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旅行は良かったです。総合するなら。細かい不満は色々とありましたが。主に航空関係で。それは置いておいて。
ラテン系って……。楽しいけど合わないなあ。少なくともあそこで生活するのは無理だという気がします。
以上。報告は適当なところで終えて、夏が過ぎる前に最終話を挙げておきます。
足下のものをまたいで、興風は緒嗣に歩み寄る。その手には、相手から奪ったとおぼしき剣。
「大丈夫か」
「何故出てきたのです」
とがめる口調で緒嗣は応えた。問いかけには答えていない。
「お前が危なかったからだろ」
いちいち言わせるなといわんばかりの口調で、興風は返す。その間にも、緒嗣の怪我がたいしたものでないことを目で確認し、ほっと息を吐いた。
「二度としないで下さい。私は貴方を守る為にいるのです。貴方が私の為に危険にあっては意味がない」
「俺はそういうのは嫌なんだよ」
「しかし貴方は王になる方、いえ、先王の亡くなった今や、貴方が王なのです。立場をわきまえて…」
「俺は王になぞならない!」
興風の張り上げた大声に、ようやく興風達に近づこうと立ち上がった小夜子は、びくりとして足を止めた。
「馬鹿なことを言わずに、王宮に戻って下さい。即位式さえすめば、あの人達も手を出せません」
「嫌だと言っている」
「だから、何が嫌なのですか」
初めに聞いた会話の繰り返しのようだと、小夜子は思った。
「お前のその口調。態度も気にくわない。前はもっと普通だった」
「…以前がおかしかったのです。私の王位継承権は第十四位。貴方が王におなりになれば、主従は更にはっきりとします。けじめはつけるべきです」
さとすような緒嗣の言葉に、興風は軽く唇を噛んだ。
「だから嫌なんだ。俺は、お前と主従になどなりたくない。俺は、お前が俺をかばって傷つくところを見たくないし、お前が危険だって時に助けにも行けない王になぞなりたくない」
悲鳴のような声だった。
この人も逃げているところだったのか、と小夜子を思う。
「王は神にも等しい存在で、王の命には絶対服従。馬鹿げてる。王になれば確かに奴らは手出しできない。俺達はこの血によって、王を害することは出来ないようになっているのだから。だけど王になれば退けるのは敵だけではない。おかしいだろう。俺にもお前にも同じ血が流れているのに」
そしてそれ故に。
「けれど私たちは同じではありません」
緒嗣の言葉の揺るがなさは、この場合そのまま興風への拒絶だった。
「血の濃さがどうした。…お前の方が勉強だって出来るし」
「それはあなたを支えるためです」
「剣の腕だってお前の方が良い」
「貴方を守るための剣です。そしてこの身は貴方を守るための盾です」
何故ここまで、緒嗣は興風を王にしたがるのかと言えば、それが彼を守る唯一の手段だからだ。
第一継承者が生きていれば、他の者がそれを押しのけて王になることは出来ない。王というのは何よりも血を重んじられるからだ。生きて、かつ王でない限り、彼は狙われ続ける。
王になってしまえば大概の願いは叶えられる。けれどこの体制を変えることは出来ない。王の命令の、よって立つ基盤はその体制自体だからだ。そんな位に縛りつけられるのはご免だと興風は思う。それでは一番大事なものは得られない。
第一継承者である彼は、元から不自由のない生活をしていた。王になるための勉強や訓練は厳しかったが、不満は感じなかった。母は物心ついた頃から居なかったし、服礼する家臣の顔などいちいち覚えなかった。
つまりは孤独だったのだろう。
王位継承権が十四番目では王になることはまずない。
だから緒嗣は単純に年の近い、そこそこの地位の、王子の遊び相手として来ただけだった。お互い幼かったのだ。大人達に声の届かない場所では、敬語もかしこまった態度もとらなかった。緒嗣は、興風にとって、唯一自分を見取めてくれた存在で、自分が認めた存在だった。
「臣下の礼など欲しくない。絶対の服従なんてされたくない」
そんなことになれば、全ては失われる。
「俺はお前という存在を失いたくないだけだ。王になどなりたい奴がなれば良いんだ」
「…私も、貴方を失いたくないのです。貴方以外に仕える気もありません」
「ならっ!…」
「だから」
手の中の剣をついと持ち上げた、緒嗣の声は静かだった。
「貴方が王になる妨げとなるものは、全て排除します。…私の存在が貴方の枷となるのであれば、この場で斬って捨てましょう」
冷たく光る刃を喉に当てる。緒嗣の瞳も輝いて、刃のようだった。
そしてそれはあまりにも酷な選択肢だ。
どちらも守りたいだけだ。どちらも失いたくないだけだ。自分の命より大事なものが、互いであった。そしてそれが決定的にかみ合わなかった。それだけだ。
「やめろ!」
「王になって下さい。興風様」
腕に力が込められて、皮が切れた。血が流れる。
「やめてください!そんなの違う!」
小夜子は飛び出していた。
これは小夜子とは関係のないことだ。そして口をはさむべきでもない。そんなことは分かっていた。
横合いから突然飛び出してきた小夜子に驚いている緒嗣の腕に必死で取り付いた。右手を刃に伸ばして喉から引き離す。刃はよく手入れされていたようで、引っ張った際に小夜子の掌が切れた。
「貴方は…」
しがみつく小夜子の顔を、見開かれた目で、緒嗣は見つめた。
「やめてください。こんなのおかしい」
「…けれど、選ばなければならないのです。そして何かは失われる」
だけど寂しい。残された方は、寂しいのだ。
失いたくないと思うのは当たり前だ。
だけど未来を見るとそこには喪失が横たわっている。
だから、
「私たちは、逃げてきたのに…。逃げ続けていたかったのに」
流れる涙に緒嗣がひるんだ隙をついて、興風は剣を奪っていた。
「…興風様」
「様付けは止めろ。浅香小夜子、感謝するぞ」
興風は笑っていた。
「緒嗣、俺は逃げてきた。だけどその期間すら、もう充分な喪失だった。気がついたんだ。逃げ続ければ良い。俺と一緒に逃げよう。緒嗣」
「……何を馬鹿な」
「嫌か?」
「…危険は承知ですか」
「今更だな。お前は俺を守ってくれるんだろう?ならお前は俺が守るから平気だ」
興風の目は、真っ直ぐ緒嗣の目を捕らえていた。
緒嗣は目をそらした。そして息を吐く。
「貴方が、戻ってきてくださる確率は実は低いと思っていました。言い出したら聞かない人ですからね。…ところで一生逃げ続けるおつもりですか?」
見つめ返した瞳は優しげだった。興風は笑みを深くする。
「お前と一緒ならそれで良いと思ったんだけどな」
「私は御免です」
興風の笑顔が強張った。小夜子はおろおろと二人を見比べる。
「王が行方不明となった場合、または何らかの理由があって玉座が三年間空位であれば、別の者が王にたてられます。王が逃げたという先例はさすがにありませんが…。きちんと勉強しておかないといけませんよ?」
「…そうか。勉強不足だったな。悪い」
心から楽しそうに、興風は笑った。屈託のない笑顔で、小夜子もつられて笑った。
「さて、そうと決まればさっさとこいつを送りかえして身を軽くしよう」
そう言って興風は親指で小夜子を示した。
「でも、そんな簡単にはできないんじゃ…」
「さっきの場所に戻る。多少の危険は無視だ。一度繋がった場ならまだやりやすいだろう。緒嗣はお前を心配させまいとして言わなかったようだが、本来別の世界に長く留まることはできない。ぼやぼやしてるとお前消えるぞ」
その台詞に、ああつまり緒嗣さんは興風さんの安全を優先したわけか、と小夜子は悟る。
そして、自分の逃避は最初から上手くいくはずのないものだったのかと思う。別に彼らのように逃げ続けようとは、自分には思えないから、もう良いのだけど。
つまりこれは、一夜の祭りのような、日常に食い込んだ非日常であったのだと思えばいい。
夏休みはまだあるから、戻ったら麻衣に会いに行こうと思った。今はとても彼女に会いたい気持ちだった。
これにて終了です。
しかし小夜子ちゃん、興風に感情移入しすぎ。
この話、本当はもっと色々と詰め込んでおきたい設定とか場面とかあったんですが、なんかこれでまとまってしまったのでこのまま出す。もしかしたら後日この部分だけ書き直して出すかもしれません。
二人とも、三年間逃げ続けてその間の国のこととか考えてないんじゃ。って、多分考えてます。考えた上でどうでもいいって放り出してる。一応王が居なくてもある程度回ることも分かってる上でですけどね。