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もう少ししたら、間隔あんまり開けずにアップすることができるようになるかも、ね。
そして、もう少し暗いパートが続くよー。飽きるかもしれないけど、もう少々お付き合い願います。
第三幕 つながり
帰り道は、静かだった。ぽつぽつとある街頭の明かりと、うっすらと見える家々の明かり。暖かみのあるその色は、何故か冷え切っていたディアンの体をほんの少し温めてくれた。それでも、廊下で感じた寒気は、いつまでもディアンの体に残っていた。
「さっきから静かだが……、大丈夫かディアン?」
「兄ちゃん……。大丈夫だよ。ちょっと、寒気がするだけ」
心配そうに顔を覗き込んできたリーズにそう答えて、ディアンは笑みを見せた。実際、寒気がする以外は元気だったからだ。その回答に、そうかととりあえず納得したリーズは、「家に着いたらなんか温まるもん作るからな」と返してきた。その隣で、「それがよさそうだね」とサトもデビの方を見て言った。
「まったく、五月だっていうのに、嫌な雨だね。ジメジメするよりはいいとは言え……」
「そうだね、お兄ちゃん。でも、僕はだいぶ平気だよ。ほら、やっぱり僕、ディアンより着込んでるから」
「ダメダメ。油断は禁物だよ、デビ。季節の変わり目ってのは、一番危険なんだからさ」
「サトの言うとおりだな~。ザラちゃんは大丈夫かね~」
お気楽に呟くレムの隣に、ザラはいない。六人で一緒に家路についたはずだったが、彼は少し学校から離れてすぐ、「忘れ物した」と言って、引き返していったのだ。それを、「おう。気をつけてな~」と軽く見送ったレムだった。
「レムさん。ザラの奴は平気なのか?」
「ん~。まぁ、大丈夫だろ。お守りも持たせたしさ。それに、あんまり心配すると、ザラちゃんは怒るんだよ。子ども扱いするなって」
ハハハッとレムはまた軽く笑う。それをおいおい、と言いたげな目でリーズとサトは見る。彼らからすれば、心配せずにいられるなんて信じられないのだから当然だ。だが、ディアンにすれば、心配してほしくないっというザラの気持ちも、ほんの少し分かるところがあった。
「ハハッ。まぁ、心配するならむしろ、今日の夕飯の心配してくれよ。なんと、俺らの家は、帰っても何もないんだ、これが。ザラちゃん、怒るだろうなぁ」
「そんなん知るかよ。俺らンちだって、今から作らなきゃ何もねぇよ。なぁ、サト?」
「まぁ。作り置きはしてないしね」
「だからな。作るならついでにさ」
「お前たかる気かっ?!」
「たかるなんて言うなよ? ごちそうしてくれよ、な?」
「まぁ、いいんじゃないかい、リーズ? まずいもの作られて、苦い顔しなきゃならないザラのことを考えればさ。全部まとめて、作ってやりなよ」
「……、そういうお前は俺に全部作らせる気か?」
兄達の会話は、ディアンとデビの知らない所で進んでいく。二人は、一度顔を見合わせた。結局、二人にはマサキの、先ほどの行動の意味も、何もかも分からないことだらけだった。もとより、よく考えれば自分達は二年前の草原の戦のことも、詳しく分かっていない。被害にあった人数や、起こった日付くらいは調べれば分かるが、肝心のマサキとの関わりは全く分からないのだ。
「…・…。デビ、いいよな?」
「うん。どんな話になっても、僕、ちゃんと聞くよ」
少し嫌な想像をしてしまったのか、デビが青い顔をしてそう言う。しかし、覚悟を決めたのか、彼はディアンに向かって深く頷いた。
「だぁかぁらぁ! なんで、俺がお前ら全員分の飯作らなきゃなんねぇんだよ! 俺だって疲れてんのにぃ!」
「そんな意地悪なこというなよ、ひまわりぃ。俺がこんなに誠実に頼んでるんだぜ?」
「悪口言ってる時点で誠実じゃねぇだろっ!」
「まぁまぁリーズ。二人分作るのも、六人分作るのも一緒さ」
「作れるやつに言われるのが、一番、腹立つわっ!」
「なぁ、兄ちゃん」
「ディアン、今兄ちゃん忙しいんだよ! この腹黒どもを撃退せんと」
「別にいいじゃん、うちで一緒に晩飯食べるくらい」
「えぇっ?!」
せっかくお前を心配して言ってるのに、とうなだれるリーズを後目に、ディアンはレムとサトに近付くと、「これでいいんだよね?」と尋ねた。
「ディアンは優しいなぁ。助かるぜ。ザラちゃんにも、実はもうそうするって言っちゃってたから、ほんと助かる」
「レム、それはちょっと図々しいよ。それで、ディアン。何か言いたげだけど?」
何かな?と人好きのする笑みを浮かべてサトがディアンを見る。その眼にはいたずらっぽいものが含まれていた。
「うん。晩飯食べた後でいいからさ。二年前の草原の戦のこと、詳しく教えてほしいんだ。マサキ先生が、それにどうかかわっていたのかも」
サトとレムは一度、お互いに顔を見合わせ、目線でどうするか相談し合っていたが、ややあってそれを承諾した。
「二年前の草原の戦は、一つの誤報から始まった」
夕飯を食べ終わった後、同じテーブルにサトとディアン、そしてデビが座っていた。リーズは後片付けに奮闘しており、今はまだキッチンに引っ込んだままだ。そしてレムはと言えば、さすがにザラの帰りが遅いので、作ってもらった夕飯を片手に迎えに行くと言って、出て行ってしまった。まぁ、仕方ないだろう。少なくとも、サトさえいれば事は足りていたのだから。なんといっても、社会科の教師だ。これほどまでに詳しい人もいない。
「誤報……って?」
「国内に火影が侵入したっていうね。実際には火影は、その時にはまだ侵入してなかったんだけど。つまり、実際の侵入とはタイムラグが発生したってことさ」
「でも、その誤報がなんで戦の引き金になったんだ?」
「……。引き金と言えばおかしいかもしれないけど……。でもそれが原因で、あんな大事に至ったと言えばいいかな。僕も当時の詳しいことまでは分からないけど、この最初の誤報の時に、真っ先に現場へと急行した部隊があるんだ。竜の国、第十三番隊、通称「竜忌」。 ディアン」
サトは正面に座っていたディアンに手を差し出すと、「さっき、レスに突き付けてた写真を見せてほしい」と言った。ディアンが、ポケットに押し込んでいたそれを差し出すと、それをテーブルの上に広げ、サトは確認するように写真を見つめた。
「……やっぱり。この黒地に赤いジッパーラインの入ったコートが、当時「竜忌」のトレードマークだった。今、レスが着ているのもきっとそれなんだと思うよ」
「その「竜忌」が、真っ先に現場について、それからどうしたんだ?」
話の続きを急かすようにディアンが言う。サトが少し言いにくそうに口を閉じていると、「そこからが謎なのさ」と、作業を終えたリーズが戻ってきてそう続けた。
「謎?」
「彼らの身に何があったのか、それを知る事ができないんだ。当事者は、唯一、レスだけになってしまったからね。……ともかく、分かっている事実だけを述べれば、こうなる。「竜忌」は、竜の国でも選りすぐりの戦士を集めた特攻部隊だった。その部隊に所属していた三十二名は、レスを除いて、全員戦死した」
すべてを焼き尽くす恐ろしい業火にその身を焼かれて。
「戦場を焼いた火は、運の悪いことに草原から近くの山中へと燃え広がり、山中を避難だった村民を巻き込んで、大火事に発展した。幸い、火に囲まれる前に村民達は脱出して、こちらは死者を出さずにすんだが、多くの重軽傷者をだすことになったんだ。火の勢いは止まらず、十三番隊の誰とも連絡が付かないと分かった時には、すでに火は俺達みたいな一般の戦士じゃ消せないほどに燃え広がっていたのさ」
「マサ先生やユウイ先生、その他の上級の戦士達が懸命の消火活動を行って、どうにか消せたぐらいでね。……、もう消えた時にはみんなが諦めていた。この火に呑まれた人は全員死んだだろうってね」
「……でも、生きてたんだよな? マサキ先生が」
「……。そう。彼だけが、奇跡的に火の気が回らなかった河原まで逃げ延びていたんだ。そうなると、他にも誰か生きているんじゃないかって、みんな総出で同じ河原を探したさ。……でも、誰も見つからなかった。完全に火が消えてから、山中に踏み込んだ兵士達が見たのは、火元近くにあった、骨さえ原型を留められないくらいにまで焼かれた、「竜忌」のメンバーの遺体らしきものだったそうだよ」
ディアンの隣に座っていたデビが、青い顔をして目を伏せた。どうやら想像してしまったらしい。それに気付いたサトは話を打ち切ると、デビのそばに寄って、その背をさすりながら「大丈夫?」と尋ねた。
青い顔のまま、「大丈夫」と答えたものの、頭の中で嫌な映像を思い描いているらしいデビは、そのまま黙り込む。そんな弟に、「無理することないよ」とサトは言った。
「気分が悪いなら、横になった方がいいよ、デビ。リーズ、いいだろ?」
「あぁ。リビングのソファか、なんならベッドでもいいし」
そう言ったリーズの目が、そのままディアンへと向く。ディアンは、それには気付かない。俯いて、ひたすら何かを考えていた。いや、考えるというよりも、思い出してしまうのだ。あの時の、周囲から向けられる目。憎しみがたくさん詰まったその目は、すべて自分に向けられている。自分以外の全員が死んだと聞いて、胸が抉られたような気がした。
「ディアン?」
リーズの声がして、はっと顔を上げる。見慣れた家具と、心配そうにのぞき込んでいる顔が見えた途端、先ほどまでの気持ちは一気に引いていった。
「お前は大丈夫か? さっきからお前がやけに静かで……兄ちゃんは心配なんだが」
「だ、大丈夫だって! 確かに嫌な想像しちゃったけど、デビほどじゃないし。それで、サトさん」
デビの介抱の途中だったサトが、なんだいと顔をディアンに向ける。もう、この話をするのは嫌なんだけどなぁと言う顔をしているのをみて、ディアンは一度言葉に詰まったが、それでもこう聞いた。
「その後、マサキ先生ってどこにいたの?」
「……どこで何をしてたかってことだね? マサキ、いや、失盗レスはその事件のあと、軍に拘束されてそのまま裏切りを自白、監獄へ幽閉ということになったんだけど……」
「ゆうへい?」
「捕まって牢獄行きってこと」
「……だったら、どうして先生は外にいるの?」
青い顔のまま、デビがそう尋ねる。サトは、それは……と、言葉を詰まらせた。
「こう言うのは、とても悔しいことではあるんだけど……。分からないんだ」
「分からない?! サトさんでも?」
「ディアン、サトがなんでも知ってると思ったら大間違いだぞ? まぁ、兄ちゃんも何でかは知らないけど」
「兄ちゃんには最初から聞いてないよ」
うなだれたリーズをよそに、ディアンはサトをみる。困ったように、サトもディアンを見返した。
「……まぁ、自分の先生のことくらい、知っておきたいって気持ちは分かるよ。でもねぇ、こればっかりは僕にもどうにもできないよ、ディアン。僕らだって、マサ先生にこう言われたんだから。直接、本人に聞けって。その本人が、全くしゃべってくれないからこっちは困ってるっていうのにね」
「じゃぁ、マサ先生に聞けば分かる?」
「それに関して言うなら、マサ先生を説得できるなら、だね。正直、僕はマサ先生自身も彼のことを詳しく知らないんじゃないかと思うんだけど」
「マサ先生は、重要なことなら全部話すはずだぜ。話さないってことは、その話が重要じゃないか、もしくは情報として流せるほど確かなものじゃないかとのいずれかだ」
うなだれていたリーズがそう付け足す。彼はディアンに目を向けて、渋い顔をした。
「なぁ、ディアン。お前も、俺と同じでお節介焼きだってことは、兄ちゃんも痛いほど分かってるけどさ。今回は、止めとけ。あいつに関わるのだけは」
「兄ちゃん? なんで?」
「嫌な予感がするんだよ。勘だ、勘」
実際、お前の体調もさっきからあんまり良くなさそうだし……。
同意を求めるようにサトの方へ視線を向けながら、リーズは続ける。当のサトはデビの介抱をするのに必死でそれに気付いてはいなかったが、リーズはかまわず続けた。
「正直俺も、あんまり気分が良くないんだ。あいつを掴んだ右手が、やけに冷たくて……。まるで、ずっと氷水の中に手を突っ込んでるみたいでさ。お前も、あいつに近づいてたし、もしかしたらって」
「だ、大丈夫だよ、俺はっ! 寒くなんかないっ!」
咄嗟に嘘をついたディアンは、リーズの顔が険しくなっているのをみた。明らかに嘘をついているのがばれている。
「……そうまでして、なんでお前があいつを庇うんだ。兄ちゃんはそっちの方が気になるね! あいつになんか言われたのかっ?!」
「ちが、違うよっ! そうじゃないっ! 俺はただ……!」
そこまで言った時、今まで感じたことのない寒気に襲われた。足先から手先まで、一気に寒気が回って、体が固まってしまう。声も出なくなった。
リーズが慌ててディアンの体を支える。それに気がついて、サトとデビが振り返って自分をみる。そこまで視界に入ってところで、ディアンは意識を失った。