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分かりにくいところがあったら、指摘して下さいね。世界観やらなんやらの説明不足は私自身も感じておりますので、ここがちょっと…というところがあればご指導お願い致します。
鳥居をくぐり、森の中を進んでいく。何の木かは小夜子には判断できなかったが、杜にあったものとそうは変わらないように思えた。
二つの月が皓々と照っていて、その内の一つは、なんだかいびつで、目で見える速度で動いていた。
しかし一体この森はどれだけ広いのか。随分歩いた頃に、そそり立つ岩壁に前方を遮られ、三人はようやくそこで止まった。
長髪の青年が小夜子に向き直り、丁寧な微笑をつくった。
「では、まず私から名乗らせて頂きます。─白銀の弓手の皅英彰に連なる胤子が一子、緒嗣と申します」
「……深紅の刀剣もつ絳河冽に連なる寿衛が一子、興風」
緒嗣に目でうながされ、面倒くさそうに茶髪の青年、興風も名乗った。
「あ、浅香小夜子と言います」
とりあえず、お互いの作法が違うことは分かった。白銀だの深紅の何たらだのが名字の代わりなのだろうか。
「では浅香小夜子さん。既にお分かりでしょうが、ここは貴方が先刻までいた場所とは違います」
「はい」
緒嗣がしゃべり出すと、興風は全く口を開く気はなさそうに腕を組み、手近の木にもたれた。
「そして貴方のいた世界とも違います」
「はい」
小夜子の即答に、緒嗣は困ったように眉尻を下げた。
「単に場所や国が違うのではないのです。貴方のいた世界と似てはいますが、違う規則によって動いている、別の次元の世界なのです」
「はい」
小夜子の返事には、やはりとまどいも混乱も感じられなかった。
「平たく言えば異世界ってことですよね。大丈夫、理解できてると思います」
そう言って浮かべられた微笑みは、何の偽りもなく、確かに笑みの形であるのに、ひどく不安定だった。年頃の少女が時折のぞかせることのある、そのひどくもろい笑みに、二人の青年は数瞬言葉を呑んだ。
小夜子には自分が微笑めたわけが分かっていた。
慌てるでもなく、悲しみも困りも怒りもしないのは、自分が元の世界に未練を感じていないからだ。
繰り返しの日常。薄められた日々。
誰でも一度は想う、日常からの脱却。
漠然としたそれは親友との別れから強まった。
遠いところへと行ってしまった友人に感じたのは、別離の悲しさだけではない。まんまとこの世界からの逃亡に成功した友人に対する嫉妬と羨望。
小夜子は彼女が羨ましかったのだ。
だから今度は小夜子の番。
チャンスが巡ってきたのだ、と。そう思った。
「分かってるなら良い。お前の世界と俺達の世界は、たくさんある世界の中でも、近いところにある所為で、たまに混じるんだ」
沈黙を破って興風が言った。そして、お前の役目だろうと促すような目を緒嗣に向けた。
「ええ。と言っても人の少ない所で、ごく短時間ではあるのですが。それにほとんど事故みたいなもので、頻度も地震並に少ないんです。何十年に一回くるかこないかで」
小夜子の常識では、地震はもっと頻繁に訪れるものだ。確かに異世界だ、と妙なところに感心する。
「それじゃあ、戻れる確率はすごく低いんですね?」
小夜子は尋ねる声に期待を込めた。勿論隠したつもりではあったのだが、伝わってしまったのか、興風が不機嫌そうに顔をしかめた。
緒嗣は気付かなかったのか、心配しないでください、と言ってきた。
「その辺りはなんとかします。と言うか、興風様なら何とか出来ますから」
「それは、どういうことですか。さっき、滅多に混じることはないって…」
帰れなくても良いんです、という言葉を小夜子は飲み込んで、代わりに質問した。
「血の為です」
「─血?」
「と言うか、血筋ですか。興風様は王となられる御方なのです」
誇らしげなものを含む言葉に、小夜子は目を丸くした。
そんなすごい人なのか、とか、その割にはあなたより言動が乱暴なんですが、とか、その他色々と言葉が頭の中を巡り、次いで、だから何?と思った。それがどう関係してくるのか分からない。
小夜子の反応が鈍いのに気付いた緒嗣が、言葉を探しながら、説明を試みる。
「王、というのはですね。国の全てを纏める支配者で、我々の指導者です。…どう説明すれば良いのか……」
「あ、いえ。王という存在はこちらの国にもあります。ちょっと違うものかもしれませんが」
「そうですか…」
緒嗣はほっとしたように息を吐いた。
「では分かるかもしれませんが、王は血が第一であり、これだけは男女の別なく血の濃い者が継ぎます。後は年齢順ですね」
それはまあ小夜子にも分かる。問題はその続きだった。
「浅香小夜子さんの世界には無い能力らしいですが、王はこの血で以て異世界とこの世界を繋げられるのです。王族の中でも、この力を持っておられる方はそういません。今の代では興風様とあと一人だけですね」
勿論滅多なことで使われる力では在りませんが、と付け加えられる。
「じゃあ、さっきのも興風…さん、が?」
様を付けるべきか少々迷ったが、様付けで人を呼ぶのに慣れていないので止めておいた。とがめられたら改める気であったが、それはなかった。
「いえ、先程のは天然のものです。そう簡単にできるものではないです」
「そうですか…」
少なくとも、今すぐ帰れということはなさそうだ。
「通常そちらの世界の方がこちらに入ることは珍しいのですよ。正直私も伝説としてしか聞いたことはなかったんです」
「そう言えば、わたしどうやってこちらに来たのか全然分からなかったんですけど。どこかに境か何かあったんでしょうか」
「そういうものではないんです。ある一部の場所が重なる形でこちらとあちらは結ばれるのです。はっきりと重なることは極めて稀で、その場に在っても積極的に移動しようという意志がなければ、場の重なっている時間が終われば自分の世界に戻ります。そもそも場が重なっている時でも、普通の人間には互いの世界は見えません」
それで目があった時、興風は驚いていたのか、とようやく小夜子にも合点がいった。
あの時のあの場所が、こちらとあちらの交わる場であり、あちらの世界の住人である彼らの姿は、小夜子には見えないはずであったのだ。
「その前の時点で、そちらの世界に入った私に接触していたのが原因かもしれませんね」
緒嗣は考え込むようにしながらそう言った。
落ち着いてきた小夜子は、そこでようやく説明されていない事柄に疑問がわいてきた。
念のため補足。伝わりにくいと思ったので。でも別に分からなければそれで、気にしない人には問題にならないレベルですが。小夜子ちゃんが異世界に入れたのは、お祭りで麻衣のこととか思い出していて、無意識にここから逃れたい願望が高まっていたせいです。