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紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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 初詣で引いたおみくじに
いつかわれ苦しき海に沈みゆく 人みな救う綱をおろさん
 って書いてあったんですけど、他にも慈愛の心を~とか。一体私は何を求められているの。弟が引いた自分の進む道は自分だけが~みたいな、高村光太郎みたいなのに比べてこれは…。どういう年になるのでしょう。

 元旦から、年末に読んだ本に出てくる虎を救う方法を考えていました。
 私の読書体験の原点にある一冊。その中でも特に印象に残っていた話です。エロシェンコと中島敦のせいで、私の中の虎という生き物に対するイメージが大分やるせないものになっています。
 考えても考えてもあの虎を救う方法が見つからなくて。私はあの虎を幸せにしてやりたいと小さい時も思っていたのですが、幸せって何だろうとか、果ては幸せになる必要ってあるんだろうかとか考えはじめてしまってクッションに顔を埋めて悩んでるところを弟に見られて「お前なにしてんの」って言われました。説明し難い。

 理不尽に我慢がならなくて、閉じ込められているものを助けようとして、でもむこうは助けられることを望んでいなくて、相手を傷つけて自分も傷だらけになって、結局だれも助けられなくて、最後には罰を受ける虎の話です。
 すごく好きな話なんですが、友人に勧めたら、そろって「それ本当に童話なの?」と聞かれました。やや引かれました。いい話なんですよー。

 つづきに前回の続き。

 その後、大事を取ってりんは学園を三日休んだ。その三日の最終日が終業式の日だった。つまり、ひとり早く冬休みに入ったかたちになる。
「じゃあな」
「ああ、また新年に」
 隣のクラスの完爾と廊下であいさつし、
「柳、気をつけて帰れよ」
「はい。東先輩もお気をつけて」
 昇降口で出会った八束に声をかけ、寮の部屋に戻ると、昨晩の内にまとめておいた荷物を持って、周は学園を出た。次に生徒会のメンバーに会うのは休み明けになる。
 翌夕、正装に着替えるために一端屋敷に帰ってきた周は、溜まった疲れを込めて息を吐き出した。昨日帰ってすぐに夕食会がひとつ、今日も午前中から一件と、そのついでに顔見せ程度に寄った集まりがひとつ、そしてこの後クリスマスにかこつけた立食会が夜更けまで催される。すべて、家同士の潤滑な関係を保つために必要なことだ。
 眉目秀麗な周は家族としても連れ回すのに便利で、とにかくあちこち引っ張り回される。愛想笑いは好きじゃないし、連日の夜更かしは疲れている体には勘弁して欲しいものだ。
「毎年のことだし、仕方ないか」
 そう一人ごちて、周はベッドから立ち上がった。そろそろ着替えなければならない。
 そこにノック音が響いた。部屋の中の人間に用があるときノックをするのは、ごく普通の礼儀を用いた行為であってそれ自体には何の問題もない。この場合の問題は、それがドアからではなく、窓から聞こえたということだ。
 周がぎょっとして窓を見やると、外にはりんがいた。
「何をしてるんだお前!?」
 急いで窓際まで駆けつけ、がっと窓を開け放して周は叫んだ。
「メリークリスマス!周ちゃんをさらいに来たのよ」
「なんだと?」
「すいません東先輩。こんな所からで…」
「柳?」
 窓の脇からひょっこりと顔をのぞかせたのは八束だった。ここまでくると、当然その横に並んでいるのは莞爾である。三人そろって、どうやって登ったものか壁面の装飾をうまく足場に使って立っている。飛行魔術さえ使えばなんということのない高さだが、学生は学外での無断の魔法使用は禁じられている。
「辻、お前もか…」
 りんの暴走はある程度莞爾が止めてくれると思っていただけに、周は地味にショックを受けた。首謀者がりんであることにはなんの疑いもない。
「…なんでいるんだよ。しかもどうやって侵入した」
「パーティやるのに周ちゃんを連れ出そうと思って。ちょっと祝福受けてきたの」
 苦い顔での質問にりんはあっけらかんと応じる。
「お前まだ諦めてなかったのか。無理だ。これから─」
 言いかけた周の言葉をりんは遮った。
「家族で過ごすなら当日は仕方ないって遠慮してたのよ?なのに余所のパーティに出席するってどういうことよ!そんなら周ちゃんさらってあたし達で祝うわ」
「何を怒ってるんだよ」
 りんのきつい語調にひるみながら、周は言った。
「何で怒らないのよ周ちゃんは!」
 そんなことを言われても、怒る理由がさっぱり思い当たらず、周は困惑した。
「あの、りん先輩から聞きました。東先輩は今日が誕生日なんでしょう?」
「ああ…」
 横から、やや遠慮がちに言われた八束の言葉に、周は軽くうなずいた。
「友達の誕生日祝おうってのに、まさか拒絶はしないでしょうね」
 そこまで言われてようやく、りんの言うクリスマスパーティは口実であったことを周は悟った。
 毎年こんな感じで祝って貰うことなどとうに諦めていたから、周はどう返して良いか分からなくなった。
「でも、無理だ。俺は…」
「周。これ以上強情張るなら担いでくぞ」
 ようやく口を開いた莞爾の一言に、周は口を閉じた。
 考えるまでもないことだ。いつもの周なら。予定を変えて、用事を捨てて、友人の誘いに応じるなんて、できるわけがない。自分が今ここでぬけだせばどういう影響が出るか、想像できてしまうのに。
「ようし!じゃあ行きましょうか」
 いつでも周の事情など忖度しないりんは満面の笑みで手を差し出してくる。周の降参は確定していた。
「あぁ…分かった。さらわれてやるから、書き置きくらいさせろ」
 急かす三人に、それだけ言うのが精一杯だった。
 学園に入ってからの出会いによって周は変わった。それには今目の前にいる三人と、今ここにいないもう一人―彼等の追うところが大きいのは間違いなかった。それが嫌ではなかった。彼等の前ではそういう人間でいたいと周自身が思うのだ。周にしてみれば、そう思うこと自体が一番の変化だ。
 敷地の外に出るまで、驚くことに誰にも出くわさなかった。自家のセキュリティに不安を覚えながらも、かなりの距離を、三人について周は走った。
 角を曲がった所で前方の三人が立ち止まったので、周も足を止める。
「今晩は。心地よい清夜だね」
 冷たい空気をたたいて声がくっきりと浮かび上がる。街灯の下であいさつの言葉を述べたのは、夜を切り抜いたようなぬば玉の黒髪を持つ言霊使い(ワードコマンダー)だった。
(まどか)先輩」
 してみると、さっきりんの言っていた祝福とは彼女の力のことか、と周は思い至る。圧倒的な力を誇るそれは、一般的な魔術とは違う。格が違うのだ。
「お、お前等円先輩まで巻き込んでたのか?」
 いくらなんでも事を大きくしすぎるのではないかという懸念からの言葉であったが、円真人(まひと)本人が首をふった。
「偶々。干城(たてき)と買い物をした帰りに逢ったから。東周を誘拐しに行くというので少々勝手に手を出した」
「橘先輩と一緒だったんですか?お邪魔したのでは…」
「干城は県明奈(あがた あきな)さんと一緒だ。真人とは午前中丈」
 そう言って真人はふと笑った。温かいものを語る顔と声音だった。親友と別れて寮に戻るだけだった真人は、町中で生徒会の三人と出くわした。これから生徒会長を迎えに行くのだと語る三人に手を貸したくなった。どこか無謀な優しい関係は、真人が学園に来なければ手に入らなかったものだ。
聖夜(誕生の日)を楽しむと良い。東周」
「ありがとうございました」
「左様なら。甘美な聖誕祭を(wish you merry christmass)
 そう言って真人は去っていった。その背中を見送ってから、りんが声を張り上げた。
「さあ!生誕祭といきましょう!」
 聖夜は更けていく。



おわり。
 ところで風邪って創作上では定番のイベントですが、実際問題風邪引いたからってそんなおいしいこともないですよね。しかし私は定番と王道を愛している。
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