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すいません。ちょっと愚痴はいりました。
ネタがないない言ってましたが、部誌に書いたもの出せばいいじゃないか、と気が付いたので、そうします。ちまちま手直ししながら、部誌の再録。手直しって言っても、画面で読みやすいように、行がえを頻繁に入れるとか、難しい漢字は控えるとかそういうレベルであって、内容は変えていませんが。夏休みは新しいものを書くと言うより、消えた設定とかの作り直しに終始することになりそうです。
と、いうわけで去年の今頃部誌に書いた、夏っぽいもの。一気に載せると読むのしんどいので細切れ第一話。
夏の夜の逃走
規則正しく、小気味よい下駄の音を鳴らしながら、少女は人混みの中を行く。
季節は夏で、これだけの人。祭りの興奮も手伝って、ぶつからないようにすれ違う人々の頬は赤い。毎年欠かさず来ている祭りなのだが─
「今年は止めとけば良かったかな…」
人いきれの中、小夜子は溜息混じりに一人ごちた。 祭りは浴衣、と決めている所為で、一人なのに妙に気合いの入った格好になっている。
落ち着いた青に、浮かび上がるような蝶の模様の浴衣。桜色の帯を締め、髪には蝶を模したかんざしを挿している。
小夜子は今年で十六。毎年着ているから、着付けももう慣れたものだ。
昨年まで一緒に来ていた幼なじみの麻衣の姿は今年はない。だのにどうして来てしまったんだろう、と下駄を履いたつま先を見ながら思う。
祭りの熱は好きだ。どこかいつもと違う、非日常を感じさせてくれる。だけどしばらく熱に浮かされるように遊んだ後、少し離れた薄暗闇の中で祭りの喧噪に耳を傾けながら過ごす時間が、小夜子も麻衣ももっと好きだった。
けれど一緒だった麻衣が今年は居ない。今年から居ない。遠いところへ引っ越してしまったから。
飛行機に乗って行かなければいけないところなんて、とんでもなく遠くだ。気軽に会うことを許さない距離だ。
何故だか手ひどい裏切りにあったように、小夜子は感じていた。
ふらふらと進んでいく間に、辺りの人は少なくなり、気付けば境内だった。
夜店はもう無く、暗闇を赤く照らす提灯がぽつぽつと吊されていて、水場と社務所と、あまり大きくもない本堂と、それからその後ろに広がる暗い木々の連なりを浮かび上がらせている。
世界は暗いと思う。
遠い祭りの喧噪と切り離されて、今の自分はひどく一人きりだという気分に小夜子はなる。
傍らに誰もいない寂しさ。人声が遠くに聞こえる孤独。
きっと誰かの存在によって、何かの存在によって、人は世界に繋ぎ止められていて、それが無くなると、こんなにも寂しい。
泣きたいような気がした。けれど涙は出なかった。
と、目の前に広がる鎮守の杜鎮守の杜の中で何かが動いた。人影のようだが、こちらに出てくるのではなく、木々の間を縫って、奥へ奥へと進んでいく。薄茶の髪が、微かな灯りを反射していた。
祭りに来たのでなければ、こんな時間にこんな所に来るのは少しおかしい。祭りに来たのであれば、杜の中へ入っていく意味が分からない。何せこの杜は無駄に大きく、おまけに行き着く先は崖っぷちで抜け道なんかには使えないのだ。
小夜子は首を傾げた。
不意に目前に蛾が飛んできて、小夜子は驚いて飛び退いた。蛾は忙しなくばたばたと飛び過ぎていった。視線を杜に戻したが、そこにはもう先程の男性らしき人影は無かった。
帰ろう。そう思ってきびすを返した。
祭りの灯は誘蛾灯のようで、そこに群がる蛾の内の一匹が小夜子だった。
そもそも人が多いといったところで、規模はそんなに大きくない祭りだからたかがしれている。
雑踏の中で、それでも気をつけていれば人にぶつからずに進むことは可能だ。
だが勿論それは、お互いが気をつけていた場合の話である。
「あっ…」
「わっ、すみません」
自分とは反対方向、つまり境内に向かっていた人物と、小夜子は思い切り衝突してしまった。
振ってくる声に、小夜子は慌てて顔を上げた。
先に声を聞いていなければ、男か女か分からなかっただろう、と思うような、中性的な顔の人物だった。髪は小夜子と同じ位の長さのものを後ろで束ねている。
しかし声は間違いなく男性のものだったし、着流し姿のその体もしっかりと引き締まっているので、よく見れば男性だと分かる。
「すみません。急いでいたものですから」
丁寧に、重ねて謝る所作から穏やかな人柄がにじみ出ている。
「いえ、こちらこそ」
雰囲気の良い青年に、人見知りする小夜子もごく自然に返すことが出来た。
青年は本当に急いでいたようで、もう一度頭を下げるとそのまま境内の方に去っていった。
小夜子はふと、少々乱れたであろう髪をおさえるように頭に手をやり、妙に軽いことに気付いた。
後ろに挿していたはずの、かんざしがないのだと数瞬遅れて気がつく。辺りを見回しても、それらしきものはない。
どこで落としたのだろう。
お気に入りのものなので戻って探すことにした。