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どうでもいい話ですが、最近あったショックなこと。
介護施設で職員さんに、「顔暗いよ、怖い」って言われました。
これが素なんです…。むしろいつもよりは表情和らげてるつもりだっただけに…。
もう一つ。
馬鹿な漫画読んで笑ってたら、腹筋より先に、頬が痛くなりました。
普段私はどんな顔をしているんだ……。
下に人魚のつづきを。
§海の中§
そこに母はいなかった。
そしていまやどこにもいない。そのことが心で感じられた。海に墜ちたリビアンを母はさいごの力で助けたのだ。
海の中だというのに、リビアンはちっとも苦しいと感じない。全身をおおっていた羽毛も風を切る羽もなくなって、かわりに腰からしたが鮭の体になっていた。
それもこれも、母がリビアンのためにしてくれたことだった。そしてそのために、リビアンは母を永遠に喪ったのだ。
眼球のうらがじん、とあつくなり、リビアンは顔を両手でおおった。つめたい水の中で、掌は温かくなったが、涙はすべて形になるまえにとけて、消えてしまう。
リビアンはますます哀しくなって、流すことの叶わない涙を生産しつづけた。
リビアンの涙で海の水がすこし塩辛さをました頃、ようやくリビアンは涙をつくるのに成功した。目からこぼれでた涙は、掌に、ころんとおちて、にぶい光をはなっていた。
乳白色の涙石は次から次へとリビアンの目から生まれ落ち、リビアンはてのひらの上に溜まったそれを貝がらの中に容れておくことにした。自分が母のために唯一したことのあかしに。
少しずつ、周りを見る余裕のできてきたリビアンは、それから毎日そこらをおよぎまわり、魚のむれと戯れることや、クラゲと一緒にただよってみることや、海草を巻きつけてあそぶことを覚えた。けれども毎日、両手いっぱいになるまで泣くと、彼女はそれを貝に抱かせた。
海の中にも朝があり、夜があった。
朝の光でかがやく海中から蒼天をあおぐと水面がきらめいている。そのきらめきがやがてまぶしい放射となり、残照ののち、闇夜がおとずれる。
朝が過ぎ、夜がきて、また朝になる。そのくりかえし。
光の具合や地形、砂の色によって、海の色は様々だ。
かわいらしいロビンが宝もののように抱くふしぎなたまごの色。ひっそりと咲くわすれな草の淡い青。カワセミの背のように鮮やかな水色や、霧の湿原のようなみどりがかった灰色。ヒースの群生を思わせるもやもやとした薄紫はめったに見られないもので、どっしりとした鉄灰色のときもある。そして、ラピスラズリの顔料でぬった聖女の衣のような青は、リビアンをつつんで、どこかなつかしい気持ちにさせる。だがそれが何故なのか、陸(おか)にいたころのことをもう随分忘れてしまっていたリビアンにはわからなかった。
ある日、故郷をめざして決死の旅路にでた鮭たちを見送って、めずらしく河口ちかくまでやってくると、波の間にまぎれて、音楽が聞こえてきた。
好奇心をおぼえて、波にのって岸に近づいたリビアンは、岩陰からそっと、音の流れてくる方を見やった。
§波の乙女§
音はフィドルから発せられていて、それを弾いているのはわかい、簡素なローブをまとったおとこだった。
リビアンはフィドルと呼ばれるその楽器に見覚えがあった。どこで見たのかまでは思い出せないが、なつかしさが胸をさわがせる。
男がふつりと演奏をやめた。この曲はここまでのようだ。
もっと弾いてくれないかしら、という期待をこめて、リビアンはすこし体をのりだした。男はすこしの休憩をはさんで、リビアンの期待にこたえたわけではないだろうが、今度はべつの曲を弾きはじめた。それはよく知られた、他愛もない恋の唄だった。
上半身を岩のうえにのり出し、ひじをついて、リビアンは曲に聴き入った。音楽をはこんでくる風は、ながらく海上にすがたを出さなかったリビアンの、ひさしぶりにかんじるもので、記憶のどこかをくすぐっていく。体のかわいていくかんしょくも久しぶりだ。
短い曲はあっというまにおわった。青年は楽器をわきに置き、かぜとひかりを味わうように、そっと目をとじた。こむぎ色の巻き毛が風になぶられ、ふわふわとさかだっている。
そのまま、青年がいっこうにつぎの曲にとりかかる気配がないものだから、ついにリビアンは声をあげた。
「フィドル弾きさん。もう演奏はなさらないの?」
青年は、とつぜんのおもいがけない声に、はじかれたように頭を上げあたりを見回して、そしていわかげのリビアンをみつけた。
「お嬢さん。どうしたのですか?こんな時期に海のなかはさぞかし寒いでしょう」
おどろきのために、幾度もまぶたを上下させながら、青年はいった。
「あら。まだそんなでもないわ。それよりお願いよ。さっきの曲をもういちど弾いてくださらない?ひさしぶりに聴くの」
「ああ。それならよろこんで」
青年ははにかんだように笑って、もういちどフィドルを手にとった。弦がかろやかな音を奏ではじめる。耳を傾けていたリビアンは、そのうち声をのせていた。
みじかい唄だが、はずむような音の交感はたのしかった。
「ありがとう。すてきだったわ」
曲がおわり、一呼吸おいてからリビアンは言った。
「こちらこそ。とてもすてきな声をおもちですね」
青年のことばはおせじではない。実際、久々に大気をふるわせたリビアンの声は、どこか甘さをふくんで、よくとおる魅力的な声だった。
「ここにはよくいらっしゃるの?」
「いえ。じつは最近こちらにきたばかりなのです」
会話しながら、青年がさっきから目をおよがせていることに、ふとリビアンは気がついた。なにかあるのだろうかと、ぐるりと目をうごかしてみても、とくにこれといったものはない。
そこではたと思い当たったリビアンは、自らのからだを見おろした。そういえばこの姿になってからこのかた、リビアンは服というものをきていなかったのだ。そして成長したリビアンのむねは、二つのふくらみをかたちづくっている。途端に、それまで意識してこなかったはずかしさにおそわれて、リビアンはゆたかになみうつ黒髪で、成長の証をおおいかくした。
知らぬ間に、リビアンは目の前の青年とおなじくらいの年になっていたのだ。ながくのびた髪も年月の経過をしめしていて、黒髪におおわれた体は、その白さをきわだたせている。耳までリンゴ色にそめたリビアンは、年頃のむすめだった。
ぱしゃん、とリビアンの尾が海面をたたいた。自分の失態をどこかにぶつけたかったのだ。
しかしその一瞬のうろこのきらめきを、青年は目に映していた。
「メロウ―…」
ぼうぜんと、青年はつぶやいた。
「この土地にはそういうものがいるのだと、わたしはみたことがなかったのですが、話にはきいていました。…あなたは、メロウですね?」
昂奮にかすれたこえで、青年が言う。その言葉に、リビアンは困惑させられた。
「わたしは―わたし分からないの。今はたしかにこんな姿だけど。でも…そう、そうだわ。思い出したの。あなたの唄に。…わたしは、人間だったのだわ」
それはもうずいぶんと遠いことのようで、泡のようにぽつぽつとした記憶しかなかったが、彼女はおもいだした。自分がこんなすがたでいるわけ。そして自分が毎晩真珠をつくるわけを。
「人間だった?ではなぜそのような姿をしているのですか?」
「わたし海に墜ちたの。それで気がついたらこんな風になっていたの」
それはまるでなんの説明にもなっていないと、リビアン自身も思ったが、しかしどのように説明したところで、他人をなっとくさせることはできないだろう、とも思った。だから事実のみをつげた。
「あなたは―あなたの名前はなんというのですか?」
青年はすこし考えるそぶりを見せたあと、そうたずねてきた。
「リビアン」
「そうですか。リビアン。わたしはユジーンです。もう今日はかえらなければいけませんが、またお会いしましょう」
そう言って、ユジーンは彼のフィドルをもって立ち上がった。
「ええ、きっと。ユジーン。またフィドルを聴かせてね」
「よろこんで」
そうして西日があたりを照らすころ、出会ったばかりのリビアンとユジーンは別れた。
それからというもの、ふたりはたびたびその場所で会った。
「あなたは人間にもどりたいとは思わないのですか?」
「人間に…。もどれるのかしら」
「人間からそのすがたになったのなら、逆もきっと可能だと思います」
「…そうね。そうかもしれない。それならわたし、人間にもどりたい。そして、もっとあなたと一緒にいて、もっといろんな話をしたいわ」
「それならさがしましょう。あなたが人間にもどる方法を。わたしもできる限りさがしてみます」
「ありがとう―」
そうして日々はすぎていく。
そして終わりはとうとつにおとずれた。
「リビアン!リビアン、逃げてください!!」
つづく
次からグロい箇所出てくるので、苦手な方はご注意下さい。色替えるか何か、対策は考えておきますが。
ここで言うフィドルは、ギターのことではなく、もっと広い意味で、漠然と弦楽器ぐらいでお考え下さい。
因みにメロウとは、アイルランドの人魚のことです。この話の元ネタの一つ。
名前って大事なものだと思うのですがどうでしょう。