[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
要するにそう言う話。最初の方からもうとんでもない、というかろくでもない王様である。千夜一夜に出てくる王族ってだいたいこんなイメージです。
それはそうと、このシリーズのタイトルに使っていたのは石垣りんの「旅情」からの言葉です。
小説に比べて詩はあまり読まない方ですが、石垣りんは好きな詩人さんです。夢見がちさはなく、ひどく日常的な詩を書く人です。日常に根ざしたものをえぐっていくというか。えげつない、というか、静かにぞっとさせられるものがあります。なんというか、生きているだけで積み重ねていく業のようなものを感じるのです。「しがらみ」の詩人さん。いやこれは私の感想ですが。
三、聖人
大臣は跪いて王を見上げた。広々とした政庁で王までの距離は遠く、張り上げなければ声は届かない。その距離をつめることは、今の大臣には許されない。―この国に於いて絶対的な王の意志によって、罪人とされたものには。
大臣は困惑した目を玉座に向けた。王が王子の頃から仕える大臣は、かつて彼我の間にこれほどの距離を感じたことはなかった。
「汝に死刑を申しつける」
王の声が政庁に響き渡った。跪いた大臣はその声に背を打たれ、顔を上げた。
「何の罪によってでございましょう、王よ?」
清廉で知られる大臣は、背筋をのばして王を見据えた。困惑はあれども、彼自身に後ろめたいものはない。怯まなかったといえば、流石に嘘になるが。
豪奢な装いに身を包み、玉座にはまり込んだ王は、大臣の方を見ながらも、大臣とは目を合わせようとしない。
「聞いてどうする」
答えはやはりよく響く声でなされた。しかしそれがある種の強がりであることは、長年の付き合いの大臣には分かった。威厳ある為政者であろうとする王は、時折、殊更に傲慢そうなそぶりを好むのだった。それは勘違いであると、たまに大臣はたしなめていた。王者ともあろうものが、むやみと人を威圧するような態度をとるものではない。王は何者をも恐れる必要はないのだから、何者にも恐れさせようとしなくてよい。しかし果たして、大臣のそれらの言葉は王には届いていなかったようだ。
それでも、大臣は王にむかって言葉を紡ぐ。
「わたくしには心当たりが御座いませぬ故、理由をうかがった上で誤解を解く機会を頂きたく存じます」
真実を述べるのに臆する必要はない。これも大臣が王に言ったことであった。あくまで慇懃に対する大臣に、王は苛立って言葉を投げる。
「ならば教えてやろう!汝は余を憎んでおる!汝の目と手を余の為に失ったと!汝は余を憎み、いずれ余を弑そうと企んでおるのじゃ!」
何一つ証拠の示されていない罪状を、それでも妄言と片付けてしまえないのは、ひとえに発言者が王であるからだ。
「滅相もないことでございます」
「黙るがよい!何と言おうと判決は変わらん!」
「裁きとは、広い視野と寛容な心をもってなすものでございます。陛下」
「どちらも汝のおる限り余の持たぬものじゃ。汝を生かしておいては余の心が安まらん」
大臣は静かに瞑目した。
優秀で有能な大臣の鼻を遂にあかしてやったと、王は顔に喜色をのぼらせた。
目を奪われても手を奪われても、恨み言一つ洩らさず大臣は従ってきた。なんと忠実な臣よと周囲が褒めそやしても、王は気味が悪くてならなかった。忠実で、有能で、いつでもその存在を目の端でうかがってしまう。これを自らの力で屈服させて、その膝を折らせなければならないと王は感じた。
「その者を処刑場へ」
これで大臣が取り乱し、命乞いでもすれば、王は満足しただろう。しかし大臣は体を折り、王の御手の間に接吻して言った。
「我が君のお望み通り。お言葉承り、仰せに従います」
その場の全員が息を呑んで見詰める中、警吏に脇を固められ立ち上がった大臣は、微笑んでさえいた。
惜しみ、悲しむ視線に送られて、大臣は政庁を出て行く。その背に言葉を投げかけようと、開いた王の口からは、只の一語も出ないまま。
「………」
了
以上です。ちなみに三つの話はそれぞれ平行世界。ちょっとずつ王様と大臣の関係性が違います。
これは、王様がろくでもないということともう一つ、三人の大臣、どれが一番いやだろうか、と。そういうことを考えながら書きました。今回のが一番怖いと思うのですが。どうでしょう?