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これにて終了。アシャちゃんつかいまわしてごめんね。
自分の中でみさをさんのイメージがなかなか固まらなくて、異常に時間がかかりました。執着の主体がはっきりしないんだよな。
みさをと青蓮は表裏の存在なのですが、どっちが表というんでもなく。そして二人とも愛した人に対する執着がなんだか妙な感じに化けてしまって鬼になってしまいました。実際に二人とも半分は鬼になってしまったようなものです。その執着は愛に対する執着だったのだと思います。
参道を引き返す。光る緑もきらめく木陰も、さっき鴉炙ちゃんと歩いたときには心を和ませた全てのものがほこりっぽく色あせた道を、さかさに辿る。
若草色の着物、黄色の帯、禿髪の女の子。目の端にかすめた気がする。どこかで。
左右に目をはしらせながら、小走りに駆ける。
首から下げる守り袋を、胸に押しつけるように右手でおさえる。動機が激しい。
参道の入り口を示すように、道の両側に松の大木が植わっている。その木の根元に、探していた女の子の姿を見つけた。
女の子は目の前に立つ男に手を取られ、抵抗していた。
血がひく思いがした。
胸がいたい。守り袋を更に強く押し当てる。
子供をなくしてしばらくは、乳房が張って痛くてたまらなかった。それが子供を失った痛みなのだと、胸をおさえ、思った。
夫の遺灰を胸に抱くと、痛みがおさまる気がした。胸にあいた空洞にそのままあの人の遺骨を埋め込んで、ふさいでしまいたい。それが叶わないから、袋に遺灰を詰めて首に提げた。
旅に出るとき、とうに乳は出なくなっていたけれど、あの人を手放すことはできなかった。守り袋に神木の皮を削り入れ、共に加護を願った。
―忘れてはならない痛みだった。
「蚖さま―」
唇を噛みしめた。
まっすぐに近づいていくと、男が気がついて顔をあげる。こちらに背を向けていた女の子も、男の動きに遅れて体をねじる。うれしそうに振り返った顔が、母を見出せず失望に変わった。
感情が素直に表れる眉をした七つぐらいの女の子。
「その手をはなしなさい」
男は不愉快げに顔を歪めた。
「あんたはこの子の母親かい」
平凡な顔だが大柄で野太い声をしている。こんな男の分厚い手に腕をつかまれたら、小さな子子供は怯えてしまうに決まっている。
「違うわ。けれど母親はその子を捜しているわ」
「そうかい。それじゃ、連れて行ってやろうか」
対して小柄なわたしでは、相手になめられてしまう。母親の元へ連れて行くふりをして、今この男が子供をかついで走り出したら、わたしでは追いつけない。男の手は、女の子の腕を掴んだままだ。
「その手を、はなしなさい」
「なんだよ、おっかねえなあ」
「はなしなさい!!」
どう、と風がおこる。わたしの髪を、男の着物を、乾ききった冷たい風がなぶる。
「早く、その子を置いて消えなさい」
「な、なんなんだお前……」
耳元でびゅうびゅうと音を立てて鳴く風が、男の体に正面からぶちあたる。
子供を親から奪おうなんてとんでもない。とんでもないことだ。ゆるしてはいけない。この男を許してはいけない。
視界の端が赤く染まる。
憎らしい。
こんな男は風に吹き散らされてしまえばいい。あの女も。
―いなければよかった。
―いなくなればいい。
子供を奪うものなど。
私からあの人を奪うものなど。
あの女さえいなければ。
こんな奴などいなければ―…
男の怯える顔を見て、すこし溜飲の下がる思いがする。
男が顎を上下させているが、風の音で何を言っているのか分からない。
風の音しか聞こえない。
びゅうびゅうと、乾いた風の音が耳を埋め尽くす。その中に、
ちりん、
異質な音がまぎれた。
ちり、ちりん。
何の音だろう。
ちりん。ちりん。
これは鈴の音だ。
さっき河原で聞いた巫女舞の少女、鴉炙ちゃんの。
「みさを様」
鴉炙ちゃんの声がした。
鴉炙ちゃんの澄んだ眼が、浮世離れした顔が、わたしに向けられている。その傍らには禿髪の女の子がいる。
「子供は無事なやよ」
風がはたりと止んだ。
はあっ、と大きく息を吐く。息が乱れていた。顔も熱い。反対に手は冷え切っている。
男が口の中でなにやら言いながら、足早に去っていく。体が重くて、追うこともせずに目の端でそれを認めるだけにとどめる。
鴉炙ちゃんは女の子に向き直っていた。
「お母さんが、お社の方でさがしておいやったよ」
ふわりと涼やかな声を受けて、女の子のうるんだ目が持ち上げられる。
「ほんと?」
かわいそうに怯えきったその子の声はひっくり返ってしまった。
「ほんまやよ。連れていったげような」
「え……」
女の子がためらったのが分かった。泣きそうに眉を下げて、ちら、とわたしを見る。蒼ざめた顔。
女の子の怯えた目がくいこんできた。
天にもたれかかるかのように枝をひろげ、ゆったりと背を伸ばした松の根元。日差しはゆるく、うっすらとした影を生みだしている。薄青い影の中、蒼ざめた子供の目はにごりなく、はっきりと畏れの感情を映していた。
三人の間を初夏の風が吹き抜ける。風になでられた背中が寒い。知らぬ間に随分と汗をかいていた。
急激に冷えた体をなだめるように、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
「鴉炙ちゃん、その子を送っていってあげて。わたしはもう行くわ……ここで、お別れね」
鴉炙ちゃんは何も問わず、軽く頭を下げた。
「―左様なら。田楽ご馳走さんな」
「ええ。さようなら」
女の子がほっした顔をするのを横目に捉え、背を向ける。ひるがえる袖にもつれる風には、雨の気配がした。
鳥居をくぐって、元の道に出る。社をとりまき大きくひろがる森を回り込むように、道を辿る。物売りの声も人の流れもどんどん通り越して、あの河原に出た。
今其処に目を惹くものはないのに、立ち止まる。立ち止まって河原を見下ろす。今通ってきた道より空気が澄んでいる。あの子の舞っていたあたりなど、光の色が違って見えるようだ。
川の流れはさらさらと、棲んで浅く、水底が透けて見える。鴉炙ちゃんのかろやかな鈴の音が、その川底から立ち上がってきそうに思えた。
「おい。迷っているんじゃないだろうな」
「いいえ。まさか」
声は上から降ってくるようでもあり、すぐ傍らからのようでもあり、頭の後ろで囁かれているというのが一番近い。いずこからとも定められない声にかぶりをふって応える。
「わたしは立ち止まりませんわ。そう誓いましたもの」
「………」
探るような蚖さまの沈黙に、言い訳のように付け加える。
「あの人の死の真相をつきとめ、仇を討つまでは、立ち止まりませんわ。―ただ、すこし…やはり子供はかわいいものですもの。すこし構いたくなってしまいます。それだけですわ」
良い子だと思った。それに哀れな子だった。わたしがこのような身でなければ、引き取ることも出来ただろうけれど。
「ふん。よく言う―」
あざけるような物言いは、蚖さまの癖だ。お姿を拝見したことはないけれど、意地の悪い顔をした老人だと思っている。
「おまえ、もしあれがあの女の子供でもそう思うのか」
続いた蚖さまの言葉に、ぴたりと足を止めた。見透かされている。
恐ろしく、不愉快な、やはり、この方は神なのだ。
考えるまでもないこと。もしもあの女の子供が目の前に現れたなら、
「ええ、勿論。子供に罪はありませんもの」
許されないことだ。あの女の子供だけ生きているなんて、許されるはずがない。
もしも生きているのなら。
奪ってやろう。
わたしから夫も子供も奪った女から、今度はわたしが奪い返す。
「うふふ…」
喉が震える。悪くない気分だった。
「そうだ。忘れるなよ。お前が誓いを果たそうとする限りは、お前を助けてやるが、もしも誓いを破るなら、その時お前の命はないものだ」
蚖さまの声も愉しげだった。
「ええ。存じています。いずれあの女の命、献上して見せますわ」
「楽しみだ」
「どうぞ、それまでよろしくお願いしますわ」
耳に鈴の音はもうよみがえらない。わたしと蚖さまの笑い声ばかり、足下にころがっていった。
了
そこで旦那の名前を呼ばないところがみさをの怖いところ。
ともあれ、第一部番外も書けて自分の中ではもう一つの区切りが付いた気がします。そろそろ第二部を考えなければ。まだ設定決まっていないのでもう少し調べてから・・・。