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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 入梅しました。今日は湿度100%とのことで。皆様いかがお過ごしでしょう。

 暑いわ!
 梅雨の割に水不足な気がするので、雨自体は歓迎ですが。しかし近畿的には琵琶湖周辺さえ降っていてくれれば安泰なわけで。
 滋賀の子の決めぜりふ、もとい、脅し文句は「水止めんで?」
 琵琶湖は近畿の生命線。

 そんなわけで、雨っぽい湿っぽい作品を今の内に置きに来ました。
 続きは早く出せるように頑張ります。
 
 青蓮さんのターン。

 鉛色の空から絶え間なく落ちてくる雫が、土や樹木の上ではじけて、ざあざと音を紡ぎながら天と地を繋ぐ糸を形成している。それを呑み込んだ河は膨らみ、その流れを急にしていた。
 そこに杖が差し込まれ、暫く探ってからざぶ、と引き抜かれる。
「参ったね。このところの雨で、いいように深くなってるよ。ここも渡れない」
 手甲を着けた手で、笠を心持ち上げてその流れを見つめながら、女が嘆息を漏らした。
「どうしよう。引き返す?」
 その右隣から同じように河をのぞき込んで、幼い声でそう言った子供は、頭から胸までをすっぽりと覆う、人形師のような頭巾を被っていた。ただ人形師のそれと違って、それは卯の花のような白い色をしている。
「いや、こっちに小屋があるぜ。人は居ないみたいだ」
 二人の居た場所から二十歩ほど離れて左、木々の間から、もう一人、少年が姿を見せた。やや大きな頭巾が耳まで覆っていて、二人と同じく旅装束だ。身軽に二人の所まで戻ってくると、今し方自分の出てきた方を指さした。成る程、そこにはやや古い、物置かと思われるような掘っ立て小屋があった。

「ああ、これなら雨をしのげるね」
 予想よりしっかりとした小屋の中を見てそう言った青蓮は、ほっと息を吐いて笠を脱いだ。
「青蓮さん。これ脱いで良い?」
 先に入って、彪と一緒にうろうろとしていた架楠が、被っていた白い頭巾に両手を当てて尋ねた。
「良いよ。ここは暫く使われていないようだし、道からも外れているから、そう人が来ることもないだろう」
「やった」
「あっ、俺も」
 返事を受けて、いそいそと頭巾を持ち上げた架楠に倣って、彪も頭巾を脱ぐ。
 頭巾の下からは、彪は角、架楠は薄い藁色の髪が、それぞれ現れた。
 濡れた頭巾を小さな手でぱたぱたとはたきながら、架楠は呟いた。
「頭が蒸れちゃう」
「火をおこそうか。そいつも着物も乾かさなくちゃならないからねえ」
 苦笑して、湿って膨らみをなくした架楠の癖っ毛を撫でながら、青蓮は言った。彼女自身の巫女装束も、背中を覆う黒髪も、しっとりと濡れている。
 幸いにも小屋の隅に、既に半分剥がれかけている板があったので、それを引き剥がして早速火が熾された。子供達の、人とは異なることを隠すための頭巾も、他人の居ない今は広げて乾かすことが出来る。
「良かった。ここが見つからなかったら、夜が来る前に、引き返さなきゃならないところだったもの」
 大きな空色の瞳を細めて、架楠が言う。
「俺が見つけて良かったろ」
「そうだね。彪はお手柄だよ」
「彪は目が良いよね」
「おまけに行動力もあるから、気付いたらいなくなってるんだよねえ」
 火色に顔を照らされながら、しとしとと囁く雨音を聴く。会話は自然に立ち消えて、雨に体力を奪われた子供達に、青蓮は早めの睡眠を勧めた。 
「まだ眠くないぜ」
「良いから早く寝な。私は火を見てるから」
 人間に比べれば、底なしの体力を持つ彪がぐずるが、青蓮は聞く耳を持たなかった。
「ねぇ。じゃあ青蓮さん、子守歌歌ってよ。お母さんに歌ってもらうと、僕はすぐ眠くなったよ」
 架楠の無邪気な提案に、青蓮は少し困ったような顔をした。
「子守歌ねえ。随分昔のことになるから、上手く歌えるかどうか……」
「青蓮も母ちゃんに歌ってもらってたのか」
「そりゃそうさ。小さい頃にね」
「ねぇじゃあ歌って」
 架楠の催促に、結局青蓮は折れることになった。

 
 二人の子供はすぐにうとうととし始めた。温かな想いに、青蓮は頬を弛める。しかしそれとは反対に、彼女の心の一部はひどく冷えていた。
 こんな風に、子供を見詰める日が来るとは思わなかった。
 親を亡くした子供達を、拾うことになるとは思わなかった。
 自分は母になどなれないと思っていた。その資格を失ったと思っていた。
 子供達の寝顔に重ねて、青蓮はその日を思い出す。

***

 青蓮が生まれたのは、近隣では一番大きな村だった。生まれてからその日まで、彼女はその村を離れたことはなかった。
 その頃の彼女の名前は、青蓮ではなかった。
 少女であった青蓮は、その村一番の豪農の息子と恋仲であった。
 家の人間には、そうそう認められる訳もなかったが、恋人の説得と、青蓮の気だての良さに、徐々に打ち解けていき、彼女が十三の年には話がまとまる兆しが見えていた。
 ところが、その年彼の父が突如行方不明になるという事件が起きた。神隠しかとも騒がれたが、何が起こったのかは分からないまま、とにかく彼が当主とならなければいけないという現実は確かだった。急に彼との距離は引き離され、あれよあれよと言う間に、彼は隣村の、やはり裕福な家の娘と結婚させられていた。
 元々家の違いは分かっていたから、泣いてすがったり嫌がらせをするような、無様なまねはしなかった。
 大体そんなことをしなくても、彼の心は変わらず青蓮のものだったのだ。
 密やかな逢瀬が繰り返された。
 彼の妻の腹が膨らみ始めても、危機感はなかった。
 家には後継が必要だ、仕方がない。
 彼の愛が得られているのなら、自分は一人で生きていこうと構わない。
 彼に息子が産まれた時は祝いの言葉を述べた。天候に恵まれず、不作続きの折りではあったが、大きな宴が催された。
 父親になった彼は、本当に嬉しそうで、青蓮も喜んだ。
 ―しかしその時から、青蓮の家から彼の足は遠のいた。
 すまない、と彼は言った。子供の顔を見ると、行くなと言われている気がするのだ、あの子に幸せな家庭を与えてやりたいと思うのだ、と彼は言った。もうこれきりにしよう、と。
 恋人は父親になったのだ。



 
 フォントがあぁぁ~。工夫しても全部ダメになる。

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