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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 思ってたよりも早く、続きを置きにこれました。急いだ。何故なら、ぼちぼちテストのことを考えなければならない時期だからです。
 なんか、一つ無茶な課題が出てるので、どうにかやっつけられるようがんばります。
 勉強しよう、とは毎回思うんですけどねえ。

 
 あ、あと今回流血表現苦手な方はご注意下さい。

 勢いの衰えてきた火に、青蓮は薪を継ぎ足した。子供達は深い眠りについたようで、穏やかな寝息を立てている。少しぼんやりしていたようだ。足が痺れていたので、立てていた右足を左足と代える。
 雨音は止まない。パキン、と火のはぜる音が胸に響いた。

***

 どうしたらよいのか分からなかった。
 青蓮はその時十四歳であったし、両親のことを考えれば、新しい相手を見つけて、安定を望めば良かった。しかし、とてもではないが即座には、そんな気にはなれなかった。
 昨年に続いて梅雨と呼べるようなものもなく、極端に雨の少ない年であった。田の半分は、既に切り捨てねばならなくなっていた。
 日々忙しく働いていたから、鬱結した思いを表面に出すことはなかったが、日を負うごとに身体は重くなっていくようだった。
 そんな一月が過ぎ、全ての変わったその日が来た。
 

 田の神は山に棲む。少なくとも青蓮の村では、田の神は山の神であった。
 その山神が、生け贄を求めたのだ。
 白羽の矢が立ったのは、跡継ぎが生まれたばかりの、村の豪農の家だった。
 水を与える代わりに神が求めたのは、その家の生後一ヶ月の赤ん坊だった。
 すまない。しかし堪えてくれと言った村人に、彼は抗ったらしい。泣く泣く差し出す母親から、奪うようにして、村人は赤子を連れ出した。
 青蓮にその赤子を山に運ぶ役が与えられたのは、或いは偶然ではないかもしれない。かつて好き合っていた男と別の女との間に出来た子を、情に動かされて庇うことはなかろうと思われたのか。青蓮には知るべくもないが……。
 赤子を抱いたとき、青蓮の胸には村を救う為という使命感と、哀れな赤子に対するほんの少しの同情と、そして紛れもない悦びがあった。
 腕に掛かる重みと産着越しに伝わる熱を感じながら、何かに急かされるように、青蓮は山の祠に向けて走った。心臓の鼓動が耳の奥で喧しく響いていた。
 山の奥深くに立つ祠に赤子を置いてくるだけで良い。それ自体は簡単なことだ。
「……え」
 祠の前に辿り着いた青蓮は、眼前の風景が理解できず、呆然と声を漏らした。
 目の前で横たわっているのは彼ではないのか。間違いなくそうだ。今なお愛しい彼だ。
 どうしてこんな所に居るのか。どうして地に伏せているのか。どうして血に濡れているのか。
 そして彼の脇に立つあれは誰なのか。赤銅色の肌と背に流した長い鶯色の髪を持つあの男は。
「生け贄が来たか」
 深い声が響いた。大きな声でもなく、澄んだ声でもないのに、十歩以上も離れたところにいる青蓮に、それははっきりと届いた。
「貴方、誰。…彼に何をしたの」
 赤子を抱く腕に力を込めて、振り向いた男に青蓮は問うた。
 目の前の異常が酷く恐ろしかった。
 青蓮にはやたらと不自然に見える笑みを浮かべた目の前の男が、恐ろしかった。
「こいつがここに来て、あんまりにも必死に呼びかけるもんで何事かと姿を見せたら、生け贄を渡さないとか言うじゃねえか。そんな都合の良い話があるか。あんまりにもしつこいし、うっとうしいんでな。まあ生け贄が来たんなら問題ない。そいつを置いていけ」
 尊大な口調で男はそう言った。
「……なに。貴方、一体何なの」
 もはや隠しようもなく、青蓮の声は震えていた。それでもしっかりと赤ん坊を抱きしめる青蓮を見て、男は嘲うかのような笑声を上げた。
「お前らが神と呼ぶものだ」
 頭を殴られたような衝撃だった。
 これが神だというのか。
 途端に先程までとは違う畏れが背筋を這い上がった。神に楯突いたというのか、彼は。それではもう。
「彼は、どうなるんですか…」
 喉も胸も何かに防がれたように重かったのに、か細いとはいえ声が出たことに、青蓮自身が驚いた。
「まだ死んではいないが、いずれ死ぬ」
 それは端的にそう言った。そしてその言葉を聞いた青蓮の目が、絶望に染め上げられたのを、それは見逃さなかった。
「女。こいつを助けたいか」
 暗い誘惑の声が、軽く、発せられた。
「……たす、け、られるんですか」
 見逃してくれるんですか。
 嫌な予感がしながらも、青蓮はそう聞き返さずにはおれなかった。
「ああ。そこにいるのはこの男の子供だろう。それを差し出すというのなら、この男の命、助けよう」
 青蓮の抱える存在を指さして、それはそう言った。
「で、でも…。これは元々、雨の代価に。貴方への生け贄にと…」
 困惑する青蓮を、それは再度嘲う。
「だから、どちらかだけだ。この男の命か。雨か」
 生け贄一つでは、二つのことは成し遂げられない。当たり前に残酷な真実を、それは笑みと共に告げる。
 腕の中の存在が突如目を覚まして、けたたましい泣き声を上げ始めた。今になって身の危険を察知したのなら、それは遅すぎた。
 顔中をしわくちゃにして、真っ赤になって泣き叫ぶ赤子を見て、それから目の前に倒れる愛しい男を見る。
 村か彼か。いずれを選んだところで、この腕の中の熱は失われるのだ。その為に、青蓮はこの子をここまで運んできたのだ。
 この子供は失われる。あの女と彼の子は失われる。残るのは何だ。赤子を犠牲にして生き残る村か。飢えにあえぐ村か。夫も子供も奪われ嘆く妻か。悲しみを共有して生きていく夫婦か。選択を委ねられ、その結果を見詰める自分は―。
 激しい想いが胸を渦巻いていたのは、長い時間だったのか。短い間だったのか。
 結局彼女は答えを出す。
「―雨を。村に雨を降らせて下さい。この子供は、その為の生け贄です」
 妙にはっきりとした声で、青蓮は結論を告げた。
 目の前の存在が、愉快そうに笑みを深くした。
 赤子を抱いて、青蓮は異質な存在と、その傍に横たわる男に近づく。数歩前で立ち止まり、腕の力を緩め、赤子をその場に下ろす。うつむいて、落ちかかる髪に隠された青蓮の口元に、微かな、しかし目の前の存在の浮かべるそれにも劣らない、歪んだ笑みが刻まれていた。
 赤ん坊は疲れることを知らないように、未だに泣き続ける。赤ん坊特有の、涙を流さない声だけの泣き方。非力な存在の、精一杯の、唯一の訴え。
 赤ん坊を置いて、青蓮は立ち上がった。 
「お願いします」
 震えは残るが淡々とた態度で、深々と頭を下げた。
 ―勝った。
 暗い悦びに、青蓮の身体が震える。彼を奪ったあの女に自分は勝ったのだ。あの女は子供をなくし、彼をもなくした。
 そして自分は、―ああ自分には、この胎内の子供が残る。愛しい愛しい彼の最後の忘れ形見の、この子が残る。彼にすらその存在を告げられなかったこの子。愛しい彼と、自分の子供が残るのだ。
 口の端が持ち上がり歪むのを、青蓮は抑えることが出来なかった。
 血に濡れ意識もなくし、無様に横たわる男を青蓮はちらりと見下ろす。
 ―さようなら。愛していたわ。
 将来を誓った自分ではなく、会ったこともなかった女を選んだ、愛しくて憎らしい彼。これから先、青蓮の思い出の中で生きていく男。
「待てよ」
 深く暗い声が、青蓮を引き留めた。
 向き直ると、その存在は酷く嫌な笑いを浮かべていた。
「なん―」
 でしょう、と続けることは叶わなかった。
 身体を襲った衝撃と、いつの間にか目の前に来ていた存在に目を見開く。数瞬遅れて襲ってきた、焼けるような痛みに、青蓮は甲高い悲鳴を上げた。
 耐えきれず身体を折り、青蓮は地面に膝を着いた。
「―っ!――ぁ、あ……」
 痛みにうずく腹部からの出血はなく、代わりに股を嫌な感触が伝っていく。着物にじわりと血が滲んだ。
「その男の子供は、二人いるだろう」
 しごく愉快そうに細められたものの目には、禍々しい朱の光が宿っていた。めくれあがった唇は血に濡れたその手同様赤く、そこからは真っ白な鋭い歯が除いていた。
「あ、あなた、は…神なんかじゃない。―鬼、だ!」
 憎悪を湛えた瞳は、痛みに歪められながらも、目の前の鬼を睨みつけた。
「そう、それも人間が俺たちを呼ぶ言葉の一つだ」
 満足そうに、鬼は笑う。
「だが女。お前は俺を糾弾できる立場か。嫉妬に狂ったお前は酷く醜かったぞ。お前達は、それを嫉妬の鬼と呼ぶんじゃなかったか。―そうだ。お前も鬼だよ」
 言葉にならず、青蓮は激情に身を震わせた。
 鬼は屈んで、腹を抱えて蹲る青蓮と目を合わせる。 
 そして見開かれたその右目に、直接指を這わせた。
 激痛が走り、再び悲鳴が喉を焼いた。 
 痛みに対し、右目からは生理的な涙が溢れ出す。涙と共に、ずるり、と引き抜かれたものがあった。
 抵抗は、鬼には全くの無意味だった。
「さて、ここまで足労かけたお前に、何か報いてやらねばな。何せ贄を二つも運んでもらったのだ」
 にたにたと鬼は笑う。
「あ、ぁぐ……ぐぅぅ……」
 ずぶ、と。
 再び、空洞になった眼に鬼の指が差し込まれる。
「喜べ女。お前はこの男が欲しかったのだろう」
 笑い混じりの言葉と、右目のごろりとした感触に、青蓮は何をされたか悟った。
 せめてもの反抗に、残った左目で、青蓮は鬼が立ち去るまで、その姿を睨み続けていた。

 そうしてやがて、気を失った。


 目を覚ました青蓮は、すっかり冷たくなって横たわる男を認めたが、赤ん坊の姿はもうどこにもなかった。
 赤ん坊は生け贄となったのだ。数日中に、村には雨が降るだろう。なんと言ってもあれは神だったのだから。そして青蓮の居場所はその村にはもうない。
 左目はまだ痛むし、当てもないが、とにかく立ち上がった。何処かに行く為に。

***

 その後旅回りの盲いた巫女達の集団に出会えたのは、運が良かったのだろう。その為によけいに後戻り出来なくなったとしても。
 青蓮は視力と引き替えに妙なものが見えるようになった右目に、そっと手をやる。
 彼はここにいる。
 涙は、あの日流したもの以来、生理的な物ですら一滴も、頬を濡らすことはなかった。涙がすっかり枯れてしまっていた。
 水が地面に吸い込まれる音が聞こえる。空は今、飽きもせずに涙を零し続けている。
 子供達は、静かに眠り続けている。
 あの日流し尽くして枯れてしまった涙は、彼らの為になら、もう一度自分の目から零れることもあるかもしれない。
 まるで母になったような気分だ。一度は母であることを捨てた身だというのに。
 もう一度、そっと、青蓮は子守歌を唇に載せた。
 呟くようなそれが雨音と混じり、一つの音楽になる。青蓮も幼い頃に、こんな風な母の子守歌を聴いた。
 雨音と混じる優しい母の声。古い記憶だ。遠い過去だ。そして泣きたいほど優しい思い出だ。
 子供達に向けたその歌が、記憶の中の母の声と重なることに、青蓮は気付いていなかった。



 これで、三人の「鬼」の由来が出そろった。
 話自体は進んでいないけど、青蓮の過去話は書いておきたかったので。
 と言うわけで、これからもしばらく、三人の「鬼」達の道中におつきあい願います。

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