紅露と黒巳と紫陽花のオリジナル小話不定期連載中
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夏休み中に書くと宣言したにも関わらず、進まないことすすまないこと。とりあえず起承転結の「起」の部分は書けたので、置いておきます。なんという遅筆……。
話変わるんですが、一昨日博物館で展示解説の実習をしていたところ、観覧者のお一人と話が弾みまして、そうしたらその方がそっとチケットを差し出して、余り物だけど良ければ、と言って下さったので、昨日は其のチケットを握りしめて行って参りました。岩澤重夫展。
すごく私好みの絵でした。お腹いっぱい。
深みがあって流れがあって、どっしりしていて素敵。画面ほぼ同系色ででもとても細かく色んな物が書かれていたり、画面の奥と手前がくっきり浮かび上がって厚みがあったり……上手く表現できません。コメンテーターとか出来ないよね、とよく言われる人間です。
でも良かった!
話変わるんですが、一昨日博物館で展示解説の実習をしていたところ、観覧者のお一人と話が弾みまして、そうしたらその方がそっとチケットを差し出して、余り物だけど良ければ、と言って下さったので、昨日は其のチケットを握りしめて行って参りました。岩澤重夫展。
すごく私好みの絵でした。お腹いっぱい。
深みがあって流れがあって、どっしりしていて素敵。画面ほぼ同系色ででもとても細かく色んな物が書かれていたり、画面の奥と手前がくっきり浮かび上がって厚みがあったり……上手く表現できません。コメンテーターとか出来ないよね、とよく言われる人間です。
でも良かった!
峠は越したとはいえ、まだ蒸し暑さの残る中、じりじりと太陽に炙られるのを避けて、彪と架楠は青蓮を待っていた。
二人がいるのは、茶屋の庇の陰である。青連はその茶屋の中で、火難除けのまじないを頼まれているところだ。暑気にあてられた人たちが、ちらほらと茶屋の傘の下に腰掛けている。今もまた一人、旅装束の女がやってきて腰を下ろした。
着ている物は上質で、挙措も品がある。全体の印象はやや地味だが、着物の組み合わせがさりげなく感じがよい。守り袋を下げたその姿は、いかにも良い家の者なのだが、その割には共の一人も連れていない。
不思議な女だった。
女が笠を脱いで顔を上げた。
拍子に、ふと架楠達と目が合う。とは言え架楠は顔を布で覆っている。目があった気がしただけ、というのが正解だろう。けれど子供の二人連れに、何を思ったか女はにこりと笑んだ。
女は、注文を取りに来た店の男との簡単なやりとりの後、もう一度二人に向き直ったかと思うと白い手で手招きをする。
子供が好きなのだろうか。警戒心を起こさせない笑顔で手招きをするものだから、彪と架楠は招ばれるまま、庇の下を出た。
「坊やたち、こんなところで、大人の人は一緒じゃないの?」
見た目通りの柔らかな物言いで、女は近づいてきた二人に話しかけた。
「ちょっと用事があって。僕たち待っているところなんです」
「そう。暑いのにおとなしく待ってて、偉いわねぇ」
架楠が答えると、女は、被った布ですっぽりと顔を隠したその姿を気にも留めない風に、優しく笑う。おっとりとした笑い方で、そっと口元に当てられた袖口が慎ましく指先を覆っている。
「二人は兄弟なのかしら」
「そういうわけじゃないですけど」
「家族だ」
ぶかぶかした頭巾の下から利かん気そうな目をきらめかせた彪が答える。その返答をどう取ったのか、女は「そうなの」とうなずいて見せた。
店の男が茶と茶菓子を運んできた。
「よければどうぞ」
「え」
「いいのか?」
「ちゃんとおとなしく待ってて偉いから、私からご褒美よ」
「ありがとなっ」
「ありがとうございます」
女が柔らかくほほえんで勧めてきた目の前の皿に、礼を述べて二人は手を伸ばす。ほんのりとした甘味に、少ししょっぱさが混じった、夏向きの菓子だ。
「おばさん一人旅なのか?何処に行くんだ?」
早くも食べ終えた彪が、女の装束を見ながら尋ねた。
「何処へ行くのかは、特に決めてはいないの。人を捜しているのよ」
よく見れば随分すり切れた着物の膝に手を置いて、女は焦がれるような表情を見せた。
「見つかるといいですね」
「ありがとう。必ず見つけるわ。―じゃあ、私はそろそろ行くわ。縁があればまた会いましょう」
「待たせたね。行こうか」
女が代金を置いて立った直後に、青蓮が姿を現した。
「青蓮さん。あの人にさっきごちそうしてもらったんだ」
「おや…。ありがとうございました」
青連の言葉に、立ち去りかけていた女は振り向いて少し足を止めたが、笠の下で軽く会釈をしただけですぐに行ってしまった。
巫女装束の青蓮に思うところでもあったのだろうか、とも思うが、それにしても先刻までの女の柔らかく丁寧な物腰からは考えられない素っ気ない仕草に、架楠は首を傾げる。自分達と対していたときに比べて、ずいぶんとぎこちない様子に見えたのだ。
「急ぎの旅なのかねぇ」
と青蓮も言ったが、こちらは特に気にした様子もない。
「人を捜してるんだって言ってたぜ」
「そうかい。それは見つかると良いねえ」
そんな会話を交わしながら、まだ強い日差しの中を一行も別の道に歩み出す。茶屋はちょうど街道の交差するところにあり、まだまだ人通りも多かった。
子供達の話を聞きながら、それにしても、と青蓮は思う。見知らぬ人間から差し出されたものを口にして、短いとはいえ穏やかな会話もしたとは、彪も随分人間に慣れてきたものだ。
出会った当初、人間に不信感を抱いていた彪は、その後も青蓮と架楠には心を開いたが、人間全般に対する警戒は根強く残っていた。だがそれも少しずつゆるやかになってきている。このままこちらで暮らすのなら、それは彪にとって良いことだ。
そこまで考えてから、青蓮は己の思考に苦笑した。もうすっかり、彪がこのままこちらにいることを前提としている自分に気がついたからだ。
彼等が大きくなるまでは、青蓮が面倒を見てやれる。けれどいつまでも一緒にいられるわけはない。彼等が成長してどんな道を行くのか、自分がいつまで共にいられるか、そんなことは分からないではないか。
それでも、できるだけ長く共にいたいと青連は願う。一度失った身だからこそ、その願いも切実なものだった。
結局のところ、青蓮も彪も架楠も最も身近な繫がりを一度失い、その隙間を埋めるように身を寄せ合った存在だから、これが一時的な避難でないとは言い切れない。いつか、どうしたって別れは来るものなのだ。
続く
このシリーズ、本来それぞれ読み切れる形のつもりだったので、メインキャラクター以外は、其の話のみの登場人物となる予定だったのですが、今回終幕に向けて色々考えている内に、再登場となる方が出ることになりました。誰でしょう。お暇なら当ててみて下さい。
二人がいるのは、茶屋の庇の陰である。青連はその茶屋の中で、火難除けのまじないを頼まれているところだ。暑気にあてられた人たちが、ちらほらと茶屋の傘の下に腰掛けている。今もまた一人、旅装束の女がやってきて腰を下ろした。
着ている物は上質で、挙措も品がある。全体の印象はやや地味だが、着物の組み合わせがさりげなく感じがよい。守り袋を下げたその姿は、いかにも良い家の者なのだが、その割には共の一人も連れていない。
不思議な女だった。
女が笠を脱いで顔を上げた。
拍子に、ふと架楠達と目が合う。とは言え架楠は顔を布で覆っている。目があった気がしただけ、というのが正解だろう。けれど子供の二人連れに、何を思ったか女はにこりと笑んだ。
女は、注文を取りに来た店の男との簡単なやりとりの後、もう一度二人に向き直ったかと思うと白い手で手招きをする。
子供が好きなのだろうか。警戒心を起こさせない笑顔で手招きをするものだから、彪と架楠は招ばれるまま、庇の下を出た。
「坊やたち、こんなところで、大人の人は一緒じゃないの?」
見た目通りの柔らかな物言いで、女は近づいてきた二人に話しかけた。
「ちょっと用事があって。僕たち待っているところなんです」
「そう。暑いのにおとなしく待ってて、偉いわねぇ」
架楠が答えると、女は、被った布ですっぽりと顔を隠したその姿を気にも留めない風に、優しく笑う。おっとりとした笑い方で、そっと口元に当てられた袖口が慎ましく指先を覆っている。
「二人は兄弟なのかしら」
「そういうわけじゃないですけど」
「家族だ」
ぶかぶかした頭巾の下から利かん気そうな目をきらめかせた彪が答える。その返答をどう取ったのか、女は「そうなの」とうなずいて見せた。
店の男が茶と茶菓子を運んできた。
「よければどうぞ」
「え」
「いいのか?」
「ちゃんとおとなしく待ってて偉いから、私からご褒美よ」
「ありがとなっ」
「ありがとうございます」
女が柔らかくほほえんで勧めてきた目の前の皿に、礼を述べて二人は手を伸ばす。ほんのりとした甘味に、少ししょっぱさが混じった、夏向きの菓子だ。
「おばさん一人旅なのか?何処に行くんだ?」
早くも食べ終えた彪が、女の装束を見ながら尋ねた。
「何処へ行くのかは、特に決めてはいないの。人を捜しているのよ」
よく見れば随分すり切れた着物の膝に手を置いて、女は焦がれるような表情を見せた。
「見つかるといいですね」
「ありがとう。必ず見つけるわ。―じゃあ、私はそろそろ行くわ。縁があればまた会いましょう」
「待たせたね。行こうか」
女が代金を置いて立った直後に、青蓮が姿を現した。
「青蓮さん。あの人にさっきごちそうしてもらったんだ」
「おや…。ありがとうございました」
青連の言葉に、立ち去りかけていた女は振り向いて少し足を止めたが、笠の下で軽く会釈をしただけですぐに行ってしまった。
巫女装束の青蓮に思うところでもあったのだろうか、とも思うが、それにしても先刻までの女の柔らかく丁寧な物腰からは考えられない素っ気ない仕草に、架楠は首を傾げる。自分達と対していたときに比べて、ずいぶんとぎこちない様子に見えたのだ。
「急ぎの旅なのかねぇ」
と青蓮も言ったが、こちらは特に気にした様子もない。
「人を捜してるんだって言ってたぜ」
「そうかい。それは見つかると良いねえ」
そんな会話を交わしながら、まだ強い日差しの中を一行も別の道に歩み出す。茶屋はちょうど街道の交差するところにあり、まだまだ人通りも多かった。
子供達の話を聞きながら、それにしても、と青蓮は思う。見知らぬ人間から差し出されたものを口にして、短いとはいえ穏やかな会話もしたとは、彪も随分人間に慣れてきたものだ。
出会った当初、人間に不信感を抱いていた彪は、その後も青蓮と架楠には心を開いたが、人間全般に対する警戒は根強く残っていた。だがそれも少しずつゆるやかになってきている。このままこちらで暮らすのなら、それは彪にとって良いことだ。
そこまで考えてから、青蓮は己の思考に苦笑した。もうすっかり、彪がこのままこちらにいることを前提としている自分に気がついたからだ。
彼等が大きくなるまでは、青蓮が面倒を見てやれる。けれどいつまでも一緒にいられるわけはない。彼等が成長してどんな道を行くのか、自分がいつまで共にいられるか、そんなことは分からないではないか。
それでも、できるだけ長く共にいたいと青連は願う。一度失った身だからこそ、その願いも切実なものだった。
結局のところ、青蓮も彪も架楠も最も身近な繫がりを一度失い、その隙間を埋めるように身を寄せ合った存在だから、これが一時的な避難でないとは言い切れない。いつか、どうしたって別れは来るものなのだ。
続く
このシリーズ、本来それぞれ読み切れる形のつもりだったので、メインキャラクター以外は、其の話のみの登場人物となる予定だったのですが、今回終幕に向けて色々考えている内に、再登場となる方が出ることになりました。誰でしょう。お暇なら当ててみて下さい。
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