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それはともかく、少し前に千夜一夜物語を読み終えました。思うことは色々ありますが一つには、女性が生きるには窮屈な世界。少なくとも私はこれしんどい。それと絶対権力って怖い。王様がめちゃくちゃすぎることしても、通ってしまう。あまつさえ王様だから、とすばらしいことのように語られる。こわい…。
アラビアンナイトな世界に行くことになったら絶対なりたくない職業=大臣。王様が理不尽だし、振り回されるし、まともなこと言っても相手にされないし、疑われるし、報われないし、……あんまりだ。
なんだかひどいことを連ねてるようですが、やはり魅力的で、そういう雰囲気の話なんかは次回少しできたら。
以下は千夜一夜(私が読んだのはマルドリュス版・千一夜物語)を読んで、書きたくなったものです。関係あるのかって聞かれたら別に、舞台設定はアラビアンでなくとも全然問題ない話で、あんまり特定するような描写もしてませんが。
一、臆病者
引き立てられてきた大臣は、当惑しきった惨めな顔を晒していた。対する私は玉座にずっしりと腰を下ろし、たっぷりと布を使った上等な衣に、宝飾品もふんだんにあしらい、申し分なく堂々としたたたずまいである。いつもは私の傍らで裁く側に立っている大臣は、広々とした裁きの間の中で、今はひどく小さく見えた。
これまでは、その一挙手一投足がいちいち気に障った。何をしていても、いつもその片目がこちらを見ているような気がしたものだ。しかしこうして見ると、なんとも冴えない男ではないか。一体私はこれの何がそれほど脅威になると思っていたのか。だが、目障りな芽は若い内に摘んでおく方が良い。不安の種を残しておくのは、やはり良くないことだ。
もう十分な間をとったろう。私は口を開き、せいぜい重々しく宣告する。
「汝に死刑を申しつける」
大臣の顔から血の気が引いた。
「な、何故ですか!?わたくしが何をしたとおっしゃるのです?わたくしは、決して、そのような罰を受けねばならないような罪は犯しておりませぬ。何の罪によってわたくしは咎められるとおっしゃるのです?」
「覚えがないと申すか」
「ございませぬ!」
さも自分は潔白であるという顔をするのだ。大臣は。だがそれも今日までのことだ。そのことが愉快で、口の端が持ち上がるのを抑えることが出来ない。
「ならば教えてやろう。汝は余を憎んでおる!汝のその、失われた目と手の故に、汝は余を憎み、余を弑そうと企んでおる。それが汝の罪状じゃ」
「そのようなこと!滅相もないことでございます!」
片目と片手の手首から先がない大臣は、世にも哀れにうろたえて、いっそ滑稽である。大臣がそれらを失って久しく、目を失ったのは私がまだ王子であった時分のことだ。
その時からずっと、私は大臣は警戒していた。
「黙るが良い。今更見苦しい抗弁なぞしても判決は変わらぬ」
「いいえ。誓ってわたくしは陛下を害そうなどと考えたこともございませぬ。どうぞ寛容を以てわたくしの言をお聞き入れ下さり、賢明なるご判断をお下しください」
この期に及んでも、大臣は冤罪を主張するつもりのようだった。
「いいや、汝は余を憎んでおる!そのような者を捨ておいては、後々どうなるか分かったものではない」
「そんな!わたくしは陛下の鷹に目をえぐられたときも、陛下がわたくしの腕を酔いに任せて切り落とされたときも、それによって陛下に仇をなすようなことはございませんでした。そうでありましょう?それを何故今になってそのような」
「それは余が王であり、いずれ王になる者であったから、口を閉じただけのことであろう。違うか?汝は一度も余を憎まなかったと、神とその預言者にかけて誓えるか?」
大臣は一瞬に言葉につまった。それで十分であった。
誠実なのは良いことだ。神は嘘を喜ばれない。しかるに大臣の誠実さは、主である私ではなく、神に向けられるものであったようだ。
私は警吏に命じた。
「その者を処刑場へ」
両脇を固められ、引き立てられていかんとする大臣は、体に逆らい、ひねった首だけでこちらに向かい、叫んだ。
「わたくしは今までただの一度も、あなたをお恨みするようなことは申しませんでした!目を奪われ、右手を奪われても!王であるあなたに恨み言など申さず仕えて参りました。その忠実な臣下に対する仕打ちがこれですか!」
そうして大臣は引き摺られていった。
たしかに、大臣は不平も不満も口にしたことはなかった。目を失い、手を失ったにも関わらず!それこそが私には恐ろしかった。私の鷹が目をえぐり、私が手を切り落とした男が、何も言わずに仕えているのだ。私は私の過失を認めることすらできない。私は私の罪を知っている。しかしその罰は私には与えられない。私が王であるが故に。しかし罰のない罪は果たして罪なのであろうか。罪は罰によって報いられるべきものである。罰がないのなら、罪もないのではないか。
しかし私の罪を知っている者が私以外にもう一人いる。それが大臣であった。私は私の罪を罰した。私の罪はなくなった。もう恐れる必要はないのだ。大臣の手も大臣の目も、もう私を悩ませはしない。
……私は私の罪を知っている。
つづきます。
と言っても、そのまま続く訳ではないですが。いや要するに大臣って損な役だよねって話ですが。書きたいのはもうちょっと別の部分で。その話は続きでします。