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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 本当は昨日にでも出すつもりだったんです。(レポートそっちのけで)出来ていたから。
 しかし現在レポートの為に読んでいたもののせいで、ちょっと気分が優れなくなっていて…。
 結論・三島読むのはしんどい。
 すごく…気持ち悪いです。いや、読まないとレポート出来ないので頑張って昨日読み切りましたが。その所為で昨日は残り時間を回復に費やさなければならず。
 後は解釈をレポートにまとめれば良いのです。ここでなにがしかポジティブ方向に解釈を持って行ければ、この憂鬱感もどうにかなるのではないかと…!
 …いや、ならないか。

 とりあえず、レポート書き出す前に、気分が持ち直している間に、続きを。
 えらい長いです。
 一応ここが一つの折り返し地点のつもりで。パターンですが。


 大池から流れる水は、川となって村の近くまで流れていた。大池の大蛇は、度々その流れに乗って行っては、村の様子を眺めるのを楽しみとしていた。
 そんなことを続けてある日、大蛇は村の男を見初めてしまった。
 一目見たその日から想いは募るばかりで、ついに大蛇は人の娘に化けて、川辺にやってきた男の前に姿を現した。
 男も一目で恋に落ちた。そういう運命であったとしか思われない。川辺で、池のほとりで、二人は逢瀬を重ね、いつしか女は身籠もった。
 そうと知れたその時になって初めて、女は正体を明かした。
「妾は人の世界では暮らせない」
「それでも構わない。それなら僕が会いに来る。そうして共にあろう」
「だけどそれでは、生まれてくる子があまりに不憫。この子はどちらにも属せない」
「ならそれは、この子自身に決めてもらおう。それまでは村と池、僕とあなたとで交互に育て、どちらの世界も教えよう」
 そうして、生まれてくる子は一年毎に片親の元で育てられること、十五の歳になって、本人がどちらかを選ぶまで、それが続けられることが二人の約束となった。
 子供を産んで初めの一年、大蛇は池で子供を育てた。一年後に夫の手に渡し、又次の一年を彼女が育てた。 だが翌年夫に託した息子は、次の年になっても戻ってこなかった。
 大蛇は一月待った。
 何か理由があるのだろうと思い、次に裏切られたのかと疑い、夫を信じる心がそれを否定する。その繰り返しの一月を過ぎ、大蛇は自ら村に出向くことにした。
 ところが、村に続く川の流れ道は何があったのか、土砂によって塞がっていた。池と、そこから流れる水のある場所にしか行けない彼女は、村に近づく手段を失ったのだ。
 仕方なく、大池を通りがかる者に連れて行って貰えぬものかと試みたが、恐れられ、人足の遠のく結果となった。
 夫の身に何かあったのか。子供はどうしているのか。やはり蛇の妻など厭わしくなったか。
 一人で思いに沈むうち、時を経て次第に深く、重く、心は闇に侵されていった。
 恋しさばかりが深まった。

 

「で、具体的にどうすればいいんだい?川を引けとか言うのなら、無理だよ」
 話を聞き終えて、まず青蓮がそう言った。
「水のある所にしか行けないんだよね」
「ちょっと岸に上がる位はできるけれど、それ以上は難しいわ」
「つまりあんたを丸ごとここの水と一緒に持ち運ぶしかないわけだ」
「ええ」
 どうしたものかと、顔を見合わせる。
「でっかい風呂桶とかあれば、俺が運べるぜ」
「そんなことしたら、目立つよ」
 鬼である彪には、確かにその程度、容易いことではあるだろうが。
「無理は言わないわ。せめて、村で夫と息子の様子を尋ねてきて欲しいの。お願い」
「まあそれぐらいなら、構わないけど。随分と控え目になったね。それで良いのかい?」
 青蓮の問いかけに、彼女はうつむいた。
「本当は、直接会いたいわ。もう十二年にもなるのよ。一目大きくなった姿を見たい。一目…」
 言いさして、女ははたと顔を上げた。
「そうだわ。妾の目を、持って行ってくれないかしら。椀か何かに、目を入れる位の水は溜められるでしょう」
「目玉を持ち運べって言うのかい?」
「大丈夫。水の中では透けて見えなくなるわ。お願いよ」
 女の必死さは、青蓮に伝わったし、その気持ちはよく分かる。
「-分かったよ」
 結局、断れるわけがなかったのだ。

 

 ちゃぷちゃぷと、椀に汲んだ池の水が揺れる。それを両手で持っているのは架楠だ。大蛇が取り出した右目は、椀の中の水に入れた途端、輪郭すら分からなくなった。
「二人とも、元気ならいいね」
 その透明な水を覗き込みながら、架楠が言う。
「それならそれで、問題が出てくるよ」
「うん。そうだよね…」
「でも合わせてやりてえな」
「息子さんに?」
 中天から少しずれた日差しに目を細めながら、彪は首を振った。
「息子の方を、母親に。長年会ってない親に、会いたくないはずねえんだから」
「─そうだね」
 彼ら自身は、もう親をなくしてしまっているから。だから余計にそう思うのだろう。彼らの中では、それはまだ真新しい傷なのだ。
「そして親は当然、子に会いたがっているんだからね」
 ぽん、と二人の頭に手を置いて、青蓮が言った。
「村だよ」
 境の石が見えた。
 今年十五になる、太郎という名の青年という情報だけで、で見つけられるのかどうか多少不安ではあったが、村で最初に出会った人に尋ねたところ、即座に答えが返ってきた。
「そりゃネイさんとこの太郎だろう。あっちに真っ直ぐ歩いて、突き当たりのでっかい樟の有る家だよ」
「ネイさん、と言うのは?」
「ああ、両親がいなくて、ばあさんと暮らしてるんだ。じいさんは亡くなったが、ネイさんはまだまだ元気でな」
 教えてくれた人に礼を言って、歩き出す。
 夫はもうこの世にいないようだが、子供は健在。ならば子供には会わなくては。せめて一目、会わせてやらなければ。
 気が急いて足早になりかける子供達を、制する青蓮の表情は暗かった。
 どっしりとした、立派な樟が見えてくる。その傍らの家も。そしてその脇に広がる畑と、そこに立つ男も。
「もし、お訊きしたいことがあります」
 作業をしていた青年は、顔を上げて、奇妙な三人組を見つけた。
「旅の巫女様ですか。なんでしょう」
 気さくな笑みを浮かべて応じる青年に、青蓮も少し微笑んで見せる。
「ここのご主人は?」
「爺のことなら三年前、父のことなら十年以上前に、他界しています。一応今は、オレが主人です」
「おや、それは…」
 今初めて聞いた、というように、青蓮は口元を軽く袖で覆った。
「では、母上は?」
「いません。と言うか、誰か知らないのです。会ったこともないもんで」
「そんなはずはねえ!」
 突然、それまで大人しく青蓮の後ろにいた彪が叫んで前に出た。太郎青年は、目を丸くして、彪を見る。
「そうですよ。自分を産んでくれた人でしょう。会ったことがないなんて、そんなはずないでしょう!」
 手に持っていた椀を少し傾けて、その水面に太郎の顔を映そうと試みていた架楠も、彪に続いて声を上げる。
 それを聞いた太郎は、ふっと笑った。
「たしかに。そりゃそうだな。生まれた時には会ってるはずだもんな」
「そっ…」
 そうじゃなくて、と言いかけた架楠の声を遮って、太郎は続けた。
「でも、オレに母はいねえよ。ずっとそうだったし、そのつもりで暮らしてきたんだ。むしろ今突然母が現れても、ぴんとこねえだろうな」
 そう言って、実に屈託のない、笑みを浮かべた。
 彪と架楠が鼻白んだその間に、青蓮はすいと二人の前に立って、その姿を遮った。
「失礼しました。ところで、良ければ水を分けて頂きたいのですが」
「ああ、どうぞどうぞ。そこの井戸からご自由に」
「ありがとうございます」
 一礼して、青蓮は傷ついた顔の子供達を促して、井戸に向かった。
「しょっ、青蓮さん…」
 井戸の水を汲む青蓮の背にかけられた声は、泣きそうに震えていた。
「戻ろうか。今から折り返せば、暗くならない内に行けるから」
「でも、なんて言ったら…。だって忘れてるなんて!」
「そのまま伝えるさ。まだ小さかったんだ。幼い頃のことは、忘れていくもんさ。多分、彼女も分かっているよ」
「あんな、簡単に忘れるなんて、許せねえ。…俺は忘れないぞ」
 彪の声は怒りで震えていた。
「─僕も!」
「あんた達が許す必要も、ないさ」
 子供達とは対照的に、青蓮の声はずっと静かだった。
 三人は口数少なく、大池までの道を引き返した。大池には、夕方になって辿り着いた。
 三人がほとりに立つと、女が池から出てきた。
「行ってきたよ」
「どうだった?」
 待ちかねたように、女は身を乗り出してくる。
「まず、残念な報せだ。あんたの旦那さんは、亡くなっていたよ」
 回りくどい言い方はせず、直裁に告げられた事実を受け止めて、女は軽く、顔を伏せた。
「…そう。そう……」
 子供達は、青蓮の後ろで、大人しくなっている。
「息子は…?」
「元気にしてたよ。あんたのことは知らなかった─覚えてなかったけど」
 女が顔を上げた。
「首に鱗の形のあざがあった。あれはあんたの子供だ」 
 心配げに見守る子供達の前で、女は、柔らかい、心からの、歓喜の表情を見せた。
「よかった。元気なのね。…それでは、あの子はあちらを選んだのね」
 紛れもない喜びの色に、子供達は戸惑う。
「目を、頂戴。あの子を見てみたいわ」
 手を差し伸べられて、架楠はおずおずと、椀の中身をその手に空けた。
 その目をそっと、眼窩に戻して、目を閉じた女は、暫く身動きもしなかった。やがて涙が一筋、女の頬を濡らした。
「大きく、なったわね。立派になって…」
 体を震わせ、女は泣いている。
 喜びに泣いている。
「まてよ。いいのかよそれで。会いたくないのかよ!?忘れられてたのに、許せるのか!?」
「会いたいわ」
 彪の怒鳴り声に、あくまで静かに母は答える。
「でもあの子があちらの世界を選んだのなら。先へ進むのに必要のない記憶なら、忘れていいのよ」
 それを聞いた彪が、顔を歪める。
「だって、忘れてるって、必要ないって、そんな…っ」
「そうやって、若い内は前に進むために忘れていくものよ。思い出すのは、もっと後になってからでいい。いつか、思い出せるなら、その時思い出してくれたら、それでいいの」
 そんな風に、切り捨てられるものではないのだ。彪にとっては、また、架楠にとっても、まだ。
「ねえ、悲しくないの?寂しくないの?」
「たしかに、寂しいわね。けれど、悲しいことではないのよ。子供が巣立ってゆくと、いうことは」
「……分からないです」
「あなたは正直ね」
 くす、と女は笑った。
「そうね。例えば、もし子供が火に巻かれていたら、そこに飛び込んでゆくわ。必要なら、この身が焼かれても構わない。それで子供が助かるなら。母親ってそういうものよ。大きくなったら、分かる日が来るかもしれないわ。─あなた、母親は?」
 架楠は、びくりと体を揺らした。
「お母さん。お母さんは、火に焼かれました。僕たちの、この見た目のせいで」
 言って、架楠は顔を覆う布を持ち上げた。ふわふわとした、わら色の髪に縁取られた顔が夕日の下に現れる。潤んだ目は水色で、そのどちらの色彩も、母親から受け継いだもので、この国では異形と呼ばれるものだ。
「ぼ、僕は、お母さんを、見捨てて、逃げました。僕は、火の中に飛び込めなかった…っ」
 嗚咽が漏れる。唇がぶるぶる震えて、それ以上は言葉を紡げなくなって噛みしめられる。
「…俺は…俺も、父ちゃんを助けに行けなかったんだ。架楠、俺もだ」
 苦しそうに歯の間からしぼり出された告白も、震えていた。泣きそうな目が出会って、お互いを見つめる。初めて出会った時のように、二人は互いを見つめた。 
 ふわりと下ろされた手が、架楠の髪を撫でた。
「きれいな色ね」
 優しい眼差しが、二人を見下ろして、もう一対の優しい目と視線を交わす。しゃがみ込んで、青蓮は子供達と目線を合わせた。
「逃げて良かったんだよ、架楠。あんたが無事でいてくれたんなら、その方が大事なんだ。ねえ、彪。あんた達が無事でいてくれることが、何より大事なんだ。親っていうのは、そういう風に考えてしまうんだよ」
「お母さんも、そう…許してくれるかな」
「最初から、許してる」
 喉に熱い固まりがふさがって、胸が痛くて、何も言えなくなる。子供達の体には、青蓮の言葉が染み渡っていった。
「離れても、ずっと妾達は子の幸せを願っているわ。あなた達自身が望まなくても。だから、いいのよ。見捨てなさい。忘れて幸せになりなさい。─子供達」
 母の声は深くて、子供達は涙に溺れる。
「ふ、……ぅ…」
 その場に棒立ちになって、止めどなく溢れ出す涙が乾き尽くすまで泣いた。

 

 大池は今日も深く澄んでいる。深く、沈んで、棲んでいるものがある。
 思い出してくれるかもしれない日を、待っている。忘れられた愛がある。
                                       

 了
 

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