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ひさびさの本格的台風直撃だったので、ちょっと怖かったですが、皆さん大丈夫ですか?私は夜、荒れ狂う風の音を聞きながら、(明日の体験、どうやって施設までたどり着こう…)ってずっと考えていました。休む、という選択肢はお出かけしていた模様。
これから色々忙しくなっていくので、とりあえずこれだけ、置きに来ました。人魚話が好きです。
あとこの話、これから残酷描写でてくることもあるので、(今回はないですが)閲覧ご注意下さい。
就活ってなんぞ。
リビアン LI BAN
リビアン。リビアンー…。
呼ぶ声が聞こえる。呼ばれているのはわたしだ。
わたしを呼ぶのはだれだろう。
§謳う鳥§
「リビアン!どこに行ったんだい。リビアン!」
戸口から半分体を外にだして声をはり上げたが、目のとどく範囲に娘のすがたはない。
「リビアン!はやく出てこないと晩ご飯ぬきにするよ!」
「わたしはここよ。母さん!」
もう一度呼ぶと、今度はすぐさまあわてた声が返ってきた。母親はためいきをついて、声のした方に顔をむけた。
「またおまえはそんなところに登って。落ちたらただじゃすまないんだよ」
家の脇の樹上で、おさげがゆらゆらとゆれる。
「あら母さん。わたしが落ちたことないのは知ってるでしょう?それにここ、とっても気持ちいいのよ」
「いいから早くおりといで。洗濯ものとりこんで、水を汲んでおいてくれって言っただろう。どっちもやってないじゃないか」
「今からやるわ!」
言うがはやいか、器用に木をおりてくると、少女は物干し台にかけていった。
西日と心地よい初夏の風をまつわりつかせて走る娘のせなかを見おくって、母親はひとつ、息をつく。これがいつもの光景だ。結局ゆうがたになり、母親にせっつかれてからようやくしごとを片付けてた娘は、根菜中心のスープをお腹におさめて床につく。
よく朝、朝食の席で母は娘にたずねた。
「どうしてあんたはいつもいつも木の上や屋根の上にのぼるんだい。一体なにが楽しいんだい」
「わたしは空がすきなのよ、母さん。高いところに登ればすこしでも空に近づけるでしょう。ああ、わたしできることならずっと空をながめていたいわ。鳥はいいわね。空にゆけるのだから」
娘ははきはきと応えた。そして朝食をたいらげるやいなや家をとびだしていったので、母はその背中にむかっていった。
「そんなに空がすきなら、いっそ鳥になっちまいな!そのうち人間がいちばんだって気づくよ!」
さて娘はきのうと同じ木に登り、さわやかな風にふかれていた。幹に体をあずけてみあげると、枝々の間から、きょうも青い空がみえる。
空ほどすてきなものはないわ、と娘は考える。
日が照りくもが流れ、色はうつりかわり月がでて星が光る。日ごと月ごと時ごとに、ひとときだって同じすがたをしてはいない。
鳥になる。それはよいかんがえに思えた。空を飛び、どこまでもどこまでも空とともにあるのだ。
空を見上げながら、むすめは夢想する。
あの空をよこぎっていく鳥のように―。からだは今よりずっと小さく、そしてかるくなる。そのほうが飛びやすい。枝の上でしっかりと体を固定できる脚。時には休むこともひつようだから。そして羽。空をとぶための大きな羽。その羽をひろげて、空に吸い込まれるように、ぱっと飛び立つのだ。風にのって。高く、遠く、空の近くに。
上空は地上よりも風がある。初夏の風はすこし湿気をふくんで、なおかろやかに、濃密な草の香りをはらんでいる。いまや鳥になったリビアンの体を風がくるむ。視界いっぱいの空には、白いふわふわのくもが泳いでいて、遙か下のみどりの原に影をうかべている。ヒースの原をすぎてあの丘をこえれば、リビアンのいったことのない場所になる。空はひたすらに広く、どこまでもどこまでもつづいていく。どこに行ったところで、空の下であることに変わりはなく、リビアンは飛びつづける限り、空の中だ。
ひらけた視界の向こうに、海が見えた。空のあおと海のあおが接する地平線がもりあがって見える。空の色を映してうねる海は、空とは別種のあおいろだ。
たいようの光をいだく空をうけとめる海は、その奥に海底の闇を抱えているから。
潮の匂い。羽毛が潮の香りでべたついてくる。重くなってきた羽をふるって、傾きかけた太陽を追って、まだ飛んでゆく。
そして海に出た。
日の光をうけた海は、さざ波の一つひとつまできらきらとひかり、どこまでも広がっている。
あまりにも雄大な眺めに、リビアンは感嘆の溜め息をもらした。その瞬間、リビアンは空ではなく海をみていたのだ。
とうとつに、耳の中で声が響いた。
「リビアン!戻っておいで、リビアン!」
母の声だ。その声は否が応でもリビアンをひきつける。しかしリビアンは抗った。引き返しそうになる体を、ぎりぎりで止めて、さらに先へと体をすすめる。羽に重しがつけられたように、体がおもい。飛ぶ速度は格段におちた。それでも彼女は、じりじりと落日に向かって飛ぶ。
太陽は今やかがやかしい黄色から、熟れたアプリコットのように、時満ちて落ちる予感を感じさせる色となり、周囲の空にもにじんでいく。とろとろと熔けかかる太陽はふくらんで、海にぽたりと零ちる手前の雫。
リビアンはこれまでになく大きく、羽を一振りした。それはついに、リビアンを後ろに引く力から彼女を解放した。
リビアンは高らかにうたいたくなった。体中が歓喜に満ちている。母の悲鳴がきこえた気がしたが、気にはならなかった。
しかし、いきなり解放されたリビアンの体は、勢いあまってバランスを崩した。
ぐるり。
反転。
脚は空に。
頭は海に。
反転した世界で太陽はリビアンとおなじ方向に進み、待ちきれないばかりに熔けだして、海にふれる。海はなにもいわずに太陽を受けいれ、やがて赤くなっていくだろう。海が、空が、青を残して。
あおとあかはそのうち混ざり合って深くなって闇を生みだすのだ。
太陽と海がおやすみのキスをする。
ああ、おちる。
ぽちゃん。
波に意識がのまれるなか、やさしく温かい腕に抱かれた気がした。
沈んでいく。
リビアン。リビアン―…。
母が呼ぶ声がした。
(呼んだ?母さん)
声は大気をふるわす音にはならなかったが、リビアンは目をさました。