忍者ブログ
紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

やっぱりどうしても修学旅行って書きそうに(以下略)

 葱「(皆様、こちらです! この奥が辰が池です)」
 急な山肌を十分ほど登った所で、葱朗太が林の奥を指差した。レスは後ろにいる先輩達に今聞いたことをそのまま復唱して伝える。着なれていない着物のせいもあってか、三人はかなり後ろの方にいた。
サ「さすがに身軽だね、レスは」
レ「枝から枝に飛んで、ヒョイヒョイだもんなぁ(笑 ほら、プス。もうちょい頑張れー」
プ「ハァ、ハァ。待ってよ~」
 一番後ろにいるプスに声かけしながら、二人がレスのいる木の下までくると、そこにレスがヒラリと飛び降りてきた。その目が鋭く、林の奥を睨み付けている。
ス「……何かいますね」
サ「何かって、幽霊だろ? お辰さん、だっけ?」
ス「いえ……、かなり質が悪そうなものです。もう俺の知ってるお辰さんの気配じゃない」
 どこに隠し持っていたのか、いつもの短い赤い棍棒を一つ取り出しながら、レスが臨戦態勢に入る。それを見て、レムとサト、そして遅れてきたプスはお互いに顔を見合わせ、頷き合うと林の奥へと一斉に走り出した。
  
 林を抜けた四人の目に、まず飛び込んできたのは黒く濁った水を湛え、水草にほぼ覆われた池だった。そして、その右手の岸では珍妙な何かが連なっているのが見えた。何かがハリトーを池に引きずりこんでいるのは明らかだった。既に半分ほど、池に浸かったハリトーの手がリーズの足を掴み、そのリーズの手がさらにパズの足を掴んで連なっている。最後のパズはと言うと、寸でのところでどうにか傍にあった木の幹を掴んでいる状態だった。
プ「ハリトーっ!」
ハ「プシーっ!! ヘルプミーっ!!!」
レ「パズっ! 待ってろ、今行く!」
パ「頼むっ!! もう……、手が限界だ」
サ「根性見せなよ! じゃないと引きずり込まれるよ!」
リ「お前は俺の名前を呼べよっ!!流れ的にもっ!!!」
 パズの手が、木から離れる直前、レムとサトの手がそれを掴んで引く。物凄い力で引っ張られていることに気付き、二人は全力で足をつっぱり、どうにか引き戻そうとするがなかなかうまくいかない。初めから引き込まれていた三人も、それぞれ空いている足や手で地面につっぱるようにしているようだが、全く岸に近づかない。
辰「(また邪魔者……)」
 その時、池の真ん中辺りが割れて髪の長い女が顔を出した。非力ゆえ、引くのに参加していなかったプスとレスはその顔を見てあっと声を上げる。顔はお辰、そのものだった。だが、ぐんと乗り出してきたその下半身は蛇のようにうねっており、鱗に覆われ、もはや人間らしい面影はない。
葱「(なんということだっ! お辰ぅーっ!!)」
ス「お辰さんっ! 何もしないって約束だったでしょうっ?!」
辰「(あら? ごきげんよう、れっくん。私は何もしてないわよ? ただ、この池の水草達が私のためにやってくれているだけで)」
リ「よくもいけしゃぁしゃあとっ!! 思いっきり俺たちに危害加えてんだろがっ! 今もさっきもっ!!!」
 蛇のように細くなった舌を出してニヤリと笑うお辰に、リーズがそう言い返す。そちらを細い目で一度睨み、お辰はレスに向き直ると再度笑った。
辰「(約束なんて破るためにあるようなものじゃない。大体、安易に幽霊と約束なんかしちゃうあなたがいけないんでしょ?   お子様のれっくん(笑)」
 馬鹿にしたようにそう言われ、レスは顔を歪めるが言い返せずに押し黙る。
 レスを黙らせたお辰はハリトーを引っ張りあげようとしている集団を見下ろした。
辰「(さぁて、そろそろ邪魔な方々には退場して頂きたいですねぇ。このまま邪魔をするなら、一緒に池に沈めるまでですけど)」
パ「こいつなんぞと一緒に沈むなんざ、まっぴらごめんだっ!!!」
リ「そうだっ! そうだっ! 道連れで死ぬなんてまっぴらだぞっ! ハリトー! 俺には俺の帰りを待ってる、愛しいビーズと兄さんとディアンがいるんだ!!だからその手をはなせっ!!」
ハ「見捨てるなんてひどいぜーぃっ!!  俺っち達親友だろぅ~っ!!」
サ「君だけなら、被害は最小限で済むっ!! さぁ!!」
ハ「マジでひどいっ!!!! お前ら後で覚えてろ~っ!!だぜぃっ!!!」
レ「お前ら真面目にやれってのっ!!!」(ふざけてる場合違うっ!!)
辰「(……)」
 その様子に呆れたのか、ふざけた掛け合いを聞くのが嫌になったのか、お辰は出てきた時と同じようにスッと水の中へ消えてしまった。途端に引かれる力がさらに増した。グイグイと、先ほどまでとは比べ物にならないほどの力で引きずり込まれていく!
プ「あわわわわっ!! な、なんとかしないとっ!! 」
葱「(プス殿、プス殿っ!! お辰には、拙者が見えておらぬのであろうか?! こちらに一瞥もくれなかったのだが)」
プ「知らないよ~、僕に聞かれたって! レス! レスは何か良い案ないっ?! レス?」
ス「お子様……、お子様とか……、ひどい」(ブツブツ ブツブツ)
プ「今はそのネガティブ封印してっ!!! 頼むからっ!」
ス「うぅ、そうですね。……、とりあえず、池を凍らせれば沈むことはない……と思いますが」
プ「それ別の理由で死ぬから止めてっ!!」(凍死するっ!!)
ス「そうなると、俺にできることなんて……。葱さんは?」
葱「(葱さんっ?! いや、もうこの際名前はなんでも良いです! お辰はもしかしたら、拙者のことが見えなかったのかも知れぬ! 拙者がいると分かればおそらくはっ!)」
プ「なら葱朗太さんが直接会いに行けば」
葱「(それは……できませぬ)」
ス「どうして?」
葱「(拙者……実は泳げないもので)」
プ&ス「「あんた幽霊だろっ!!!!」」
ス「そもそも、泳げないのに何助かっちゃってんだよっ! 一緒に死んどけよっ、そんな設定ならっ!!!」
葱「(その節は申し訳もございませぬ)」
プ「(レスもちょっとおかしくなってきてるなぁ)」
葱「(しかし、理由はそれだけではございませぬ! あの池はもはや、お辰のテリトリーっ!! そこに拙者のような弱小の幽霊が飛び込めば、吸収され、お辰の力が増大するだけなのですっ!! それ故、拙者にはこれ以上お辰に近づくことは)」
プ「そっか。妖魔神霊の世界は弱肉強食。妖魔としてはお辰さんの方が葱朗太さんより上なんだ」
ス「そうなると……、誰かがお辰さんにこれを伝えにいかないと……」
 二人は真っ黒な池の水を見つめる。正直、入るのは勇気が要りそうだった。
レ「お前らっ! ちょっとはこっちも手伝ってくれっ!!  いないよりマシだっ!!」
サ「ついでになんか案があるなら、こっちにも教えてくれっ!」
 もはや、藁にもすがりたい気分だ。ハリトーは既に頭だけが水上に出ている状態で、リーズの足もほぼほぼ池にはまりかけている。池の縁ギリギリで、パズが空いている足をつっぱらせており、状況が切迫しているのは明らかだ。
プ「案ってほどじゃないんだけど」
 プスとレスは、それぞれパズの横側に回ってその体を持ち引っ張りながら続けた。
ス「誰かが、あの池に飛び込んで、お辰さんに葱太郎、いえ葱朗太さん本人が見ていると伝えに逝かないといけません」
パ「その漢字を当てはめるなっ! 不穏なっ!!」
パズが叫ぶが、皆全くの同感だった。そして、あの池に飛び込みたくないな、という思いも同じだった。すでにほぼはまっているハリトーを除いてだが。
サ「よしっ! レム、逝ってこい!!」
レ「えぇっ?! なんで俺なんだよっ?! 俺にはお辰さんが見えないし、入ってもどこにいるか分からねぇよっ! 普通に見えるプスかレスに行ってもらった方が」
サ「馬鹿なのかい?! この非力二人に、池に沈んだハリトーを持ち上げられるわけないだろっ!! 常識で考えて、君かリーズしか無理だっ! 今の状況で、動けるのは君だけっ! そうだろっ?!」
レ「いやまぁ、そうだけど」
グイッ!
ハ「おぷっ!」
 さらに強い力で引っ張られ、ついにハリトーはあの特徴的な髪の先以外全てが池に沈んだ。ギャーッ!!と一番に近いリーズが叫び声をあげ、プスもそれに倣う。
いよいよもって時間がない!
サ「レムっ!!」
レ「いや、だけど、池に入ったとしてどうやってお辰さんを探せば」
サ「葱太郎は鏡だけじゃなくて、水にも映るんだっ!! 
だからたぶん、水の中なら見える!! 最悪、第三の眼……心眼で探せっ!!!」
レ「第三て!! 先生じゃあるまいしっ!! そもそも普通の目も一つしか機能してな」
サ「つべこべ言わずに逝ってこいっ!!! 早く!! 逝かないと」
レ「ぐっ……、くそぅっ!!!」
 ギラリと向けられたサトの目に、レムは覚悟を決めると羽織を脱ぎ捨て、池に飛び込んだ。
 少しの静寂。ハリトーの力も尽きたのか、足を解放されたリーズは跳び跳ねて池の浅瀬から岸へと上がる。ブクブクと、数回、水中から気泡が立った後、また辺りは静寂に包まれた。何かが水から顔をだす気配はない。
プ「……上がってこない……よ?」
ス「……っ」
サ「…………、さらばレム。ザラとマサ先生には、お前は勇敢なやつだったと伝えておくよ」
リ「あいつら死んだの確定っ?! おいっ、サトっ!!」
パ「貴様! ふざけるのも大概にしろっ!!」
 リーズとパズがサトの台詞に非難の声を上げた時、ぐんと水面が盛り上がった。そして顔を出したのは、お辰ではなく、見知った二つの顔。ハリトーとレムは、何故か役割が逆になっていたが、大きく息を吸いながら岸まで泳いでくると、急いで乾いた地面に上がった。げぼげほと、飲み込んでしまったらしい水を吐き出す二人に、他のメンバーは心底、「絶対入りたくない」と思った。
サ「良かった……、僕、自分で行かなくて」
パ「貴様には自己犠牲や思いやりの気持ちはないのか」
 一人胸撫で下ろすサトに、パズは冷たく言い放った。
 二人の介抱をしながら、五人は池の方を見やる。お辰が後を追ってくる気配はない。池は何事もなかったかのように、静まり返っている。
サ「そこんとこ、どうだい、レス? 葱太郎はなんて」
ス「……大丈夫そうです。今この場に、先ほどの妖魔の反応はありません。葱さんもそう言ってます」
パ「追ってきていないならばまずは良い。早くこの場を離れるぞ。そして安全な所に着いた暁には、しっかり説明してもらうからなっ!」
 悪びれた様子のないサトと、シュンと肩を落としているレスを睨み付け、パズが厳しい声でそう言った。
******
 急いで山肌を降り、緩やかな坂を下って、参道まで帰って来た一行は、茶屋で一時の暖をとっていた。心配してくれていたらしい主人は、七人の様子をみて被害に遭ったことをすぐに察知し、店を閉めて貸しきりにしてくれた。
 ずぶ濡れになった二人は、何枚ものタオルにくるまれ、暖房器具の真ん前に座り、手には主人の作ってくれた温かいコーヒーの入ったマグを持っていた。さすがに日も落ちて、空気が冷えてきたこともあり、全員が軽く鼻をすすっていた。あの風邪を引きそうにないハリトーですらだ。レムに至っては、朝の風邪がぶり返してきたらしい。
サ「栄養剤、あと一つならあるけど、半分に分けてでも飲むかい?」
レ「そうだなぁ。まぁ飲まないよりはマシな気がしてきた」
ハ「俺っちも飲むぜ~ぃ……、さすがにヤバそうだしぃ」
パ「まぁ大体の話の筋は分かった」
 暖房器具から少し離れたテーブルでは、パズとリーズがプスから話を聞いているところだった。お辰さんとの今日の一日のことと一緒に、葱朗太本人も実は近くにいることを伝えると、リーズは顔を真っ青にした。
リ「ハリトーそっくりの幽霊とか、マジで嫌だな」
ハ「どーいう意味だぜぃっ!! リーズ」
プ「でも、本当によく似てるんだよ。鏡に映せば分かるけど」
  まだ不信そうな顔をする三人は、茶屋の手洗い場にある大きめの鏡を覗きに行く。案の定、「ギャーッ!!」「そっくりすぎだろっ!! なんだこれっ!」という声が聞こえてきた。
プ「これで納得してくれた?」
リ「……納得したくねぇけどな……。見えちゃったもんは仕方ねぇよなぁ……」
ハ「まさかの偶然★ってやつだぜぃっ!!  そのお陰で死にかけたけど」(ハッハッハッ)
レ「元気だなぁ~、ハリト~」(そんな元気ねぇよ、俺は)
パ「ただバカなだけだろう」(イライラ)
サ「残念だったねぇ。僕を責める材料がなくて。今回の騒動は、僕の責任じゃないよ。レムを池に飛び込ませた以外はね」
パ「貴様はもう少し謙虚になれんのか」
プ「まぁ、誰かだけを責めるのは違うと思うよ。今回は僕とレムも皆に幽霊がいることは黙ってたし、まさかその幽霊が事件を引き起こしてるなんて、誰も知らなかったんだから。巻き込まれた不運を嘆くしかないね」
パ「……その不運を呼び込んだのも奴だとは思うがな。で? その当事者の姿が見えないようだが?」
リ「?  ほんとだっ!! まさかあいつ、逃げたんじゃ」
プ「リーズっ!!! あんまり大きな声でそういうこと言っちゃダメっ!!」
リ「え? あいつ、いるの?」
サ「リーズ、あとパズもさ。窓の外、見てごらん」
 サトに促され、二人と、興味をもったハリトーがそれぞれ近くの窓から外を覗いてみる。うっすらと白いものが積もっていた。
リ「ええっっ?!! 何これっ?! 雪、積もってんじゃん!」
ハ「うひょーっ! 一気に冬が来たみたいだぜーぃっ! でもなんで?」
サ「忘れたわけじゃないだろ? レスの能力だよ」
プ「急激に悲しいこととか嫌なことが起こると、火影の能力で周りの空気をかなり冷たくしちゃうんだよね。で、途中降ってきてた小雨が雪に変わっちゃったの」
レ「そんなわけで、レスの奴なら、茶屋の裏手で絶賛自己嫌悪中だ。これ以上責めると、それこそ真冬になるかもなー」
パ「お前は少しくらい責めてやってもいいと思うが」
 鼻をかみつつそう言うレムに、パズは苦い顔で不満そうに告げる。レムは肩をすくめてそれに答えた。
レ「すでにここまでの道中、謝罪の嵐だったし。なんだかんだ言って一番被害にあってんのは、お辰さんに振り回されたあいつなんだから。俺はこれ以上、あいつを責める気はないよ」
サ「ヒュー。先輩の鑑だねぇ。その広い心で、僕のことも許してほしいもんだ」
レ「お前には反省の色が見えないからまだ駄目だなぁ(笑」(ハハハ)
リ「それはその通りだな。もっと言ってやれ、レム!」
プ「ハリトーはどうかな? レスのこと、許してくれる?」
ハ「あったりまえだぜーぃ。そもそも、俺っち怒ってないしぃー。レッスーはなーんにも悪いことしてないぜー。たまたま俺っちが、イケメンでお辰に惚れられたってだけだろぅしな!! だぜーぃ」
他「いや、それは違う」(たまたま葱朗太に似てただけ)
 全員からの反対にえぇーとハリトーが項垂れる中、パズだけがまだ不服そうに腕を組んでいたが、はぁと彼も一つ溜息をついて納得することにしたらしい。
パ「まぁいい。ともかく、旅館へ帰るぞ。これ以上の面倒事はたくさんだ。荷物をまとめて、この地を離れるとしよう」
 そうだなと全員が賛成する。本来なら帰るのは明日の予定だが、今日中にチェックアウトしてしまって、早く帰っても構わないだろう。明後日からすぐ学校が始まることを思えば、一日ゆっくりする時間はあった方が助かる。
プ「ってことだから、レスー、もうでておいでよー」
リ「あいつ裏手にいるんだろ? 俺が呼んできてってうおっ!!」
 何故か床に向かって呼び掛けるプスに、リーズは裏手へ回ろうと歩きだすが、突然その足元で扉が開いたので驚いて後退した。床下収納用の小さな扉を開け、顔を半分くらいだけ出したレスは、出てくる気配もなく、少しの間黙っていた。が、「やっぱりごめんなさい、すいません」と言う早口の謝罪と共にもう一度扉を閉めて、床下に潜ろうとした。
他「引っ込むなよっ!!」(出てこい!!!)
 内気な子供か、引きこもりのように真っ暗な中へ戻ろうとするレスに全員が突っ込みをいれる。一度閉じた扉がまた少し持ち上がり、不安そうな目でレスは六人を見つめた。
ス「……、聞いても……怒りませんか?」
リ「何を? その内容による」
ス「…………」
 当然のようにそう返したリーズに、レスは言おうか言うまいか少し悩んでいるようだった。
ス「……旅館に帰る、という話なんですが……」
 小さな声でゆっくりレスは話し始める。六人はなんの話が始まるのかと首をかしげた。
ス「……池からいなくなったお辰さんが……、俺達が泊まっている旅館に今いるみたいなんです」
 全員が、その言葉に固まった。

 茶屋はシンと静まり返っていた。全員がレスの話した最後の一言を、なかなか飲み込めないでいたのだ。
旅館にお辰がいる? 待ち構えているということなのか。
サ「どういうことなのか、もっとちゃんと説明してほしいな。レス?」
 空気に耐えきれず、床下に帰ってしまったレスに向かいサトが尋ねるが、答えは返ってこない。どうやら、なんと説明すべきか迷っているらしい。が、案外すぐ扉は開いた。
ス「……葱さんがそう教えてくれて……。俺も、信じたくないんですが……」
 徐々に声を小さくしながら言うレスは、同時に床下へと徐々に戻っていく。
リ「なんでもいいけど、お前はいい加減そこから出ろよ」
ス「……遠慮……したいです」
ハ「レッスー、もう誰も怒ってないぜーぃ! 安心して出てくるんだぜぃ!」
ス「……いえ。それは関係なく」
 レスが断るのも無視し、力自慢二人が近づいてヒョイヒョイと簡単に扉を開けレスの着物を掴んで持ち上げてしまった。
ス「あーぁー……、寒い……明るい……嫌です」
リ「もぐらかお前は(汗」
  しかし、レスを椅子に座らせた途端、部屋の温度は一気に下がった。それも肌で感じられるほどの落差だ。
レ「さっむっ!!!」
ス「……今……、無心になろうとしてるので……、もう少し待ってください」
  許してもらえたとは言え、まだまだ引きずっているらしく、能力のコントロールが効かないせいで周りの温度を下げてしまっているらしい。レスはひたすら無心になろうと、手で顔を覆い周りの全てをシャットダウンし始めた。
プ「レス? あの、無理しなくていいから……ね?」
サ「なんというか、使い勝手悪い能力だよね、ほんと」
レ「言ってやるなよ、本人も……クションっ!! 真剣に悩んでるんだから、それで」
パ「はぁ。(使い物にならん雑用め)なんでもいいが、葱太郎だったかなんだったかの幽霊は今どこにいるんだ? そいつに話を聞こうじゃないか」
リ「えー? 呼ぶのかよっ?!」
サ「じゃ鏡用意しようか。その方が話もスムーズに進むだろうしね」
 暖房器具から近いところのテーブルに鏡を一つ用意してもらい、その周りを囲うように六人は座る。レスは一つ離れたところで、まだ無心になろうとしていた。
プ「えーっと、葱朗太さん、いますか?」
葱「(いますとも)」
 声がすると同時に、鏡の周りは白い靄に包まれた。それが人形を形成し、やがてハリトーそっくりの顔がその場に現れた。今までになかったことに、六人は息を飲む。
サ「何それ? そんなことできるならもっと早くやっといてほしかったな」
 葱「(レス殿のおかげです。何故だか急速に、力が湧いてきて。こうして皆様の前に姿を現すことができるように)」
レ「なるほど。負のアニマが溢れたことで、幽霊のあんたは元気になったってことだ……な、くしゅんっ!! これは不幸中の幸いかもしれないぞ?」
プ「そうだね。もう僕やレスが通訳する必要ないし、話もスムーズになるよ」
葱「(全くその通り! 拙者としても、皆様とこうして直に話せるのは嬉しいことです。人と会話できることの、なんと喜ばしいことかっ!! 実に十数年ぶりでございます。喜びついでに、もう一つ言わせてくだされ。皆様の仲間を思いやる気持ちの、なんと素晴らしいことたるや。特に!レム殿とハリトー殿の心の広さには、拙者、感服致しましたっ!!)」
レ「あー、いや、別に大したことは……」
ハ「いやー、照れるぜーぃ!  ……、こうしてみると、そんなに似てるか? だぜぃ。俺っちのがイケメンじゃね?」
パ「少し黙っていろ、木偶の坊。そんな話は後でいい。お辰が我々の泊まっている旅館にいるというのは本当か?」
 マジマジと見られるようになった葱朗太の顔を見て、話をずらそうとするハリトーを遮り、パズが本題を切り出した。今一番、大切なことである。葱朗太は心得ているのか、姿勢をピッと正した。
葱「(失礼、お辰のことですな。確かに、皆様が宿泊されておるという旅館に、お辰の気配を感じます)」
リ「な、なんで俺らの旅館にいんだよっ?! そういや、最初にレスがお辰に会ったのもそこだったんだろ? お辰のテリトリーがあの池なら、ちーっとばかし離れすぎじゃねぇか?!」
 幽霊と話しているという事実に慣れないのか、鳥肌になりながらリーズが尋ねる。答えようと葱朗太に顔を向けられ、彼は一度身震いした。
葱「(あの建物は、実は古くは拙者の家でございました。お辰は、そこにいれば拙者が帰ってくると思っていたのかもしれませぬ。実際のところは、拙者はお辰との心中に失敗した後、あの家を売り、助けていただいた神主様の所に剃髪して弟子入り致しました。それ以降、死ぬまであの家に足を踏み入れたことはございません)」
サ「で、なんでまたあそこにお辰さんは戻ったの? やっぱりハリトーのこと、まだ諦めてないってこと?」
葱「(もしかしたら、池で拙者が見ているということが伝わらなかったのやも知れませぬ。……もしくは本当に、ハリトー殿に心変わりしたか)」
ハ「冗談きっついんだぜーぃ(汗 やめてくれ」
 歯をくいしばってそう言う葱朗太に、さすがのハリトーも嫌そうな顔をした。幽霊に好かれても、正直嬉しくはない。
葱「(なんと傲慢なっ!! ハリトー殿! 見損ないましたぞ! 男子として、おなごに好いてもらえるなど、これほどの幸せはないでしょう!! 例え死んでいたとしても!!)」
ハ「いやいやいや、何その理屈っ?! そら、生きてるおなごだったら嬉しいけどよ?! 死んでるのは無理だぜぃ、普通!!!」
プ「ハリトーの台詞がこんなにも正論なの、初めて聞いたよ」
 同じ顔同士で言い合う様を見ながら、プスはそう呟いた。それから、どうする?と隣に座っていたパズを見た。
プ「ハリトーが狙われてるとなると、旅館には入れそうにないね」
パ「うむ。レム、どうなんだ? 池の中で、お辰に葱太郎が見ているということは、伝わったと思うか?」
 盛大な咳をしているレムに向かい、パズは問いかける。相手は「伝わったと思うけど」と、ティッシュを大量に取り出しながら答えた。
レ「とりあえず、池の中央だと思う方まで泳いでいってー、目を開けた先に真っ黒な渦みたいなのがあって、そこにお辰さんが見えたから、「葱朗太が見てるぞー」って、叫んだんだ」
プ「そしたら?」
レ「お辰さんが一瞬、ハッとした顔になって、池を見上げるようにしてな。それから顔を隠して、スッと渦の中に消えて……そこからは見てない。息が続かなくなって、ハリトーに助けられたからな」
サ「話聞いた感じだと、伝わってるっぽいけどね。だとすれば、葱朗太がそこに一人で行けばいいんじゃない? 今ちょうど力も吸収して強くなってんだろ? 今なら近づけるんじゃないの、お辰さんに」
葱「(いえ、拙者は……しかし)」
リ「そうだよな。それであんたがお辰さんと再会さえできれば、俺達も帰らなくたって済むしな。それがいいんじゃねぇか?」
 言い淀む葱朗太を無視して話は進む。六人からしてみれば、晩だけでもゆっくりできるなら、それに超したことはなかった。
葱「(その、聞いていただきたい!! 実は拙者、泳げない以外にももう一つ弱点がありまして)」
六「?」
葱「(その、拙者、実は地縛霊故、こうして誰かに憑かないと移動できないのです。ですから、皆様に連れていってもらえないと、お辰に会いに行くこともできんわけです)」
 六人は目をパチパチと瞬きした。この幽霊は何を言っているのか。
サ「何? つまりこういうこと? 僕らについてくるってこと? 事の元凶が? ついてくる権利があると思ってんの?」
パ「それを言うなら、貴様にもその権利はないぞ」(もう少し反省したらどうだ)
 しかし、事は重大だ。自分達が行かないと葱朗太は動けない。が、もちろんなんの対策もせず旅館に入れば、それこそお辰にとっては火に飛びいる夏の虫も同然。かといって、荷物など一切を諦めて帰ったとしても、葱朗太は自分達についてくると言う。もしそれをお辰が知ったら、それこそ鬼の形相で後を追ってくるに違いない。
 つまるところ、自分達に逃げ場はないわけだ。
サ「大体さ、僕達に憑くってどういうこと? 僕達はなんかの土地とかじゃないんだよ?」
葱「(それは、皆様の所から良い力の源が感じられますゆえ、そこに根のようなものを張って)」
リ「ちょっと待て!! 力の源って、それアニマのことかっ?! お前が、俺たちのアニマを横取りしてるってことに」
葱「(そのあにまなるものはよく分かりませんが、ともかく、皆様という固まりになら憑くことができるようでございます。 拙者も先ほど初めて知りました!)」
パ「はぁ」
プ「あはは……。こうなっちゃうと、もう行くしかない……かな?」
パ「……仕方あるまい。相手は妖魔だ。我々の方も、きちんと対策さえすれば勝てるはず。そう思うしかない」
 そのためには今のこの姿をどうにかするしかない。
パ「事情を話して、旅館の従業員に荷物だけをせめて部屋の外にまで持ってきてもらうことはできないだろうか。着替えさえあれば、まだ普段通りに動けるのだが」
プ「信じてくれるかなぁ。幽霊の話云々だけど」
サ「ここの人達はお辰さんの霊については、信じているようだし、その名前をだせば案外行けるんじゃない?」
 リ「いつもの装備さえ整ってりゃ、あんな妖魔ぐらいに遅れはとらねぇぞっ!!」
ハ「そうだぜぃっ!! 怖いものなし、無敵だぜーぃっ!!」
  うおらぁっと元気一杯に叫んでみせるリーズとハリトーに対し、完全にぶり返してきた風邪のせいでレムは作戦に加わる元気もない状態だった。最悪、自分は後方支援に回った方が良さそうだ。
レ「わりーなぁ。俺は前線から外してくれ。本気で体調悪くなってきた……」
パ「仕方ないだろうな。まぁ戦いはこちらとしてもできるだけ避けたい。葱太郎を引き合わせたら、即撤退がいいだろうな」
 ス「……、もう一つ懸念しておくべきことがあります」
 復活したレスが、その輪の中に加わってくる。その顔は目こそ泣きはらして赤いが、いつもの困り顔で、どうやら感情を落ち着かせるのに成功したらしかった。
ハ「レッスーっ!! もう平気なのかぁ?  目ぇ真っ赤だぜーぃ?」
ス「今は思い出さないようにしてるので、少し黙っててください」(ピシャリ)
ハ「ハハー、いつものレッスーだぜーぃ!」(嬉しそう)
サ「で? 懸念するべきことって?」
ス「……、お辰さんが神様として奉られていたという点です。  お辰さんは、妖魔と神霊の中間にあたるかもしれません」
プ「あっ、そうか。普通の妖魔なら、僕達のアニマで攻撃すれば反撃もできるけど、神霊としても存在してるとなると、正負のアニマの関係上、攻撃が通らない場合もあるか……」
リ&ハ「???」
ス「……妖魔と神霊の中間にあたる存在というのは、珍しくありません。ただ、撃退する際大変なのが、彼らの多くが正負のアニマの割合を、戦いの中である程度変えられるということです。簡単に言うと、妖魔寄りか神霊寄りか、彼ら自身が状況によって変わるってことです」
サ「妖魔寄りなら普通に戦えるけど、神霊寄りだとムリかもね。神霊を撃退するなんてことは滅多ないし。そこら辺、どうだい? 専門家のリーズ君」
リ「あー、まぁ、神霊ってのは基本的に、人間には友好的だからな。確かに神霊を攻撃するってことは滅多ないかも」
パ「攻撃そのものが通らない可能性は?」
リ「んー。五分五分だな。俺らのアニマが、お辰さんのアニマを上回ってりゃ、通るとは思うが」
葱「(皆様は一体なんの話を……。お辰を撃退するとか)」
レ「あー、気にすんな。もしもの時のための打ち合わせだから。もちろん、あんたとお辰さんを引き合わせるのを、最優先するさ」
 遠巻きに見ていた葱朗太に、レムはそう言って誤魔化した。実際、例えうまく引き合わせられたとして、そのままお辰が消滅、所謂成仏してくれるかは分からない。妖魔になってしまった彼女の場合、心残りを取り払ってもそうなってくれる確率はかなり低い。レムはその件について、葱朗太に伝えることを控えた。
 粗方の作戦を決め、茶屋の主人に厚くお礼を行って、七人と一体は旅館へと向かい、参道を戻り始めた。その時だ。軽やかなメロディが不意に流れる。携帯を取り出したプスは、画面を見て「旅館からだ」と呟いた。
プ「なんだろう? 着物のことかな?」
サ「夕飯のことじゃないかな? ちょうど今くらいの時間に予約してたし」
 それについては断るしかないよというサトの言葉に、プスは頷くと電話に出た。 
ハ「晩飯かぁー。あー。それ聞いたら腹減ってきたんだぜーぃ!」
リ「言うなよ! 俺だって我慢してんだぞ?」
サ「食べないわけにいかないんだし、土産物屋のお土産でも買って、軽く食べるしかないね」
パ「時間も惜しいことだしな。買うならさっさと」
パズがそこまで言った時、プスが電話を終えてこちらを振り返る。何故か、その顔は真っ青だった。
ス「……どうしました?」
 今日は顔を青くするようなことばかりだなと思いながら、レスが尋ねるとプスは困った顔をレスに向けた。
プ「……が来てるって」
ス「え?」
レ「どした?」
パ「何事だ、プス! はっきりと言え」
 プスは一度深呼吸した。それから自分を見る六人を見回した後、意を決して口を開いた。
プ「三珠樹が旅館に来てる」
 また、全員がその場で固まった。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[05/27 紅露]
[04/18 黒巳]
[10/21 紅露]
[09/18 紫陽花]
[08/06 黒巳]
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
紅露 黒巳 紫陽花
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]