紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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皆様、お久しぶりでございます。最近暑くなってきて、もう私は夏ばてになってるっぽいです。いやはや、ね。こんな最中にレポートとかやってられんわ、ほんま。 てなわけで、久々(約一ヶ月ぶり)に妄想の産物を置きに来ました~。 まぁね、例の「根暗教師」さんが思うように動いてくれなくてね。うんまぁ、言い訳です。でも約半分は彼のせいです。(しつこい)
ではでは、もう半分前の話忘れられてるかもしれないけど、続きです。
ではでは、もう半分前の話忘れられてるかもしれないけど、続きです。
第八幕 暗雲来る
朝……目を覚ましたディアンはもぞもぞと体を起こした。しんと静まり返っている部屋からでて下の階へ。いつもならここでキッチンからなんの音もしないことに違和感を抱いたに違いない。朝、ディアンが登校する少し前にリーズは家をでる。そのためにギリギリまでやかんを火にかけていたり、水がだしっぱなしになっていることがあるのだ。だが、今日の家は本当に静まり返っている。人が動く気配がないのである。唯一、洗面台に向かうディアン以外には……。
起き出して間もないせいか、まだ頭が寝ぼけているようだ。なんの音も聞こえないなんて、自分はまだ夢の中にいるに違いない。ディアンは蛇口をひねると、冷たい水を顔にひっかけた。途端に頭が冴えてくる。タオルを手に取り、顔を拭くと今度は歯ブラシを手にとった。
シャコシャコと歯ブラシを動かしながら、耳を立ててみる。なんの音も聞こえてこない。口を濯ぎ終わったディアンはリビングに向かった。いつもなら、ちょうどその時にリーズが鞄をひっつかんで「先行くよ!」と出ていくはずだ。だが、やはりリビングはしんとしていて、テーブルの上に冷めた朝食が置いてあるだけだった。
「……兄ちゃん、今日早く行く予定でもあったのかな?」
首を傾げながらもディアンは置いてあったパンにかじりつき、ふと壁掛け時計に目をやった。
八時三十五分……。
ディアンの家から戦教までは歩いて最低でも二〇分はかかる。朝礼の始まる時間は八時五十分……。
「……遅刻だぁ!!」
今やはっきりと目が覚めた。ゆっくりとパンにかぶりついている場合ではない。ディアンはサッと服を着替え、鞄をひっつかむと家の扉をバンと乱暴に開いた。
もうなんで兄ちゃんは起こしてくれなかったんだろう!文句を垂れながらも走った。朝礼まで時間がない。
急いで校門を抜け、校舎へと突進する。朝礼が始まるまで、あと三分と少し……。
校舎に入り、階段を使おうと角を曲がった時、ディアンはどんっと誰かとぶつかってしまった。わっと叫んで尻餅をつくディアンに対し、ぶつかった相手はうまくバランスを取った様で、持っていた荷物を廊下にばら撒いた以外は何事もなかったらしい。ディアンの方はというと、打ったお尻をさすりながら、「たく、誰だよ、こっちは急いでんのに……」と文句を言った。
「く~。あっ、しまったあと一分もない! 急がないと」
「待てっ」
時間がないことに気づいたディアンは、急いで立ち上がって走っていこうとしたのだが、ぶつかった相手が後ろからそう声をかけてきたので「なんだよっ」と後ろを振り向いた。
「こっちは急いで……、マサキ先生?」
「……落とし物」
翡翠をディアンの方へ突き出し、マサキは昨日と同じ無愛想な顔をして立っていた。いつ落としたんだろ? と驚いた顔をするディアンに、マサキは何も言わずに翡翠を差し出す。やっと手を差し出したディアンに、彼は翡翠を手渡すと、ぶつかった時に落としたのであろう書類の束をかき集めて黙ってその場を去っていった。
「ありがとう」を言う暇さえ与えず、さっさと去っていったマサキの後ろ姿をディアンは、ただ黙って見送っていた。笑うこともないが、彼にはどうやら怒ると言う感情もないらしい。ぶつかられたら誰でも少しは怒るものだが、彼からは怒りが微塵も感じられなかった。それどころか、廊下を走ってきたディアンに教師としてろくに注意もしない様子は、まるで何事にも関心がないようだった。
「(あっ、教師じゃなかったな、あの人)」
なんとなくそう考えていたディアンの頭の上で、盛大に朝礼を告げる鐘が鳴り響いた。慌てたように廊下を走り出したディアンを、後ろから誰かの注意する声が追いかける。その怒り声に、ディアンはさらに足を速めて階段を駆け上っていった。
ガラッと盛大に音をたてて、教室の扉を開ける。が、そこには誰もいない。首を傾げたディアンは、恐る恐る中に入っていくと、とりあえず自分の席にカバンを置いた。もう一度あたりを見回してみる。やはり誰もいない。もう朝礼のチャイムが鳴ったというのに、皆遅刻しているのだろうか。
「いやぁ、それはないよな。デビが遅刻とかありえねぇもん」
そう独り言を呟いて、席に着こうと椅子を引いた時だった。
ガララッ!
「あぁー! いたいた!」
ディアンの時よりも盛大に音を立てて開けられた扉から、青いバンダナを巻いた人物が顔を出す。ユウイはディアンを見つけると、「ちょっ、早く来て!」と早口に言った。
「へっ? 何?」
「いいから、早く来てってば! 入学取り消しなんて嫌でしょ!」
カバンなんて置いといていいから!と再びユウイは早口にまくし立てると、ディアンの腕を引っつかみ、バッと走り出した。訳がわからなくて、「へっ?」とか、「ん?」としか言えないディアンに、「掲示板ちゃんと見た?」と走りながらユウイが尋ねる。
「掲示板?」
「そう。校舎入り口にある掲示板」
階段を二段飛ばしに駆け下りながら、ユウイは校門の方を指差した。遠く見える校門をバックに、校舎入り口すぐ脇にある掲示板が、ディアンにもはっきりと見えた。それを見て、ディアンは言葉を濁らせる。
「あぁ……、えーと。遅刻ぎりぎりだったから見てないや……」
「全く! これからはちゃんと見なきゃだめだよ! あと、遅刻もダメ!」
頬を膨らませながら、「メッ!」とばかり人差し指を立てて言うユウイに、ディアンは「はい……」と答えると、「今日何があんの?」と尋ねた。
「えっ? 昨日、担当から聞いてないの?」
「? 担当って……、マサキ先生のこと? 別に何も……」
それを聞いた途端、急ブレーキをかけてユウイが立ち止まる。 急に止まったせいで、ディアンはユウイの体に鼻面をぶつけて顔を押さえるが、ユウイは特に気にしない様子で、目の前にある建物の扉を開いた。
今まで来た事のない場所だ。建物の中ではあるようだが、先ほどまでいた校舎とは少し造りが違う気がする。ここはどこかと尋ねようとしたディアンだったが、ドアを開けたまま中に入ろうとしないユウイの姿にその質問は喉の奥へと消えてしまった。代わりに何かあるのかと言いたげな顔でユウイを見上げる。
「……そっかぁ……。マサキじゃぁ、聞いてなくてもしょうがないね。だって、マサキ自身も、この行事があること知らないんだもんね」
ディアンの疑問には気づかなかったように、ユウイはそう呟くと、「これからあることは、マサキには言わないでね?」 と口元に立てた人差し指をかざしながら言った。
「え? なんで……?」
「ん~。たぶん、あの子はそれ聞くとへこむと思うから……かな?」
「……もしかして、マサキ先生ってユウイ先生の」
「ほら。いいから入って、入って!」
そう尋ねるディアンの質問をかわすためか、ユウイは勢いよくディアンの背を押して、開けていた扉から中へと入っていく。急に背を叩かれたために、むせ返るディアンをある程度中へ押し込むと、ユウイは「これで全員そろったよー!」と、昨日と同じ明るく、大きい声で言った。
「知らされてなかったみたい……」
「分かったから、さっさと定位置につかせろ。 これ以上一限目を短縮できんぞ」
マサの怒った低い声が返されてきて、ディアンはようやくその場の状況を知ることができた。目の前には大きなホールがあったのだ。どうやら体育館もかねているらしく、舞台前に広がる廊下にはカラフルな線で大きな四角がたくさん書かれており、左右の壁には二対のバスケットボールのゴールが設置されている。
その中央にすでに集まっていたらしい生徒達が班ごとに一列に並んでおり、その前には担当を受け持つ教師が五人並んでいる。マサキの姿はそこにはなかった。
「じゃぁ、ディアン。あの左端が八班だから、あそこの一番後ろに。あと、マサキの代わりは僕がするから」
「えっと、まずこれは何をするの?」
「見てれば分かるよ」
笑顔でユウイはそう告げると、ディアンと共に皆のもとに移動して五人並ぶ教師の隣ににこにこしながら並んだ。ディアンも、先に来ていたデビの後ろについた。デビがホッと安心したかのように肩をなで落としているのを見て、どうにも恥ずかしい気持ちになった。
「ではこれより、誓いの儀を執り行う」
壇上に立ったマサの声がホールに響く。すると、マサの背後、壇上の壁の上部にあったマークが鈍い光を放ち始めた。最初は小さく、やがて大きく光り始める。
「竜の国の紋章だよ」
前に立っていたユウイが小声でそう呟く。
「君達がこれから背負うことになる、この国のシンボルさ」
ディアンはその竜の国のマークを仰いだ。小さな円の下に雫形があり、その左右には翼を模した様なラインが入っている。その形は竜に見えなくもなかった。
緊張した面持ちで生徒達が見守る中、壇上の上に立っていたマサはクルリと後ろに向き直る。竜のシンボルを見上げると、そこで深々と礼をした。シンボルが一度、大きく光る。それが収まると、マサは下げていた頭を戻し、また生徒達の方に向き直ると、彼からみて左端にいたリーズへと視線を向けた。
「竜神の元に新たに集うと誓いし者、その名を師なる者共、唱えよ」
マサの声に応じて、リーズはコクンと頷くと大声で名前を唱え始めた。
「我、守元リーズ、徒弟は火鼠リコ、熊柄サスケ、九尾レイ。以上三名」
マサの目線が次へと移る。どうやら、こうやって順々に名前が読み上げられていくらしい。二番目に並んでいた第二班の担当、輪超パズが同じように生徒の名前を読み上げ、さらに隣へ。ディアンは後ろからユウイの様子を覗き見る。自分達の先生は、ユウイでもなければ、マサキでもない。一体どうする気なのだろう……。
「我、人影レム。徒弟は種川ピード、岩山サクラ、火鼠アヤメ。以上三名」
いよいよ次だ。一体どう……
「我、鳥海ユウイ。徒弟は砂地デビ、人影ザラ、守元ディアン。以上三名。合計十八名、新たに竜神の元にはせ参じたいと申す者なり」
ニコニコとした笑顔でユウイが言い切り、それでいいのかと言いたげな八班生徒を尻目に、儀式は続く。
「汝らに問う。これより先、いかなる時も、竜の名に背く事なしと誓えるか?」
マサの鋭い目が一人一人の生徒達に突き刺さるように向けられる。「答えなくてもいいからじっとしてて」と言うユウイの小声の指示に従い、生徒達はジッと、それを見つめ返していた。
「さらに問う。これより先、竜の名を汚さぬと誓えるか?」
再び突き刺さるような視線に襲われる。心の中をまるごと覗かれているような、変な気分がする。ディアンは必死で「誓う、誓う」と心の中で唱えていた。ここで疑われて、入学取り消しなんて真っ平だ。そして早くこの質問が終わるようにと願った。
「……よかろう」
時間にしておよそ五分くらいだろうか。おそらく全員の心の中をすべて見終わったのだろう、マサがそう告げると大勢の生徒達がホッと息をついた。息苦しい感覚からやっと開放されたので、それも当然だろう。
「第七十一代目神官、及び第二十八代目三珠樹、超音マサの名において、汝らを正当なる竜神の使徒と認める」
そう告げた後、マサは再び後ろへ向き直り、あのシンボルを見上げた。シンボルは再び鈍い色を放っていたが、マサがまた深々と礼をすると一度大きく七色に光った後、またもとの普通の飾りへと戻った。
頭を戻したマサは「これで誓いの儀は終了だ」と生徒達に告げて、どっかと壇上の上に座り込んだ。途端に生徒達も立ちっぱなしで疲れたせいか、座り込んだり、はたまた姿勢を変えたりといつものように動き始めた。
「誓いの儀」なんて、古い表現のされた行事は自然と硬い空気が流れるから嫌いだ。
マサ先生がそう毒づいているのが聞こえて、うんうん、と小さく頷くディアンだった。
「リーズ、茶」
「なんで?!」
ざわつき始めた生徒達を横目に、マサは彼からしてみればつまらない行事のせいで、疲れた足を前へと投げ出していた。そこでたまたま目があったらしいリーズにそう言うと、文句を返すリーズに一度にらみを聞かせて、マサはユウイを見た。「さっさとやれ」と言いたげな目からして、何かあるということは明白だ。リーズの声にマサの方を見ていた何人かの生徒は、それを見てまだ何かあるのだと身構えた。
「ハイハ~イ。言われなくてもやるよ~だ。じゃぁ、各担当はこっちに集合してね。リーズ、お茶なんか後でいいよ」
どちらから手をつければいいのか分かりかねていたリーズにユウイはそう言い、何かを各担当者達に分けていく。何かまた行事が始まるのかと身構える生徒達を尻目に、小さな袋を渡された担当達はその中身を見て、おぉと顔を輝かせていた。
「ちゃんと生徒達に配ってから説明してね! ほんとは僕から皆に説明したいんだけど、今回は譲ってあげるねv ハリトー、握りつぶしたら、僕怒るからね」
「大丈夫だぜぃ、ユウイ先生! 絶対そんなことしませんて。かわいい生徒達の前でそんな」
「じゃぁよろしくねv」
楽しげな会話(おそらくはそうなのだろう)が一頻り聞こえた後、ユウイは八班生徒の前に帰ってきた。その手には、先ほど担当達に配っていた袋と同じものが握られている。どうやら非常に壊れやすいもののようだが、果たしてなんなのだろう。
「ユウイ先生、それ何?」
「これはねぇ~、校章v」
「え? 校章ってこのペンダントじゃないんですか?」
デビが首から下げていたペンダントを指しながら言うと、ユウイはチッチッチと、指を振った。
「実はぁ、それだけじゃぁ戦の生徒とは認めてもらえないんだなぁ、これが。今から渡すこれと、そのペンダントがあって始めて正当な戦教生徒と言えるのだ」教
そう言いながらユウイは袋を開くと、「では君たちに授けよう! 校章を!」と叫んで何かを取り出した。それを呆然と見ていた三人の片手に、それぞれしっかりと握りこませる。
「さぁ、見て! 見てみて!」だんだんとテンションがあがってきたのか、ユウイは両腕を上下に振りながら叫んだ。「早くー!」と急かす、自分達よりほんの少し高いくらいのユウイの顔を、三人は一度見あげた後それぞれの手のひらへと視線を落とした。そこには……
「バッジ?」
「そう! 戦教の校章バッジ!」
「……これだけのためによくそれだけテンション上がるな……」
「ザラ君てば、ノリわるいぃ~。 そんなんじゃ嫌われちゃうぞ☆」
「うっせぇ」
年上に対してため口に話すザラ君はさておき、ディアンは手の平にあったバッジを摘み上げるとそれを目の前まで持ってきてジッと見つめた。四角い形をしているそれは、表は紺の地に白抜きで先ほどの竜のシンボルが描かれている、ごく普通のバッジとさほど変わらないものだった。確かにザラの言うとおり、ユウイほどテンションは上がるものではないだろうが、正式に戦教の生徒と認められたのはこの上なく嬉しい事だった。よく見ると、紺の地に、少しラメも入っているのか、光が当たるとそれがキラキラと光って見える。服にでもつければそれなりにかっこいいものだろう。
「ユウイ先生、ありがとう!」
「ありがとうございます」
ディアンとデビが笑顔でユウイに礼を言うと、「いやいや、まだお礼を言うのは早いよ!」とユウイはまた頭を振った。なんでだろうと首を傾げる二人の前で、「今度こそザラも驚くよ!」とくだらねぇという顔をしていたザラに向かってユウイは言い切ると、「なんとこのバッジはただのバッジではないのだぁ!」と声を張り上げた。
「戦士になるうえで必要な小道具の機能も少しだけど取り入れてあるんだよ! 例えば」
にこにこと嬉しそうにユウイは言うと、ディアンに針のしたにあるボタンを押すように言った。ディアンが見ると、確かに安全ピンの下に小さなボタンがある。一度、疑うようにユウイの顔を見上げたディアンは、不安を覚えながらもそのボタンを押した。すると、校章の安全ピンの上から小さな光が発せられて、のぞき込んだディアンの顔の前で正方形に広がった。その中央には三つの青緑の点が点滅している。
「フフフ、それが俗に言うレーダーと言うものだよ」
自信のこもった声でユウイが言う。鼻高々なその様子は、もっぱら自作した物を自慢する子供だ。ディアンは目をきらきらと輝かせてユウイの顔を見上げる。思っていたより本格的だったことに、驚きと喜びとがいっしょくたになったのだ。
「君達の校章には一つずつ発信機がついてあってね。色と数字で、誰がどこにいるのか教えてくれるわけ。八班は青緑ね」
ユウイの説明に、レーダーの表面に目を落としたディアンは、さき程の青緑の点を見た。
「丸の中に数字が見えるでしょ? それで個人を特定するんだよ。1がデビ、2がザラ、3がディアンね」
言われた数字を思い返しながら、再び点へとディアンは視線を戻す。なるほど、確かに自分を表す「3」の文字と、デビ、ザラそれぞれをあらわす点の位置は、今の自分から見て見える二人の位置と同じだ。他の二人も、ディアンに倣ってボタンを押したのか、バッジの前(正確には上が正しいのだろう)に映し出される表示画面を、目を丸くして見つめていた。
それで、もう一回ボタンを押してみてとユウイがもう一押しとばかり付け加える。言われたとおりボタンを押すと、映し出されていた点が一度消え、代わりに綺麗に並んだ升目と共に再び表示された。
「一つの升目の一辺が百メートル。一度ボタンを押した時はその百メートル内での味方の位置を知ることができるよ。二回目の今は、一キロ四方での味方の場所を見られるようになってるんだ」
最大範囲は二キロで、もう一度押すとその画面に変わるよとユウイは付け加えると、ちなみに先生は三角表示ねとディアンのバッジから表示されている点を指さした。確かにそこには青緑の三角が浮かび上がっている。だが、ユウイのものではない。それはディアン達がいる場所から、だいぶ離れたところにあった。
「……もしかしてこれ、マサキ先生ですか?」
「そう。君達の担当はマサキだからね」
不安そうな顔をするデビを見てか、笑みを浮かべてユウイは言う。
ユウイはなんとも思わないのだろうか……、あの人物を見て、何も感じないのだろうか。にっこりと笑ったユウイを見上げながら、ディアンはそう思っていた。マサキが自分の弟子だからこそ、そんな事が言えるのかもしれない。
「ユウイ、配り終わったのか?」
声に三人は後ろを振り返る。どっかと舞台のうえに座り込んでいたマサが、ユウイの方に顔を向けていた。どこからか取り出した扇子と、おそらくは冷えたお茶が入っていたのであろうコップを手に満足気である。なおも扇子をパタパタと動かしながら、マサはユウイに言った。
「全員に配り終わったんなら、そろそろ生徒共を授業に戻らせたいんだがな」
「分かってるよ。でも待ってよ、もうひとつだけ八班には言わなきゃいけないことがあるんだから」
ユウイは口を尖らせてマサにそう言い返した後、三人を向き直った。その目には先ほどの自画自賛する子供のような無邪気さはない。むしろ、真剣な大人の目をして、ユウイは三人を見た。
「さっき、ディアンには言ったけど、ここでのことはマサキには言っちゃだめだよ?」
「ユウイ先生、だからそれなんで?」
「マサキはね、この行事があること知らないんだ。だから、黙っておいてあげて」
さらにマサキと溝を深めたくないなら。ユウイの目はそう語っているようだった。
別にマサキ先生と仲良くなりたいとは思わない。それが三人の中では、一種の暗黙の了解のようなものになっていた。午前の授業が終わった後、隣に座っていたデビにディアンがそのことについて同意を求めると、簡単に同意はとれ、ついでにその向こう側にいたザラの同意もあっさりとれてしまった。ようは、それだけマサキが嫌われているということだ。
「初日にあんなこと言われた相手と、仲良くやれるわけないもんな! 代理でよかったぜ」
「うん、僕もそう思う。もしかしたら、付き合っていれば分かり合えるのかもしれないけど……。お兄ちゃんの話も気になるし」
「はん。良いやつだろうが、悪いやつだろうが、代理のやつに馴れ馴れしくする必要なんざ、始めからねぇよ」
ザラがそうはき捨てたのに、ディアンも同情した。あんな人間味のない先生、いや、人間に会うこと自体、自分達は不幸としか言いようがないような気がした。大体、あの人自身が、自ら他人と接する気がない以上、こちらがそれを求めても意味はないのだ。なら、こちらもとことん無視してやろう。
「……」
散々マサキの陰口を叩いているチームメイトの二人を、デビは不安げな表情で見つめていた。昨晩、聞かされた兄の話が気になる。そして、自分の広辞苑に載っているある出来事との関連……。それを考えると、そう易々と陰口を叩く気には、デビはどうしてもならなかった。ディアンやザラはそのことに気づいているのだろうか……。もし気づいていないとすれば、これは言うべきことなのだろうか……。その決断は、自分にとってはとても重過ぎるように、デビには思われるのだった。
午前の授業が終わった後の時間はホームルームだった。基本的にHRがあるのは水曜日の時間割だが、今日は特別らしい。出席表を片手にサトは教室に入ってくると、たわいのない雑談をしている生徒達に向けてパンパンと手を叩いた。
「はいはい、おしゃべりはそこまでにして。今日のHRは班での体験実習をみんなにはしてもらいます」
教壇の前に立ち、さわやかな口調でそう言うサトに生徒達の目線が注がれると、黙ってそれに聞き入っていた。
なんでも今日の実習というのは、班でするグループワークを簡単にしたものらしい。実際の任務と同じようなものが受けられると聞いて、俄然ディアンのテンションは上がった。化け物退治や探検じみた任務をリーズから聞かされているディアンには、任務といえばそれしかない。簡単でもなんでもいい。それが楽しそうならなんでもどんとこいだ。
「はいはい、ざわつかない。これからその任務を行う時間帯について説明するよ。今日は午後の授業を先送りして、任務にでてもらうけど、本来この任務は放課後に行うことになる。つまり、授業がすべて終わった後、各々の班で集まって任務の依頼をこなしてもらうことになるんだよ」
サトは黒板に簡単なスケジュールを書き込むと、生徒達の反応を伺う。それでも任務と聞いて顔を輝かせる生徒、授業の後? 疲れるよーという顔をしている生徒。反応は様々だ。
「まぁ、それぞれ思うことはあると思うけど、これがここの基本的ルール。任務によっては数日かける場合や、早朝、休日に行く任務だってあるし、必ずしも毎日依頼がくるわけでもない。それをよく頭の中に入れておくこと。もし今日の任務で文句があっても、僕には言わないこと。校長先生に言ってね」
少々意地悪くサトは生徒達にそう言う。校長先生の前日の恐ろしさを思い出したのか、生徒達は一斉にぶるぶると震えたようだった。
***
「~♪」
その頃戦教校舎の一階廊下を鼻歌交じりに歩く者が一人。鳥海ユウイは耳に当てたヘッドホンから流れてくる音楽にのせ、小さく鼻歌を歌っていた。あまりうるさくすると、彼よりも権威を持つ校長に怒られるので声は小さめだ。開いていた職員室のドアをくぐって一度職員室の中に入る。これから出かける用事がある四人の教師達が慌しく準備している横を通り過ぎ、ユウイは職員室の奥にあるドアから外へ出た。
戦教の校舎に校長室はない。校舎内にあるのは、職員室と二つの自教室、そしてそれ以外に授業に使われる教室が三、四室あるだけである。では校長はどこにいるのかといえば、職員室の奥にある休憩室か、校舎の脇に立つ横に長い平屋の一室にいるのだ。この平屋は、戦教の中でも特別な場所、三珠樹達がそれぞれの個室を持つ、いわば議員の仮宿舎のようなところであり、仕事場だ。部屋は三部屋あり、それぞれ一室ずつ三珠樹に貸し出される。貸し出されている間、つまり任期にいる間はどう使おうと彼らの自由で、好き勝手に改装もできる。中は案外広く、もちろん寝泊りすることも可能で、家など買う必要もないくらいである。
ユウイの足はまっすぐそちらへ向かっていた。校舎からほんの少し歩かなければいけないのが少し不便である。今度渡り廊下でも作ってみようかなとユウイは少し考えるが、おそらくは予算の関係でマサに却下されるだろうことなので、ここでは心の奥にしまっておくことにする。そしてチラと、平屋の左端、今は使う人がいなくて使われていない一部屋に視線を送る。チラリと頭の中を、誰かの影が掠めていくが、今は思い返している時ではない。ユウイはまっすぐ三部屋のうち、真ん中にある部屋のドアへ向かった。
「やっほー、マサ! リーズ達、だいぶ準備できてきたみたいだよって……」
ドアを開け、ヘッドホンをはずしながら部屋へと入ったユウイは、部屋の主が難しい顔をして部屋中央の書斎机にいるのを見て言葉をつまらせる。添え付けの電話で誰かと話しているようだが、その顔はいつもよりも眉根がつりあがり、まさに嫌々聞いているという顔なのだ。そうとすれば、かけてきている相手はたった一つしかありえない。
「しつこいぞ。来なくていいと何度言えば分かる。上の命令だろうが知ったこっちゃない。来るな。以上だ」
ブツッと電話を乱暴に切り、受話器を戻すマサにユウイは特に驚く様子もなく「おじちゃんから?」と尋ねた。マサの顔は「違う」と言いたげだった。
「じゃぁ、国防尊」
「軍関係者が今日視察に来る。来るなと言っても来る輩だろうし、とりあえずいくつかの任務は延期になるな」
低い声でマサはそう言うと、困ったと言いたげにユウイを見る。ピンときたのか、ユウイは少し深刻そうな顔で「もしかしてあの人が来るの?」と声を上げた。
「じゃぁ、もしかして……れ、マサキのことが」
「かもしれん。だからといって、簡単に渡す気もないがな。とりあえず、八班と姥吏(うばり)を会わしちゃならねぇ。……どうにかしないとな……」
机の上に頬杖をつき、考え事を始めるマサの隣でユウイもそれに倣う。ユウイは、先ほど職員室に教師が四人しかいなかったのを思い出した。もしかしたら、マサキはもうそのことを感じ取って逃げ出したのかもしれない。それならそれでいいのだが、八班の生徒達は……。
ユウイは、マサの方をみる。何にしろ、彼が追い込まれないように自分は何か策を考えるしかない。全く、世話のかかる親子だなぁと、心の中で皮肉をつぶやいてユウイは考えることに集中することにした。軍の戦士達が到着する前に、何か策を考え付かなければならない……。
ディアン達は教室で待ちぼうけを食らっていた。迎えにくるはずのマサキがこないのである。もう午後の授業が始まって三十分は経っているはずだが、現れる様子はとんとないのであった。
「ん~、困ったなぁ……」
教壇の前に立ち、サトが腕組みをしてそう言った。教室に残っているのは、彼の担当である五班の生徒達とディアン達八班の生徒だけだ。ほかの生徒達は、皆それぞれの担当に連れられ、先に出ていってしまった。
で、生徒だけを教室に残すわけにはいかず、こうしてサトとその担当班生徒も共に残っているという状態だ。どうやらディアン達の担当はどこまでも彼らに世話をかける気らしい。最初は和やかだった空気も、なかなか来ないマサキのせいで徐々にイライラが募っていった。
「まだ来ないっすね、ディアン達の担当」
つまらなさそうな顔をしてそう呟いたのは、五班の闘山リキだ。ディアンよりもさらに身長が低く、そういう意味でディアンとも仲の良い生徒だ。いわば、ちっちゃい同盟というわけである。
時計を見、もうすぐ一時間になるっすよとリキは不満を漏らしている。おそらくは彼もディアンと同じように任務を楽しみにしていたのだろう。
「言っとくけど、俺のせいじゃないからな。悪いのはあの先生だ」
「……随分と嫌っているみたいだねぇ。マサキのこと。まぁ、それもしょうがないか」
苦笑いして呟くサトはそう言うと、教壇に置いてあった椅子をひっぱりだしてきて座った。もしかしたら、マサキは説教でも受けているのかも知れない。マサの説教は昔から一時間程になるのだ。それをよく知っているがゆえに、もしそうだとしたらそろそろ現れる頃だとか、サトは予想した。
「兄さん、もう先に行った方がいいんじゃない? 五班のみんなにも迷惑がかかるし」
「んー、そういうわけにもいかないよ、デビ。生徒だけを残すのも悪いし、僕がこのクラスの担当である以上はね」
そうしなきゃ、後で僕が説教くらうことになるよとサトは明るめに、しかしそうなるのは絶対に嫌だと言うように肩を竦めた。
「たく、ほんとに迷惑な先生だよな! 俺らだけじゃなくて、他にも迷惑かけてんだもん。なぁ、ザラ」
ディアンが自席にいるザラに目をやるが、相手はプイッとそっぽを向いたままで反応がない。どうやら彼は、暗黙の了解の範囲を憎き教師の話それ自体にまで広げたようだった。マサキについてしゃべる気は一切ないのだろう。
ちぇっとばかりディアンもそっぽを向く。マサキにはせめて任務だけでもまじめにやってもらいたいものだ。ザラとの仲は……、先生が変われば改善もするだろう。少なくとも試験の時よりは、三人の仲は良くなる気がした。
ガラガラと扉が開いて、やっとマサキが現れたのはその十分後だった。彼は教室をあけると、サトがいるのを見て一度恭しく礼をしたように見えた。もしかしたらただの会釈かも知れない。とりあえず彼は教室の中に入ってくると、サトに何事かを話してからディアン達を振り返った。
相変わらず無表情な人だ。
マサキの青白い顔を見上げ、ディアンはそう思った。
「じゃまぁ、解散としますか」
サトが椅子から立ち上がりながらそう言うと、皆教室の外へと出た。鍵が閉められ、五班と八班はそれぞれ別方向へと歩きだした。ワイワイと楽しげな五班に対し、八班には何の会話も生まれることはなかった。
「サト先生、ディアン達は大丈夫っすかね?」
「ん? なんでだい、リキ?」
八班の姿が見えなくなった時、そう切り出したのはリキだった。心配そうなその顔に、サトは尋ね返す。
「だってあの先生、すごい勢いで負のオーラ放ってたっすよ?! 顔も死んだ人みたいに青白いし、なんであの人が担当か分かんないってディアンがずっと文句言ってたっす」
「デビ君も同じこと言うてはりましたよ。うちも今日あん人始めて見ましたけど、予想以上にひどい気ぃがします。弟はんが心配なんとちゃいますか?」
リキの言葉に賛同するように紅一点のリンゴが言うと、黙って聞いていたモルが口を開いた。
「そもそも、あの人は何者なんですか?」
その質問の山にサトは苦笑する。問題を提起してくるリキと、それに併せてこちらの心情をついてくるリンゴ。そして、試験後もそうだったが、問題の核心を的確についてくるモル。あまりに頭が良すぎるのも考え物である。
「……確かにデビのことは心配だし、ディアン達の文句も尤もだと思うよ。僕自身も彼のことは、まだ信用できていないしね」
「やっぱり身元がはっきりしないと言うことですね? 南澪都だなんて聞いたこともないですから」
「いや、身元ははっきりしてるよ。彼がどんな戦士でどのランクにいるかも分かってる」
じゃぁなぜ信用がおけないんだと不思議そうに眉を顰めるモルと、その話に耳を傾けていたリキとリンゴは揃ってサトに顔を向ける。だがサトは笑みを浮かべた顔で「まぁ、どんな奴でもデビに手を出す奴には、僕が地獄を見せてやるだけさ」とさわやかに言って、なんだそれと顔を見合わせる生徒を後目に歩いていくだけだった。
黒サト出現。 まぁ、まだまだこんなの序の口ですが。 こんな感じであと少しの間グダグダに続きます。ウダウダ、グダグダ続いちゃうよ! なんとかしたいけど、どうにもならないね! てか今のところ、暑さに負けてやる気ないよ! 九幕の終わりには、戦闘シーンも入れたいと思ってるんで、それまで待ってください。 次の更新は、できれば一週間後にしたいけど、テストの関係で二週間に延びるかも。なんにしろ近いうちにあげます。 それでは。
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