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入れ子構造なお話です。まずは事の発端と、シェハラザードが紡ぎ出す物語。その数々の話の中で、更に登場人物が二重三重に物語を語り出す。それからパターン。幾つかの定型が存在していて、予定調和だったり。かと思えば、勧善懲悪というわけでもなく、悪人は上手いことやりやがった、で終わる話もあったり。
現代の日本の私の感性からみると、結構どうかと思うものも多いですけど、確かに魅力的。
イスラーム系の美しさは、三日月の美しさだと思いました。
あの、相手を撫で切る三日月刀のような、優美で艶っぽい感じ。
この例えでいくと、中国は満月の美ですね。そして日本は水に映じた月影を愛でる文化だと思う。
それはともかく前回の続きです。
二、慕い手
私は玉座につく王を見上げた。
理由は分からないが、どうもこれが私にとってよくない事態なのは確かだ。
今朝、いつも通り政庁へ出仕しようと支度していたところ、警吏が自宅に押し入ってきて、王の命により私を連行すると告げた。
結果として行き先に変更はなかったが、立場は大いに異なる。普段は大臣として王のお傍にあるのだが、今日は何らかの被疑者であるらしい。
なにやら王の御不興を買ったようだが、来る道々考えてみたものの、心当たりが全く無い。従ってこれからの予想がつかず、対策の立てようがない。
顔なじみの警吏が一人もいないのは、あえてはずされたとしか思えず、事は深刻なようだ。あまりにも唐突な感はあるが、流石に悪ふざけということもないだろう。少々突飛なところがおありになるが、我が君は本来真面目な方だ。
裁きの間の奥に座る王は、今日も色鮮やかな布地をたっぷりと身に纏って美しい。指輪や首飾りもふんだんにあしらわれている。着道楽は、狩に次ぐ王のご趣味だ。ご自分に似合うものをよく知っておられるから、何処に行っても見栄えのする王だ。
「汝に死刑を申しつける」
あまりのことに一瞬頭がついてこなかった。
床に伏せていた顔を上げ、思わず身を乗り出して、私を尋ねた。
「何故ですか?わたくしが何をしたとおっしゃるのです?何の罪によってわたくしは咎められているのですか?」
「覚えがないと申すか」
言い逃れは許さない、と王は表情で伝えてくる。あの、厳格そうな、冷酷そうな顔は、王がよく人前でつけられる仮面の一つだ。王という役割を意識しているときの顔であり、人に示すと共に、ご自分でも少々酔っておられる。使い慣れた仮面の下に、今回あるのは何であろう。
「ございませぬ」
このままでは死刑にされる。それは間違いないのだが、どうにも王の真意が計りかねた。なんとかその意図をくみとれないものかと言葉を重ねる。そして王の返答に耳を傾けた。
「汝は余を憎んでおる。余のためにその目と手を失い、そのことをを憎んでおる。そして余を弑そうと企んだ。それが汝の罪状じゃ」
私は息を呑んだ。王は厳しい顔つきのまま、図星を指したとばかりに口の端を吊り上げた。
成程、と思うと同時に、何故今、という疑問が浮かぶ。王が私に失わせたものを気にしておられることは知っていたが、いずれも随分以前のことだ。
だがそんなことよりも、死を望む程に憎んでいると思われていたという事実に、愕然とする。
「滅相もないことでございます!」
叫んだ言葉は本心だった。私は王を憎んだことなど一度もない。失われた手にしろ、目にしろ、不便には違いなかったが、それによって王の目が私に注がれるようになったのは喪失を補ってあまりある喜びだった。別段優遇されたわけではない。だが王の目は度々私の目、ついで手のあった所に向けられた。
王が気にしておられるのは知っていた。しかし気にしないで下さいとは言えなかった。―王から何も言われていないのに、出過ぎた口はきけない。そんな建前以上に、王が私を気に掛け、王の目が私に向けられているという幸福を逃したくなかったのだ。
王が私を疎んでおられることもうすうす感じてはいたが、まさかそのように考えられていたとは。いや、恐らく王が私の処刑を決断されるまでに至ったのには、何者かの後押しがあったのだろう。けれど最早、それが誰であるかは問題ではない。ひとたび決めたことはそう簡単には翻意されないのが我が君だ。
「わたくしは心から陛下をお慕い申しておりました。誓って、偽りなく」
「なんと言おうと今更判決は変わらぬ。汝のような者を傍においていては、余の心の落ち着く時がない」
これまでの私の衷心に返ってきたのがこの言葉か。
憂慮すべきことだと、思う一方で、私の心の内では悦ぶものがいた。
私が王の心を煩わせる存在になっていたという事実に。
王に仕え、王のために役立ちたい一心であったはずなのに。
潮時なのだなと思った。私がいなくなることで、王の憂いが除けられるのなら、これはこれで、王のためとなる死だ。
「その者を処刑場へ」
黙り込んだ私を見下ろし、王が命じる。両脇を警吏に固められて立ち上がった私は、最後に王を見上げ、思いの丈を、少しでも、残したいと思ってしまった。そしてそれは王の望んだ言葉なのだという気がした。
「お恨みします」
次で最後。