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鬼子流離譚の二話目です。長さ的に今回は二つに分けておきます。ちょっと後半の長さがどうなるか分かりませんが。
とりあえず今回は架楠のターン。でも主人公はいきなり別人です。
星に願いを─
お星様に会ったことがあるのだ、というのが、サンタの父ちゃんが度々息子に主張するところであった。
「夜の山ン中で輝いとって、近づいてみりゃ人の姿をしとるんじゃ。じいちゃんの髪よりもっと白い、えれえきれえな髪じゃった。見た瞬間に、わしはお星さまが空から落っこったんじゃと思うた」
サンタの父ちゃんはお星さまと再会の約束をしたのだと言っていた。
土砂崩れに巻き込まれて、片足が動かなくなったサンタの父ちゃんは、ある日ぽつりと、もう会いにゃあ行けねえなあ、とつぶやいた。サンタは黙って晩飯の用意を続けた。
それから毎晩、サンタはことあるごとに空を眺めるようになった。お星さまが落っこちてきやしないかと思ったのだ。あれからめっきり元気がなくなって、町に出て男手一つでサンタを育ててくれた、力強い父ちゃんの影は薄れていくいっぽうだ。じっと座っている時間が次第に増えていく父ちゃんに、お星さまが会いに来てはくれないかと、そう思ったのだ。
今日もサンタは仕事からの帰り道に夜空を見上げていた。
家には父が一人で待っている。
朝見た場所から一歩も動いていない、なんてことがないように、とサンタは心の中で呟く。父の食は細くなる一方で、排泄に立つ回数も減っている。ああまずい傾向だ、とサンタは思う。
昔病で亡くなった祖父もそうやって弱っていったのだ。
まず動かないのがよくない。歩かなくなると老化が急に進む。排泄の回数が減れば、もう死期が近いのだ。父には明らかに先が無かった。
町の通りからは外れているので、人にぶつかる心配もなく、のんびりと空を見ているサンタの目には、降るような星空が映っている。
今宵は新月だ。星々がここぞとばかり、一際に自己を主張している。
「あ、おちた」
一晩空を眺めていれば、目の良い者なら一度は流れる星が見られる。けれどもそんなに暇な奴はそうそういない。サンタも久しぶりに見た流星に思わず声を上げた。
星はすう、と尾を引き、吸い込まれるようにして、夜空を切り取る黒い山影に消えていった。
幼い頃から見慣れた山は、夜になると、夜空の輝きを妨げる重量感のある影となる。
「あの山……」
町の北側に連なる山三つ。その中で一番背の高い右端の山に、流れた星は遮られて見えなくなった。
吸い込まれるように。父が星に出会ったあの山に。
ふらりと、サンタは山に向けて足を踏み出していた。
夜の山の中は深い闇だ。
サンタは山に踏み込む前に、適当な太さの枝を拾い上げ、携帯していた火打ち石と火口金を使って、松明もどきを作った。
山中に住んでいる者はいないが、山頂には祠があり、人の出入りもそれなりであるために、しっかりと道はできあがっている。サンタはその道を、あてもないまま辿り始めた。
右手に掲げた灯りは、足下を照らすのが精一杯で、二歩先だって見えはしない。空気は冷たく、夜特有の静けさの中には、生物の息づかいや正体の分からないものの潜んでいる気配がする、と肌が感じ取る。
サンタの脳裏を後悔がかすめたが、戻る気にはなれなかった。
山の中腹にさしかかった所で、木々の間から小さく光が洩れているのに気付いた。
まさか、という思いが頭に浮かび、サンタは立ち尽くす。
光は消えない。
やや距離があるためか、光源が小さいためか、その両方だろう、光は星のささやきに似ていた。
悩んだ時間はどのくらいだったか、とにかく行くしかないのだと決めて、サンタは道を逸れて、光源に足を向けた。
山の中では限界があるが、それでもなるべく音を立てないように。ついでに野犬よけでもあった松明もどきは地面に押しつけて消した。
近づくとそれが焚き火の火であることはすぐに知れた。更に進むと、焚き火本体が見えた。小さいが人工の火である。
旅の人間か何かか、とサンタはがっかりした。当たり前だ。本当に星に会えるなんて、そんな夢みたいな話、そうそう転がっているわけがない。
そう思ったのに、足は変わらず焚き火の方に向かっていた。どうせだから少し暖をとらせてもらおうと思ったのかもしれない。
─そして見た。
焚き火のほのかな光に照らされていたのは、小柄な影だった。
ふうわりと波打つ、柔らかそうな藁色の髪。肌の色は異様に白い。サンタの位置から見られるのは斜め後ろ姿で、顔は窺えない。着ているものこそ普通の着物だが、それに包まれる人の姿をしたものの、色合いはどうか。
「お星さま……?」
サンタの洩らした声にひくりと肩を揺らして、少年─それは少年の姿をしていた─は振り向いた。驚きにみはられた大きな目は、不思議な、薄い水色だった。
「やっぱり、人間じゃない。お星様、なのか…?」
突然現れ、己の顔を見てそんなことをのたまった青年の前で、少年は一つ瞬きをした。そのまつげや眉まで、髪と同じ色であることに、サンタは気付いた。
くすりと少年が笑った。
「お星様だなんて、言われたのは初めて。でも僕は人間ですよ」
明らかに自分とは違う何かである少年が自分と同じ言語をしゃべることが、サンタにはむしろ意外だった。そのせいで、少年の言葉が脳に届くまでに時間差があった。
「でも、その髪の色は…?それに、目も。それから…」
どこか違う肌の色、違和感のある顔の作り。
なんと表現してよいのか分からず、サンタは口ごもった。
「これは、お母さん譲りです。ここからもっとずっと北の方に行くと、僕と同じ髪や目の色をした人が住んでるんですって。僕もそこには行ったことはないし、どれくらい遠くかは知らないけど。お母さんは船でこの国まで来たって言ってました」
少年は落ち着いた、しかしまだ子供っぽい口調でそう言った。こういう反応には慣れているのかもしれなかった。
「じゃあ、人間なのか?」
「はい。架楠っていいます」
冷静になってみると、少年は確かに髪や目の色こそ違うが、サンタが初めに感じたような、どこか神秘的な様子は今はなく、ごく普通の少年に見えた。
「なんだ、そうか……」
自分が勝手に流れ星に興奮していただけなのだ、とサンタは納得した。が、声には落胆が隠せなかった。自分で思う以上に、期待が大きかったようだ。
「オレはサンタ。すまなかったな、変なことを言って。…ええと、そう言えばきみはどうしてこんな所に?迷ったんなら町まで連れて行ってやるけど」
取り繕うように、サンタは笑って見せた。実際こんな時分に子供がこんな所に一人でいるのは危ないという親切心からの申し出であったが、少年は首を左右に振った。
「人を待っているから、ここで良いです」
「……待ってる?こんな山の中で誰を?」
「家族です」
どこか誇らしげに、架楠はそう言った。
「でも、ここらはたまに野犬も出るし、危ないぞ?」
心配そうなサンタの言葉に、架楠は先程と同じく誇らしげな、そして少しいたずらっぽい、笑みを浮かべた。
「大丈夫。鬼の匂いの染みついているものを襲う獣なんていませんから」
火にくべられた枝のはぜる音が、静かな夜の闇に響いていた。