ち上げてしまった。
ス「あーぁー……、寒い……明るい……嫌です」
リ「もぐらかお前は(汗」
しかし、レスを椅子に座らせた途端、部屋の温度は一気に下がった。それも肌で感じられるほどの落差だ。
レ「さっむっ!!!」
ス「……今……、無心になろうとしてるので……、もう少し待ってください」
許してもらえたとは言え、まだまだ引きずっているらしく、能力のコントロールが効かないせいで周りの温度を下げてしまっているらしい。レスはひたすら無心になろうと、手で顔を覆い周りの全てをシャットダウンし始めた。
プ「レス? あの、無理しなくていいから……ね?」
サ「なんというか、使い勝手悪い能力だよね、ほんと」
レ「言ってやるなよ、本人も……クションっ!! 真剣に悩んでるんだから、それで」
パ「はぁ。(使い物にならん雑用め)なんでもいいが、葱太郎だったかなんだったかの幽霊は今どこにいるんだ? そいつに話を聞こうじゃないか」
リ「えー? 呼ぶのかよっ?!」
サ「じゃ鏡用意しようか。その方が話もスムーズに進むだろうしね」
暖房器具から近いところのテーブルに鏡を一つ用意してもらい、その周りを囲うように六人は座る。レスは一つ離れたところで、まだ無心になろうとしていた。
プ「えーっと、葱朗太さん、いますか?」
葱「(いますとも)」
声がすると同時に、鏡の周りは白い靄に包まれた。それが人形を形成し、やがてハリトーそっくりの顔がその場に現れた。今までになかったことに、六人は息を飲む。
サ「何それ? そんなことできるならもっと早くやっといてほしかったな」
葱「(レス殿のおかげです。何故だか急速に、力が湧いてきて。こうして皆様の前に姿を現すことができるように)」
レ「なるほど。負のアニマが溢れたことで、幽霊のあんたは元気になったってことだ……な、くしゅんっ!! これは不幸中の幸いかもしれないぞ?」
プ「そうだね。もう僕やレスが通訳する必要ないし、話もスムーズになるよ」
葱「(全くその通り! 拙者としても、皆様とこうして直に話せるのは嬉しいことです。人と会話できることの、なんと喜ばしいことかっ!! 実に十数年ぶりでございます。喜びついでに、もう一つ言わせてくだされ。皆様の仲間を思いやる気持ちの、なんと素晴らしいことたるや。特に!レム殿とハリトー殿の心の広さには、拙者、感服致しましたっ!!)」
レ「あー、いや、別に大したことは……」
ハ「いやー、照れるぜーぃ! ……、こうしてみると、そんなに似てるか? だぜぃ。俺っちのがイケメンじゃね?」
パ「少し黙っていろ、木偶の坊。そんな話は後でいい。お辰が我々の泊まっている旅館にいるというのは本当か?」
マジマジと見られるようになった葱朗太の顔を見て、話をずらそうとするハリトーを遮り、パズが本題を切り出した。今一番、大切なことである。葱朗太は心得ているのか、姿勢をピッと正した。
葱「(失礼、お辰のことですな。確かに、皆様が宿泊されておるという旅館に、お辰の気配を感じます)」
リ「な、なんで俺らの旅館にいんだよっ?! そういや、最初にレスがお辰に会ったのもそこだったんだろ? お辰のテリトリーがあの池なら、ちーっとばかし離れすぎじゃねぇか?!」
幽霊と話しているという事実に慣れないのか、鳥肌になりながらリーズが尋ねる。答えようと葱朗太に顔を向けられ、彼は一度身震いした。
葱「(あの建物は、実は古くは拙者の家でございました。お辰は、そこにいれば拙者が帰ってくると思っていたのかもしれませぬ。実際のところは、拙者はお辰との心中に失敗した後、あの家を売り、助けていただいた神主様の所に剃髪して弟子入り致しました。それ以降、死ぬまであの家に足を踏み入れたことはございません)」
サ「で、なんでまたあそこにお辰さんは戻ったの? やっぱりハリトーのこと、まだ諦めてないってこと?」
葱「(もしかしたら、池で拙者が見ているということが伝わらなかったのやも知れませぬ。……もしくは本当に、ハリトー殿に心変わりしたか)」
ハ「冗談きっついんだぜーぃ(汗 やめてくれ」
歯をくいしばってそう言う葱朗太に、さすがのハリトーも嫌そうな顔をした。幽霊に好かれても、正直嬉しくはない。
葱「(なんと傲慢なっ!! ハリトー殿! 見損ないましたぞ! 男子として、おなごに好いてもらえるなど、これほどの幸せはないでしょう!! 例え死んでいたとしても!!)」
ハ「いやいやいや、何その理屈っ?! そら、生きてるおなごだったら嬉しいけどよ?! 死んでるのは無理だぜぃ、普通!!!」
プ「ハリトーの台詞がこんなにも正論なの、初めて聞いたよ」
同じ顔同士で言い合う様を見ながら、プスはそう呟いた。それから、どうする?と隣に座っていたパズを見た。
プ「ハリトーが狙われてるとなると、旅館には入れそうにないね」
パ「うむ。レム、どうなんだ? 池の中で、お辰に葱太郎が見ているということは、伝わったと思うか?」
盛大な咳をしているレムに向かい、パズは問いかける。相手は「伝わったと思うけど」と、ティッシュを大量に取り出しながら答えた。
レ「とりあえず、池の中央だと思う方まで泳いでいってー、目を開けた先に真っ黒な渦みたいなのがあって、そこにお辰さんが見えたから、「葱朗太が見てるぞー」って、叫んだんだ」
プ「そしたら?」
レ「お辰さんが一瞬、ハッとした顔になって、池を見上げるようにしてな。それから顔を隠して、スッと渦の中に消えて……そこからは見てない。息が続かなくなって、ハリトーに助けられたからな」
サ「話聞いた感じだと、伝わってるっぽいけどね。だとすれば、葱朗太がそこに一人で行けばいいんじゃない? 今ちょうど力も吸収して強くなってんだろ? 今なら近づけるんじゃないの、お辰さんに」
葱「(いえ、拙者は……しかし)」
リ「そうだよな。それであんたがお辰さんと再会さえできれば、俺達も帰らなくたって済むしな。それがいいんじゃねぇか?」
言い淀む葱朗太を無視して話は進む。六人からしてみれば、晩だけでもゆっくりできるなら、それに超したことはなかった。
葱「(その、聞いていただきたい!! 実は拙者、泳げない以外にももう一つ弱点がありまして)」
六「?」
葱「(その、拙者、実は地縛霊故、こうして誰かに憑かないと移動できないのです。ですから、皆様に連れていってもらえないと、お辰に会いに行くこともできんわけです)」
六人は目をパチパチと瞬きした。この幽霊は何を言っているのか。
サ「何? つまりこういうこと? 僕らについてくるってこと? 事の元凶が? ついてくる権利があると思ってんの?」
パ「それを言うなら、貴様にもその権利はないぞ」(もう少し反省したらどうだ)
しかし、事は重大だ。自分達が行かないと葱朗太は動けない。が、もちろんなんの対策もせず旅館に入れば、それこそお辰にとっては火に飛びいる夏の虫も同然。かといって、荷物など一切を諦めて帰ったとしても、葱朗太は自分達についてくると言う。もしそれをお辰が知ったら、それこそ鬼の形相で後を追ってくるに違いない。
つまるところ、自分達に逃げ場はないわけだ。
サ「大体さ、僕達に憑くってどういうこと? 僕達はなんかの土地とかじゃないんだよ?」
葱「(それは、皆様の所から良い力の源が感じられますゆえ、そこに根のようなものを張って)」
リ「ちょっと待て!! 力の源って、それアニマのことかっ?! お前が、俺たちのアニマを横取りしてるってことに」
葱「(そのあにまなるものはよく分かりませんが、ともかく、皆様という固まりになら憑くことができるようでございます。 拙者も先ほど初めて知りました!)」
パ「はぁ」
プ「あはは……。こうなっちゃうと、もう行くしかない……かな?」
パ「……仕方あるまい。相手は妖魔だ。我々の方も、きちんと対策さえすれば勝てるはず。そう思うしかない」
そのためには今のこの姿をどうにかするしかない。
パ「事情を話して、旅館の従業員に荷物だけをせめて部屋の外にまで持ってきてもらうことはできないだろうか。着替えさえあれば、まだ普段通りに動けるのだが」
プ「信じてくれるかなぁ。幽霊の話云々だけど」
サ「ここの人達はお辰さんの霊については、信じているようだし、その名前をだせば案外行けるんじゃない?」
リ「いつもの装備さえ整ってりゃ、あんな妖魔ぐらいに遅れはとらねぇぞっ!!」
ハ「そうだぜぃっ!! 怖いものなし、無敵だぜーぃっ!!」
うおらぁっと元気一杯に叫んでみせるリーズとハリトーに対し、完全にぶり返してきた風邪のせいでレムは作戦に加わる元気もない状態だった。最悪、自分は後方支援に回った方が良さそうだ。
レ「わりーなぁ。俺は前線から外してくれ。本気で体調悪くなってきた……」
パ「仕方ないだろうな。まぁ戦いはこちらとしてもできるだけ避けたい。葱太郎を引き合わせたら、即撤退がいいだろうな」
ス「……、もう一つ懸念しておくべきことがあります」
復活したレスが、その輪の中に加わってくる。その顔は目こそ泣きはらして赤いが、いつもの困り顔で、どうやら感情を落ち着かせるのに成功したらしかった。
ハ「レッスーっ!! もう平気なのかぁ? 目ぇ真っ赤だぜーぃ?」
ス「今は思い出さないようにしてるので、少し黙っててください」(ピシャリ)
ハ「ハハー、いつものレッスーだぜーぃ!」(嬉しそう)
サ「で? 懸念するべきことって?」
ス「……、お辰さんが神様として奉られていたという点です。 お辰さんは、妖魔と神霊の中間にあたるかもしれません」
プ「あっ、そうか。普通の妖魔なら、僕達のアニマで攻撃すれば反撃もできるけど、神霊としても存在してるとなると、正負のアニマの関係上、攻撃が通らない場合もあるか……」
リ&ハ「???」
ス「……妖魔と神霊の中間にあたる存在というのは、珍しくありません。ただ、撃退する際大変なのが、彼らの多くが正負のアニマの割合を、戦いの中である程度変えられるということです。簡単に言うと、妖魔寄りか神霊寄りか、彼ら自身が状況によって変わるってことです」
サ「妖魔寄りなら普通に戦えるけど、神霊寄りだとムリかもね。神霊を撃退するなんてことは滅多ないし。そこら辺、どうだい? 専門家のリーズ君」
リ「あー、まぁ、神霊ってのは基本的に、人間には友好的だからな。確かに神霊を攻撃するってことは滅多ないかも」
パ「攻撃そのものが通らない可能性は?」
リ「んー。五分五分だな。俺らのアニマが、お辰さんのアニマを上回ってりゃ、通るとは思うが」
葱「(皆様は一体なんの話を……。お辰を撃退するとか)」
レ「あー、気にすんな。もしもの時のための打ち合わせだから。もちろん、あんたとお辰さんを引き合わせるのを、最優先するさ」
遠巻きに見ていた葱朗太に、レムはそう言って誤魔化した。実際、例えうまく引き合わせられたとして、そのままお辰が消滅、所謂成仏してくれるかは分からない。妖魔になってしまった彼女の場合、心残りを取り払ってもそうなってくれる確率はかなり低い。レムはその件について、葱朗太に伝えることを控えた。
粗方の作戦を決め、茶屋の主人に厚くお礼を行って、七人と一体は旅館へと向かい、参道を戻り始めた。その時だ。軽やかなメロディが不意に流れる。携帯を取り出したプスは、画面を見て「旅館からだ」と呟いた。
プ「なんだろう? 着物のことかな?」
サ「夕飯のことじゃないかな? ちょうど今くらいの時間に予約してたし」
それについては断るしかないよというサトの言葉に、プスは頷くと電話に出た。
ハ「晩飯かぁー。あー。それ聞いたら腹減ってきたんだぜーぃ!」
リ「言うなよ! 俺だって我慢してんだぞ?」
サ「食べないわけにいかないんだし、土産物屋のお土産でも買って、軽く食べるしかないね」
パ「時間も惜しいことだしな。買うならさっさと」
パズがそこまで言った時、プスが電話を終えてこちらを振り返る。何故か、その顔は真っ青だった。
ス「……どうしました?」
今日は顔を青くするようなことばかりだなと思いながら、レスが尋ねるとプスは困った顔をレスに向けた。
プ「……が来てるって」
ス「え?」
レ「どした?」
パ「何事だ、プス! はっきりと言え」
プスは一度深呼吸した。それから自分を見る六人を見回した後、意を決して口を開いた。
プ「三珠樹が旅館に来てる」
また、全員がその場で固まった。
回りのことなんか、気にしてらんねぇぜぇぃ!(笑
挑戦を始めてどれくらいたったろうか?
パズはそう考えつつ、足を前へ、正確には上へ進めた。今何段目なのだろう? それすらも、もう分からない。同じときに出発したはずの二人の姿は、はるか頭上……。別に構わない。こうなることは最初から分かっていたことだ。問題は、別のところにある。果たして休憩せずに、上まで登れるかということだ。ついいつものくせで強気になってしまったが、自分の体力を考えると元々不可能に近い。しかし……
パ「(ヒビキのためにも、ここで諦める訳にはいかんな)」
まぁ細かいことは省くが、結婚して一年が立とうとしているのに、未だにその兆候はない。彼女の父親は、そのことに些か不安がっているのだと聞いている。気にしすぎなのだと、ヒビキは言うが、自分からすればそうは行かない。なんとしても、彼女の面目を守ってやらねば。
一息つく間も惜しみ、パズは手すりを手繰るようにして階段を登り続けた。そのうち、500段と刻まれた小さな石碑が階段の縁に見えてきた。
パ「ハッ。ハッ、半分まで来たか! ハー、あと半分!待っていろ、ヒビキ! 必ず登りきってみせるからなっ!!」
普段しない運動をし続けてきたせいで、もはやテンションがおかしくなってきているパズは、そう叫びながらも登り続ける。たかだかあと半分だ。たどり着けさえすれば、あとは浮いて降りたところで大差ない。石碑の真横までもう少しと言うところで、パズは道の脇に細い脇道があるのを見た。小さな立て札が立てられ、立ち入り禁止となっている。無論、寄り道をするつもりなどない。ないのだが……、何故か足がそちらの脇道へ進もうとするのだ。手すりを手放し、階段の縁に移動し、舗装すらされていない獣道のような場所に、足が向かっていく。
パ「な、なんだ? 何故そっちへ行く? 俺は……疲れているのか???」
頭が働かない。ダメだ、これは。このままいくと、階段から外れてしまう。
パ「何故階段から離れる?? ちょっ、待て。道どころかその先は……、なんだ? 道がないじゃないか?! えっ、ま、このまま行くと滑落す」
最後まで言うことはできなかった。ずるりと、滑って崖を滑落していく。最後に見上げたとき、見たこともない浴衣姿の女がニタリとこちらを見て笑っているのが見えた。
ハ「ハァ、ハァ。リーズぅっ! おっせーぞぅ! ハァ」
リ「うっせぇっ! ハァ、話しかけんな! 気が散る! ハァハァ」
ちょうどパズが崖を滑落していった頃、体力馬鹿二人は半分よりさらに250段上、つまり750段の目前まで来ていた。ここまでくれば、もう登りついたも同然だ。
リ「やっと、ここまで来た! ハァ、ハァ。あともうちょい! 休憩せずに登りきれば! ハァハァ。 ビーズとのゴールインの夢が確実にっ!!!」
他の目から見れば、リーズとビーズの二人がそのうちに結婚するだろうことは、分かりきった事実だし、リーズからしても、それだけは必ず実現させると心に決めている。が、心配なことが一つ。自分にだけやたら厳しいレイのことである。姉をとられたことへの嫉妬、焼きもちだということは良く分かっている。が、ここから先もあの厳しさが続くのは、リーズからすると耐え難いことだだった。否、それすらも慣れてくるのだろうか? 自分にはそれに慣れる自信はないのだが。
リ「別に嫌われてるわけじゃないことは、俺にだって分かってる。けど、せめてもうちょい! 大人しくなってくれれば!! そのために、レイのヤツに良縁をっ!!」
どう考えてもレイちゃんからすると迷惑な話なのだが、今のリーズは本気である。この場にサトがいれば、「本人にも好きな子ができれば、お前に構う暇がなくなるはずってのは、発想が安易すぎる」と突っ込みを入れてくれたことだろう。残念ながら、この場にいる人間にはそれは不可能だった。
さて、話を戻すと頂上まであと150段と迫っていた二人は、何がどうしてそうなったのか、勝手に一番に登りきった方がさらにご利益アップというルールを付け加えていた。そんなわけで闘争心をむき出しにした二人は、追いつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げていた。少しハリトーがリードした時、リーズは異様な寒気を感じた。
なんだと思う暇もなく、徐々に足が階段の縁に近づいていく。
リ「えっ? えっ? えっ??? 何で? あれ?」
ハ「どうしたんだぜぃ? リーズ! おいてくぜぃ!」
リ「ちょっ、まっ。ハリトー!! なんか俺、変だ! 足が勝手に……」
先を急ぐハリトーにそう声かけるが、彼は聞こえなかったのか、先へ先へと行ってしまった。困ったリーズは後ろを振り返る。パズならどうにかしてくれるのではと思ったのだ。が、そこにパズの姿はない。これはおかしい。同じときにスタートしたのは確かだし、彼が自分達より遅れをとるのはもはや仕方ないことだ。だが、忽然と、姿が消えることなどあるだろうか。まさかとリーズの目が階段の脇にある崖へと向けられる。あいつ、落ちたのか?!
リ「ハリトーっ!! 待て! パズのやつ、もしかしたら落ち」
そこまで叫んだとき、崖の方からぐいと、何かに着物の袖を引っ張られる。木々の間から伸びた青白い手が、いまや階段の縁沿いをギリギリ歩いていた自分の袖を掴んでいるのが見えた。その手の出所を見たリーズは寒気の理由を理解した。草臥れた浴衣を着た女が、自分をじっと睨んでいたからだ。あっと声をあげる間も悲鳴をあげる間もなく、引っ張られバランスを崩した体を疲れきった足は保つことができず、リーズは崖の中へ転がり落ちていった。
ハ「ハァ。あとついに(目測)50段!! ラストスパートだぜぃっ!!!」
後ろの二人がどうなっているかも知らず、ハリトーは残りの階段をかけ上がっていた。恋愛成就がなによりも必要なのは自分だと、信じて疑っていなかったから、必ず一番に登りきってやると強く思っていた。その芯の強さは誰もが認めるところだ。だが、それゆえに回りが見えなくなる欠点も、誰もが知っていることだった。今の彼も正にそうだった。回りの音は登り始めてすぐ耳に入らなくなった。たまに一緒に登っていくリーズの声が聞こえる程度だ。今はもうそれすらも聞こえないが、きっとそれだけ彼との差が開いたということなのだろう。
後ろを振り返ることもなく、彼は最後の5段をカウントダウンしながら登りだした。
ハ「五ぉー、よーん、さーん、にぃー、いちぃー!!
ゼローっ!!! やったぜぃっ! 俺様がナンバーワンっ!! これでユリネとの未来は約束されたもどうぜ、ん?」
両手を高々とあげ、勝利の雄叫びを上げていたハリトーはそこでふと気付いた。おかしいな? なんでリーズの悔しそうな声が聞こえないのだろう?
ゆっくりと後ろを振り返ってみる。階段には誰もいなかった。
ハ「?? あれ? リーズのやつどこいった? ん? 真っ黒黒介のやつもいねぇぜぃっ?! どうなってんだぜーぃ?!」
そんなはずはないと、よく目を凝らして見てみる。端の方で伸びてしまっているパズがいないか。実は階段と色が同化してしまっているリーズがいないか。どちらもない。どうしても二人を見つけることができない。裸眼両目2,5の野生の視力をもってしてもだ。
ハ「なんだよー。俺っちに勝てねぇからって、拗ねて降りちまったのかぁ? 皆して冷たいぜぃ」
さすがに一人ポツンと置いていかれるのは嫌だ。ハリトーは参拝せずに、後を追おうと階段を降りかけた。その時だ。
「お二人がどこに行ったか……、知りたいですか?」
ハ「?」
背後から声をかけられ、振り返る。そこには草臥れた青い浴衣姿の女性が立っていた。
ハ「あれ? あの、さっきいたっけ? だぜぃ?」
「はい」
つい先ほど、階段を登りきった時にしっかり回りを見ていなかったせいか、見落としていたようだ。それにしても、こんな青い色の浴衣なら、気付いても良さそうなものなのに。
ハ「気付いてなかったんだぜぃ! ごめんなー。じゃ、俺っちが他の二人と競争してたのも、もしかして」
「はい。存じ上げております。一番、おめでとうございます」
ハ「たはーっ! 照れるぜぃっ!」
ニコリと笑いかけられ、不意に恥ずかしくなったハリトーは、珍しく後ろ頭をかいた。まさか全部見られていたとは。とすると、あの雄叫びも聞こえていただろうか? まぁ、聞かれて困るわけではないが、やはりそう思うと多少恥ずかしい気も。
「この場での競争だけでなく、色々な屋台を回られていたことも、卓球に全力で打ち込まれていたことも存じています」
ハ「? 同じとこに泊まってたりする?」
「はい。いらっしゃったときから。ずっと貴方を見ておりました」
また、ニコリとその女は笑う。さすがのハリトーも、寒気を覚えた。なにかがおかしい。おかしすぎる。そう思い、一歩引いたとき、彼女の手が自分の着物を掴んだ。そして、女性とは思えない力で木々が茂る崖の方へと投げ飛ばされた。
ハ「なっ?!」
普段投げ飛ばされることなど少ないハリトーはさすがに驚き、最初の受け身に失敗すると、そのままごろごろと落ち葉の積もった崖を転がり落ちていった。色んなところをぶつけつつ、一気に崖を転がって最後には軽く吹っ飛んだ。
ハ「おうっ!!」
リ「んぎゃっ!!」
パ「グハッ!!」
目を回して着地した所は柔らかく、下からは聞き慣れた声の呻き声がした。固い地面に叩き付けられずに済んだ上に、探していた二人もいたのでハリトーは嬉しそうに声をあげた。
ハ「二人共、こんなとこにいたのかだぜーぃ。俺っち、てっきり置いていかれたのかとぉ」
パ「お、もいー」
リ「いいからさっさとどけ、バカっ! パズが潰れる!」
ハ「ちょ、目が回って俺っち立てな」
そう言うハリトーを無視して、リーズがハリトーを力任せに押し落とし、自分もどうにか立ち上がると下敷きになっていたパズを助け起こした。
リ「大丈夫か、パズ」
パ「大丈夫に見えるか?! 思いっきり腰をやられた」
リ「言うなって。俺も腹がいたい。ハリトーの全体重が乗ったせいだ」
ハ「おぅおぅ……。俺っち、ひどい言われようなんだぜぃ」
目を回してまだ真っ直ぐ立てないでいるハリトーは、頭を振り、どうにかそれを治すと辺りを見回した。つられて二人も辺りを見渡す。木々に覆われて、日の光が遮られているこの場所はまだ夕方頃だろうというのにうす暗かった。夕日色に染まる空もほぼ見えない。そして、三人の目の前にはどんよりと濁った色をしている池があった。さほど大きくはなさそうだが、全体に水草が浮いていて、水はどす黒く濁っており、絶対に飲んではいけない部類の水だろうことが分かる。その池の回りは、長い間放置されているらしく、葦の長い葉と枯れた薄に覆われていた。
リ「汚ねぇ池だな。 ここどこだ?」
パ「階段の脇にあった道の先だとは思うが。おそらく、そこに見えているのがその道だろう」
ハ「んじゃ、その道登っていけば階段に戻れるんだぜぃ」
たぶんなと、パズが返し、三人はしばし顔を見合わせた。獣道も当然の細い道で、かなり険しい。だが、そこくらいしか通れる道もなさそうだ。仕方ない、行くかと三人はそちらに向き直った。
ハ「そういやリーズ。お前、口周りどうした? なんか泡みたいのついてんだぜぃ」
リ「んぁ? これか? 」
パ「この向日葵は気絶したまま落ちてきてな。おかげで貴様が落ちてくるまで、俺も動けずじまいだ」
リ「どかせばいいだろ?! お得意の超能力で!!」
パ「うるさいっ! 疲れて力が出なかったんだ!」
ハ「にしても何に気絶したんだぜぃ、リーズ。崖落ちるのに気絶したとかじゃねぇよなぁ」
リ「はっ! そうだよ! 俺見たんだ、草臥れた浴衣着た女が木々の間から俺のこと睨んで、その手で俺の着物の袖を」
パ「?! お前も見たのか?」
ハ「お前も? それって青い浴衣着てたか?」
リ「えっ! お前らもかよ! 青かったかまでは」
パ「だが、髪は長かったな。それにリーズの言うとおり、俺の方を見て睨んでいた」
ハ「うーん、俺っちは笑いかけられたけどなぁ。こうニコリと」
ハリトーが見たままを真似してみせるのを見た二人は、何かと見比べるような仕草をした後、「あんな感じか?」と彼の背後を指差した。
ハリトーの背後はその時、池だった。そちらを振り向いたハリトーは、池の中央付近に佇む女を見つけた。さきほどの、青い浴衣の女だ。彼女はやはり、自分に向けてニコリとさきほどと同じ笑みを浮かべていた。
ハ「そうそうっ! あんな感じだぜぃ! そう言えば、俺っちあの子に投げ飛ばされ」
パ「馬鹿め! よく見ろ!!」
パズに小突かれ、ハリトーはもう一度彼女を見る。最初は何も感じなかった。ただやがて気がついた。水の上に立ってる??
「ウフフ。ようこそ、おいでくださいました、ハリトー様。自己紹介が遅れましたね。私はお辰と申します」
ハ「おぅえっ?! どうして俺っちの名前……」
辰「優しいあなたの後輩が教えてくださいましたよ」
リ「後輩って……、レスかっ?! 」
辰「その後も、あなた様を見続けて参りました。昨日には、私の好意も受けてくださいましたし」
パ「おいっ、貴様、いったい何をやらかしたっ?!」
ハ「おぅ?! 俺っちには幽霊見えねぇし、別に何も……。昨日……、昨日なぁ……。んー、あっ」
思い当たる節があったのか、ハリトーは彼女を指差す。
ハ「あんたもしかして! 昨日、レッスーがしゃべってた、見えないお友達っ?!! 俺っちとデートしたいとか言ってた?!」
辰「まぁV 覚えていてくださったんですか?V」
パ「貴様が誘導したようなものだろうに」
リ「ゆ、ゆ、幽霊に口答えとか、やめとけよ、パズ!! あの怪力、何されるか」
辰「全く、五月蝿い方々だこと。崖から落ちて死んでいてくれれば良かったのに。あなた方には用事などないんですよ。ハリトー様だけ居てくださればよいのです」
スススッと滑るように水上を移動し、お辰が三人に近づいてくる。今さらだが、足を動かしているような様子はない。幽霊なのだから、それも同然だ。しかし、ただの幽霊ではないことが三人には即座に分かった。彼女の目は爛々と、獣のように光っていた。さらには胸部の真ん中に、赤い光が見える。妖魔だと、三人は即座に理解した。この場合、三人には彼女を退治できる権利がある。攻撃して迎え撃とうと、三人は身構えるが、お辰はそんなことは見通しているらしかった。
辰「フフフ」
彼女は怪しげに笑う。すると
ハ「うぉっ!!」
リ「ハリトーっ!!」
不意にハリトーは、足を何かに引っ張られ転倒する。その足には、池に浮かんでいた水草がびっしりと絡み付き、ものすごい力でハリトーを池へと引きずり込もうとした。
ハ「うぉうっ! 引きずり込まれる~っ!!!」
リ「わっ、馬鹿! 俺の足掴むなって! ギャーッ!! パズーっ!!」
パ「馬鹿か、貴様は!! だからと言って俺の足を掴むな!! 支えられるわけなかろうっ!!!」
攻撃をしかけようにも、不利な体勢にさせられ、三人はパニックに陥る。どうにか、近くにあった木にしがみついたパズのおかげで、池に引きずり込まれるのを回避している状態だ。
辰「フフフ。さぁ、参りましょう。ハリトー様。私と一緒に……。黄泉の国の旅路へと、今度こそ共に」
目を細め、お辰はそう言ってニコリとした。
******
ちょうど階段組が、辰が池の前でキョロキョロしていたころ、茶屋に残った三人は、サトと合流しようとしているところだった。覚悟を決め、階段へと挑戦しようかという正にそのとき、プスの携帯が軽やかなメロディを奏で、その内容に、三人は階段を離れて傍の緩い坂道へと向かったのだ。「相談したいことがあるから、こっちに来てくれないかな?」。そう言ったサトは、何故か上機嫌だった。深刻な相談という訳ではなさそうだが、プスは不安を募らせた。今までの経験上、サトが上機嫌になるのは自分にとっては何か利益になる嬉しいことが起こる前触れか、起きた後だけだ。起きた後、ならわざわざ自分達を呼び出すことはしないだろう。とすれば前者だ。何かしらの見返りを、こちらに要求する企みがあって、上機嫌になったに違いない。今の自分達に、サトへの非があったとすれば……、一つしか理由は思い浮かばない。
そのことを他二人に相談すると、二人も全く同意見だった。
レ「もしこれが現実になったら、悪いがレス。お前、生け贄な」
ス「えっ?」
プ「まぁもとを辿ると、レスが発端だからね」(厳しいこと言うけど)
ス「うっ……。まぁ、それは当然ですよね……」
大人しく事実を受け入れることにしたのか、それっきりレスは黙ってしまった。口は災いの元。痛いぐらいにそのことを痛感しているのかもしれない。
レ「悪いな。まぁ、あんまりな見返りの時は俺達も止めに入るから」
プ「無茶苦茶すぎないのが一番だけどね」
三人は早足で緩い坂を登り、サトがいるという立て札が立てられている場所を探す。中腹くらいまで来たかと言うとき、道の脇に立て札が立てられているのを見つけた。その傍では、見知った茶髪の男性が道の脇の池を覗き混んでいた。
レ「おーい、サト」
手を振り、近づいていこうしたレムの隣で、プスとレスの二人が急に立ち止まる。その顔は真っ青だった。
レ「どうした? 二人とも?」
サ「やぁ。遅かったね」
不思議な顔をして立ち止まった二人を見るレムの隣に、サトがやってくる。彼は自分の方を見て、さらに顔を青ざめさせるレスとプスを見て、怒るどころかニヤリと笑った。
サ「レスだけじゃなくて、プスも見えるのか~。もしかしてレスの霊感でも移ったかい?」
レ「霊感? ってことは、もしかしてお辰さんかっ?! えっ? ハリトーに引っ付いてたんじゃ」
サ「レムは見えてないのかぁ、残念だ」
レ「???」
ス「は、はりとー先輩……」
プ「嘘でしょ? あのハリトーが……、そんな簡単に死ぬわけ」
レ「はえっ? ハリトー????」
二人が顔面蒼白でそう呟く。出てきた名前にレムは戸惑い、答えを求めるようにサトを見やるが、彼はニヤニヤと笑うばかりだ。
ス「…………」(震えてる)
プ「僕が、階段の段数にビビって追っかけなかったばっかりにっ!! もう手遅れになってたなんて……、なんてお詫びすれば」
レ「サト! いい加減説明しろっ! 笑ってないでっ!!」
サ「ごめん、ごめん。まずはレムもこれを見て」
鏡にした携帯の画面を差出し、サトは尚も笑いを堪えようとしていた。不思議な顔でレムはそれを受け取り、覗き混む。別段、変わったところはない。いつも通り自分が映っているだ……け?
レ「?!!!」
サ「見えたろ?」
レ「こ、こ、これ! は、はり」
葱「(いい加減になされよっ!!! 拙者はハリトー殿ではなぁぁいっ!!!)」
レ「ギャーッ!! しゃべったーぁっ!!!」
葱「(しゃべるくらいするわっ!!!!(怒」
鏡に映ったハリトーそっくりの透明なそれは、ついに怒りの声をあげ、顔を真っ赤にさせた。それを見て、サトはさらにゲラゲラと腹をかかえて笑い、プスとレスはまだショックから立ち上がれない様子で立ち尽くしていた。
サ「改めて、ここに映っているのが葱朗太さんだよ。ハリトーのそっくりさんさ」
一頻り笑ったところで、サトが固まっているレムとプス、そしてレスに向かいそう紹介する。顔はそっくり、髪と服装さえ揃えれば、双子と言われても疑わないだろう。多少、葱朗太と言われた幽霊の方が年上に見えるかというぐらいである。
レ「たく、ほんとお前は質悪いな……」
プ「それならそうと、もっと早く言ってよ……」
サ「僕も最初は驚いたから、皆にも驚きを味わって欲しかったんだよ。それに秘密ならお互い様だろ?」
フフンとサトが意地悪く笑う。これはもう完全にばれているな。レムとプスは観念した。
サ「というわけで、今度は君たちが秘密を開示する方だよ? お辰さんってのは、どこのだ……。レス、君何してるの?」
サトの言葉に、レムとプスも彼が見ている方を見る。レスは何やらブツブツ言いながら、池とは反対側、なだらかな山肌を見つめていた。そこから下を覗き混みながら、「ここじゃ無理、あっちの大きい岩が出てるとこならもしかして」とブツブツ呟いている。
レ「……レス? お前、もしかして死ぬとこ探してるわけじゃないよ……な?」
ス「? 何言ってるんです? レム先輩」
プ「ホッ。だよね? そんなわけ」
ス「ハリトー先輩が死んだ今、もうユウイ先生に合わせる顔がありません。そもそも、俺が旅行についてきたりしなければ、こんなことになってません。もう誰も死なせないという誓約を破った今、俺にできるのは死ぬことぐらい」
他三「止めなさいっ!!!(怒」
三人は今にも山肌に飛び込もうとせんばかりのレスの着物を掴んで引きずり戻し、「離してくださいっ!!」と尚暴れるレスの腕をレムが抑えて引き留める。
レ「レス、落ち着け。ハリトーは死んでないから!!」
ス「そんなん嘘ですぅ! (泣 だってハリトー先輩そのものじゃないですかぁ!! 禿げてる以外!!」
葱「(またハゲとっ!!)」
ス「(葱朗太は無視)人に迷惑かけるしかできないんだから、もう僕なんかいなくなった方がいいんですよ!!
不祥事でクビにされてまた実験動物以下になるくらいなら、いっそここでぇっ!!(泣」(めっちゃネガティブ)
プ「クビって?! これぐらいでそんなことにならないよっ!! 誰も死んでないから! 考えすぎだよ、レス!」(おろおろ)
レ「お前が無駄な演出したせいで、レスがめんどくさいことになったぞ?」(泣かしたし)
サ「えぇー? これ、僕のせいなの?」
泣きながらネガティブなことを喚くレスと、それを宥めようとおろおろするプスを見つつ、レムとサトは他人事のようにそんな会話をしていた。
約五分後、レスは非常に不機嫌な顔で鏡になった携帯の画面を見つめていた。そこには泣きはらして目を真っ赤にさせている自分以外に、例の先輩そっくりのハゲ頭の幽霊が映っている。ちなみにその霊、振り返れば自分の背後にいるのがハッキリ見えるので鏡で見る必要はないのだが、今見るように促されているのは普通の鏡の使用方法そのものだ。
レ「これ以上泣くと、物凄い跡になるってことは分かったか?」
ス「……はい、すいません」
サ「君さ、そのネガティブ思考、もう少しどうにかならない? 発想力豊かなのは認めるけど、偏りすぎてやしないかな?」
返された携帯を受け取りながら、サトは苦言する。レスは「努力します」と、小さく答えた。あまり自信はなさそうだが、ともかくパニックが収まったので先輩三人はホッと胸を撫で下ろした。
サ「で、話を戻すけど」
サトは鏡の画面のままの携帯を突き出し、「この葱太郎とか言う幽霊の恋人を探したいのだけど」と続けた。
画面上で、葱朗太が何か言っているようだがそれは無視した。
サ「レムがさっき、お辰さんって言ってたろ? 君達が今朝からおかしかった原因は、もうそれだと僕には分かっていることだし、幽霊の反応見ても、彼が探してる相手が彼女なのは丸分かりだから、ここまでの経緯をざっと説明してもらいたいんだよね」
またパニックになるのを避けたいのか、サトはレスを除いた二人に早口でそう求めた。全ての経緯をレスから聞いていた二人は、かい摘まんでこれまでのことを説明した。レスが幽霊とは気付かず、お辰さんと仲良くなってしまったこと、その彼女がハリトーを気にいり、今日の観光に付いてきたこと、茶屋の主人に聞くまで彼女が事件を起こしているとは知らなかったこと、最後にちょうどハリトー達を探しに行く所だったことを伝えた。
レ「階段を見てきたけど、あいつらの姿はもうなかった。たぶん、お辰さんに池に連れていかれたんだとは思うが」
プ「その池がどこにあるかまでは……」
サ「おっけー、事情は把握したよ。まぁそんな所だろうと思って、僕は君たちをここに呼んだのさ」
三人がクエスチョンマークを頭上に浮かべる中、サトはこっちこっちと手招きした。立て札から十メートルほど離れた池の傍に、「立ち入り禁止」のロープが張られた空間があった。その先は暗くて細い山道が続いている。
レ「この道がどうしたんだ?」
サ「この池のほぼ真上にあるらしいよ、その「辰が池」がね。真上ってことはほぼ直線上だし、近道でもないかなっと思って君達が来るまでの間に辺りを探索してこの道を見付けたのさ」
プ「でも、この道が本当にそこに続いているとは限らないんじゃ」
サ「大丈夫さ。聞けば、葱太郎さんにはお辰さんの居場所が何となく感じ取れるらしいよ。だから、道は繋がってなくてもナビがあるみたいなもんだから、大丈夫ってわけ」
だから君達が来るのを待ってたのさ。
サ「携帯の画面を鏡にしたまま、一人で山道を登るのはごめんだからね。そういうわけで、レス、道案内よろしく」
ス「……了解」
一度、溜息をつきつつ、レスは了解した。彼の傍には幽霊が浮かんでいる。生憎、鏡をしまってしまうと、レムとサトには何も見えなくなるし、聞こえなくなる。責任重大だなと、プスは思った。自分とレスしか、葱朗太を見ることはできないのだ。
葱「(お二人共、よろしくお願い申し上げる)」
深々とお辞儀してくる無駄に礼儀正しい幽霊に、二人は顔を見合わせた。
レ「じゃ、早速出発するか。早くあいつら見つけないと」
レムがそう言った時、山の奥の方から大きな叫び声が聞こえてきた。聞き覚えのある三つの声が何事か叫んでいる。
ス「葱太郎さん!! 急いで」
レスの一声で、四人と一体(?)は「立ち入り禁止」のロープを跨いで山の中へ入っていった。
だんだん雲行きが怪しくなってきましたな(他人事)
茶屋に残った三人が女主人から話を聞いていた頃、サトはもう庭園に着いて用事を終えていた。別にめちゃくちゃに早く走らないと、約束に間に合わなかったとかではない。たまたま、結果を早く知りたかったその知り合いが、茶屋近くまで小型のトラックで迎えに来てくれただけの話だ。まぁ結果は大したことがなく、単に知らない間に種が飛んできて生えた雑草だと分かったので、知り合いはがっかりしていた。鑑定料をもらう代わりに庭園の良いフォトスポットを教えてもらい、マサも満足するだろう写真を何枚か、携帯に収めて、用事は終了だ。知り合いの方には悪いが、早く終わったのはありがたかった。できるだけ早く先生に、報告をしたかったからだ。ついでにいつの間にか鞄に入れられていた栄養剤について、ほんの少し小言を言って……、詰まるところ、先生と会話がしたかった。旅行に来るまでの自分の行動が誉められたものではないのは分かっているが、下見から帰ってほんの少しだけ子供の頃の先生を見た後、三珠樹はさっさと休みに入って旅行に行ってしまったし、自分達は仕事で手が離せる状態ではなかった。つまり、その間話せない期間が長くあり、彼らが帰ってきてから待っていたのも、当然のごとく説教だった。まぁ(限りなく)自業自得の説教はほぼほぼマサによるもので、先生に言い渡されのは「一週間の製薬禁止令」と恒例の頬つねりだった。罰としてはまだ軽すぎると、他の六人衆から苦情もあったようだが、先生は笑って受け流してくれた。
サ「さて、伝えられた用事は済んだし、さっそくご報告といきましょうか。 思ったより早く終わったし、これなら誉めてもらえるだろ」
帰りも送ると言ってくれた知り合いに断りを入れ、庭園から戻る道をサトは歩き始める。もちろん、電話で話をしながら帰るためだ。機嫌良く鼻唄を歌いつつ、携帯を取り出したサトは、ふと脇を見て足を止めた。道の脇に池があった。さほど大きい池ではなく、どこか人工的に作られたような感じがする。池の中央には小島があるのだが、そこへ続く橋のようなものは掛けられていないし、その回りに置かれたような石には苔が生え放題で、長い間手入れされていないようだった。近くを見渡すと、立て札があった。その立て札は来るときにチラリと見た気がするが、池があるのは気がつかなかった。
立て札まで近づいて、書かれている文字を読む。どうやらここは「青辰池(しょうしんいけ)」と言うらしい。
サ「ふむふむ。『思い人を失った葱朗太が「辰が池」のほぼ真下にあたるこの場所に、彼女の霊を供養するため、作ったのがこの池です。』と。へぇ、この上にも池があるのか」
そっちは自然にできた池なのだろう。なんでも、本当はその池で二人は自殺を図ったようだが、葱朗太なる人物は死に損なってしまったということらしい。今も昔も、たまにある話だが、どうしてそう、すぐ死に急ぐのか。
サ「僕には縁遠い話かな。それにしても、池を作るのが供養ねぇ。……スミレだったら、絶対納得しないだろうな。せめて高級ブランドのバッグ買い占めて墓前に置くくらいじゃないと」
縁起でもないこと考えたら、また怒られるなとそんな考えを頭から振り払う。それよりも報告しないと、と携帯の画面を見る。真っ暗な画面に最初は自分の顔が写っていると思った。普通ならそうだからだ。だが、そこには青白い顔の、頭に毛のない人物が映っている。ように見えた。パチパチと瞬きして、もう一度その画面を見、電源を入れて鏡の機能を選択、起動してみる。自分の顔は、ごく当たり前のようにそこに映っていた。当たり前でないのは、その隣にやはり青白い顔のハゲが映っていることだった。しかも心なしか透けている……?
サ「……全く、僕も気にしすぎだよね。レスと一緒にいたって言ってもほんの少しだよ? それぐらいで霊感なんか移るわけ」
葱「(無視しないでくだされっ!!)」
サ「ギャーッ!! マジだった!! 呪いだけは勘弁!!って、あれ? ハリトー?」
鏡になっている画面に映ったそれが話しかけてきたので、思わず身を引いたサトだったが、その顔がお馴染みの顔にそっくりだったのに気付いてその名前を言う。
まじまじと見つめると、それが本当にそっくりで、むしろ毛がない以外はそのものだったのにさらに驚き、声をあげた。
サ「ま、まさか……、僕が吐いた嘘でこんなことになるなんて……」
葱「(??)」
サ「あの階段を休憩なしで登って、あげく帰りに足ガクガクのまま降りようとして、転げ落ちて死ぬのはパズくらいだと思ってたのに……!! 」
葱「(誰でも死ぬと思うのですが……)」
サ「馬鹿だなぁ、なんで言ってくれなかったんだよ、ハリトー! 君も普通の人間なんだって!!!」
葱「(そのはりとーとか言うのはもののけかなにかかっ?!! 拙者は違いますぞ!! 純然たる人間の霊、すなわち幽霊です!!)」
サ「頭でも打ったの、お前?どうしたのその口調? 髪は? もしかして初めからハゲだったの? あれ鬘だったの?」
葱「(だぁかぁらぁ!!! 拙者は葱朗太っ!! はりとーとか申すものではないっ! 人違いですぞ! あと、ハゲとは何ですか!! 失礼なっ!!!)」
サ「……マジかぁ。ハリトー、鬘だったんだ……。ごめんよ、僕の下らない嘘で、君の秘密まで公に……」
葱「(だから違うって!!!!)」
いくら彼でも、認めたくないことはあるらしい。誰ぞ知らぬ者の幽霊に会うくらいなら、身内の方がマシという神経が彼にもちゃんと通っているのだ。
ただ、そんなことはこの幽霊は知らない。ので、再度彼はサトに話しかける。
葱「(良いですかな? 拙者は葱朗太。本名を針山青玉乃介葱朗太と申します。ここでお話しできたのも何かの縁、どうか拙者に手を貸していただけないでしょうか?)」
サ「……さすがにハリトーはここまで行儀よくはないし、そんな仰々しい嘘はつけないしな」
漸く全てを受け入れることにしたらしいサトは、改めて鏡に映る幽霊を見る。顔は隣にハリトーがならんだら、ほぼ見分けはつかないだろう。あとはハ……、髪がないことと、草臥れた古そうな着物を着ているくらいしか差がない。そして当然のごとく、足はない。
サ「……幽霊お決まりの、あの頭の三角巾は?」
葱「(誰もが着けているとは限らないのですよ、あれは)」
サ「へぇ。まぁなら確かにこうして見ると、外傷ないと普通の人間と見間違うこともある……か」
昨日、レスが言っていたことを思い出しつつ、サトは上から下へ幽霊を見る。やはりハリトーにしか見えなかったので、とりあえず顔を凝視するのは止めることにした。
サ「で、悩み事って? 悪いけど、僕、普段から幽霊見える訳じゃないし(知り合いにはいるけど)、別々に死んじゃった恋人に会いたいとか、無茶言わないよね?」
葱「(やはり、あなたはきちんと立て札を読んで下さる方だった。しかしまぁ、その通りでございます。何卒、お願い致します。拙者だけの問題ではないのです。あなた方、生きている人間にも関わってくる。早くしないと、また犠牲者が増えるかも知れんのです)」
サ「そう言われたって、僕にはその恋人さんの居場所なんて」
そこまで言った時、サトの頭にあることが浮かんだ。今日一日中、様子のおかしかったことがいくつか浮かぶ。もしかして……ではない。確証こそないが、確率は99%だ。
サ「ちょっと待って。 僕だけじゃ力になれないけど、僕の知り合いとなら、君のことを助けられるかもしれない」
葱「(誠にございますか!)」
サ「うん。だから、詳しい話は合流してから。それでいいかな?」
こくりと頷く、幽霊の様子を見て、鏡機能を閉じ、連絡先を選ぶ。もちろん、なんの見返りもないのに、こんな厄介事に関わるつもりはない。仕事中ならまだしも、今は休暇中だ。それに、幽霊に見返りを求めたところで大したものはないだろう。それなら、親しい友人達と後輩に払ってもらうまでさ。
サトはまた上機嫌になって、選んだ連絡先に電話をかけ始めた。
******
少し時間は遡って、茶屋から出た直後のハリトー、リーズ、パズの三人は階段を見上げている所だった。千段あるという階段は、やはり高い。先が見えないくらいだ。この段数を上がるのは、年配者や子供、女性にはなかなか骨だろう。そんなわけで、実は回り道にはなるが、緩やかな坂と小さなエレベーターのようなものが階段の脇には取り付けられており、それは実はサトが向かった庭園へと続く道なのだが、今の三人には他の手段を探すという選択肢は頭から抜け落ちていた。サトの吐いた嘘を、すっかり本当だと信じきっている三人は階段を睨み付けた。
ハ「こんな階段! 俺っちにかかればどうってことねぇぜぃっ!!」
リ「俺だってこれくらい余裕だねっ!!」
張り合う体力自慢二人は、ちらりと横を見る。二人より少し小さい彼は、なんだと言いたげにその目を見返した。
リ「お前、大丈夫か? さすがに手伝う気はねぇぞ?」
パ「ふん。手伝いなど不要だ。貴様らの世話になるつもりはない」
ハ「強がり言っちゃってんだぜぃ! 言っとくけど、いつもみたく浮くのも休憩に入るからなっ! だぜぃ!」
パ「貴様に言われるまでもないわ!! 俺を甘く見るなよ!」
ハ「よっしゃーっ!! しゅっぱーつっ!!」
大声と共に、三人は果てしない挑戦を開始した。
ちーっと変なとこで切るけど、字数の問題だよ。
ちーっと変なとこで切るけど、字数の問題だよ。
少しばかりの秋らしさ(たぶん、季節感あるのここらへんだけ)
赤くなった紅葉と、黄色い銀杏。その色を引き立てる寺社の黒い瓦屋根。秋を象徴する景色を堪能しながら、人々は落ちた葉で染まった道をゆっくりと歩いていく。その人数はかなりのもので、土産物屋もある一角などは人で溢れかえり、あちらこちらで笑い声が響いている。
まぁ、田舎町がおおいに賑わっていることは良いとして、旅館を出た七人は人混みに押され流されしたせいもあり、疲労困憊という状況だった。いつも着なれないものを着ているせいもあったかもしれない。それに加えてお祭りの時期ということもあって出店も多く、その周りに集まる人の多さに、何名かと迷子になったりなんやらかんやらしているうちに、気がつくと疲れていた。
リ「はぁー。結局飯屋は予約もできねぇし、混みすぎてて入れもしねぇし、景色はいいとしてもう疲れたぜ」
サ「文句ばっか言うなよ。まだメインの神社にはたどり着いてすらいないんだよ?」
ハ「そうだぜぃ、リーズ! まだまだこれからだぜーぃ! 出店全部コンプリートしてやるっ!て、言ってたお前ははどこ行ったんだ~? だぜぃ!」
レ「いや、お前はもう少し抑えてやってくれ」
今や、目の下に隈ができ、普段から良くない顔色をさらに悪くしているレスの背をさすってやりながらレムは言う。その隣では、ぜーぜーと息を弾ませているプスの姿があった。お辰が見えるゆえに、彼女の些細な愚行(ハリトーが目移りしたものを念力で浮かせる、近寄ってきた女性の髪や服を引っ張る、呪おうとする、あわよくばハリトーを1人にさせようとするetc……)を監視していたレスは、出店の誘惑にあっちへこっちへ移動するハリトーを(厳密に言えばその肩に乗っている、他の人には一切見えないお辰の姿を)真面目に追いかけ、慣れないフォローをし、結果、体力の限界を迎えたというわけである。そもそも人混みという苦手なシチュエーションもあって、今はそれプラス人酔いという状態異常を抱えていた。
リ「本気で大丈夫か、そいつ……」
サ「ってか、本当にどうしたのさ、レス? 今日の君、なんか変だよ? ハリトーの後なんか、普段なら絶対付いて回らないのに、今日はやけに張り付くね」
ハ「レッスーに、やっとオレっちの愛情が伝わったんだぜぃvv」
ス「……っ!!」(グフッ)(1000ダメージ)
リ「血ヘド吐くほど拒否されてるみたいだぞ?」(汗
レ「ハリトー、悪いが少し黙っててやってくれ」(汗
(えーっ?! byハリー)
サ「ハリトーに振り回され慣れてるはずのプスまで、そんな息切らしてさ。ほんとどうしたのさ?」
プ「ひ、人混みのせいだよ(汗 もう大丈夫」
苦笑いしたプスに、サトは怪訝そうに眉を釣り上げる。その顔を見ないようにしつつ、プスはハリトーの方へと目を向ける。その肩には、草臥れてはいるが鮮やかな色の浴衣姿のお辰がはっきりと見える。霊感の強い人(レス)と長いこと(とはいえ一晩だが)一緒にいたせいで、彼にも霊感が移ってしまったらしい。はっきりと見えるようになったのは、先程の着物を探している時からだ。正直、あんな振袖姿になることになったのも、下らない提案をしたハリトーの後ろに、彼女の恨み籠った殺気混じりの視線を見つけてしまったからだった。それがなければ、あんな姿にはさすがにならなかったのにと今更愚痴を言っても仕方ないし、現時点でそれをちゃんと理解してくれるのはレスしかいなかった。それと、見えるわけではないだが、レムもどうやらお辰がいること、それ自体は知っているらしく、お辰のフォローをする、彼ら二人のフォローをしてくれている。他の四人には、残念ながら言えそうになかった(リーズは論外、サトは何するか分かったものじゃない、パズはおそらく信じない、ハリトーも今回に限っては怖がるだろうという推測)ので、お辰さんのことに関しては、この三人で頑張るしかない。
とはいえ、さすがにサトは先程から「何かあるのでは?」と疑いモードで、表情が徐々に険しくなってきていた。確かに、こちらが真剣に悩んでいると分かれば、それなりに真剣に対策を考えてくれるサトだが、この旅行に至った経緯やら、普段のことを思うと、ほんとのほんとに切羽つまるまでは黙っていないと、事態を余計ややこしいことにしそうで(例えば上手いことお辰さんを誘導して、リーズやパズにちょっかいをかける等)不安なのだ。じーっと自分を見ているのであろう、サトの視線を背中に受けつつ、プスは話題を変えるために「そ、そろそろ神社の方、行ってみない?」とその方面を指して言った。
プ「パズも待ってるだろうし」
レ「そうだな」
ハ「そういや、さっきから姿見ないと思ってたんだぜぃ。何? 何? 迷子?」(嬉しそう)
サ「君とリーズが、あっち行ったりこっち行ったりして、全然先に進めないから、「あいつらに付き合ってるなんぞ、時間の無駄だ! 俺は先に行く。 参道の入り口辺りに茶屋がある。その辺りで絵を描いてるから、近くまで来たら声をかけろ」って言って、さっさと行っちゃったんだよ。ほんと、自分勝手なやつ」
レ「あいつ、それだけを楽しみにしてたんだ。それぐらいの勝手は許してやってくれ。たぶん、絵を描いてる間は時間なんて忘れて没頭してるだろうから、今から行っても怒ってないはず」
リ「茶屋か。ついでにそこで休憩するか? さすがに歩き疲れたしな。レスもその方がいいだろ?」
ス「……そうですね……、お願いします。すいません」
ハ「そうと決まれば早速しゅっぱーつ!! だぜぃ!」
(ランランラー♪)
意気揚々と一番前を歩いていくハリトーに、リーズとサトが続く。その背中を見つめ、レスとプスははぁーと長いため息をついた。
レ「……うん。今ので、なんか色々分かった気がする」
自分の目には写っていない、ハリトーの肩に乗っているだろう幽霊の様子を想像してレムはため息をついた二人の肩に手を置いた。
神社の参道近くまで来ると、何故か人は少なくなった。どうやら、人が少なめの時間帯らしく、神社へと続くのであろう階段にも、まばらにしか人が歩いていなかった。 その参道から視線を反らせた一向は、「団子」や「ひやしあめ」と書かれた幟を飾る建物に目をやった。あれが茶屋だなと、誰かが言い、ならばその近くにパズがいるはずだと、六人は辺りをキョロキョロと見渡した。すると、ふいに茶屋の扉が開いた。
パ「こっちだ。早くこい」
リ「おっ。パズ、お前にしてはナイスだぜ。席取っててくれたのか?」
扉から少しだけ顔をだしたパズが手招きするのに気づいたリーズが、他の五人を呼び、順番に店の中へと入ると、最後にハリトーが入ったところで間髪いれずパズがピシャリと扉を閉めた。
ハ「ちょっ! びっくりしたー! 何するんだぜぃ?! 危うく扉に挟まるとこだったじゃねぇかっ!」
パ「煩い、玉葱め。貴様なんぞを挟むか。無駄にデカイ図体で壊れる扉の方が可哀想だろう」
ハ「あにをーっ?!」
サ「はいはい。ちょっと落ち着いて。喧嘩は後々。席とっててくれたってわけじゃなさそうだね」
レ「どうしたんだ、パズ? なんかあったのか?」
プ「絵も描いてなかったみたいだけど、どうしたの? なんか顔色悪いよ?」
そう言ってから、二人はまさか……と同じ想像をして青くなった。その後ろでは、レスがさらに顔を真っ青にしている。ハリトーの肩の上から、お辰が物凄い形相でパズを睨んでいる。まさか、まさか、パズにもその姿が見えるようにでもなってしまったというのか?!
パ「いや。先ほどまでは絵を描いて実に有意義な時間を過ごせていたんだがな。少し困ったことになってな」
リ「お前が困るなんて珍しいな? 」
パ「あぁ。俺もまさかこんなことになるとは予想もつかなくてな。実は」
ハ「なんなんだぜぃっ?! もったいつけてないで、さっさと言うんだぜぃ!!」
パ「今話そうとしていたろうが! 黙ってろ!」
サ「で? 」
パ「何枚か絵を描いて、気に入った構図のものから色を塗って仕上げていっていたのだが、それを乾かすのに並べていたのを商品だと思われてな」
プ「あー、路上で絵を描いて売っている人って思われたんだね?」
パ「仕上げるのに没頭しすぎて、いつの間にか絵は持ち去られ、挙げ句「絵が気に入った」だのなんだので、自画像だのペットの絵を描いてくれだの、いらぬ題を出されて追いかけ回されてしまってな」
レ「そういうパフォーマンスの人だと思われたんだな。格好も格好だしで(現代、和服は目立つし)」
パ「最悪だったのは、札束を出して「専属の絵師になってくれ」と言う輩が来たことだ。全くバカにしてくれる。俺が絵を描くのは、自分と先生のためだけだ。他の奴のためなんぞに描くかっ!」
リ「あー、なんだ。結局話しかけられるのが嫌になったから、茶屋で籠城してたってことか?」
パ「貴様らみたいな見た目ヤンキーが近くに入れば、奴等も諦めるだろうと思って、待っていたにすぎん」
サ「……なんだ、ただの自慢話ってわけね」(くだらね)
パ「何か言ったか?」(怒
サ「べっつにー。心配した僕がバカだったーってだけさ」(ハハーン)
レプス「「「(良かった、別件で)」」」(ホッ)
パズの話に、いつもの面子(リーズとサトとハリトー)が抗議するなか、残りの三人はそっと胸を撫で下ろしていた。まぁ、そんな中でもお辰さんだけは、物凄い目でパズをにらんでいたが。
プ「と、とりあえず席につこうよ。こんな入り口に溜まってちゃ、お店の人に迷惑だし」
パ「なら奥にテーブル席が2つ空いている。女将、悪いが移動するぞ」
店のカウンターの奥でコップを拭いていた年配の女性にそう声をかけたパズの後について、一行は店の奥の広いテーブル席へと移動する。すぐに女将、基店の女主人が人数分の水をコップに入れて持ってきてくれた。
女「はい、まずはお水をどうぞ。先生、良かったですねぇ。お友達と合流できて」
パ「迷惑をかけてしまったな。……友達ではない。ただの腐れ縁だ」
女「まぁまぁ。それで、皆様は何か召し上がられますか? お茶菓子でも」
プ「あっ、そうだ。ここって、「着物で来店なら20%OFF」キャンペーンの対象店ですか?」
女「えぇ、やってますよ」
にこやかに答える女将に、プスが小さくガッツポーズをする。なんかケチ臭いからやめようぜーとか、なんとか色々と言いつつ、それぞれほしいものを注文したのだった。
全員が頼んだものをほぼ食べ終わっても、雑談はまだ続いていた。店内の人は少ない。窓から見える参道も、すっかり人気がなくなってしまっている。話しているのはちょうどその話題だった。
プ「なんか人少ないね。お土産やさんのある通りは人でごった返してたのに」
レ「そうだなぁ。まだ神社の拝観時間が終わるまでには時間もあるはずだし」
リ「思いたくはねぇけど、もしかして心霊スポットだったりしねぇよな? (まだ引きずってる) そこんとこどうなんだよ、レス? なんか感じたりしないのか?」
ス「……人を幽霊探知機みたいに言わないでください。……まぁ、特に何も感じませんよ。冷気(お辰さんの含め)以外は」
ひどく疲れていたせいか、不機嫌な様子でレスは冷たくリーズにそう返した。足下にいたお店で飼っている看板犬の柴犬の腹を撫でてやることで、その疲れを癒すことにしたらしい。
プ「犬が可愛いのは分かるけど、着物、汚さないようにね、レス」(あんまり汚しすぎると怒られちゃうよ)
サ「まぁ、人が少ないのは不幸中の幸いなんじゃない? ゆっくり観光できるしね」
ハ「やーっと、俺っち自由に動けるぜーぃ」(図体がでかいので少し縮こまって歩いてた)
パ「充分自由にしていたろうが。口を慎め」
プ「ま、まぁまぁ。パズ。ハリトーもだいぶ頑張って体小さくしてたんだよ。伸ばすくらいは許してやってよ」
ハリトーの背後に見えるお辰の目がパズを見て鋭く光っているのを見、プスが慌ててそれを止めようとパズにそう言う。パズは尚も何か言いたげではあったが、プスの一言にとりあえずは黙ることにしたようだ。それを見て、お辰の睨みも消えたのでプスはホッと胸を撫で下ろした。
リ「それにしたって、人がいなさすぎじゃ……。あっ、すんません。失礼なことを」
女「いえいえ。大丈夫ですよ。本当のことですから」
そう言っている時、たまたま皿を下げに女主人が近づいてきたので、慌ててリーズはそう誤魔化す。女主人は笑ってそれを受け流し、盆の上に空いた皿を手際よく置いていく。
女「今日、下町の方は特に賑わっているみたいですねぇ。なんでも、すごい美女と美男のいる、着物の集団が歩いていたとか。それ見たさに、お客さんもみーんな今日はとられてしまって。うちの若い子たちも、あんまりにもそわそわするもんだから、この時間帯ならって行かせてあげたんですよ」
笑いながらそう言った女主人は、「皆様も恋愛成就のお願いですか?」と続けた。
女「皆様、整った容姿でございますから、これは要らぬ心配でしたかねぇ」
ハ&リ「「恋愛成就?」」
女「えぇ、えぇ。その筋では竜の国でも一二を争う有名なスポットなんですよ。あら、ご存知ではなかったですか? あとは、良縁、長寿、子宝なんかのご利益も」
そこまで言った時、違う席にいた客に呼ばれたので主人は「少し失礼いたします」と言い残して、その場を離れた。
ハ&リ「「……」」
サ「ちなみに、ここの階段、千段くらいあるらしいんだけど、それを一回も休憩せず登りきれば、そこにどんな障害があろうとも、必ず相手と結ばれて、しかも来世でも一緒になれるらしいよ」
ニヤリと笑いつつ、サトがそう告げると黙っていた二人は一斉に立ち上がり、同時に店の外へと走っていった。
パ「ふん。くだらんな。そんな迷信」
サ「もちろん、子宝にも効くんだって。しかも、これは奥さんがするより、旦那さんがした方が、ご利益が何倍にもなるらしいよ。子供を産む痛みを和らげてあげる効果もあるんだってさ」
そう言われるとパズは押し黙り、「本当だろうな」と言わんばかりにサトをにらんだ後、黙って一人、店を出ていった。
ス「……、そんなことパンフに書いてありましたっけ?」
三人が出ていった後、口出しできずにいたのか、レスが犬から目を離して困惑したように言うと、サトはニヤリとまた笑った。
プ「もしかして今の嘘?!」
レ「薄々そんな気はしてたけどなぁ」
サ「まぁねぇ。でも、これぐらいしなきゃ、あの三人が疲れるようなこと、今日はないんだよ? 逆に感謝してほしいよ。 特にレムにはね」
レ「お気遣い、感謝するよ。まぁ、今日はもうあいつらが寝た時点で俺は桜の間に避難するつもりだったけどな(笑」
プ「……階段の数に引いて良かった……。嘘なら、やっても意味ないし。(後でゆっくり行こ)」
サ「僕はプスも引っ掛かるかなぁと思ったんだけどねぇ(笑」
プ「笑えないから止めてよ! ひどいよ!」
サ「さぁて。僕もちょっと出てこようかな」
顔を赤くして怒るプスの追撃を笑って誤魔化し、サトは立ち上がる。三人はどうするの?と軽い調子で彼は続ける。
レ「まぁ、あいつらも登っていっちまったことだし、ゆっくり後を追うことになると思うけど……。お前こそ、どこ行くんだ?」
サ「神社に寄る前に、ちょっと裏手にある庭園にね。そこの庭師さんが先生と知り合いらしくてさ。なんでも、その人が趣味で作ってる菜園に見慣れない草が生えたから相談したいらしくて、僕が代わりに見に行くんだよ。ついでに、そこの庭園の写真もマサ先生に頼まれちゃったし」
大人数で行くのもと思って、さっきの嘘はついたって部分もあるんだけどねとサトは笑うと、「君達くらいなら、一緒に来てくれてもいいんだけど」と続けた。
サ「少なくとも、喧しいのはいなくなったしね」
プ「庭園かぁ。ちょっと興味あるけど……」
そう言って、プスとレムは顔を見合わせた。正直、今はやらねばならないことがある。
レ「俺たちは少ししたら、あいつらの後を追うことにするよ。まぁ、喧しくはしねぇけど、やっぱり大人数で押し掛けるのも難だしな」
サ「そう? じゃぁまた終わったら連絡するよ。僕も時間があれば拝観したいし」
じゃぁ後でと言うと、サトは自分の食べた分の料金をテーブルに置いて、足早に店を出ていった。もしかしたら、約束の時間があったのかもしれないな、と見送ったレムとプスは思った。
女「すいません。大変失礼致しました」
女主人が戻ってきたのはその時だった。置いたままだった盆を持ち上げつつ、テーブルに目をやった彼女は人数が半分も減っていることに驚いたようだ。
プ「あっ、ちゃんと僕らで料金は払いますから。ちょっと別行動することになって」
女「あら、そうでしたか。すみません、こちらこそいらぬ心配をおかけしまして」
そう言う女主人の顔は、みるみる生気がなくなったように青くなっていた。不思議そうな顔をする二人に、彼女は一度盆を置きにカウンターへと行った後、また戻ってきてゆっくりと口を開いた。
女「すみません、束のことお伺いしますけども、お連れ様方はどちらに?」
プ「えっと、三人は神社の方の階段へ。もう一人はここの裏手にあるっていう庭園の方へ行ったんですけど」
女主人の顔がハッとしたようになった。そして彼女は一息、まるで覚悟を決めるように一呼吸置いて、またゆっくりと口を開いた。
女「すみません。実はこの辺りが、この時間帯、すなわち午後の三時から四時にかけて、人通りが少ないのは理由が御座いまして……。実は数十年前から、ここお辰神宮の階段では、稀に神隠しが起きることがあるのです」
出てきた意外な言葉に、二人は息をのんだ。傍で犬の相手をするのに夢中だったらしいレスも、ピタリと動きを止める。 今、なんか聞きなれた名前が出なかったかと。
レ「……すいません。ここの神社の名前、なんて仰いました? 」
女「正式にはこの神社も、竜の国にある全国の神社と同じく、青龍神宮なのですが……。地元民に伝わる伝承から、我々は『御辰神宮』とお呼びしています」
******
その頃、戦教ではちょうど三珠樹が揃って休憩をとっているところだった。お決まりのティータイムである。天候は上々。そして何より
マ「喧しい奴等がいなくて清々するな」
ユ「またまたぁ。ほんとは寂しいくせにぃ。パズもレムもいないと、仕事手伝う人はいないし、さらにレスもいないしねー☆ まさか、マサが自らレスを行かせるとは思ってなかったよ 」
ウ「かわいい子には旅をさせろというやつだよ。ねぇ、マサ」
マ「フン! なんでもいいだろうが、別に! 理由なんぞない」
コーヒーを飲み干し、お代わりを要求しつつ、チラリとマサは携帯を見る。特に何も連絡は入ってきていないようだ。
ユ「普段使わない携帯見つめてまで心配するんなら、ちゃんと言ってあげればいいのにね。「困ったことがあったら連絡するんだぞ」って☆」
ウ「ユウイ、あんまりからかうのは止めなよ。彼のそういうところは、私達が一番よく知っているだろう」
マ「貴様ら、いい加減にしろよ」(怒
マサの額に青筋立つのを見、ユウイは話題を変えることにしたらしい。そう言えばと、ジュースの入ったグラスを持ち上げながら続けた。
ユ「皆の旅行先、サトが下見に行った所とは違う所だったみたいだけど、どこにしたの? マサが独断で決めてたよね」
マ「あん? 近場だ。紅葉村の温泉街」
ウ「君にしては優しい判断だったねぇ。温泉で疲れを癒して来いなんてさ」
お茶請けに出されたクッキーをかじりながら答えたマサに、場所を知っていたウェンはうんうんと頷く。
ウ「まぁ、お陰でサトに頼み事もできたし、助かったけどねぇ」
ユ「ふーん。確かにマサにしては英断だね☆ でも、そこって昔連続自殺とかで騒ぎになったよね。あれ、もう収まったのかな?」
ウ「そんな事件あったかい?」
ユ「うん。僕らが子供の時だけど。確か、原因は幽霊じゃないかって騒ぎになってて、結局解決してなかったような……」
ウ「それが本当に幽霊の仕業で解決されてないのだとすると、その幽霊は妖魔になっている可能性があるねぇ。
……そう言えば、そんな内容の依頼書が来てたことがあったような……」
そこで二人は黙っているマサの方に顔を向ける。彼は意地の悪い笑みを浮かべていた。
ユ「もしかして、レスを行かせたのって……」
マ「奴がいれば、嫌でも巻き込まれるだろう? 不幸体質だからな。まぁその被害者は全員男だし、その幽霊の好みに七人もいりゃ、どれかはヒットすんだろ? 旅行に行った先で事件を解決できれば、交通費も浮く。なかなか助かる話じゃないか」
クククと、笑いながらコーヒーを口に運ぶ親友を、二人はなんとも言えない顔で見ていた。これを聞いたら、さすがの六人もキレるだろうし、レスはショックで鬱になるだろうな。二人は暗黙のうちに、この件については黙っておくことに決めた。
******
あぁ、聞き間違いであってほしかった。三人が最初に思った感想である。「御辰神宮」。女主人に聞いた名前を、三人はそれぞれ頭の中で復唱する。さらには伝承があるらしいが、正直話の内容については考えたくもない。しかし、ここは聞かなければならない流れだろう。
プ「その、伝承と言うと?」
女「昔、この辺りは針山氏と言う一族が治めていた土地だったそうで、その中に青玉乃介葱朗太という若者がいたそうです。彼は同じくらいの身分の許嫁がいたのですが、ふと町にやって来たときに、近くの村の衆を束ねる別の一族の女性と、恋に落ちてしまったのです。それがお辰という名の方でした。二人は大層愛し合っていたそうなのですが、共に両親の反対にあい、来世で一緒になろうと、共に池に身を投げたのです。しかし、幸か不幸か、葱朗太だけが近くを通りかかった当時の神主に助けられました。お辰はそのまま池から浮かんでこなかったそうです。悲しみにくれた葱朗太は剃髪して、お辰の供養にとその後生涯結婚されなかったということです」
レ「……で、その話が回り回って恋愛成就の神様として奉られるようになったと」
女「はい。結局は結ばれなかった二人ですが、その思いの強さが周りからも敬われるようになって。
……ただ、その二人が身を投げた池、地元では「辰が池」と呼ばれておりますが、その池は神社へ続く階段の脇道を下った人気のないところにあるのです。数十年前のある日、町の男性が一人行方不明になったおり、その遺体が辰が池から見つかりました。何故彼がそんなところに行ったのかと、当時も噂になりましたが、その後何件か同じような事件がおきました。しかも、被害者は皆男性で、似たような顔立ちの方ばかり。警察には全て自殺と断定されましたが、町では専らこう噂されました。被害に遭った男性は、皆、「葱朗太」に似ているのではないかと。そして被害者達で一致していることがもう1つ。それが、ちょうどこの神社を拝観していて、いなくなったということです。中には皆様同様、大人数で来られていたのに、その中から神隠しのように突然いなくなった方もいたそうです。
そんなことが続いたものですから、町の活気が急落したのは言うまでもないことです。この状況を危惧して、神宮の方でも、様々な対策をされましたが、被害がやむことはなく。これはもう、お辰が葱朗太を探しているのだと、考えた地元の方々が神宮の近くに祠を作り、お辰の霊を供養したところ、騒動が起きる回数は極端に減りました。それでも年に数回、似たような事件が起きるようになり、この時間帯になると階段にお辰が現れて、気に入った男は拐われてしまうと、皆拝観をさけるようになりました。ただ、町の評判が下がるのは避けたいと、このことは観光の方には知らせず、噂話として囁かれる程度になりました。そのせいか、逆に心霊スポットとして、その手の話が好きな方がやってくることも増えたくらいで」
女主人が話終わった頃には、三人の額に冷や汗が浮かんでいた。普段なら、あの三人ならどうにか対処するだろうと、もう少しは落ち着いていられたところだ。生憎、三人には落ち着くことなどできなかった。何せ、その当のお辰さんが、自分達のすぐ近くにいるのだ。そして、彼女が誰に執着しているかも……分かっている。
女「皆様はもうそんな噂話はお聞きになっていて、拝観も済まされたものだとばかり思っていて……。登って行った方々が、被害に遭われなければ良いのですが」
レ「階段を登っている途中でだけ、被害に遭うんですか?」
女「そうですね。登りきった所には、神主様方がいらっしゃいますし、そこまで行き着けば神主様が降りるのをお止めになると思います。降りるときには被害に遭われないとは思いますが、確証はないですし、四時を回るのを目安にしてから降りた方が安全なことが多いです」
プ「目安……なんですか?」
女「ちょうど、この時間帯だったらしいのです。お辰と葱朗太が、池に向かった時間が。 なのでこの時間帯が特に注意されますが、毎回毎回この時間かと言われるとそうではないのです。ただ、何故か神隠しの起こる時だけは、鳥さえ鳴き止むので、地元民はそれを目安にしています」
そこまで言って、主人は三人の顔を見、「皆様、大丈夫でしょうか? 顔色が……」とおろおろと尋ねた。
大丈夫ですと三人は揃って答え、心配そうな顔で「探すのを手伝いましょうか?」と言う女主人の申し出を断った。詳しくは言えないが、誰が狙われているか分かっている今の状況では、自分達だけで解決する方が早いだろう。そういう考えだった。
代金を払って、店の外に出る。神社へと続く階段の前まで来たところで、その階段を見上げ、三人は固まった。
やはり、三人の姿はない。
レ「今更だけどさ。ハリトーとリーズの奴が走っていった時」
レムがそう口を開いた。
レ「千段あるとかいう階段をさ、ただでさえ体力だけが取り柄のあの二人をな。追っ掛けるのは無理って、思ったんだよなぁ」
プ「それは僕も同感。しかも、お辰さんのこと監視しながらとか、もっと無理」
ス「……正直、このまま忘れていたかったです」
レ&プ「「お前はダメだろ」」
ス「……すいません」
再度、三人は階段を見上げる。全部を登りきる必要は今更ない。途中で池に続く脇道さえ見落とさなければいいのだ。ただ、今の三人には、もう1つ大事なことがあった。それは、厄介事に向き合う覚悟だった。
ついつい、社員旅行を修学旅行にしてしまいそうになる(笑
食事を済ませた一行は、部屋に戻る前に旅館内にあるとある場所に来ていた。貸衣装屋、浴衣や着物などをレンタルしてくれる場所である。
「宿泊のお客様なら、一律千リンでお貸しします」と書かれた値札が貼られ、ウォークインクローゼットばりの広さの所に着物がずらりと並べられている。
多くは女性用だが、男性用もなかなかバリエーションが多そうだ。
プ「着物着て観光するのも風流だし、ここら一体は着物着てると割引してくれるお店も多いんだって! 折角だから皆で着ようよ!」
レ「まぁ悪くないかもなー。にしても、プス。お前ほんとこういうの好きだな(昨日の晩にしろ今日にしろ)」
楽しいからいいじゃん、と着物を選びつつプスは言う。ハリトーとリーズのノリノリコンビも大はしゃぎで着物を選んでいた。
リ「こんなのあるなら、尚更ビーズと来たかったなぁ。きっと、俺に似合うの選んでくれたのに」
サ「うわっ、お前その顔、気持ち悪いよ」
リ「気持ち悪いって!」
サ「僕にだって、お前にぴったりなやつ選ぶ自信があるよ。お前にはきっとこれが似合うよ」
ニヤケ顔で話すリーズの隣にいたサトが、はいと言って手渡したのは、真っ白な着物。
リ「……、お前これって、よく幽霊が着てる……」
サ「死に装束だね(笑 いいじゃないか。白いロウソクみたいできっと綺麗だよ(笑」
リ「なんだ、ロウソクって!! 人をなんだと思ってやがる!! ってか、なんでこれがあるのか、そこからまずツッコミたいんだけどっ!!!」
サ「僕はどうしようかな。縦縞もいいけど、シンプルに無地もいいよね。この渋い緑の羽織もいいな」
リ「あっ、俺も緑がいい」
サ「お前に先生みたいな渋い緑は似合わないよ」
リ「さっきからひどくないかっ?!」(朝の仕返しまだ続いてんの?)
レ「まぁいいか。パズのやつも案外ノッたみたいだし」
すでに着物に着替え終え、外で待っているパズを見てレムも安心したのか、さっさと着物を選んで着替えると彼の元へと向かった。
レ「やっぱパズは着物似合うなぁ。ハットまでかぶっちゃって、案外と楽しんでるな」
パ「紅葉を見に行くんだ。折角だから、スケッチでもしようかと思っている。その事を思うと、確かに気持ちは高揚するが……奴らほど浮かれているつもりはない」
未だにワーギャーやっているリーズとサトの方を
見ながらパズが言う。そう言いつつも、いつの間にか持ってきていた画材一式の入った鞄の中身を念入りに確認している姿は、遠足前の子供と大差ないな、とレムは思った。ただまぁ、ともかく先程の騒動での怒りは、とりあえずは治まったらしい。ホッと胸を撫で下ろし、レムは衣装屋から目を反らして食堂へとつづいている廊下へと視線を移した。何もない所に向かい、何やら一人ボソボソと話すレスの姿がそこにあった。いや、一人……ではない。彼の近くにあった鏡には、もう一人、鮮やかな浴衣姿の女性が写っていた。昨日、風呂場で見た幽霊とそっくりだ。
レ「(……、また面倒なことに巻き込まれてるんじゃないよな、あいつ……)」
彼女が何事か言う仕草をする度に、顔を赤くしたり青くしたりしているレスに不安を募らせるレムだった。
ス「とにかく、聞き分けてください、お辰さん」(ボソボソ)
貸衣装屋から少し離れた場所で、先輩達の目を盗みつつ、レスはやっと見つけた先程の霊に話しかけていた。
ス「ハリトー先輩のことを好いてくださるのは結構なんですが、もうこれ以上関わるのはちょっと……」(ボソボソ)
辰「(先刻のことは謝るわよ。まさかあなたが見てるなんて思わなくて。だからって、急に関わるなと言われる筋合いはないわ。昨日はあんなに仲良くしてくれたじゃない)」
ス「昨日はその……、まさかお辰さんが死んだ人だとは思ってなかったんですよ。(ボソボソ)だから正直、ハリトー先輩と引き合わせてくれと言われても、現実的に無理なんで」
辰「(じゃぁ今日一日だけでもいいからっ! あの方の傍にいたいの。お願いっ!)」
ス「……、でも今日は一日出かけますよ? お辰さん、ここの地縛霊だから外に出られたらどうしようもないんじゃ」(ボソボソ)
辰「(大丈夫よ。私、活動できる範囲が広いから。どうせ紅葉狩りでしょう? この時期に来る人達は大半それだし、紅葉の名所のあたりこそ、私の活動範囲の中心なの)」
青白い顔でニコニコと話すお辰を、レスはげんなりとした顔で見つめる。なんで地縛霊なのにそんなに活動範囲広いの?とか、昔の女性なのに気が強すぎない?とか、なんか色々言いたいことはあったが、もうそれを聞くのも面倒だった。そもそも、どうしてそんなにもハリトーを気に入ったのか、全くの謎だ。
辰「(やる気ないでしょ? れっくん)」
げんなりした顔でため息をつくレスを見て、口を尖らせつつお辰が言う。自分の名前の言いにくさは自覚しているが、勝手に短くするのもどうかと思いつつ(それがまた他の女性陣と同じなのも怖い)、渋い顔でレスはそれに答えた。
ス「傍にいても、ハリトー先輩にはお辰さんのことが見えませんし、あの人、あなたがいる気配すら感じないようですから……。傍にいたら、またさっきみたいに何かやらかしたくなるでしょう? それをフォローできるのは俺だけですし、一人でフォローしきれるとは思えませんし」(ボソボソ)
辰「(まぁ、無気力。そしてネガティブね。朝のご機嫌に鼻歌歌いながら湯船に浸かっていた君はどこに行ったの?)」
ス「?! なんで知って」
辰「(私、幽霊よ? ここで起きてることならなんでも知ってるわ。昨晩は猫を無理やり洗おうとして怒られてたわよね。そんなお子様の君には、私の恋心は理解できないと思うけど、ここまで話したからには協力してもらいたいの。ね? 余計なことは一切しない。あの人の肩に乗ってるだけでいいから!)」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしているレスに、さらにお辰は詰め寄る。レスはなんか失礼なことを言われたこともあってか、まだ渋い顔でお辰を見返した。正直全く信用できない、とレスは思っていたので「それでも無理」と突っ返したかったのだが、次のお辰の言葉にその言葉は跡形もなく消えた。
辰「(仕方がない。そうまでして渋るというなら……、君の体を乗っ取ってでもあの人と本気で逢引を)」
ス「協力するからそれは絶対しないでください!(お願いします!)」(ガタガタガタガタ)
レスは一瞬そうなった時のことを想像し、鳥肌が全身に立つのを感じた。血の気が引いて、顔が真っ青になるのが自分でも分かったくらいである。そんな自分とは対象的に、青白い顔に少し生気が帰ってきたかのように赤みをさしたお辰は、フフフと楽しそうに笑う。
辰「(あー、なんて今日は良い日なの。死んでから早百数十年。まさかこんな日が来てくれるなんて。本当によく似ていらっしゃる……葱朗太様。フフフフフ)」
ス「(値切ろうた? 人の名前……かな?)……はぁ〜」
面倒事を回避するつもりが、逆に面倒事を背負い込むことになってしまった結果に、レスは深いため息をついた。
リ「たまには着物ってのもなかなかいいもんだな〜」
選んだ着物に着替え終え、パズとレムがいた場所に戻ってきていたリーズがそう言う。隣ではサトも満足そうに自分が着ている着物を眺めていた。中々気に入るものが見つかって嬉しいらしい。
リ「今度は兄さんとお揃いで着物着て買い物行くのもいいなぁ」(兄さんも喜びそうだ)
サ「さっきも言ったけど、お前には先生みたいな渋い緑は似合わないからお揃いは無理だよ。僕ならいけるけど(笑」
リ「似合う、似合わないじゃなくて俺は兄さんとお揃いのかっこがしたいの!」
サ「うわ〜……。いくら僕でもそれは引く」
リ「あぁっ?!」
レ「いや、お前ら二人、かなり気持ち悪いからな。パズのドン引き具合半端じゃねぇから」
わーぎゃー言い合う二人を冷ややかな目で見て言うレムだった。隣に座っていたパズも「こいつら何言ってるんだ?」と言いたげな顔で二人を見ている。
リ「なんだよ、その冷ややかな目は?!」
パ「……貴様らの師へのその異常な親愛は、いい加減どうにかならんのか?」
サ「何それ? お前には言われたくないんたけど?」
リ「お前だって、もしマサ先生が今のお前とおんなじカッコしてたら……、なんか嬉しいだろっ?!」
パ「……、いや、わからん」
二人の熱気にパズはかなり困惑しながらも、いつもの調子でばっさりとリーズの意見を切り捨てる。なんで分かんないんだよ?とリーズはさらに食い下がるが、隣にいたサトは、これ以上言っても不毛だなと悟ったらしく、苦笑いしているレムの隣に腰を下ろした。
レ「ハリトーとプスは?」
サ「まだ中で選んでたよ。あの二人は長くなりそうだね。……、ところでレスは?」
レ「レスなら向こうに……、あれ? またいないっ?!」
サ「しっかりしなよー、お目付け役ー」
パ「勝手にレムを雑用のお目付け役にするな」
リ「いいんじゃねぇの? 何気に一番懐かれてるっぽいんだからよ。あいつ、俺のことはぜーったい下に見てる。態度に出てるからな、まじで」
サパレ「「「まぁそれは仕方ない」」」
リ「三人揃って言うなよっ?!」(仕方ないってなんだっ?!)
レ「にしても、さっきまでそこにいたのに……。昨日の晩も一応注意したんたけどなぁ(苦笑」
リ「一回ガツンと言ってやれ! ガツンとっ!」
ス「何をガツンと言うんですか?」
リ「?!(ビクッ)」
拳を作ってそう言うリーズの背後から、にゅっとレスか顔を出す。いつの間に来たのかはさっぱりだが、ついさきほど来たばかりなようで朝着ていた私服のまま、気だるそうに頭を掻いていた。
レ「レスー、お前さっきまで向こうにいなかったか?」
ス「……、すいません。皆さんがここにいること忘れて、一回客室まで戻ってました」
サ「……、わざとじゃない分、ガツンと言いにくいよねぇ。レスの場合」
リ「もういいから、お前も着物選んでこい。サッとな、サッと」
ス「もういいですよ。それよりもそろそろ出かけたほうが」
パ「まだプスと木偶の坊が中にいる。ついでに呼んでこい。一人だけ割引の利かん奴がいてもややこしいだろうが」
ス「……はぁ(割引?)」
レ「レス、俺が一緒に行ってやるよ」
半ば強引にレスを引っ張り、レムは衣装が並ぶ部屋へと入っていく。パズの怒りにまた火がつくのを避けたい、という思いもあったし、先程の幽霊の話を聞く良いチャンスだと思ったのだ。
レ「で……、レス? さっきまた幽霊と話してたみたいだったけど?」
着物を適当に持ち上げながらそう切り出す。レスは一度ビクリと肩を震わせた後、はぁと力なくため息をついた。
レ「やっぱり面倒事になったのか?」
ス「……、すいません。もう謝り倒すしか俺にはできないです。一から言うとめんどいので、よくあるかくかく云々で省きますけど、とりあえず面倒くさい感じです」
レ「うん……、まぁお前もそこそこ頑張って交渉はしたと思うけど……。約束事ってのは、破るためにあるようなもんだぞ、レス」
ス「……痛いほどよく分かってはいるんですが、あんな最終兵器みたいな爆弾発言をされたら、断りきれませんよ」
ため息をつくレスに、レムは適当な着物を選んで着せていく。結果的に、どこかで見たことがある感じに仕上がっていたが、着せられている本人は文句を言う元気もないらしく、「これでいいです」と短く言った。
レ「まぁ、あれだ。俺にはお辰さん……?ははっきり見えないけど、お辰さんをフォローするお前のフォローはしてあげるから」(元気だせ)
ス「……とりあえず、先輩達の行楽気分を害さないよう、頑張ってみます……」
レスの頭を撫でて励ますように言うレムに、レスは
(彼にしてみれば)比較的前向きな答えを返した。
ハ「あっ、レッスー! なんかあれだなー、その色着てるとますます」
レ「! ハリトー、プスは? そろそろ出発しようって、あとの三人が待ってるんだけど」
柄物の着物を着てひょいと現れたハリトーの言葉をレムは遮り尋ねる。
ハ「プシーなら今着替え終わったところだぜーぃ。ムフフ、俺っちすげー良いこと思いついちゃってー。二人は先に外に出ててほしいんだぜぃ。すぐ行くから」
頭にクエスチョンマークを浮かべつつも、二人は三人が待っている場所へと戻り、少し待つ。
ハ「待ったせたなぁ!野郎ども〜! だぜぃ!!」
パ「遅いっ!!」
リ「何やってたんだよ?! 飯屋の席埋まっちまうぞ?」
サ「っていうか、プスは?」
ハ「まぁまぁ、落ち着けって野郎ども。折角の旅行なのに、男だけというこの辛気臭い状況を、少しでも打破したいとは思わないか?だぜぃ。そこで俺っちは考えた。見た目だけでも男以外がいれば、打破できるはずだと……」
ス「……(汗」
レ「……まさかお前、プスを」
ハ「御託並べんのは終わりだぜぃ! カモン!プシー!」(衣装部屋前の暖簾をバサぁっとめくる)
プ「えっ?! ちょっ!」
五「(うわー…………)」
現れた可愛らしい花がらの振り袖姿をした人物に、五人は想像通りすぎたこともあって固まる。いや、先程の時点ですでに予想はできていたので、プスが女装をして出て来るということそれ自体には心の準備ができていたが、まさかでまさかの振り袖に五人は困惑してしまったのだ。
プ「ちょっとだけ着てみせるだけっていうから着たんだよっ?! これ着て行くなんて言ってないっ!!!」
ハ「いーじゃん、ちょっとの間くらい〜。もっと割引してくれるかも♡だぜぃ!」
プ「それはそれで嫌だよっ!!」
リ「なんつーか、似合いすぎてて驚きがないな」
サ「まぁ、とりあえず一枚くらい写真撮っとこうか? たぶん、スミレ達は喜ぶと思うよ。着せ替え人形(おもちゃ)的な意味で」
プ「おもちゃって言わないで!!(涙」
パ「……茶番はいいからサッサと着替えてこいっ!!!(怒✕100)」
ついに落ちたパズの雷に、プスは「ひーっ」と泣きながら衣装部屋へ引き返していく。「つまんねぇんだぜぃ」というハリトーに、「くだらないことをするなっ」と本日二回目のパズの怒りスイッチが入り、他の三人は苦笑した。その心情は旅行に来たはずだが、どこまでもいつも通りだなという思いでぴったり一致した。
ス「………………」
ただ一人、レスだけが顔を青くしてハリトーを見ていた。その頭上では、お辰がふわふわ浮かびながら彼を見ている。ただ、その目がパズに向くたびに冷たいものがレスの背中を走っていくのだった。
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