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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 卒論提出完了!!
 やっと解放されました!さ~て、これで後はレポート四つとテストを一つと口頭試問の準備と就活か。…あれなんか、終わってないぞ。
 卒論終わったら読もうと思って積んであった本にも手を付けたいです。
 
 そんな中でも、文藝部の部誌の原稿だけはなんとか書いたんですけど。これが最後になるので、とにかく出そうと思って頑張りました。
 今年一番のテーマは「椿」。
 椿、水仙、梅は寒い初春の花で、どれも凛とした愛らしさがあって好きです。本当は梅や水仙の話もこれを機に書きたかったのですが、流石にそこまでの時間はありませんでした。そして私一人でそこまで紙面使えません。全部書いたら頁数が大変なことになる。
 卒論テーマが頭から離れなかった結果、なんとなくこんな形になってしまいました。という話です。(卒論は直接には関係ありません。イメージです。)


  庭の侘助の莟がゆるむ。今年もそろそろ彼女が出てくる。

 白比丘尼
                                    

 まだ、しんしんとした寒さの身に染みる初春。やんわりとした日差しの下、雪を踏み進む。幾度となく通った道筋。向かう先は例年変わらぬ洞窟。
 父と叔父と兄と自分。互いに言葉を交わすでもなく、粛々と進んだ。
 毎年やってくる我が家の儀式。
 洞窟の周囲は椿の木で埋め尽くされている。ほとんどの莟はまだ固く、ただ早咲きの侘助だけが、ほんのりと口を開きかけている。
 我が家の一番早く咲いた侘助椿を一枝持って、家長の父が声を張り上げた。
「尼公さま。お迎えに参りました」
 すると洞窟の奥からゆっくりと彼女が現れる。まるで、椿の匂いに誘われるようにふらりと。
 ほっそりとやせた体に白い衣を着て、寒空の下、今にも折れてしまいそうな儚げな風情。洞窟から一歩踏み出た、素足がさくりと雪を踏む。
 歩み寄った父が、手に持つ枝を彼女に差し出し、細い指先がそれを受け取る。彼女の白い肌に、白い衣に、白い花。ただただ葉の緑のみが濃く深く。
 一輪の侘助は彼女そのもののようだ。
「お役目ご苦労様」
 彼女の声は少し低く、そして甘い。
 伯父と兄が運んできた輿に、彼女が乗り込む。輿は簡素な枠組みに白布をかけただけのもの。彼女が中に入ると、父がさっと布を下ろした。重みの増した輿が再び持ち上げられる。
 そこらから莟のついた椿の枝を折り取り、それをかざした父が輿を先導する。私も椿を一枝手折って、輿の後ろに着いた。
 きし、きし、と雪を踏みながら来た道を戻る。剥き出しの手や頬が冷たくて、のろのろとした歩みがもどかしい。そうやって、ゆっくりと村に戻った。
 寒さから、戸外に出ている村人はそんなに多くはないけれど、皆輿を見ると手を合わせる。静かな村の中を通り、家までようやく辿り着く。門をくぐり、玄関の手前に輿を下ろした。扉は開け放たれている。
 玄関からすぐに四畳半の小部屋がある。そこに、母、伯母、従姉妹が並んで三つ指をつく。
「お越し遊ばせ。尼公さま」
「今年も世話になります」
「謹んで、つとめさせて頂きます」
 そこから先は、彼女は女達と一緒にゆく。湯殿に向かうのだ。
 私たちは輿を片付け終えたら座敷に上がり、ほっと息を吐く。
 湯殿で体を清めた後は、暖められた離れの座敷に彼女を迎える。彼女から何か言い出さない限り、後は日に三度の食事を届ける以外にやることはない。彼女は非常に大人しい客だ。
 彼女をもてなした我が家は今年一年の安泰が約束される。彼女の滞在中は、福を分けて貰おうと村の者も集まってくる。それも気前よくもてなしてやる。それが我が家の役目だ。
 彼女は離れに居ることもあれば、村の中に出ていくこともある。出て行く時は、いつも椿を一枝携えていく。椿は彼女の象徴だ。
 その年、庭に出た私は離れの濡れ縁に腰掛けて日にあたっている彼女の姿をみとめた。白い着物に白い頭巾で頭髪を覆う姿は常と変わらない。庭から手折ったらしい椿が、その手の中で遊んでいる。
 ぼんやりと見ていたら彼女の方も私に気がついて、「弥太郎」と私の名を呼んだ。呼ばれた私は歩みより、深く頭を下げる。詳しいことはまだ分かっていなかったけれど、彼女は特別なのだということだけは分かっていたから。
 敬うべき存在だと教えられて、しかし畏れるには彼女の雰囲気はあまりにも柔らかい。 
「大きくなりましたね」
 彼女は春の日ざしを纏わせて微笑む。
「……はい」
 どう対応したら良いのか分からないことと、自分の覚えていないような幼い頃を相手は知っているということからくるなんとはなしの気恥ずかしさとで、私の返事は少し遅れて、小さな声になる。それも口の中でくぐもってしまう。
 少し間が空いて、彼女が言う。
「今年で六つでしたか?」
「…はい」
 もう一度微妙な間ができるのを恐れて、気まずさを押して私は言葉を継ぐ。
「尼公さまは、お幾つでいらせられますか」
 言い終えてからもっと良い話題はなかったものかと思う。空気は変わらず冷たいのに、じわりと頬を熱が渡る。
「さあ、どうでしょうかね」
 返された言葉は曖昧。ただ誤魔化されたというよりは、彼女自身もよく分からない風だ。
 私の幼い頃のぼんやりとした記憶の中でも、彼女は今と変わらぬ姿だった。祖父の話でも彼女はずっと変わらないという。だから彼女はそういうものなのだろう。ずっとこのまま。そうなのだ。神は成長しない。
「弥太郎のおじいさんも、そのおじいさんも、そのまたおじいさんも、私は知っていますよ。もうずっと昔から、私は…」
 それは途方もないことに聞こえた。
「そんなに昔から、ここを守ってくれていたのですか」
「そういうことになるかしら」
 そう言ってふと庭の椿を見遣った彼女は、今度は体ごと私に向き直る。
「でもね、本当にここを守ってきたのは―守っていけるのは、日々をここで暮らすあなた達自身ですよ。私は望まれてこうしているけれど、私の存在は、気休めみたいなもの。あなたの手で、大切なものは守るのですよ」
「はい」
 とりあえず、私はこくりと肯く。
 彼女は表情をゆるめて、手に持つ椿を私に差し出した。
「いつ見ても、ここの椿は美しい。昔からずっと…これは変わりませんね」
 私が椿を受けとると、そう言って彼女は庭を見渡す。家の庭は椿だらけで、特にこの離れはぐるりを椿に囲まれている。時に、村の者はうちの家や彼女のことを椿さまと呼ぶ。
「尼公さまが、お好きな花なのでしょう?」
 彼女はいつでも椿と共にある。
「好きかどうかなど、もうわかりません」
 だが彼女からの答えはひどく意外なもの。
「それだけ近いものだということです」
 彼女の白い手指が手近の花に伸ばされる。愛でるように、いたわるように、そっと。
「私の友人が、好きでした。たった一輪の椿のために命もかけようというほどに…」
 それは一体どれだけ昔の話なのか。見当も付かない。
「そのご友人は、今は?」
「私が食べてしまいました」
 彼女の手の中で、ぱきんと椿が一枝手折られた。
 私は瞬間言葉をなくし立ち尽くす。
 うふふ、と彼女が笑う。
 特徴的な艶のある緑の葉に覆われた庭。花はぼつぼつと咲き、既に咲ききった花が首から落ちて、地面に転がる。紅、白、桃色、斑点模様。とりどりの花は春の訪いを告げるように庭を飾る。彼女の洞窟を飾る。萌えいづる春。その直前にやってくる彼女。艶やかな緑の葉と艶やかな花に囲われて、真白い彼女も一輪の花のよう。
「お、おいしかったですか」
 何故か真っ先に形を結んだのはその言葉。
 不意を突かれたように瞬きをして、彼女は少し不思議そうに、おかしそうに、
「さあ、どうだったかしらね」
 そう言った。
「弥太郎兄様!」
 不意に、私を呼ぶ声。夢を破られたような心持ちでふりむくと、母屋の影で、まだ幼い従兄弟がこっちを見ている。
「兄様!」
 なんだか必死な風にもう一度呼ばれて、私は彼女に目を戻す。と、彼女はにこにことして肯いてみせる。
「行っておあげなさい」
 私は頭を下げ、従兄弟の元へ足を向けた。
「どうした?」
 私が問うと、従兄弟は何も答えずに私の着物の裾を掴む。そしてそのままぐいぐいと、私を引っ張っていく。何度尋ねても理由は言わなかったけれど、元来臆病な子だから、又何か怖いことでもあったのだろう。
 椿の花が終わるころ、彼女は来た道を辿って洞窟へ帰る。そしてまた次の年まで出てこない。
 それ以来、あの日のように彼女と話をする機会は巡ってこなかった。しばらくして私は遠い親戚の元に養子に入り、村を離れた。懐いてくれていた従兄弟は、最後まで私にしがみついて別れを惜しんでくれた。
 新しい村は町から近く、私の生まれた村とは大分様子が違っていた。ガスの灯りに驚き、初めて洋服を着た人を見た。
 久しぶりに彼女の話を聞いたのは、それから随分経ってのことだ。
 町に用事があったついでだと顔を見せてくれた兄は、すっかり大人になっていた。
 その晩は二人で呑みながら、色々と懐かしい話をした。
「正之進はどうしています?」
 兄の話の中に、あの大人しい従兄弟が出てこないのを不思議に思った私が話を向けると、ふと兄の顔が曇った。
 重たい兄の口から、私は彼女の話を聞いた。
 毎年毎年彼女を迎え、村の者にも色々とふるまってやるのは、いくらうちが裕福であったとはいえ、かなりの負担であったのだ。考えてみれば当然のことだ。不景気に冷え込む年は、その負担は決して馬鹿にできたものではない。うとましく思うこともあっただろう。
 そんなある年、正之進は数人の友人ら若者達だけで、彼女の洞窟に向かったらしい。
「あんな得体の知れないもの、これ以上家に入れたくはない」
 と言っていたそうだ。そこへ乗った正之進の友人達の言い分は、
「あんな時代遅れのものがいるから、この村はいつまでも文明に遅れているんだ」
 というようなことだったらしい。
 彼女の洞窟へは村の者は入らない。そこへ彼女を迎えに行き、またそこへ送っていく。中には決して立ち入るなと教えられて育つ。その禁所へ彼らは入っていった。
 その日彼らは帰ってこなかった。
 一日経ち、二日経ち、椿さまの怒りにふれたのだ、もう戻ってはこまいと老人達から言い始めたころ、彼らは帰ってきた。
 六人全員、すっかりほうけていたそうだ。
 最早何を言っても分からず、日がな一日ぼんやりとしている。今は気丈な従姉妹がほうけた弟の面倒を見ているらしい。
 そしてそれから、彼女は姿を見せなくなった。
 だからといって、特に村に変事がおこることは今のところないらしい。屋敷の庭と、洞窟の周辺の椿だけが、今や彼女の名残だという。
「あれはなんだったのだろうなぁ」
 少し赤くなった顔で兄が言う。手扇で顔を煽ぐから、夜風を入れてやろうと障子を引く。さっと冷たい空気が流れてきて、ほてった頬に心地よい。
「なんだか俺は未だに恐ろしいような気がするんだよ」
 この庭にも椿が植わっている。私が植えた。風に乗って匂いが伝わってくる。月光に照らされてほの白く咲く、決して開ききらないあの花。
 彼女はあの椿のような人だった。


 

 言うまでもなく、八百比丘尼伝説が下敷きです。数あるパターンの一つに、椿とからめられる話があるので。
余談ですが椿は一輪だけでも存在感があって、床の間に侘助椿(白椿)を一輪だけぽんと投げ入れるように飾っている、という図が、すごいツボに入ってしまったことがあります。そのイメージで書きました。
 

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