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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 春ですね。学校が始まり、部誌の発行も始まったので、部誌に載せた話を置きに来ました。
 むか~し書いた話に、なんか似たようなのがあったなあ、と思いつつ。私的にはあれのリメイク?
 酒、なんて無茶なテーマ出されて、頭ひねった結果がこれか、という。
 書きながら井伏鱒二の「勧酒」の妙訳が頭の中をちらちらしていました。あれは本当に妙訳ですよね。
 短いので、どうせだし以下に全文。

 コノサカヅキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 井伏鱒二と誕生日が同じで、こっそり嬉しいです。

  ひんやりとした夜気につつまれて、月影の下縁側に出ている二人の間には、ゆったりとした空気が流れている。
「しかし長旅になるんだろうな。今回は。」
「まあ、夏までには帰れるさ。恐らくな。」
「実際お前と来たら薄情な奴だよ。そんなに長い間、祝言前の許嫁を一人にしておくなんてな。」
「なに。ナツなら分かってくれている。それよりお前もはやく相手を見つけろよ。ひがんでないでな。」
「誰が、ひがんでいるだと。」
 ぱしゃり、と池の魚が跳ねる音が響く、庭はそこかしこに叢があり、適度に茂っている。
「そのうち良い縁があるさ。気を落とすな。」
「勝手なことを言いやがる。よし、お前が旅に出ている間に、ナツがお前に愛想を尽かしてしまうよう、祈っていてやる」
「おいおい。それこそ祝言控えた奴に言う言葉か。」
「なんだ。自信が無いのか。」
「あるに決まっているだろう。ナツはそんな女じゃあない。」
 にやりと一方が笑い、もう一方も気を悪くした風もなく、悠然と笑い返した。そこへ、さらりと障子を開けて、徳利とお猪口を持った女が出てきた。
「信頼してもらえているようで、良かったわ。けれどアキト、変なこと言わないで頂戴。」
 二人の後ろに膝をつき、一旦、手に持っていたものをそこに下ろす。
 酒が目に入った男二人は、ナツの言葉など聞いていない。手渡されたお猪口で、嬉しそうに清酒を受けている。
「気が利くじゃないか。ナツ。」
 アキトの言葉に、ナツは口の端を上げて答えた。
「あんた達男と来たら、何かしら口実作っては呑もうとするんだから。嬉しいことが有ればお酒呑んで笑って、悲しいことが有ればお酒呑んで泣いて。お酒がないと駄目なのね。」
「手厳しいなあ。」
「じゃあなんだ。女は酒を呑まないとでも言うのか。」
 ハルトキは苦笑いで済ませたが、アキトはナツに突っかかってみせる。
「あら違うわ。お酒に頼らなくても泣けるし、酔えるということよ。」
 アキトのお猪口に酒を注ぎ終えて、すいと退かれたナツの手は、月光を受けて、うっすらと白い。
「ふん。」
 唸るとアキトはぐいと杯を乾した。その口元に満足げな笑みが浮かぶ。
「なんでもいい。旨い酒に酔えればそれで幸せだろう。」
 言って、空いたお猪口をナツの方に差し出した。その手を無視して、ナツはハルトキに膝を寄せる。
「出る前に、今年のお酒を呑んでもらおうと思ったの。ちょっと早いかもしれないけれど、どうかしら。」
「うん。旨い。もう一杯くれるかい。」
「どうぞ。」
 とくとくと杯が満たされる。
「おい。こっちにもくれ。」
「ここは呑み屋じゃないわよ。アキトはハルトキさんのついでなんだから、あとは自分で注いでなさいよ。」
「おいハルトキ。本当にこんな無愛嬌な奴が嫁で良いのか。」
 あしらわれたアキトは、矛先をハルトキに向けた。ハルトキは二杯目に口を付けてからそれに応じる。
「ナツだから好いんだよ。どれ、お前には僕が注いでやろう。」
 ナツの手からす、と徳利を取って、アキトのお猪口を再び満たしてやる。
「おう、すまん。じゃあこれは、お前の旅の安全を祈って。」
「ありがとう。」
 ついと盃を持ち上げたアキトに併せて、ハルトキも盃を翳す。
 その晩は、ほろほろと酔いがおとずれるまで呑んだ。


 あれからずっと、醒めない夢の中であるなら良かった。
 春が去り、夏が巡って来た時、アキトは思った。
 じりじりと暑い日差しが首筋を焦がす中、アキトはナツの家に向かう。
 なるべく木陰を選びながら歩いて、着いた家はしんとして、中に入ると木造の家独特のひやりとした空気。
「ナツ。邪魔させてもらうぞ。」
 呼びかけながら、履き物を脱いで上がり込む。
 無人の部屋を素通りし、奥の座敷へ。途中の襖は全て閉められていて、奥は暗い。最後の襖に手をかけると、きしししし、と音を立てて開いた。 
  何をするでもなく、そこにただ座っていたナツが振り向いた。いつも通りきれいに櫛を通され整えられた髪が、その動きに合わせて揺れる。
 ナツは何故か、薄く淡い夏の着物ではなく、初春のような装いだった。
「閉めて頂戴。アキト。」
 紅の引かれた唇が言葉を刻む。
「少しは外の空気も吸わないと、からだに悪い。」
「厭よ。閉めて頂戴。夏が入って来てしまうわ。」
 開け放した襖の前で、アキトは拳を握りしめた。室内はアキトには涼しいと言うより薄ら寒く感じられる。だと言うのに、掌は汗ばんで冷たくなっていた。
「閉じこもっていても何にもなりやしない。」
「いいえ。ここに居るかぎり夏は来ないわ。ハルトキさんは夏までに戻ると言ったのだもの。あの人が帰らないうちは夏にはならない。」
「そんなことは無理だ。」
「何故。」
 平坦な口調に、アキトはより強く拳を握る。
「お前は夢を見ている…見続けようとしているんだ。」
「私はあの人の約束を守るの。」
「いいかげんにしろ。」
 アキトは声を張り上げ、襖の前から大きく一歩を踏み出した。その怒気を孕んだ声にも眉一つ動かさなかったナツも、手首をつかまれた瞬間、顔をしかめた。
「ハルトキは戻って来ない。季節はもう夏だ。春を留めておくことなんて出来やしない。」
「アキトは出来なかったから言うの。」
「何…。」
 顔を俯けて、ナツが洩らした言葉に、アキトは眉間のしわを深くした。
「アキトだって、ミハルのことを忘れられていないくせに。アキトだって、ミハルを留めようとしたくせに。それともなあに。私がナツだからと言うつもり。春が去るのも夏が来るのも拒めないと、言うの。」
 ナツは一気に言い募った。ナツの白く冷たい手首を握る、アキトの力が弱まった。
「違う。そんなことじゃあない。」
 一度怯んだアキトは、それでも何とか言葉を絞り出して、続けようとする。
「春は去り、もう還って来はしない。…ミハルもハルトキも、俺には大切な奴等だった。だがもう、帰っては来ない。俺は…だから、俺はもう、見送りたくはない。」
 アキトが掴んだナツの手が、震えている。
 伏せられたままの頭が、予感に対してか、いやいやをするように振られる。
「ナツ。俺は、過ぎた春ではなく、今の、夏が愛しい。」
 上げられた瞳には、涙が溢れていた。
「うそ…」
「信じられないのなら、嘘でも良い。嘘で良いから、騙されてくれ。」
 掴んでいる手を引くと、そのままからだが付いて来る。腕に囲ったからだは、熱かった。
 アキトの胸を濡らすナツの涙は、熱かった。

 

 その晩、アキトは一人縁側に出て酒を呑んだ。
 盃が空になれば、手酌で満たし、ほろほろと。
 湿った唇が薄く開き、誰に言うでもなく、言葉が零れた。
「醒めない夢はない。…酔いも何れ…だが…。」
 今はその酔いが欲しかった。
 く、と盃を空ける。
 今日は酔いが訪れるまで、呑むつもりであった。
 酔って、泣けるようになるまで。ほろほろと。
 もうすぐ、夏は終わる。
                                          了


 途中で何度も軌道修正した話です。どんどん暗い方向行こうとするので、そっちじゃない、そっちじゃない!と。最初はミハルさんの話とか出る予定なかったのです。設定だけうっすらあっても、書かないつもりでした。でも嫉妬深いナツが許してくれませんでした。
 本当は総ふりがなで打ってたんですが、ここでは出ないので、ひらがなを増やしました。まあそれはいつものことですが。

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