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面接官の方々は、クールビズでした。それなら受験側にも、クールビズでおいでって言ってくれたらいいのに!待っている間は、何の拷問かと思いました。本当に。
内容については、言わぬが花ですよね。
季節っぽいものを書いたので、置きに来ました。
燕の後書きに書いていた、金魚案の方向で考えていたら、何故かこうなりました。とりあえず、たらいで飼えるもの、ということで。
家の中でしゃべるときは、いつも囁き声だ。村人にキンの存在を気取られてはいけないから。
鬼子流離譚~鱗の乾き
台所の暗い片隅で、ぱちゃぱちゃと水音がする。
ちゃぷ……ぱっしゃん………ちゃぷちゃぷ…。
がたり、と音を立てて戸が開く。
入って来たのは、ぼちぼち老婆と呼ばれる年にさしかかった女だ。両手に水桶を提げている。
「キン。水を換えようえ。今日は暑いから」
「ばあちゃん。キンは大丈夫。一日中このまんまでも平気だ」
ぴったりと戸を閉じてから、会話は小さく交わされる。この家で大きな音はまず聞かれない。
「なんじゃ、子供が気ぃ使おて。ほい、退けのけ」
促されて、キンは水を張った盥(たらい)から立ち上がる。正直に言えば、朝から浸かっていた水はもう随分とぬるくなっていたのだ。
「ばあちゃん。日に何度も水をくみに行ったんじゃ、あやしまれないか。一人暮らしなのに」
「共同井戸まで行くんでもねえし、大丈夫じゃ。おじいさんの作ってくれた井戸があるし、こねえな老いぼれ、誰も見張っとらねぇけえ」
ざあっ、と水を張り直し、「ほれ。ええぞ」と言われて、キンは盥に入り直した。
盥は、キンがすっぽり入る大きさだ。
盥が大きいのではない。キンが小さいのだ。
キンの体長は、赤ん坊とまでは言わないまでも、せいぜいが三歳児程度しかない。顔も肩も手足も、普通の人よりずっと小さい。
ぱちゃ、と水をかき混ぜる手には水かきがついている。指と指の間の、つるんとした膜。手には鱗。鱗は顔にはついていないが、逆に言えば、顔以外にはびっしりと鱗が生えている。
キンの体の鱗は、水がないと乾いて堅くなる。そうなると、キンは動けなくなって、後は干からびるだけだ。
実際、キンの弟はそうやって死んでいたし、キンもばあちゃんに助けられなかったら、同じ道を辿っていたはずだ。
「ありがとう」
そっと礼を囁いたが、水音が被さった上に、板間に上がりかけてよろけたばあちゃんの耳には、届かなかったようだった。
えっこらせ、と手をついて体を支えたばあちゃんの背中を、キンは見やり、すぐ側で支えてやれる体ではない自分にやりきれない気分を味わう。鱗に覆われた体は、人の体温にすら火傷しかねない。
助けて貰った恩返しすら、キンにはままならないのだ。
ここ最近は、うだるような暑さが続いている。ばあちゃんはキンを気遣って、日に何度も水を換えてくれる。
水がいっぱいになった桶を抱えて何遍も家と井戸を往復するのは、確実にばあちゃんの負担になる。
「ばあちゃん。今日はもういいよ。それより、昨日の縫い物の続きをしよう」
少し前からキンは、ばあちゃんに縫い物を教わっている。今はおじいさんの着物をキンの着られるように仕立てているところだ。
「せえじゃあ、今教えたとおりにここまで縫うてごらん」
「うん」
うなずいて、慎重な手つきで一針ひとはり刺していくキンを、ばあちゃんは嬉しそうに見つめている。
キンの小さな手で少しずつ作業を進めていき、夕方頃に一段落して、ばあちゃんは夕飯の支度を始めた。漬け物と汁物だけの晩ご飯。キンの為によく冷まされたそれを食べてから、その日は眠った。
「お休み」
「おやすみなさい」
眠りに就く前の挨拶を、やはり囁き交わすと、そっと目を閉じた。
かすかな囁き声さえ消えた、夜は静寂に包まれる。
しかしやがて日は昇り、ささやかな朝はやってくる。
「―ばあちゃん」
盥の中で丸くなって眠っていたキンは、眼を覚まし、体をのばしてから、ばあちゃんにそっと声をかけた。
「……、…」
「何?聞こえない」
「―…」
ぱしゃん、と音を立てて、キンは盥から出た。
板間によじ登り、ぺたっぴしゃん、と湿った足音をさせて、ばあちゃんの枕元に駆け寄る。
顔を寄せると、かさかさの唇から、かすれた囁き声が洩れてきた。
「今日は少し寝かしとくれ……なに、大丈夫、じゃ」
声の乾きに、キンはぞっとした。
この世界に兄弟二人で迷い込んですぐに、人間に見つかって逃げ惑い、弟は乾いて死んだ。
その弟の声に、今のばあちゃんの声は似ていた。
自身も乾きにあえぎながら、乾いて冷えていく弟の体を抱いていた。大声で助けを求められたらどんなに良かったろう。けれどそこは見知らぬ世界で、信じ、すがれるものはなかった。
弟の名を呼び続けた声はがさがさにひび割れて、今に至るも完全に治ってはいない。
「ばあちゃん…ばあちゃん…」
返事の代わりは、苦しそうな息づかいだ。
堅く乾いた弟の体を抱いて干からびそうになっていたキンを、助けてくれたのはばあちゃんだ。優しく声をかけ、水をくれた。それまで出会った人間のように、悲鳴を上げたり、石を投げつけたりはしなかった。
あの日、ひび割れた声でキンは確かに助けを求め、その声に、ばあちゃんは応じてくれた。以来、キンをこの家にかくまってくれている。
キンは家を飛び出した。
出がけに盥の水をざぶんと浴びる。
そして村の真ん中目指して、走った。
「……っぁ……っ…」
もう長いこと、大きな声なぞ出していなかったから、走りながら開いた口は、初めは上手く音を紡げなかった。
ぺたぺたと走るキンを見た村人は、目を見張って立ち尽くすか、悲鳴を上げた。構わず突っ切って、村の真ん中まで来ると、キンは足を止めて、大きく息を吸った。
「助けて!」
声が出た。
「助けて!ばあちゃんが、起き上がってこないんだ!誰か…」
石が飛んできて、キンの足下で砕けた。
破片がぶつかり、一瞬息を詰める。
声に驚いて出てきた村人達は、キンの周囲を遠巻きにしている。石はその人々の中から投げられたのだ。
「何、気持ち悪ぃ…」
「何か叫んどるぞ」
「化け物が!」
また、石が飛んできた。今度はキンを通り越して落ちる。的が小さいから、当てにくいのだ。
又一つ。
けれどキンはやめるわけにはいかなかった。
「助けて!ばあちゃんを!東の端の家に住んでいる、ばあちゃんだ!」
頭に当たりそうになった石を、腕で受ける。じん、としびれがはしって、鱗が一枚、はがれた。
「誰か…っ」
喉が渇いてきた。
ひりついて痛い。
又石がぶつかる。衝撃でキンはひっくり返った。
「よされえ、あんた…」
「どうも助けを求めとるんじゃないかな」
女の声が、どうやら石を投げた男を諫めている。
「…ばあちゃんをっ!」
「うるせえ!どう見たって化け物じゃねえか!」
まだ石は投げつけられる。乱暴な言葉と共に。
けれど助けを求めれば、答えてくれる人がいるかもしれないのだ。ばあちゃんのように。それを知っているから、キンは黙らない。
あの時、叫んで助けを求めていれば、弟は生きていたかもしれないのだ。かさついた唇を内から押し開くように叫ぶ。
「助けて!」
渾身の力で叫んだ瞬間、キンの手元の草がじゅわっと一瞬で干からびた。それを目撃した者から、悲鳴が上がる。
投げつけられるつぶての数が、途端に増す。
体が痛くて乾いてきしきしいって、キンはもう叫べない。
「た、すけて…ばあちゃんを…」
「おまえら何してやがる!!」
キンは意識を失う寸前、みずみずしい張りのある声を聞いた。
つづく
鬼子流離譚なのに、主人公組が出てきていない前半ですみません。最近時間ないので、部誌の原稿もかなりあっぷあっぷしながら書いています。
最近昔話調を意識し始めました。盛り上がりには欠けますが。
むしろ、本気で昔話調を目指すなら、もっとキンの心情描写を削るべきだったかな…。