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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 方言に苦戦しながら続きです。ついでに冒頭も少し修正しました。
 短い話なので、次で終わります。

 全然違う話ですが、今白川静の「回思九十年」読んでいて、なんというか、本当にこの人すごい。この方の漢字の話はぞくぞくします。古代的なもの、神にまじわる狂気みたいなものを想像するとその「凄さ」に圧倒されます。現代の人で古代の手法を持っている人というのは、なんなんでしょうね。勉強して身につけるものでもあるのでしょうが、やはり何かすぐれた感覚を持っているのではないかと思う。白川さんのは執念という気もしますが。



ふと、味噌の匂いが鼻にとどく。
 道の先にはこの辺りで一番大きな神社がある。失せもの探しや尋ね人に御利益があるとされ、通りは神社に向かう人とその人々を目当てにした露店で賑わう。薬や小間物を扱う行商人に、見世物、念仏に絵解き、それぞれが好き勝手に声をあげる中、釜で煮立てた茶を配る娘の隣から、匂いはあがっていた。
 串に刺して味噌をこってりとつけた田楽が焼かれ、焼き上がった先から露台の笹の上に並べられる。炙られ焦げた味噌の匂いが香ばしい。
「あれにしましょう」
 里芋の田楽を鴉炙ちゃんとわたしに一本ずつ買い求める。里芋のねっとりした感触が、しつこくなく舌にのり、ほくほくとした甘みと味噌の塩気がうまく合う。
 ふたりで道の端によって並んで串を吹く。頬を赤くして田楽をほおばる鴉炙ちゃんからは、舞っていた時の神秘さは感じられず、只の女の子に見える。すこし浮世離れはしているけれど、大人しく、きちんとしていて利発そうだ。
 人からは、わたしたちはどう見えるのだろう。年の離れた姉妹のように見えるだろうか。もしや親子のように見えはしないだろうか。それには年が近すぎるかしら。
 ―想像してみる。
 埃にくすんだ着物を着替え、体を洗い、髪を梳き、明るい色の飾り紐で髪を結う。娘らしい装いをしたこの子を、村の若い男はほうっておかないだろう。
 あり得ない想像だと分かっていても、それでも、そう言う道もあったのではないかしら。いつ会えるとも知れない仇を求めて、広い空の下をあてどもなく彷徨い続けるより。里に戻り、平凡な日々を編み、穏やかに老いの声を聞く。―そういう道が、わたしにも、或いはこの子にも。
 小さな口で田楽を咀嚼する鴉炙ちゃんを見ていたら、視線に気がついたのか顔を上げ、問うような目を向けられる。
 こくりと口の中のものを呑み込むあどけない仕草。
「―おいしいわね」
「えぇ」
 木陰がまだらに鴉炙ちゃんの顔を染めていた。神社を覆う森は、これからくる夏にむけて濃さを増していくところ。伸び盛りの力に満ちた緑が、日の光を浴びて輝いている。それを透かして落ちる影まできらめいている。
 ほどなくして田楽を食べ終えると、なんとはなしの間が空いた。このまま分かれてしまうのは名残おしくて、ひとつ提案をしてみる。
「鴉炙ちゃん、折角だからお参りをしていかないかしら」
 行き交う人々の上げる熱と土埃が、参道を漂っているけれど、道の両脇を覆う森の木陰の中を歩めば涼しい。途中杖にすがりながら歩いている老女を追い越した。あの足をひきずってくるだけの願いが、あの老女にもあるのだろう。
 本殿の前は一際賑わっていた。ひらけた境内で腰を下ろして休む姿も多くある。遠方からはるばるやってきた人々なのではないかしら。と横目で見ながらまっすぐ本殿へ進み、柏手を打ち、手を合わせる。
 どれも形だけのことでしかないのだけれど。何故ならわたしの神はこの旅に出た時から決まってしまって、願いもただひとつに定まってしまっているから、今更他の神さまに願うこともありはしない。
 人々が願いの代償に投げ込む賽銭や米粒がばらばらと音を立てる。その中でかすかに澄んだ音が聞こえた気がして横を見やれば、鴉炙ちゃんが社殿に礼をしていた。
 

 きびすを返すと、さっき追い越した老女が目に留まった。背を曲げて杖にすがっていたから、後ろからは老女とみえたけれど、正面からみるとそこまで年いってもいない。夫が生きていれば、今はあれぐらいであったろうか。
 その女性と、ひとりの青年が話している。よく通る青年の声は強い調子で耳に届いた。
「何度も言わせるな。こんなの無駄だ。足が悪いくせに、どうしてじっとしていないんだ」
「無駄じゃないわ。なんてことを言うの。あなたには弟を思う気持ちがないの」
「無駄だ。分かりきってる。生きている筈がない」
「分からないわ。私は見ていないもの。どこかで生きているかもしれないじゃない」
「もうやめてくれ母さん!」
「いいえ。やめないわ」
 青年の声は懇願だった。女性の声は悲鳴だった。
 青年が言葉につまったのを見て、顔を背けた。
 諦めることなど、できるわけがない。諦めてしまったら、なにも残らなくなってしまう。
 かぶった笠の影から視線を横にすべらせる。隣にたたずむ鴉炙ちゃんは、ぼんやりと違う方向を見ていた。どこかを見ているというより、空中を眺めているだけに見える。
 その姿が、この子も何かを探しているのかもしれないと思わせた。けれども同時に、その姿は何も求めていないようにも見えた。つやつやとした黒い瞳は、さっきの親子の一幕も映さず、ただ光をはじいて輝く。
 少なくとも行く当てのある人間の目ではないと思う。同じような旅路にあるものとして、自然同情の気持ちが沸き上がってくる。わたし達には居場所がない。
 あの女性はまだましだ。それでもまだ兄の方が残っているのだもの。何もないわたしとは違う。わたしの慰めはどこにもない。
 春の光ほどぬるくなく、真夏の光ほどきびしくない、柔らかい初夏の光と空気に包まれて、そんなことを考える。
 もみじが境内をぐるりと取り囲むように植わっている。まだ青い葉は若々しい。あまりに世界が鮮やかで、目の前の光景がかすんでしまう。
「みさを様」
 見るともなしに風景を眺めていたわたしは、鴉炙ちゃんの声に引き戻される。用は済んだのだからいつまでも留まるのは不自然だ。わたしたちは旅路にあるのだから、また歩き出さなければならない、と思い、別れが惜しくなる。
 鴉炙ちゃんの目が、じいとわたしを映す。なんだかもう、堪らなくなった。向き直り、その目を見ながら口を開いた。
「鴉炙ちゃん、あなた―」
 不意にかすれた声が耳に飛び込んできた。
「おクマ、おクマや、どこに行ったの」
 声に吸い寄せられるように目をやる。その方向には、きょろきょろと頭をめぐらせている背の高い女性が、心の不安が映し出された声でおろおろと尋ね回っている。
「すみません、子供を―若草色の着物に黄の帯を締めた女の子です―あの、見ませんでしたか」
 途端に夢想が打ち破られた。ざあと頭の後ろが冷える。ついさっきまで、自分が何を考えていたのか、何をしていたのかもあっという間に消えてしまって、ただその女性に引き寄せられる。
 ああ嫌な気持ち。背中から手を差し入れて、体の内側を引っかかれているような。足下がぞわぞわする。
 不安だろうか。焦りだろうか。恐れだろうか。
 覚えのある気持ち。
 世界をかすませていた光が急速に失われ、すべてが色あせる。
 あの日からことある毎にわたしを襲うこの気持ちが、私を旅立たせた。そして今又、急かされるように足を出す。
 直後に鴉炙ちゃんを振り返ったけれど、もう微笑みかける余裕はなかった。

続く
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