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卒論の中間発表が終わったのはよいのですが、そう言えば卒論提出までもうあまり間がないのでした。中間発表終わって、終わったような気になってました。
ところで私は中間発表二日目の日程だったのですが、演習室で交わされていた会話が、
「二日目はエンターテイメント」
「其の心は?」
「奇人変人vs先生達」
「なるほど!」
ちょっと待ってくれ。どういうことですかそれは。
「だって○○とか○○とか黒巳とかおるもんなあ」
「そう言う君も二日目だろうが。さらっと自分飛ばすなよ」
本当どういうことですか!
むしろうちのクラスに奇人変人の枠に入らない人がいるのか?という気がしてきました。そういえば。
つづきに置いておくのは、今年の学祭号に書いたやつです。
今年は冒頭文しばりという趣向で、決められた文章から書き始めることになりました。お題は「お腹が空いた」
お腹が空いた。
そう言う彼女のために、私は冷蔵庫の中をあさった。
独り住まいの冷蔵庫はお世辞にも充実しているとは言い難いが、二三食分はどうにでもなる。
卵があった。
「オムライスとオムレツと炒飯。どれがいい」
「じゃあすぐにできるやつ」
「分かった」
とりあえず手早く、残りご飯と卵、玉ねぎとベーコンで定番の炒飯にする。
炒めて甘くなった玉ねぎにベーコンの脂を絡めて、玉ねぎが透明になったらご飯を投入。塩胡椒を少しとウスターソースで味を付けて、卵を流し込めば完成。
できあがった炒飯を皿に移して、湯気の立つそれを彼女の前に置く。
磨かれたテーブルに映った彼女の口が歪んで曰く、
「こんなの食べられたものじゃない」
「じゃあ何か別のものを作ろうか」
泡立たせないように溶いた卵に、だし汁と塩と醤油とみりんを混ぜて、熱した卵焼き器にそっと流し込む。みちみち湧いてくる気泡を潰して端から寄せて巻いていく。
しっとり仕上がっただし巻きをすっきりした長方形の皿に載せた。
彼女は苦々しげに顔をしかめて一言、
「食べられない」
「そうか」
残念だが台所にとって返す。
まだ残っていた卵を割って、牛乳と黒糖を入れる。食パンを切ってひたして、パンがじっとりと重くなったら、バターを引いたフライパンに並べる。頃合いを見てひっくり返すと、黄色い側面に良い感じに茶の焦げ目がついている。もう片面も焼けると、まだ表面がじゅじゅ…と音を立てている間に彼女に出した。
もう冷えた炒飯とだし巻きは下げてしまう。
勿体ないが、彼女が食べないなら仕方無い。自分のものは食べられない。
「そろそろ帰る」
「もう一品くらい作ってみようか」
「今日はいい。又今度にして」
「じゃあまたうちに来てくれる」
「それは勿論」
彼女は、私のために作ってくれたきんぴらの入ったタッパーをテーブルに置いて立ち上がった。その横には手を付けられなかったフレンチトーストが湯気を上げていた。
「又今度」は意外と早くきた。まあ私が誘ったのだけど。彼女は基本的に人の頼みを断れない。
やはり今日も彼女はお腹を空かせていた。けれど私の出すものに期待をしていないのは分かった。
準備していたロールキャベツに火を入れる。
水を切った豆腐を一丁取り出して八つ切りにする。豆腐に小麦粉を纏わせると、厚めにごま油を敷いたフライパンに載せてきつね色に焼き上げた。これにだし醤油をかける。香ばしい匂いをさせて一品完成。
フライパンを軽くぬぐうと、一口大の鳥肩肉を炒め、適当に千切ったしその葉を散らして種を除いた梅干しで味付け。鶏肉の旨みに梅肉の酸味が効いた、私の気に入りの一品だ。
しっかり火が通ってとろとろのロールキャベツと一緒にそれらをテーブルに並べ、昨日作ったきゅうりの浅漬けも出す。
「悪いけど…」
と彼女は言う。それは料理に、食材に対して悪いと言っているのだろうか。けれど私の耳には、料理が悪い、という風に聞こえてしまった。自分自身が嫌になる。
しかしここでめげていても仕方無い。彼女はお腹を空かせているのだ。こんなこともあろうかと、季節の鮭も用意していた。
鮭としめじと人参をさっとバターで焼いて、固形コンソメを溶いた水を流し込む。キャベツも入れて、蓋をして蒸す。コンソメの便利さはもっと広く讃えられるべきじゃないだろうか。
蒸している間にチシャを千切って、小さく切った豆腐の余りとちりめんじゃこをまぶす。そこに、醤油とすし酢とごま油に塩と砂糖を気持ちだけ入れたドレッシングを、ぐるりとかけた。
鮭が蒸し上がったので、たっぷりの野菜と一緒に皿に盛りつける。
彼女の表情を見ただけで分かった。これも駄目。
「食材の無駄。別に無理して作ってくれなくていい」
無理しているわけじゃない。ただ彼女に食べて欲しいのだ。
「じゃあ君は何を食べるんだ。お腹が空いているんだろう」
ぽつりと洩らされたその一言が、私はとても嬉しかったのに。
「ねだったんじゃない」
あの一言を、彼女は軽く流してくれることを望んだのだろうけれど、私はそれをしたくなかった。
「もう帰る」
今日も私に期待してくれない彼女は、そう言って立った。
食べなくても平気なはずがないのに、彼女は平気そうな顔をする。私達は自分のものは食べられないのに。
扉を閉める前の彼女の笑顔が淋しそうに見えたのは、私の錯覚かもしれないけれど。
テーブルの上の冷えきった料理と並んで、彼女がスイートポテトを詰めてきてくれた箱がある。その中身を食べ尽くしてしまっても、返す時に箱の空間を埋めるべきものを私は持たない。
空の箱ばかりが積もっていく。
それからも、私は度々彼女に何かしら食べさせようと試みた。
ちらし寿司なんて少し気取ったものもあったが、ほとんどはなんてことないものばかり。
小松菜のおひたし、筑前煮、肉じゃが、焼き餃子、かれいの煮付け、茶碗蒸し、豚の生姜焼き、菜の花の辛子和え、かぼちゃの含め煮、栗ご飯ににぶり大根…。
どれも彼女の口には合わない。
彼女は請われれば誰にでも手料理を振る舞うのに、私の作る者には一切手を付けない。そしてそのことに対して、ふっと、本当に申し訳なさそうな顔をする。そんな顔をさせたいわけではないのだ。
「本当にもういいから」
と言う彼女は口調こそ素っ気ないが、とても優しい。その優しさで私を拒む。
君は食い物にされている。と私が言っても、彼女は構わないと言うのだろう。或いは仕方無いと笑うのかもしれない。
そんなこともある。と笑う彼女の強さは痛々しい。
豚汁、焼きそば、春雨の酢の物。
一体彼女は何を食べるのだ。
鯖の味噌煮、唐揚げ、ごま和えインゲン。
一体これだけの人がいて、誰が彼女に食べさせているのだ。
親子丼、里芋の煮ころがし、ハンバーグ。
一体、あの小さな兎のように、この身を焼いて彼女に食べてもらえるものなら。血でも肉でも目玉でも。
ぽたり。とカレーに涙が落ちた。どうせまた食べてもらえなかったものだけど。
彼女が驚いたように私を見る。作っている最中ならいざ知らず、玉ねぎが目にしみたなんて言い訳は通らない。
すいと私の頬に伸ばされた白い指先は荒れている。
どうかどうか。誰かこの人にお腹いっぱいになるまで食べさせてやって下さい。満ち足りて笑う彼女を見て私も幸せになりたい。どうか彼女を…。
冷たい指が、私の頬を滑って涙を掬っていく。ふと彼女はその指を口に含んだ。
「しょっぱい」
実に当たり前のことを、彼女は言った。そしてずいと私に顔を寄せてくる。
「お腹が空いた。もう一口――頂戴」
待っていた言葉と共に、彼女の舌が私の涙を舐め取っていった。
了
こういうの書いてるから食いしん坊だと思われるんですよね。季節のものといって茄子が出せなかったのが心残りと言えばそうですが、料理が話のメインではないので、多すぎず描写はなるべくシンプルにしようと自重しました。
でもこの間立派な茄子をセールで買ったんですよ!太っててつやつやで張りがあって色も美しいのを!豚肉ともやしと一緒に蒸して、残りはお豆腐の味噌汁にいれました。おいしいかったです。秋茄子。秋はいいですねえ…。