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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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書けた。
 間に合いました。この間から急に寒くなりまして、一気に秋めいてきました。今日の月はきれいです。
 今回すごくすいすい書けました。この間まで書いていた物がものすごく難産だったものだから余計に。久しぶりにこういう感じの話を書いた気がします。なんにも考えずに書けました。軽いノリで読んで下さい。



「月がきれいですね」
 傍らを歩く人がそう言ったので、空を見上げる。
 ちぎれ雲のまばらにおよぐ深い藍色の空。ずぽんとかぶさってくる重たい天幕に、きらめく星がちりちり揺れる。
 濃く深い藍がぼんやりけぶる。光のもや。
 ―あの辺りだろう。
「そうですね」
 首を傾け、頷いた。
 なにも見えてはいなかった。

 ぼくは月を見たことがない。
 月が見えないのだ。
 どういうわけかは知らない。ただ人が空を仰いでながめるものがぼくには見えない。
 では夜はさぞかし暗いかというとそうでもない。夜空の霞んで色づくところ、うす明るいその辺りに「月」があるのだ、ということをぼくは学んでいる。
 光源は見えないのに光だけはわかるのだ。障子ごしに外からのほのあかりを感じるようなものだと思えば、さしておかしな話でもない。
 いつのころからだったかぼんやりと、人の指さすその先に自分だけが「月」の見つけられないことを知った。
 星の大きなものだときいたから、何かの具合で他に紛れて気がつかないのか、あるいは自分は案外目が悪いのかと思った。
 視力検査の結果、ぼくの右目は1.3、左目は1.0だった。まわりの大人はぼくが余程のぼんやりだと思うか、ふざけていると思うかだった。年の近い子供の間で天体におおきな関心がむくことは幸いにもなく。ぼくが自分のズレを悟ってからは注意深くふるまったから、いまだに誰にも気付かれていない。
 実際たいしてこまることでもない。隣の人間の目に月が映っているかどうかなんて、誰が気にするというのだ。
 ちなみに写真で見る分には問題ないらしく、教科書ではじめて目にした「月」の姿に、ぼくはこれまで絵本の挿絵なんかにあったのは、けっして 誇張してかかれたものではないことを知って驚いた。こんなにくっきりと浮かんでいるものに気づけないとは、自分はそうとうのまぬけだと、ひとり恥ずかしくなったものだ。
「おおい。君家(おおや)」
 後ろから呼ばれてふりむく。
「なんだ。色川か」
「丁度良いところであったよ。これからセンセイの家に行くんだ。来るだろ」
「いいけど、何しに行くんだ」
「月見だよ。月を口実に呑んで食う。―こいつを〆ようと思ってもってきた」
「ああ。さっきから気にはなってたよ」
 色川は片手に暴れる鶏の足をひとまとめにぶらさげていた。とさかの若い雄鳥は足が千切れるんじゃないかというぐらい暴れている。
「よく平気だな」
「足さえ持ってりゃ逃げられないさ」
「ぼくは鶏が千切れるんじゃないかと心配したんだ」
「ないよ。それに心配したってどのみち食うんだ」
「―それもそうだ」
 そんな会話をしている間にも、鶏は羽をばたつかせてやかましく鳴きわめいていた。


 二人で連れ立ってセンセイの所に行く。
「センセイ、来ましたよ」
「やあ。来ましたね」
 センセイに出迎えられ、玄関からそのまま庭に回る。
「今日はこいつをご馳走します。ひよこから育てたんですよ」
「うん。元気な鶏ですね」
「それではセンセイ、ちょっと庭先と台所を借りますよ」
 言いながら、もうずかずかと奥へ進む。
「それから鉈はないですか。なけりゃ包丁でやりますが」
「どうぞ、包丁を使って下さい。洗い場の上の棚から一番大きいのを選んでくれたらいい」
「じゃあ失礼します」
 もう色川の姿は、庭を回りこんで奥のお勝手に消えていた。
 ぽんと置いていかれたぼくは、ようやくセンセイに挨拶する機会を得た。まったく色川のやつはなんでもひとりで進めてしまうから、これまで口が挟めなかった。
「ご無沙汰してます。センセイ」
「色川君につかまりましたか」
「はい。道で鶏と一緒くたに足をとられてしまいました」
 仕方無い奴だ、と言うかわりに笑う。
「今日の予定はきいていますか」
「月見をするんだと聞きました」
「そう。私は場所だけ貸せばいいそうですよ。なんにもしなくていいと言われました。いったい私のいる意味があるのだか」
「センセイはいらっしゃってくれるだけでいいんですよ」
「ふふふ。まあ後でお茶ぐらいは差し上げましょう。今はどうも邪魔みたいだから」
 裏手の方では一際高く声が上がったきり、今は静かになっている。
「それではセンセイ、ぼくもひとつ色川の奴を手伝ってきます」
「ええ。台所のものは好きに使っていいですよ」
「はい。ありがとうございます」
 そこでセンセイは書斎に、僕は台所にむかう。
 鶏の胴体は逆さまに吊り下げられていた。
「色川。手伝うよ」
 声をかけるとなにやら棚を引っかき回していた色川は顔を上げる。
「おう。今鍋を探していたんだ。でかいのがいいんだが」
「三人ででかい鍋もいらないだろう。それと鍋ならその足下だよ」
「心配するな。おれが三人前は食べる」
 足下から鍋をひっぱり出しながらそう嘯く。
「これに湯を沸かしてくれ」
 両手持ちの鍋はまあ常識的な大きさだ。
 ぼくが鍋に水を張って火を熾している間に、色川はかごの中の人参やら葱やら芋やらを切りはじめた。乱暴というのではないが、いかにも雑だ。
「おい。皮はむけよ」
「こんなのはいい加減にやった方がうまいんだよ」
 と言って取り合わない。せめてごぼうだけはと、ひったくってよく洗ってお望み通り乱切りにしてやってからあく抜きをする。
 湯が煮えてきた。ぼくにまな板をあけ渡した色川は鳥をばらしていた。豆に水を吸わせておいて、ぼくはその手さばきを見物した。
 そして、しかしつくづくぼくには不似合いな行事だと思う。手伝いまでしておいて今更ではある。
「なあ。そう言えば何故今頃月見なんかするんだ」
「なんだ知らないのか」
 色川は一瞬ぼくに顔をむけて、すぐ手元に視線を戻す。
「今日は陰暦九月の十三夜だ。八月十五夜の中秋の名月に対して後の月といって、本来月見っていうのは前後二回あったんだよ。八月の十五夜だけで済ますのは半端なんだぜ」
「―ふうん」
 月が季節でどれほど違うものかは知らないが、それでもこんなに間を置かず二回も夜空を見上げて首を痛くするというのは、いったいなんなのだろう。
「花見で一杯、みたいなもので、呑めればよかったんじゃないか。―いや、呑むより食う方かな。なんせ秋は実りが多い」
「それは単におまえが呑めないから言っているんじゃないのか」
 こう見えて色川は下戸だ。酒を呑まない代わりに茶にはうるさい。
「いやいやそうに違いない。おれは今確信した。だって花に餅は供えないが、月には団子を供えるぞ。月が団子を食うわけじゃない。人が食いたいから供えるのだ。八月十五夜を芋名月、今日のことを栗名月や豆名月というのも、畢竟そういう食い意地からに決まってる」
「わかったから。しゃもじを振り回すなよ」
 まあそういうことにしておこう。それでうまいものが食えるなら、異論のあるやつなんかいるまい。
 支度が調ってセンセイを呼びにいく頃にはいい具合の時間帯になっていた。秋の日はつるべ落とし―。沈んでいく空を背景に、近所からもちらほらと煮炊きの煙があがっている。
 座敷の縁側をあけ放ち、鍋と煮豆の小皿をもちこんだ。
 どこから取り出したのか、色川が卵をぽんと割って鍋に放りこんだ。
「さあさあセンセイ、どんどん食べてください」
 そう言って一番食べたのはやっぱり色川だった。
 腹もふくれて空の鍋を前にぼんやりしていたら、センセイが手ずからお茶を淹れてくれた。一服して、しぜん軒下から空に目がいく。
 鍋で温まった体には、秋半ばの冷たい風も気持ちよかった。ほう、と息をつく。
 畳に目をやると、三人分の影がうかんでいる。
 すこし左に傾いたセンセイの影。ぴょんとはねた髪の癖までうつした色川の影。並んで小さなぼくの影。
「ああ、良い月ですね」
 センセイが空を仰いでそう言った。
「まったく、見事ですね」
 色川が賛同する。
 ぼくは空を見る。空は明るい。ぼくには見えない光が降ってくる。
 今ここで、並んで、月が見られたらいいと思った。思って空を眺めた。空はきれいだった。空気が澄んでいて、柔らかい光がほのかに照り映えている。
 ぼくは畳についた手から浮かぶ影を見た。
 それもまたきれいなのだった。



      了

 皆様よい晩を。

 


 

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