少しの間はストックがあるので、それちょっとずつ消化しながらいきます。
今回の章はちょい長めなので、小出しで。
第七幕 国防尊
「さて、最後に防御の仕方の話だが」
マサはすっかり大人しくなって、床に座りこんでいる三人に目を向ける。
氷が消えても、まだ肌寒い室内にいるせいか、それとも改めて火影としてのレスの能力を見せつけてしまったからか。おそらくはその両方だろうと、マサは思っていた。少なくとも、今までレスのあの能力を見て、引かなかった者はいない。自分でさえ、本当に初めて見た時は悍ましいと思ったものだ。
しかし、彼らに話をする上で、レスの能力は見せておかねばならないものだ。
軽く手を叩き、放心気味になっている三人が顔を上げるのを待った。
「シャンとしろ、お前ら! ここが戦場だったら、そんな状態じゃ、命がいくつあっても足りんぞ?!」
「別にここ戦場じゃないし。 そんなことより今は痛っ?!」
「屁理屈言うな。自分自身のことを守れないようでは、人を助けるなど到底無理な話だぞ? 他人を助けるために、自分が傷ついてもいいというのは、単なる自棄に過ぎん。……正直なことを言うとだ。そうなる奴は結構多い……。俺達の時代もそうだった。それ以前に、今のお前達のように、一から防御の仕方を教わっていなかったからな。 ……戦場で、アニマが枯れるまで技使い続けて、最後にゃ『仲間のために』と特攻して死んでいった奴が、ごまんといたもんだ」
屁理屈を言ったディアンの頭を軽く小突いたマサは、そう言って少し遠くを見つめる。三人はそんなマサの話に顔を上げると、その顔をまじまじと見つめた。
「……お前達はそうはなるなよ? そうならないように、俺達も全力でお前達を支えはするが、最後は気持ちの問題になってくる。自分自身を守る力は、極論、自身の精神面を鍛えることにもつながる」
分かったなら立て、と再度マサが手を叩くと、三人はゆっくりと立ち上がった。
「では防御の仕方だが……、特にこれといって難しいことはない。お前達のリミッターが外れた以上、ほぼ自動的に発動はするはずだ」
「自動って?」
「レス」
キョトンとした三人を無視して、マサがその名を呼ぶと、スッとどこからかレスが現れる。そのまま彼はあの赤い棍棒を三つに分解すると、思い切り三人に投げつけてきた。
咄嗟のことで反応できなかった三人は顔を腕で守るようにして目を瞑る。カキーンと高い音が廃屋に鳴り響いた。
「?」
「これは……?」
「それが一般的に『シールド』と呼ばれるもんだ」
三人が目を開けると、それぞれの目の前には赤、茶、青の薄い膜のようなものができており、投げつけられたはずの棍棒は、足もとに転がっていた。
ザラが恐る恐る、膜のようなものを指で突いてみる。コツコツと固い感触がした。
「『シールド』は、お前達の体の中にあるアニマが、危険を察知して壁を作り出すものだ。大抵の打撃、斬撃は防ぐことができる。もちろん、秘術や強い爆発などもな。しかしながら」
ザラに倣ってディアンがシールドに触れようと手を伸ばすが、あと一歩という所でそれはスゥーと消えていってしまった。
「持続させるには、本人の意思が必要だし、アニマが極端に少ない状況になると発動しなくなる」
「すっげー! 何でこんなすごいのがあるのに、兄ちゃん達今まで教えてくれなかったんだ?!」
「馬鹿め。最初に言ったろう。妖魔共の餌になりたかったのか、お前は」
「うっ」
「ついでにいうと、今のお前らのシールドも完璧ではないぞ?」
「? 完璧って?」
「今はまだお前達の前面を守るだけの形だったろう? しかし、完璧な形というのは、左右や上下だけでなく、全面を守ることも可能になることをさす」
このように、と言うマサは既に大きな薄い赤紫色の箱の中にいた。ニヤリと笑って見せる様子は、やはり教師には不似合いだったが、今や目を輝かせた三人にはそんなことは関係なかった。
「すっげー! それすれば無敵じゃん!」
「こ、これさえできれば怪我も怖い思いもしなくて済むんですね!」
「守りつつ攻撃もできる、理想的だな」
「残念ながら、そう上手くはいかん」
ザラの言葉にマサはシールドを解くと、空中に向けて右手の指を一本立てた。途端に、どこからともなく小さなホワイトボードとマジックペンが現れてマサの説明に合わせて絵を描き始めた。
「先ほども言ったが、シールドは極端にアニマが少なくなると使えなくなる。さらに、自分達が攻撃をする際には勝手に消えてしまう。体術を使おうが、秘術を使おうがその点だけは一緒だ。あと、持続させる時間も、そう長くはもたん。多少ならこれも訓練次第で伸ばせるが、数時間持続させることが出来る奴は滅多にいない」
空中に現れていたホワイトボードの絵付きの説明をマサが終えると、不満そうにザラが溜息をつく。デビも「ずっとじゃないんだ」と少し落ち込むその隣で、ディアンはマサの隣に佇むレスを見ていた。そしてふと思った疑問を口にした。
「マサ先生、火影の炎はこれで防げないの?」
「あん? もちろん防げるが……。さっきも言ったように、数時間シールドを維持できる戦士はそういない。さらに、消えてしまったあと、すぐに発動させることもできない。少なくとも発動させていた時間の半分は間隔を空ける必要がある」
「なるほど。シールドを張って最初は防御できたとしても、シールドが切れた時点を狙われてしまうと、逆にピンチになるんですね……」
「うむ。話が出たついでに言うが、火影はシールドを張れない。それが何故かは分からんがな」
「じゃぁ、先生はできねぇのか?」
ディアンの質問に、レスは少し間をおいて頷く。やはり、一切口を開こうとはしなかった。
「まぁ、最初の導入さえできればあとはお前達の想像力次第だ。お前達が思い描いた形に、シールドは変化するからな。もちろん、自然発動だけでなく、防御したいと貴様らが意識するときに、明確なイメージを持ってやれば発動する。あと、今のお前達がシールドを発動していられる時間は精々二、三分程度だ。忘れるなよ」
はーいと三人が返事をすると、マサはチラリと時計を見、それからレスを見る。レスは見られただけで、その意図をくみ取ったのかそそくさと一階への階段を下りていく。その後ろ姿を見送りながら、そろそろ話を始めるかと言って、マサは指を鳴らした。
「他に聞いている奴がいると厄介だからな。防音シールドを張ったんだ。さて、貴様らとの約束を果たしてやる。コンクリに座るのも可哀想だから、座布団くらいだしてやろう」
再度マサが指を鳴らすと、赤い布の座布団が三枚と柔らかそうな大きな一人掛けソファがどこからともなく現れて、ゆっくりと床の上に着地した。まずソファにマサがどっかと座り込み、次に三人に座るよう促した。
「マサ先生、なんで今日、先生しゃべんないの?」
座布団に座ってまず口を開いたのはディアンだった。ずっと、気になっていたのだ。明らかにレスの表情は昨日より暗い。
「まぁ、昨日いろいろあってな。今はあんまり詮索してやらないでくれ。下手するとヒステリーを起こすからな」
「?」
困ったようにそう言ったマサは、次にさて何から聞きたいと言わんばかりに三人を見た。
「じゃ、にね」
「あいつは何なんだ? 氷を操るなんて、ただの火影じゃないだろ?」
二年前のことを聞こうとしたディアンの声をさえぎり、ザラがずいと前に身を乗り出しながら訊いた。その必死の形相に驚いて、ディアンは文句も言えなかった。
「あいつは普通の火影と大差ないぞ」
「そんなわけあるかっ! 最初からあんな能力を持った火影が普通なわけ」
「あの氷の能力は、ほんの一年前ほどにこの国内で発現した覚醒能力だ。七年前、拾った頃の奴にそんな能力はなかったし、今現在、そもそもの奴の火影の能力は封印されて使えないことになっている」
「……、最初からじゃねぇのか……?」
「ふーん……、ん? 待てよ……、拾ったって?」
「七年前の景山の戦の後、氾濫した川の近くで俺様が拾った」
マサが咥えたタバコにライターで火をつける音が廃墟に響いた。一息タバコを吸ってから、なんだこの沈黙はと不満げに煙を吐き出した彼に、三人は戸惑ったような顔を向けた。
「「「マサ先生が?」」」
「どういう意味だ、コラ」
「いや、ユウイ先生ならともかく、マサ先生は人拾う顔じゃない」
そう素直に言ったディアンの頭に、強烈な拳骨が飛んだ。「児童虐待っ!!」とディアンが叫ぶが、マサは知らん顔でタバコを吸うと、不機嫌そうに一気に煙を吐き出した。
「そのくそ生意気な口を閉じないと、拳骨なんかじゃ済まん仕置をかますぞ、タンポポ頭」
「悪口っ! それ、悪口だっ!!」
「貴様が言ったことも悪口だろうが! 俺様が今、どれだけ傷ついたかっ!」
「「(傷ついてたのか……)」」
「貴様らも覚えとけよ……!」
「「!!」」
ギロリと睨まれ、後ろで傍観していた二人は、余計なこと思わなきゃ良かったとひどく後悔した。
「ゴホン。まぁともかく。火影について、お前らにはもう少し詳しく話してやろう。火影は俗に、影の兵器と言われることが多い。起因しているのは、奴らがある一定の条件を超えると、妖魔になる可能性があるということが分かったからだ」
「?! 妖魔っ?!」
「ど、どういうことですか?」
「火影が使う能力は、負の感情に起因する。憎しみや怒り、悲しみの感情で、奴らはアニマを放出する。負のアニマ、正のアニマ、双方ともより強い方に弱い方が吸収、または消滅させられる性質を持つ」
「……確か、妖魔は負のアニマの集合体だったよな? てことは…‥」
「ほう、理解が早いじゃないか? そうやって負のアニマを大量に持った火影に、妖魔が取り憑く。そうすると、妖魔が強い場合であれ、火影の方が強い場合であれ、より強い妖魔が出来上がるわけだ」
「あの……、それってもしかしなくてもレス先生も」
「さぁな。取り憑いているかは分からんが、可能性はなくもない。今のまま放置すれば、近いうちにそうなるかもな」
「まさか、放置する気かよ、マサ先生っ!」
「それをあいつが望むなら」
吸い終えたタバコを携帯灰皿に捨て、次の一本を取り出しながらマサは続ける。
「あいつをここの担当にした理由、まだ言ってなかったな。この国で制御が可能な、生きている火影はあいつだけだ。貴様らの世代が、火影を知る上でこれ以上に必要な存在はない。だからこそ、戦教で担当を持たせることにしたんだ。制御が完全にできる以上、罪人でも有効活用しない手はない」
「いつ妖魔になるかもわからねぇ、化物をわざわざ呼び出したってのかよっ?!」
「化物? 聞くが、あいつが貴様らに何か危害を加えたか? 愛想がないだけで、基本は無害だったはずだ。それどころか、貴様らを助けたはず。そんな相手のことを、貴様は化物と言うか?」
ザラが言葉をつまらせる。さすがに言い過ぎたと気づいたのだろう。
「で、でも、いつそうなるか、分からないんですよね?」
次にそう切り出したデビの顔は蒼白で、声も震えていた。
「実際のところ、なるかもしれんという仮定の話だ。実際に火影が妖魔に変わる瞬間を見たものは誰もいない。例えなったとしても、貴様らの前でそうなることはないだろう」
「なんで?」
「鈍い奴らだな。先月の入学式から今日まで、やつがお前らと任務に出たのは何日だ? 数えるほどもないだろう? 全部あいつが跳ね除けたんだ。貴様らといる時間を減らせば、必然的に、巻き込むこともないからな」
三人が一斉に黙り込むと、マサは困ったように頭を掻いた。火をつけていないタバコを咥えたまま、「正直、俺様としても頭が痛い」と続ける。
「個人的には物事の過程を重視する俺様だが、組織としてはそうはいかん。奴が担当を持つことによって、それなりの教育結果が出るなら、今後もこちらで預かり置いても良しとされることになっていたんだが……。物事は何事も、上手くはいかんものだな。奴自身が、周りのプレッシャーに負けて、辞めると言い出した」
「……それで先生、自分は教師じゃないって言ってたのか……」
「ま、待ってください! そもそも、僕達やっぱりまだ二年前の事件の全容が飲み込めてないんです。ただ、事件の犯人として、先生は幽閉されてたってことが分かってるくらいで」
「なんだ、サトの奴に聞いたんじゃなかったのか?」
「聞いたんですけど……、結局お兄ちゃんにも分からないことだらけで」
「……、ならそこで不機嫌な顔してる顔面傷男君に聞け。そいつなら知ってる」
「おいっ! 教師が堂々と人の悪口言ってんじゃ」
「先生は本当に犯人じゃないんですか?」
我慢できなくなったかのように声を上げたデビに、マサは真剣な眼差しで彼を見返した。
「おそらくは……な。だが、貴様らに教えるにはまだ早いな。確たる証拠が見つかっていない今の現状では、偏見を植え付けかねん」
「待って、マサ先生っ! ってことは、やっぱりレス先生は、本当は悪い人なんかじゃないんだよな?! 少なくともマサ先生はそう信じてるんだよなっ?!」
「……そうだな」
ディアンの言葉に少し間をおいて答えたマサの、少し緩められた顔を見てディアンは今度こそ味方ができたと、目を輝かせた。だが、次に口を開いたマサは厳しい目をしていた。
「だが、例え俺が奴を信じていようといまいと、事実は事実。奴があの日、自らが仲間の命を奪った裏切り者だと自白した事実は揺るがない。悪い奴か、良い奴かなど、そんなものは端から関係ないことだ」
「……えっ?」
「言ったはずだ。貴様らが火影を知るうえで必要な人材だからこそ、罪人であろうと有効活用することにしたとな。そうでなければ、監獄島から逃げ出したあいつを、戦教におくことなどしない」
サトが言ったのと、ほぼほぼ同じようなセリフだった。
「――っ! どうしてだよっ! マサ先生がレス先生を助けたんだろ?! 信じてるんなら、どうして助けてあげないんだよ! 先生はいい人だから、きっと二年前のも先生がやったんじゃな」
「俺とて、そう思っていた。だが、奴は自白した。認めちまったんだよ。自分が……火影のスパイだってな。何を血迷ったかは知らねぇがよ。あいつ自身がそうなる未来を作っちまった。一度張られたレッテルってもんは、簡単には外せねぇ。例え、あいつが無実だったと、分かったとしてもな」
「だから救えないって言うのか?! そんなの」
「一言も俺は救えないとは言っていないが?」
怒って声を荒げたディアンに、マサはニヤリとして言った。
「奴を救うには長い年月を要するだろう。そして何より、あいつ自身が閉ざしてしまった心を開いてやらない限り、奴の罪は消えないし、救えない。だからこそ、俺様はレスをこの戦教におくことにした。火影のことをよく知らない貴様らのような世代は、逆に好都合だからな」
「……(ポカーン)」
「どうしよう、僕、全然話についていけてない……」
「……」
「貴様らは何も知らなくていいのだから、それでいいんだ。ただ貴様らは普通に、ごく普通に今まで通り、よく学び、遊んで、世界を知っていけばいい。お前達の未来を、なによりも優先しろ。そのための戦教だ」
「……、で、でも俺は先生を」
「奴を助けたいと思うなら、尚更そうしろ。最初に言ったはずだ。 自分を守れないようでは、他人を助けることなど到底無理だと。まだ貴様らには自分を守る力すらないのだ。そもそも、俺様はそんな大層なことまで貴様に求めない。気張らず、普通に振る舞え。奴に長くここに居てほしいなら。分かったな?」
ビッと指をさされ、ディアンは黙ってマサを見上げる。その目にほんの少し優しさがにじみ出ている気がして、困惑しつつも、「うん」と呟いた。
その答えに満足げな笑みを浮かべていたマサが、突然目を見開いて壁の方を見た。三人がなんだ?と困惑した表情を浮かべた時、外で何かを壁に強く叩き付ける音が聞こえてきた。
「チッ。しつこい奴らめ」
マサが舌打ちを打って、階段から一瞬で玄関ホールへと移動する。そのまま外へと飛び出していった彼の後を、残された三人は当惑したまま追った。
久しぶりすぎて、何の話かよく分からなくなってんね(汗 気合で読んでくださいな。そしてブログの使い方もほぼ忘れかけているという……。
ので連続して二個目
「二つ目は秘術」
マサがそう言うと同時に、レスはあの赤い棍棒を取り出していた。
「秘術?」
「そうだ。貴様らがアニマを使えなくてはならない、最大の要因が秘術を使えなければ、妖魔を倒すことなど不可能だということにある」
「えっ? でも、先生、倒しちゃったじゃん?」
「いや、気絶させただけで、まだちゃんと壊れたわけじゃねぇぞ、あれは」
蹴り飛ばされた内の一匹が舞いあがっていた砂煙の中から現れる。怒り狂ったように奇声を上げ、瓦礫を壊しつつレスに向かっていった。
「本来、妖魔はアニマの集合体だと教えたな。その妖魔を壊す方法は一つだ。妖魔にも心臓のようなものがあってな。そこを破壊すればいい」
「えらくシンプルだが、普通に壊せないのか?」
「秘術でなければダメだと言ったはずだ。妖魔は基本、負のアニマが具現化した集合体。負のアニマを消すためには、正のアニマで浄化するしかないのだ。しかし、そのためには我々人間も、正のアニマをできるだけ具現化せねばならん。そのための方法を秘術という」
「「「?」」」
「まぁ、やり方は聞くよりは見る方が早いだろう」
四人は再び目線を下へと移した。
怒り狂って突進してくる疑似妖魔に、レスは棍棒を振り上げる。十分に近づいてきた所で振り下ろすが、さすがに避けられてしまった。続けて棘のついた腕を振り回し、攻撃してくる妖魔の攻撃を棍棒で弾いて、レスは相手と距離を置いた。途端に辺りの空気が熱くなる。火影の能力の前触れだ。レスはその状況にも顔色一つ変えず棍棒を静かに床に立てた。
火影の足元から勢いよく炎が上がる。徐々に広がっていき、レス目掛けて一直線に突き進んでいく。その時、レスが棍棒を立てた部分から、うっすらと何かが光り始めた。
「〈水竜 水神防壁〉!」
レスが言い終えると、うっすらとした光は一気に広がり、レスの足元の床に大きな模様となって青く光りを放ち始める。そしてレスが火に飲まれそうになったその瞬間、模様の部分から噴水のように水がわき出し、大きな壁を作って向かってくる火を消し去ってしまった。
「あれは防御用の技だな。秘術は今のように、技の名の詠唱で、空中や地面に模様を呼び出し、アニマを具現化させる。ここでいう模様はパターンと呼ばれ、数千種以上もの種類が……、貴様ら聞いているのか?」
「スゲーっ……」
マサの説明は残念ながら、三人の耳には届いていなかった。三人共、下で行われている戦いに夢中だったのだ。火を消され、狼狽えている妖魔をゆっくりとレスが追い詰める。相変わらず無表情だったが、真剣なことだけはとても伝わってきていた。
「……まぁいい。話を続けるが、パターンには数千種以上とも言われる種類が存在し、さらに今でもその数を増やし続けている。戦士の数だけ種類があるとも言えるな。そして、その種類は細かく、攻撃系、防御系、捕縛攪乱系と分かれている。レスが今使った〈水神防壁〉は、防御技だな」
マサはそこまで話すと、夢中になって下を見ている三人と同じように下を見た。
「〈風竜 颯〉」
狼狽えている妖魔を前にレスは一度しゃがみこむと、両足の脛を軽く触った。それをチャンスとでも思ったのだろう。妖魔が全速力で突っ込んできた。棘着きの腕を振り上げ、今や牙の生えた口を大きく開けてまるで大きなトカゲのようだ。自分に十分近づいてきたところで、レスは不意に持っていた棍棒を、相手の顔目掛けて突き出した。妖魔がすんでの所でのけ反り、棍棒をかわす。次の瞬間、妖魔の顔は上からの衝撃で、醜く歪むことになった。いつの間にか後ろに回っていたレスが、かかと落としを食らわせたのだ。その両足は脛の部分に青緑の光を纏っていた。一か月前、ディアン達が見た、火影を倒した時の光そのものだった。
「秘術は必ずしも、その場に模様を呼び出す必要はない。体に刺青として彫っておけば、身体能力を上げ、体術にのせてアニマを相手に流すことも可能だ」
「あの光……」
「見ろ。妖魔が核を破壊されて、形を崩していくだろ?」
顔が潰れても辛うじて立っていた妖魔の体は、やがて足元から崩れるように倒れながら、小さな赤い光の球に分裂して消えていった。 それを看取った後、レスはすぐさま残った妖魔の方へと目を向ける。蹴り飛ばされていたもう一匹が顔を出し、先ほど気絶させた一匹も起き出してきていた。
「妖魔はアニマの集合体。核さえ壊せば、自然消滅して細かなアニマとなり、空中に消える。貴様らは、これをせんといかんわけだ」
「核がある場所って、決まっているんですか?」
「いや、妖魔によってまちまちだが、見極めるのは簡単だ。妖魔は怒るとそこが光るからな。まぁ、レスが先ほどの奴を消せたのは、長年の経験則だな」
「……でも、わざわざ怒らせないといけないんですね……」
「なに、悪口を言えばすぐだ」
「次は三つ目だよな! 今度も、すっげーかっこいい奴か?!」
「いや……、三つ目は今の貴様らに説明してもどうせ分からんだろうから、今は説明せん。 最初に言ったろうが」
「「「えぇー?!」」」
期待して目を輝かせていたディアンと、他の二人も少しがっかりしたように声を上げる。ここまで来たら、三つ目が見たいのは当たり前だろう。
「代わりに、……火影としてのレスの能力を見せる」
「!」
「え? 炎出すんじゃないの?」
ザラがその言葉に珍しく動揺した隣で、ディアンはのんきにそうマサに尋ねた。火影といえば、炎を使う人間であることは教科書にすら載っている事実だ。
「奴は少し特別でな……。繰り出すのは、炎じゃない」
マサが上から自分を見て、一度コクリと頷いた。レスは最終的に恐竜のようになってきた妖魔と向かい合い、目を閉じて大きく深呼吸した。じりじりと妖魔が距離を詰めてくる。が、そんな距離など関係ない。目さえ開けば、それで全てが終わる。レスはゆっくりと目を開く。黄緑の瞳が、二匹の妖魔を見据えた。
一瞬過ぎて、何が起きたのかを理解するのに数分はかかった。ディアンは真っ白になった辺りを見渡す。壁一面が、霜で真っ白になっていた。手摺には氷が張り、シャンデリアに至っては氷の彫刻そのものになっていた。
息が白くなるのを見、ディアンは一階を見下ろした。床一面、スケートリンクのごとくに氷漬けになっている。妖魔は腰から下を氷漬けにされ、動けずに大声で吠えているだけだ。そしてレスはと言えば、その妖魔にコツコツとゆっくり近づいていく。形勢が逆転していることは、目に見えて明らかだった。
「……先生……、なんか悲しそうだ」
冷たい何かを感じ取ってディアンはそう呟いた。ただ、辺りが冷えているせいで冷たいと思ったわけではない。つい先日、感じた寒気を今も感じていた。そして孤独感も……。今見ている景色も、よく見れば、昨日の夢の真っ白な場所にそっくりなように感じた。
「感情氷出 氷刃雹装」
手にした棍棒を縦にし、右手でゆっくりと上へ撫で上げながらレスがそう呟く。少しずつ赤い棍棒が氷に包まれながら、右手の動きに合わせて形を変形させていく。右手が棍棒の先まで来たとき、レスはその右手を勢いよく払った。
「大鎌(デスサイズ)」
鋭い氷でできた鎌が棍棒の先に出来上がっていた。それを後ろに大きく引きつつ、レスは両手でその柄をしっかりと握りしめた。妖魔達が騒めき始める。自分達がこれからどうなるかを、どうやら悟ったようだった。
トン。
レスが床を蹴って飛び出すのと、反対側の床へと着地するのはほんの少しの差しか感じなかった。いつ振りぬかれたかも分からない大鎌をレスが持ち直した時、二匹の妖魔は完全に氷漬けになったと同時に二つに割れて、赤い光の球になって消えていった。
「火影は俺達と違い、模様を介さずとも、アニマを直接物体に変化させることができる。それを普通は『感情炎出』と言う。だが、レスの奴は見ての通り、氷を出現させる能力から『感情氷出』と言って使っている。ただし、範囲調整が少し下手でな。辺り一面、氷漬けにしちまう」
これが火影の力だ。
上手いこと戦ってる時の感じが伝わっていればいいんだけどなぁ
学校でもっとかわいい子当たらないかなぁ。できればシュナで(笑) 最近プードルやりすぎて飽きてきた。いや、プードルも可愛いけどね。やっぱりシュナですわ(笑)
毎日犬見てて、個人的にはディアン君はやんちゃなジャックラッセル、デビ君はビビりなチワワ、ザラちゃんはイケメンミニチュアピンシャー、レッスーは大人しめの白ポメかなぁとか思ってる。
ってか、全員小型犬かいっていう突っ込みはなしで。
炎に飲まれた。めちゃくちゃ熱い! 熱い! 熱い……?
「! 熱くない?!」
「煩いぞ。 落とされたいか?」
「! マサ先生?!」
目の前に不機嫌な顔をした人物がいるのを見て、思わず声を上げる。彼はさも、椅子があるかのように天井近くの空中で足を組んで座っていた。
「あれ? でも俺さっき、炎に飲まれたよな?! あれ? どうなってんの?」
「騒ぐな。落とすぞ。間一髪の所で俺様が助けてやったんだ。まぁ、訓練もギリギリ及第点だったことだし、今回は褒めてやろう」
フンと軽く笑ったマサはスーっと指を動かす。ディアンは体がそれに倣って動くのを感じた。よく見れば、自分の体も、デビもザラも空中に浮かんでいたのだ。「落とす」というマサの言葉の意味が分かって、ディアンはゴクリと唾を飲んだ。
「ここらでいいかな」
二階の階段の踊り場に降りたマサは、「貴様は元気だな?」とディアンに聞き、デビとザラに手を翳した。途端に赤い光がマサの手から発せられ、デビとザラの体の中に入っていった。
「うん。マサ先生、それ何して」
「んー?」
マサが手を放したのを見、ディアンが声をかけようとした途端、デビとザラは同時に目を覚ました。二人とも、少し寝ぼけ眼で、まるで今まで寝ていたかのようだ。
「デビ―! ザラ! 良かった!」
「あれ、ディアン? ……ハッ! あ、あの後どうなったの? ディアンは大丈夫だった?」
「うん、俺は大丈夫! 皆合格だってさ! やったなー!」
「フン、当たり前だ。……おい、待て。まさかお前、あとの火影全部……」
「くっちゃべってないで、起きたならこっちへ来い、ガキ共」
ワイワイと喋っていた三人は、低い声に急いでそちらに向かった。
マサは階段の踊り場から下を見ていた。ディアン達にも下を見るように促す。何があるのかと三人が、手すりから下をのぞき込むと、最初にいた玄関ホールが始めの頃よりもさらに酷い有様になっているのが、まず目に飛び込んできた。
「えぇ?! まさかあれ、俺達のせい?!」
「そ、そんな! 僕達が戦ってたの二階だし、一階じゃないよー」
デビが情けない声を上げると同時に、何かが壁にぶつかる音が玄関ホールに響いた。
「……誰か戦ってんのか?」
ザラが言うと、舞いあがった砂埃の中から先ほどの火影が姿を現した。いや、先ほどと同じとは言い難かった。着ている服は確かに黒とオレンジで、そこが唯一、先ほどまでと同じ所だ。だが、顔がなかったはずの場所には大きな口と思しき裂け目ができ、うぅーとか、ぐぉーという声を発していたし、何より背中と腕に棘が生えていた。総合すると、悪魔のような姿になっていたのだ。
「疑似妖魔の寿命はさほど長くない。制作過程での都合上、どうしても長時間稼働すると、負のアニマが膨張し、暴走する。まぁ、今回はギリギリ大丈夫だったようだがな」
「あんなの俺、勝てる気がしねぇ……」
「僕も……さっきので十分怖かったのにぃ」
「ちょっと待てよ……、てことは俺達あのまま逃げ回ってたら、あれを相手にしなきゃいけなかったってことだよな?」
「そうだが、それがどうした?」
「「「そんな話聞いてない!!!!」」」
「別にいいじゃねぇか。戦うことになったわけでもねぇし」
マサがめんどくさそうに答えたことにザラが追及を加えている横で、ディアンは再び下をのぞき込んだ。今や悪魔と言っても過言ではない火影、基疑似妖魔が動いているのを感じ取ったからだ。
下をのぞき込んだディアンは、そこで疑似妖魔たちが戦っている相手に、目を丸くした。
「マサ先生! なんで先生が?!」
「やっと気付いたか」
ザラの追及などものともしていない顔でマサは答えると、自身も下を見た。レスは三人の妖魔を相手に、攻撃をヒョイヒョイと避けながら軽くあしらっているようだったが、マサの視線に気づくと、今までより高くジャンプして二階踊り場正面にあるシャンデリアに飛び乗った。シャンデリアは軽くユラユラと揺れたが、すぐに揺れは収まり、レスはあの無表情な顔を三人に向けた。
「レス。打ち合わせ通りにいく。それと……、能力の使用も許可する」
「……了解」
短く答えたレスは、口を開いたディアンには目もくれず、シャンデリアから飛び降りてしまった。
「さて。無事演習を終えた貴様らには、次に講義をせねばなるまい。防御のやり方はほぼ習得できたと言っても過言ではないから、後に回すことにしよう。まずは疑似妖魔どもを壊すついでにちょうどいいので、戦士の戦い方を実演してみせる」
「こ、壊すって……でも、あれも一応生き物なんじゃ」
「さっきも言ったはずだ。制作の都合上、どうしても最終的には暴走する。このまま放っておいても、結局は壊さなければならないのだから同じことだ」
「そんなの勝手じゃないか?! 作っておいて、最後には壊すなんて!」
「これが貴様らを守るためだと言ってもか? 妖魔のことを何もしらず、任務に出た先で人型の妖魔に出会った時、貴様らはその妖魔に止めをさせるのか?」
「そ、それは……」
「……嫌なら、そんなことの必要がない世界を作れ。貴様ら自身の手でな」
下を見ろ。
不服そうなディアンやデビの顔も見ず、マサはそう指示を出した。ザラがまず諦めたように手摺により、渋々ディアンとデビも手摺へと寄った。
「残った妖魔は三匹。貴様らが覚えるべき戦い方も全部で三種類あるが、今回はその内二種類に限定する。順に技を使って、仕留めるようレスには伝えてあるから、レスの動きをよくみておくことだな。ではまず一つ目」
三体の妖魔の攻撃を避けていたレスが、不意に一匹に蹴りかかる。続けてもう一匹にも蹴りかかると、遠くへと飛ばしてしまった。
「……先生って、蹴り技強いよなー」
「その蹴りも一つだが、全体的にこれを体術と呼ぶ。言うなれば格闘技全般だな。貴様ら、学校で何かやったか?」
「空手、柔道」
「合気道だっけ? それもちょっとだけやったよな?」
「うぅ、苦手なやつばっかり……」
「それらを基礎としてはいるが、ルールといったものはないと思っていればいい。まぁ、使う奴によっては蹴りしかしないとか、拳しか使わないという奴もいるがな。まぁ、それはおいおい貴様ら自身が決めればいいことだ。
……言っておくが、レスの奴は体術だけなら貴様らの兄貴も凌ぐぞ」
「えぇっ?!」
そんなことを言っているうちに、レスは残った一匹の妖魔に顎下からの強烈な蹴り上げを決め、気絶させてしまっていた。残りは二匹。
***
『アニマは確かにエネルギーではあるが、「感情の」とは違う。飽くまで単なる生命エネルギーであり、感情はそのエネルギーを動かす一つの起爆剤でしかない』
ディアンは走りながら、知っていると心の中で呟いていた。昨日、ジャコールに聞いた通りだ。ただ、やはりその存在を感じることは、ディアンにはどうしてもできなかった。
『今は感じることはできなくて当たり前だな。リミッターが外れれば分かる』
心を見透かすようにマサが言った。
「人の心勝手に読むなよ! デリバリーないな!」
『デリカシーだろが。俺様はどこかのお得で便利なお弁当屋さんではないぞ。まぁ、それはともかく。良いのか? 貴様の親友、今ピンチだぞ?』
マサにそう言われ、ディアンはふと立ち止まる。階段を登りきって見えたすぐ目の前の部屋。苦しそうに歪むデビの顔。そんな顔の親友の首を締め上げている火影……。 躊躇いなどない。一目散に、大声をあげ、ディアンは火影に突進していった。背後から腰の辺りを狙って、全身でタックルを食らわせる。ちょうど同じ時に、右方向から跳び蹴りを食らわせていたザラと目があった。ザラの蹴りが肩に当たり、デビから手を離した火影の体を、ディアンはタックルを食らわした状態でがっしりと掴む。蹴りで重心が傾いた体は、ディアンの体より三倍近くも大きかったが、投げ飛ばすのは案外簡単だった。
「うおぉぁぁあっ!!」
頭から床に落ちる形で火影は投げ飛ばされ、転がっている小さな瓦礫にぶつかりながら二回転すると、壁に大きな音を立てて激突した。
『ほう』
感嘆するマサの呟きが聞こえたが、三人に余裕はない。ディアンとザラをそれぞれ追っていた火影が、間近に迫っていた。
「デビ、行けるか?」
「ゲホッ。何とか……」
「急げ。挟み打ちにされるぞ」
部屋の出口を見たザラがこっちだと手招きする。咳き込むデビの手を引き、ディアンが後を追おうと歩き出そうとした時だった。
「! 僕の砂時計がない……!」
手元を見たデビは、部屋の真ん中辺りにまで飛ばされていた砂時計へと目をやる。ディアンの手を振り払い、「馬鹿!」と叫ぶザラの声も振り切って砂時計に突進すると、しっかりと握りしめた。が、その頭上には、立ち上がってきた火影の拳が迫っていた。
「止めろっ!」
そう叫んでデビの前に飛び込んできたのは他ならぬディアンだった。しかしながら、建物の壁を軽々と破壊する腕力をディアンが受けきれるはずもない。それどころか、当たり所が悪ければ……
「(ディアンが死んじゃう!!!!)」
デビは後悔していた。もうこれ以上足を引っ張りたくなくて、落とした砂時計を拾うことばかり思っていたが、それが余計に足を引っ張る結果になってしまった。ディアンには、試験の時から助けられてばかりだ。別に僕は、戦士になりたいわけじゃない。それでも、いつも信じてディアンは僕を助けてくれる。だから、今度は僕が守る番だ!
拳がディアンに振り落されるその瞬間、デビは足元の埃混じりの砂を両手で払いあげた。理由も、根拠もない。ただ、そうすれば次にどうなるかを、彼は知っていた。
ボキッ。
骨の折れるような、鈍い音がした。ディアンは目の前で起きたことが信じられずにその場で突っ立っていた。ザラも驚いたようだ。骨が折れた火影は表情こそないが、痛みに顔を歪めているらしく、腕を抑え悶絶している。
「できた……」
デビが小さく呟く。ディアンに向かって振り落された拳は、ディアンに届く前に、突如として現れた砂の壁に防がれたのだ。もちろん、デビが意図してやったことだが、今それを説明することは、デビにはできなかった。
一言、「できた」と呟くしか、力が残っていなかった。
「おい、デビ! 大丈夫か? デビ!」
ぐったりしてしまったデビの肩をディアンが揺さぶる。しかし、顔を青くしたままで、デビは気絶してしまっているようだった。
『無駄に体を揺らしてやるな。急にアニマを使ったんで、制御が利かずに大量に使用しちまったんだろう。放っておけばすぐ治る』
再び聞こえたマサの声に手を止めたディアンは、続けてマサが『砂地は合格だな』と呟くのを聞いた。
『あとの二人、気を付けろよ。そろそろ、疑似妖魔どももしびれを切らして使ってくるぞ。 火影の能力をな』
ザラがビクリと肩を震わせる。背後から迫っていた火影が、今まさにその技を使おうとしていた。空気が今までと違い、熱くなったことを、ディアンは気付いているだろうか。いや、分かるわけない。これは、火影が放つ独特のものだ。技を見たこともない奴が、気付くはずない。脳裏に、苦々しい思いが蘇ってきた。今度は、以前の時のようには済まない。向こうも本気だ。本気で、俺達に火傷を負わせるつもりで打ってくる。ならどうするか……、デビのように壁を作るしかない。だが、一つ問題があった。
「(……防御するのは、性に合わねぇ)」
火を消すと同時に、攻撃できる術……、今できなければ確実に大怪我を負う。ただでさえ、他の班より遅れている自分達が、さらに遅れをくう。そうなれば、強くなることも、どんどん遅れていく。自分も、そして……目の前の二人も。
クルリと向き直って火影と向き合う。一か八かでも、やる。ザラの心は決まっていた。
大声を上げて、火影に突進した。火影が突然のことに、少し同様するがやはりあまり通じないようだ。火影の足元から炎が上がった。空気が熱い。目の前に炎が迫ってくる。
「ザラっ!!」
ディアンの声が上がる。
あいつみたいには、上手くいかねぇな。試験の時を思い出して、ザラは目を瞑った。途端に、体の中から湧き上がってくるものがあった。火とは正反対のものの存在を感じた。
火に飛び込んでいくザラを、ディアンは為すすべなく見ていた。何してるんだ、自分は。デビに寄り添ってただ呆然と見ているだけなんて。いや、こんなことを思っている場合でもない。急いで、ザラを助けにいかないと。
「でも、まだあと二人火影いるし、どうしたら……!」
ジュッと火が消えるような音がしたのはその時だった。ザラがびしょ濡れで、水浸しの床の上に立っていた。その前では、火影が腹部を抑え、屈みこんでいる。ザラはしてやったりと、笑みを浮かべた。
「ヘッ。ざまぁねぇな……」
顔を伝う水を手で拭い、そう呟くが、カクンと力が抜けたように膝をつくと、やはり顔を真っ青にしてその場に倒れこんだ。
「ザラも……」
ディアンは倒れこんだザラの所までデビを連れて移動する。腹部を抑えて悶絶する火影からも少し離れ、考える。二人のおかげで、あちらにもダメージを受けた者が二人になった。しかし、まだピンピンしている奴が一人いる。苦悶している仲間には目もくれずに、その一人はじっとディアンを見ていた。
「……サトさんの、言った通りだ」
朝の会話を思い出した。まさかここまで妖魔が真似るとは思いもよらなかったが、サトが言っていた火影の本性は全くの嘘でもないことを思い知った。やがて、苦悶していた二人もショックから立ち直り、こちらへと目を向ける。ディアン以外は気絶している。砂時計を奪うのは簡単だ。どう考えたって、今の自分が二人を庇いながら三人と戦うのは無理なことだった。
「……無理とか、言ってられるかぁ!!!!」
大声でそう叫んだ。自分に言い聞かせるためだったが、急なことに火影の三人はビックリしたようだ。有難いことに、先ほどのザラの特攻が利いたらしく、一歩後ずさった。
しかし、だからと言って勝機ができたわけでもない。ディアンにできることはほぼないに等しいのだ。
《儂の出番じゃな》
聞き覚えのある声がした。名前を呼ぶ前に、《呼ばんで良い。儂の存在はまだ秘密じゃ》と答えが帰ってきた。
《黙って、儂の言う通りにやってみよ。お前さんが一回で成功するとは思えんが、この状況、やってみるだけの価値がある》
ついでに言うておくと、とジャコールは笑うように言った。
《お前のリミッターは既になくなっておる。儂がおるのがその証拠じゃ》
「えっ?!」
《声を出すな。ほれ、相手が攻撃してくるぞ。言う通りにせい!》
火影の三人が突進してくる。攻撃をかわすことは絶対に不可能だ。
《翡翠を外せ》
「でも」
《外すなとは言った。だが、今は外す時じゃ。外せば分かる。お前さんのアニマは覚えておるはずじゃ》
わけが分からないまま、服の中に隠していた翡翠を取り出し、紐を引きちぎる。朝とは違い、翡翠が妙に温かくなっていた。自分の体温以上だ。それでも何故か握っていられた。そっと左手をかざす。不思議なことに、そうすればいいことを分かっていた。翡翠に手をかざせば、好きな形に変形させられると。そして、頭の中にはすでに、変形させるものの形がありありと思い浮かんでいた。
火影達が立ち止まっている。急に現れた、緑の光を放つ大剣を前に、皆目を奪われているようだった。実際に光を放っているのは大剣の中央、刃の中心部分に埋め込まれている宝石だが、その光が大剣全体を包み込み、まるで全体が光っているように見える。その光が強弱をつけて瞬くと、その度火影達は身をよじり、後ずさった。
「……これは、妖魔の嫌う退魔光の一種か……」
その様子を透視で見ていたマサはそう呟く。なるほど、しっかり血は受け継がれているようだ。まさか、これほどとは思わなかったが。マサは何かを感じ取ると、その場から急いで瞬間移動した。
大きな大剣を持っているのに、全く重いと感じない。
ディアンは右手を見た。大きな刃の、真ん中に宝石のある大剣だ。リーズがたまに使用しているものに似ている。長さは劣るが自分にはこれで十分だった。火影達も尻込みしている。今これを振れば、少しでもダメージを与えられるかもしれない。柄をしっかりと両手で掴む。左から右へ、思い切り振り切ろうとした。
パーン。
あまりにも突飛だった。急に大剣が消え、元の翡翠に戻った時、今度はディアンが驚く番だった。火影達は光が消えた途端、元気を取り戻し、ディアンに顔のない顔を向けた。表情がないのに、その顔がニヤリと嘲笑っているかのように感じた。火影の足元から炎が上がる。三人分の炎は、防御の姿勢も取れないでいるディアンと、気絶したままの二人を勢いよく飲み込んだ。
ちょっとスピード重視でトントン進みすぎたかもねぇ。 分かりにくいとこあれば、ご指摘お願いします。
飼い犬が少々問題を起こして、緊急で病院行ってたらこの様だよ。大事には至っていないのでご安心を。
第五幕 疑似妖魔との戦い
マサが消えていった後を、恨めしそうに見ていたデビは、隣で聞こえる喧騒にそちらを振り向いた。ディアンが血相を変えてザラに突っかかっている。少し焦っているのか、珍しく顔が青いようにも思えた。
「どういうことだよ、ザラっ! 先生が死にたがってるとか、嘘だろっ!」
「嘘でそんなこと言うかよ。大体あいつ見てれば、何となく分かるだろが」
「分かるもんかっ!」
「……ディアン」
ザラに向かって怒鳴っていたディアンが、その形相のままこちらを振り返る。真剣な顔つきに、デビはディアンが本気だということを悟った。
「……前から聞きたかったんだけどさ、どうしてそんなに……ディアンはレス先生に関わろうとするの?」
「!……」
「前に、レス先生が自分で自分を亡霊だって言った時も、感情がないって言った時だって、そんなことないって反論してたよね……。正直僕は、レス先生とは初対面だったし、本当に生気もなかったから、怖くて反論する気にもならなかったんだ。……その、ディアンが反論できるのはやっぱり……、レス先生と前に会ったことがあるからなの?」
デビの問いに、ディアンはほんの少し押し黙ったが、すぐにデビの目を見て言った。
「多分、そうなんだと思う。サトさんにも、同じこと言われたから」
「お兄ちゃん? それってもしかして今朝のこと?」
「別にデビに隠してた訳じゃねぇんだ。ただ俺自身もずっと忘れててさ。俺、忘れっぽいし」
ばつが悪そうに頭を掻いたディアンは、少し呆れたような顔をしているデビとザラを見ると「あのさ……」と少し言いにくそうに切り出した。
「お前らなら、信じてくれるっていうか、俺と同じ考えになってくれるかもとは思うんだけどさ」
「なにもごもごしてんだよ、気持ち悪ぃ」
「お腹でも痛いの?」
「デビまでっ?! なんでだよ、今の流れ、明らかに俺がなんでそう思うのかって思い出に入るとこだろっ?!」
「お前の思い出なんか、知ったこっちゃねぇ。三十分しかねぇんだ、準備した方が後のためになる」
ザラはプイッとそっぽを向くと、最後に「さっきも言ったが」と付け足した。
「俺はあいつが裏切っていようが、いまいがどうでもいい。……師として利用できるか、そうでないか、それだけだ」
準備運動を始めるザラを、何だよーと言いたげにディアンは見る。折角味方を増やそうと思ったのに、相変わらずザラとは馬が合わないようだ。すぐに諦めたディアンはデビを見た。
「うん。僕はどうして、ディアンがそう思うのか、聞いておきたいよ。だって、ディアンだけに悶々考えさせても、前に進まないもんね」
「嬉しいけど、一言多いぜ、デビ」
苦い顔をするディアンに、デビは一度笑いかけると、「でも、その話は後で聞くよ」とつなげた。
「準備運動しとかなくちゃ。僕、また筋肉痛になっちゃう……」
「あぁ、試験の後もなってたもんな……、実際に走ったりしたわけでもないのに」
仕返しとばかり、ニヤリと笑ったディアンにデビは苦笑して返した。
「……デビは、もう怖くないのか? 先生のこと……」
「?」
「だって、あの人が本当の担当になるはずだったんだぜ? もし、俺が思っている通り、あの人が悪い奴じゃなかったら、またあの人が先生になるかもしれないのに」
「……正直まだ怖いけど……、でも相手を否定し続けてたら、一生仲良くはなれないもんね。それに、僕、よく考えて思ったんだけど、レス先生が本当に悪い人なら、「近づくな」なんて、警告してきたりするかなって」
ディアンも悪い人だとは思ってないみたいだし、とデビはにっこり笑うと茶色の瞳の目でまっすぐにディアンを見た。
「だから、ディアンがそう信じるなら、僕も信じてみようと思うんだ。きっと、皆で理解しようとすれば、レス先生とも分かり合える気がするから」
「……そだなっ!」
ディアンは安堵したように、にっこり笑ってそれに答えた。
「……だそうだが?」
ニヤニヤ笑いを顔に張り付け、マサは隣にいた人物に目を向ける。耳元の機械から手を放したその人物は、恨みがましい目でマサを見た。
「……意地の悪い人ですね……」
レスはふんぞり返ってソファでくつろいでいるマサにそう告げると、「……話した所で」と、珍しく会話をつなげた。
「僕のことを、あの子達に理解させるのは、あまりにも酷だと思います。……理解もされないでしょうし」
「俺の前では、そのネガティブ発言を控えろ」
「……はい」
ディアン達のいる屋敷の向かい側。こちらも、それなりに立派な屋敷だ。その部屋から、ディアン達のいるホールに仕掛けられた盗聴器を使い、会話を盗み聞きしていた二人は、目の前にある大きな窓から、斜め下に見えるホールを見下ろした。三人とも、準備運動を始めたらしく、演習を真剣に受ける気はあるようだ。
「お前がどうあいつらのことを心配しようが、あいつらがお前に関わる気なら、俺はそれを止めるつもりはない。もう一度だけ言っておくが、あいつらの世代は基本的に、火影の怖さやその実態を詳しくは知らん。だからこそ、お前が間違えなければ認識を変えることは可能だ」
わかるな?
目で訴えてくるマサに、レスは小さく頷いた。
「にしても、疑似妖魔ってなんだろうな?」
古ぼけた洋館の、埃だらけの廊下を見つめながらディアンはそう尋ねていた。相変わらず、家鳴りがたまにしている洋館は、何かが出ると言われれば、納得できるだけの怖さがあった。
「疑似ってつくくらいなんだから、妖魔と似たようなもんなんだろ?
そういや、こん中で本物の妖魔を見たことある奴は」
「僕、昨日が初めて」
「俺もー」
「……。 こんなんでほんとに大丈夫か?」
「なんだよ、ザラは見たことあんのか?!」
「……昨日が初めてだよ、俺も」
「ほえっ?」
ディアンが変な声を上げた時、丸いボールのようなものが三つ、ちょうどマサが消えていった辺りから弾みながら現れた。トントンと、階段を器用に降りてきて、ちょうど三人の前でピタッと止まった。
「?」
三人は一度顔を見合わせてから、その物体をよく見ようと近づいた。ゴムボールのようなそれは、じっと見ていた三人の前で、不意に粘土のように柔らかくなるとグニャグニャとくねりながら徐々に大きくなっていく。後ろに下がった三人の前で、三つのボールはそれぞれに人型へと変形すると、ある形になって止まった。
「これって……」
「火影?!」
一か月前、襲い掛かってきたあのオレンジと黒の服に身を包んだ火影が三人、ずらりと立ち並んでいた。ただ、前回と違い、顔の部分はマネキンのように目や鼻が辛うじて分かる程度でしかなく、
「ってか、ほぼのっぺらぼうじゃん?! こっちの方が怖いよ!」
ディアンはそう叫んでいた。
『文句の多い奴だ』
どこからか響いた声に、三人は辺りを見回してみる。声の主がどこにいるのか、さっぱり見当もつかないでいると、また声が響いた。
『探しても無駄だぞ? テレパシーでお前達の頭に直接声を響かせているからな。ところで、俺様の疑似妖魔どもはどうだ? なかなかいい感じだろう?』
楽しむかのような声は、やはりマサその人の声だ。どうやら散歩と言いつつ、こちらの様子はしっかり見ているようである。
『さてと、演習は簡単だ。目の前の奴らは、お前らに先ほど渡したある重要なものを奪おうと襲ってくる。お前らは、ともかくそれを守れ。絶対に渡すな』
「攻撃はど」
『では始め!』
「?!」
ザラが質問している声をかき消して、不意に合図がかけられると火影(偽物だが) は、三人にそれぞれ襲い掛かってきた。鞄など持ってきていない三人は、それぞれ先ほどの砂時計のようなものを入れていたポケットを抑えながら、伸ばされてきた手を避けてバラバラの方へ駆け出した。
遠くの方でデビの叫び声が聞こえている。
ディアンは玄関ホールから奥に伸びていた廊下を抜けて中庭に出てきていた。ここも、瓦礫やら大型のゴミやらが捨てられていて酷い有様だ。追いかけてきていた疑似妖魔は姿が見えない。どうやらディアンのことを見失ってくれたようだ。
「妖魔って、人の形のもいんのか? 動物の形ばっかりだと思ってた」
『初心者が間違えやすい所だな』
独り言を呟いていたディアンは、ふと響いた声に思わず辺りを確認する。しかし、やはりというか声の姿は見えない。
『順応性の低い奴らだな』
「こんなん、すぐ慣れるわけないだろ?! マサ先生、どこから見てるんだよ!」
『そんなことより、妖魔についてより詳しく教えてやろう。ディアンはさっき、妖魔は動物型ばかりと言っていたな? それはその通りだ』
疑似妖魔にすぐ見つからないよう、中庭から建物内を覗ける窓の下に身を隠して、ディアンはマサの説明を聞いていた。それから一度、周りと中を確認する。妖魔の姿はなかった。
『本来妖魔は、負のアニマの集合体で、基本的には動物や爬虫類、昆虫類の形に模してあちこちに存在している。だが、それはまだまだ力が弱い故の自己防衛だ。負の感情を大量に抱えている人間に取り付いて力をつけた妖魔は、徐々に知恵をつけるようになり、最終的に人間の身体を乗っ取ったり、姿を模したりできるようになる』
疑似妖魔はこの、ある程度知恵をつけ、人に模すことが出来るようになった妖魔に似せて作った人工妖魔だ。
『人の姿を模す以外の知恵はなく、命令がない限りは人を襲わんし、こういった演習や訓練でのみ使用されるもんだ』
「! ってことは、雑魚なんだ。じゃぁそんなに強くないな」
少しホッとしたような声を出したディアンは、窓越しに影が落ちていることに気付いて、そっと後ろを振り向いた。
『ただし、腕力や体力などはほぼ超人並のものなので、お前らのような半人前では、対抗する術はないぞ』
ゾクッとしたディアンは急いでその場から走り出した。案の定、バリンッとガラスを突き破り、疑似妖魔が顔を覗かせるとさらに壁を破壊してディアンの後を追いかけてきた。表情がないマネキンの顔を、まっすぐにディアンの方へ向け、ものすごい勢いで。
「ぎゃぁーっ!!!!!」
本気で怖い。ディアンは一心不乱に走り、急いで建物内へと逃げ込んだ。
一方、すでに恐ろしさで一杯一杯になっていたデビは、ピンチに陥っていた。がむしゃらに走りすぎて、今自分がどこにいるのか分からなくなり、最初にいた場所が分からなくなってしまったのだ。さらに、もう足が限界に近く、これ以上走れそうになかった。ひとまず、時間稼ぎになればと出口が二つある広い部屋の中に身を隠したが、マサの説明からすると、見つかるのは時間の問題らしかった。
「どうしよう、どうしよう。逃げ切るなんて無理だよぉ。もう走れない」
『逃げるだけが演習を終わらせる方法ではないはずだがな』
思わずついて出たぼやきに、マサの鋭い突っ込みが入る。言葉を失ってしまったデビを知ってか知らずか、マサは『さて』と話を変えた。
『妖魔について説明はしたな。次はこの妖魔を構成しているアニマについて話さねばな。 確か、貴様らはこれの教育をきちんとされていなかっただろう?』
「アニマについての説明なら大丈夫ですっ! それより、最初の部屋がどこだったか教え」
『貴様が頭の良いことは分かるが、他二人は……、まぁいい。省けるなら俺様としてはうれしい限りだ。だが、一応確認で、アニマがどういうものかお前に言ってもらおうか? 砂地』
「アニマは、正確には感情が持つエネルギーです! だから、他の動物ももちろん持っているけど、思考が複雑でさまざまな感情を持つ僕達人間だけが、そのエネルギーをコントロールする力を持つことができたと言われていますっ! こ、これでいいですかっ?」
『簡潔にしすぎだが、とりあえず及第点だな』
ジャリ。
マサの辛口な採点が聞こえると同時に、少し離れた場所から足音が聞こえた。恐る恐る顔を上げたデビは、その視線の先に顔のないマネキンが自分を睨み付けているのを見た。
字数制限の都合でその二に続く
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