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飼い犬が少々問題を起こして、緊急で病院行ってたらこの様だよ。大事には至っていないのでご安心を。
第五幕 疑似妖魔との戦い
マサが消えていった後を、恨めしそうに見ていたデビは、隣で聞こえる喧騒にそちらを振り向いた。ディアンが血相を変えてザラに突っかかっている。少し焦っているのか、珍しく顔が青いようにも思えた。
「どういうことだよ、ザラっ! 先生が死にたがってるとか、嘘だろっ!」
「嘘でそんなこと言うかよ。大体あいつ見てれば、何となく分かるだろが」
「分かるもんかっ!」
「……ディアン」
ザラに向かって怒鳴っていたディアンが、その形相のままこちらを振り返る。真剣な顔つきに、デビはディアンが本気だということを悟った。
「……前から聞きたかったんだけどさ、どうしてそんなに……ディアンはレス先生に関わろうとするの?」
「!……」
「前に、レス先生が自分で自分を亡霊だって言った時も、感情がないって言った時だって、そんなことないって反論してたよね……。正直僕は、レス先生とは初対面だったし、本当に生気もなかったから、怖くて反論する気にもならなかったんだ。……その、ディアンが反論できるのはやっぱり……、レス先生と前に会ったことがあるからなの?」
デビの問いに、ディアンはほんの少し押し黙ったが、すぐにデビの目を見て言った。
「多分、そうなんだと思う。サトさんにも、同じこと言われたから」
「お兄ちゃん? それってもしかして今朝のこと?」
「別にデビに隠してた訳じゃねぇんだ。ただ俺自身もずっと忘れててさ。俺、忘れっぽいし」
ばつが悪そうに頭を掻いたディアンは、少し呆れたような顔をしているデビとザラを見ると「あのさ……」と少し言いにくそうに切り出した。
「お前らなら、信じてくれるっていうか、俺と同じ考えになってくれるかもとは思うんだけどさ」
「なにもごもごしてんだよ、気持ち悪ぃ」
「お腹でも痛いの?」
「デビまでっ?! なんでだよ、今の流れ、明らかに俺がなんでそう思うのかって思い出に入るとこだろっ?!」
「お前の思い出なんか、知ったこっちゃねぇ。三十分しかねぇんだ、準備した方が後のためになる」
ザラはプイッとそっぽを向くと、最後に「さっきも言ったが」と付け足した。
「俺はあいつが裏切っていようが、いまいがどうでもいい。……師として利用できるか、そうでないか、それだけだ」
準備運動を始めるザラを、何だよーと言いたげにディアンは見る。折角味方を増やそうと思ったのに、相変わらずザラとは馬が合わないようだ。すぐに諦めたディアンはデビを見た。
「うん。僕はどうして、ディアンがそう思うのか、聞いておきたいよ。だって、ディアンだけに悶々考えさせても、前に進まないもんね」
「嬉しいけど、一言多いぜ、デビ」
苦い顔をするディアンに、デビは一度笑いかけると、「でも、その話は後で聞くよ」とつなげた。
「準備運動しとかなくちゃ。僕、また筋肉痛になっちゃう……」
「あぁ、試験の後もなってたもんな……、実際に走ったりしたわけでもないのに」
仕返しとばかり、ニヤリと笑ったディアンにデビは苦笑して返した。
「……デビは、もう怖くないのか? 先生のこと……」
「?」
「だって、あの人が本当の担当になるはずだったんだぜ? もし、俺が思っている通り、あの人が悪い奴じゃなかったら、またあの人が先生になるかもしれないのに」
「……正直まだ怖いけど……、でも相手を否定し続けてたら、一生仲良くはなれないもんね。それに、僕、よく考えて思ったんだけど、レス先生が本当に悪い人なら、「近づくな」なんて、警告してきたりするかなって」
ディアンも悪い人だとは思ってないみたいだし、とデビはにっこり笑うと茶色の瞳の目でまっすぐにディアンを見た。
「だから、ディアンがそう信じるなら、僕も信じてみようと思うんだ。きっと、皆で理解しようとすれば、レス先生とも分かり合える気がするから」
「……そだなっ!」
ディアンは安堵したように、にっこり笑ってそれに答えた。
「……だそうだが?」
ニヤニヤ笑いを顔に張り付け、マサは隣にいた人物に目を向ける。耳元の機械から手を放したその人物は、恨みがましい目でマサを見た。
「……意地の悪い人ですね……」
レスはふんぞり返ってソファでくつろいでいるマサにそう告げると、「……話した所で」と、珍しく会話をつなげた。
「僕のことを、あの子達に理解させるのは、あまりにも酷だと思います。……理解もされないでしょうし」
「俺の前では、そのネガティブ発言を控えろ」
「……はい」
ディアン達のいる屋敷の向かい側。こちらも、それなりに立派な屋敷だ。その部屋から、ディアン達のいるホールに仕掛けられた盗聴器を使い、会話を盗み聞きしていた二人は、目の前にある大きな窓から、斜め下に見えるホールを見下ろした。三人とも、準備運動を始めたらしく、演習を真剣に受ける気はあるようだ。
「お前がどうあいつらのことを心配しようが、あいつらがお前に関わる気なら、俺はそれを止めるつもりはない。もう一度だけ言っておくが、あいつらの世代は基本的に、火影の怖さやその実態を詳しくは知らん。だからこそ、お前が間違えなければ認識を変えることは可能だ」
わかるな?
目で訴えてくるマサに、レスは小さく頷いた。
「にしても、疑似妖魔ってなんだろうな?」
古ぼけた洋館の、埃だらけの廊下を見つめながらディアンはそう尋ねていた。相変わらず、家鳴りがたまにしている洋館は、何かが出ると言われれば、納得できるだけの怖さがあった。
「疑似ってつくくらいなんだから、妖魔と似たようなもんなんだろ?
そういや、こん中で本物の妖魔を見たことある奴は」
「僕、昨日が初めて」
「俺もー」
「……。 こんなんでほんとに大丈夫か?」
「なんだよ、ザラは見たことあんのか?!」
「……昨日が初めてだよ、俺も」
「ほえっ?」
ディアンが変な声を上げた時、丸いボールのようなものが三つ、ちょうどマサが消えていった辺りから弾みながら現れた。トントンと、階段を器用に降りてきて、ちょうど三人の前でピタッと止まった。
「?」
三人は一度顔を見合わせてから、その物体をよく見ようと近づいた。ゴムボールのようなそれは、じっと見ていた三人の前で、不意に粘土のように柔らかくなるとグニャグニャとくねりながら徐々に大きくなっていく。後ろに下がった三人の前で、三つのボールはそれぞれに人型へと変形すると、ある形になって止まった。
「これって……」
「火影?!」
一か月前、襲い掛かってきたあのオレンジと黒の服に身を包んだ火影が三人、ずらりと立ち並んでいた。ただ、前回と違い、顔の部分はマネキンのように目や鼻が辛うじて分かる程度でしかなく、
「ってか、ほぼのっぺらぼうじゃん?! こっちの方が怖いよ!」
ディアンはそう叫んでいた。
『文句の多い奴だ』
どこからか響いた声に、三人は辺りを見回してみる。声の主がどこにいるのか、さっぱり見当もつかないでいると、また声が響いた。
『探しても無駄だぞ? テレパシーでお前達の頭に直接声を響かせているからな。ところで、俺様の疑似妖魔どもはどうだ? なかなかいい感じだろう?』
楽しむかのような声は、やはりマサその人の声だ。どうやら散歩と言いつつ、こちらの様子はしっかり見ているようである。
『さてと、演習は簡単だ。目の前の奴らは、お前らに先ほど渡したある重要なものを奪おうと襲ってくる。お前らは、ともかくそれを守れ。絶対に渡すな』
「攻撃はど」
『では始め!』
「?!」
ザラが質問している声をかき消して、不意に合図がかけられると火影(偽物だが) は、三人にそれぞれ襲い掛かってきた。鞄など持ってきていない三人は、それぞれ先ほどの砂時計のようなものを入れていたポケットを抑えながら、伸ばされてきた手を避けてバラバラの方へ駆け出した。
遠くの方でデビの叫び声が聞こえている。
ディアンは玄関ホールから奥に伸びていた廊下を抜けて中庭に出てきていた。ここも、瓦礫やら大型のゴミやらが捨てられていて酷い有様だ。追いかけてきていた疑似妖魔は姿が見えない。どうやらディアンのことを見失ってくれたようだ。
「妖魔って、人の形のもいんのか? 動物の形ばっかりだと思ってた」
『初心者が間違えやすい所だな』
独り言を呟いていたディアンは、ふと響いた声に思わず辺りを確認する。しかし、やはりというか声の姿は見えない。
『順応性の低い奴らだな』
「こんなん、すぐ慣れるわけないだろ?! マサ先生、どこから見てるんだよ!」
『そんなことより、妖魔についてより詳しく教えてやろう。ディアンはさっき、妖魔は動物型ばかりと言っていたな? それはその通りだ』
疑似妖魔にすぐ見つからないよう、中庭から建物内を覗ける窓の下に身を隠して、ディアンはマサの説明を聞いていた。それから一度、周りと中を確認する。妖魔の姿はなかった。
『本来妖魔は、負のアニマの集合体で、基本的には動物や爬虫類、昆虫類の形に模してあちこちに存在している。だが、それはまだまだ力が弱い故の自己防衛だ。負の感情を大量に抱えている人間に取り付いて力をつけた妖魔は、徐々に知恵をつけるようになり、最終的に人間の身体を乗っ取ったり、姿を模したりできるようになる』
疑似妖魔はこの、ある程度知恵をつけ、人に模すことが出来るようになった妖魔に似せて作った人工妖魔だ。
『人の姿を模す以外の知恵はなく、命令がない限りは人を襲わんし、こういった演習や訓練でのみ使用されるもんだ』
「! ってことは、雑魚なんだ。じゃぁそんなに強くないな」
少しホッとしたような声を出したディアンは、窓越しに影が落ちていることに気付いて、そっと後ろを振り向いた。
『ただし、腕力や体力などはほぼ超人並のものなので、お前らのような半人前では、対抗する術はないぞ』
ゾクッとしたディアンは急いでその場から走り出した。案の定、バリンッとガラスを突き破り、疑似妖魔が顔を覗かせるとさらに壁を破壊してディアンの後を追いかけてきた。表情がないマネキンの顔を、まっすぐにディアンの方へ向け、ものすごい勢いで。
「ぎゃぁーっ!!!!!」
本気で怖い。ディアンは一心不乱に走り、急いで建物内へと逃げ込んだ。
一方、すでに恐ろしさで一杯一杯になっていたデビは、ピンチに陥っていた。がむしゃらに走りすぎて、今自分がどこにいるのか分からなくなり、最初にいた場所が分からなくなってしまったのだ。さらに、もう足が限界に近く、これ以上走れそうになかった。ひとまず、時間稼ぎになればと出口が二つある広い部屋の中に身を隠したが、マサの説明からすると、見つかるのは時間の問題らしかった。
「どうしよう、どうしよう。逃げ切るなんて無理だよぉ。もう走れない」
『逃げるだけが演習を終わらせる方法ではないはずだがな』
思わずついて出たぼやきに、マサの鋭い突っ込みが入る。言葉を失ってしまったデビを知ってか知らずか、マサは『さて』と話を変えた。
『妖魔について説明はしたな。次はこの妖魔を構成しているアニマについて話さねばな。 確か、貴様らはこれの教育をきちんとされていなかっただろう?』
「アニマについての説明なら大丈夫ですっ! それより、最初の部屋がどこだったか教え」
『貴様が頭の良いことは分かるが、他二人は……、まぁいい。省けるなら俺様としてはうれしい限りだ。だが、一応確認で、アニマがどういうものかお前に言ってもらおうか? 砂地』
「アニマは、正確には感情が持つエネルギーです! だから、他の動物ももちろん持っているけど、思考が複雑でさまざまな感情を持つ僕達人間だけが、そのエネルギーをコントロールする力を持つことができたと言われていますっ! こ、これでいいですかっ?」
『簡潔にしすぎだが、とりあえず及第点だな』
ジャリ。
マサの辛口な採点が聞こえると同時に、少し離れた場所から足音が聞こえた。恐る恐る顔を上げたデビは、その視線の先に顔のないマネキンが自分を睨み付けているのを見た。
字数制限の都合でその二に続く